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32:ブラックライノ


 エルメニア行きを目前に控えた一〇月下旬、とうとう初号機が完成した。


 実質最大積載重量は二〇トン超、計算値だが車輛総重量は二二トン超、高床型の車体は、六輪独立式のエアサスで超大径コンバットタイヤを装着している。積雪時期でも輸送を可能にし、街道以外の道なき道を走行できるようにとのコンセプトだが、軍用超大型装甲車にしか見えない。端的に男子の浪漫だ。


「助っ人を出してくれてマジ助かった。ありがとなディナイル」

「高額報酬が出る仕事に礼は要らんさ。それに、メイズ産物が品薄になれば買取値は上がって俺たちも儲かる。にしても、凄いもんだなコイツは」


 プロトタイプを改良するにつれ、機器と部材に付与する術式の不足が判明した。

 宮廷魔導士は戦争特化なので、使える魔術式の種類が限定的なのだ。

 そこでレイが『瑠璃の翼がいるじゃん』と言い出し、ディナイルに依頼して助っ人を送り込んでもらったという経緯である。


「レイ! あれ何だよあれ! おいレイ!」

「さっきからうるせぇなぁ。つーか、なんでシェルナが来てんだよ。お前は俺と同類なんだから来たって意味ねぇじゃん」

「かてぇこと言ってんじゃねーよ! いいから教えろって!」


 レイと一戦交えた赤髪の虎人が、上部装甲に装備された指向性サーチライトを指差し「アレ!アレ!」と騒いでいる。


 プロトタイプ前段の模型製作時点で既にトラックの面影はなく、フルアーマードにしたため車重が二〇トンを超えてしまいガチの大型装甲車になった。


 水系統と土系統の魔術師に深さ三メートル程の泥沼を作ってもらったところ、車重を感じさせない駆動で難なく走破してしまった。

 六つの車軸にトルコン式魔導モーターを搭載しているため、フルタイム六輪駆動による悪路走破性は抜群である。

 フロントとサイドバンパーには融雪用の魔導装置も内蔵しており、冬季の北方で大活躍してくれることだろう。


 コクピット後部の天井には跳ね上げ式のハッチがあり、炎・氷・石・圧空の魔導弾を連射できる六連装魔導機関砲二門を装備している。

 これはジンが男の浪漫を追求した結果なのだが、同じ男のレイがドン引きしてしまったという曰く付きの武装だ。


 何だかんだで魔力消費率は最悪だが、テスト走行で時速一〇〇キロを叩き出し、搭載する六個の魔晶に魔力をフル充填すれば、航続走行距離は四万キロに達すると試算されている。


「完成したねメイちゃん!」

「完成しましたねユアさん!」

「「ん~~~やったぁああああーーーっ!」」

「明日は一日中ゴロゴロするんだ♪」

「私もです! ずーーーっと寝ます!」


 錬金コンビが濃いクマを浮かべた顔で大喜びしている。

 この十日間ほどは三時間前後の睡眠時間でフル稼働していたため、一日と言わす三日くらいゴロゴロして頂きたいところだ。


 そんな工場内のお祭り騒ぎを他所に、事務所ではジンとアルベルトが膝をつき合わせ商談をしている。


「ジン部門長、単刀直入に言わせてもらいます」

「もちろんだアル副会長。経営者として値を付けてくれ」

「では………八億シリン」

「商談成立だ」

「良かった! 私の読みでは二年半で回収できます!」


 瑠璃の翼に色を付けた外注費を払ったため部材原価は三億超なのだが、八億で売れるなら労務費などの諸経費を計上しても利益率が五割に迫る。ユアとメイに十分な額のインセンティブを渡せる売価だ。


 二号機からは付与する術式を複製できるため、込み込み原価を二億近くまで低減できるとジンは見込んでいる。粗利率が七〇パーセントに達する計算だ。

 加えて、継続的な消耗部品や予備部品の販売まで勘案すれば、五台ほど売った時点で事業部を商会化し、第二弾となる大型製品の開発費も捻出可能になる。


 唯一の問題は、六個もの特大魔晶に魔力をフル充填できる人材がレイしかいないという点だ。よって、次に開発すべき製品は魔力充填装置である。


「んーと……ジン! ユア! ちょっといいか!」


 工場内を見回しジンとユアを見つけたレイが声を張り、祝賀会の準備をしているミレアたち瑠璃の翼をチラ見して三人で事務所へ入った。


「ねえねえジン君、幾らで売れたの?」

「八億」

「すごーーーい!」

「三台の追加注文まで取れたぞ」

「三台も!?」


 売り値を聞いたレイがほっと胸を撫でおろした。

 追加が三台あるなら更に話がしやすい。


「ちっと相談があんだけど、無利息無期限無催促でノワルに一億くらい貸さね?」

「え? 私はそのために前倒ししたと思ってたんだけど?」

「俺もそのつもりで前倒ししたが?」


 キョトンとしたレイが、二人の言葉を咀嚼し破顔した。


「は、ははっ、何だよ! 先に言えっての! アイツ呼んでくるわ!」

「ふふっ、レイってこういうとこ鈍感だよね」

「まったくだ。まあ、だから俺たちはレイの本音をいつも聞けるんだがな」

「うん、そうだね」


 レイがノワルを見つけて駆け寄ると、彼女はテーブルクロスのズレをミリ単位で修正していた。

 やっぱこいつアホかもしれんと思いつつ、有無を言わさず腕を掴んで強制連行し事務所へ押し込んだ。


「…いよいよ集団暴行ですね? 自ら全裸になるべきでしょうか?」


 レイたちが半眼になった。腐った脳ミソを魔導化すべきだろうか、と。


「アホなこと言ってないで座りやがれ!」


 ノワルは『高度な下ネタが通じない…』と呟きながら座り、レイたちの雰囲気と空気を読んで居住まいを正した。


「ノワルに無利息無期限無催促で一億シリンを貸すと決めた。お前の大切な人たちに渡してやれ。てか、一億あれば足りるよな? あと、ちゃんと返せよ?」


 先程のレイと同じくキョトンとしたノワルが、言われたことの意味を理解して口を開いた。


「やはり自ら全裸に…全裸に……うっ、うぅっ…ひっく…ひっく…うぇっ…」


 レイが苦笑し、ユアがもらい泣きし、ジンは背を向け天井を仰いだ。


「らしくねぇなあオイ。すぐに渡したいならエルメニア行きは参加しなくてもいいぞ。恩返しに行って来いよ」

「うっく…レイ様、ジン様、ユア様、この御恩は生涯忘れません。恩返しをしたら、直ぐに皆様を追いかけます。全力全裸で」


 全力全裸って何だよとレイたちは苦笑し、『気持ちが落ち着いたら宴会に来い』と告げ事務所を後にした。


 工場へ戻ると、アルはミレアに指図されながら宴会のセッティングを手伝わされている。彼は『私が費用を出したのだよ?』などと主張しているが、ミレアは『口ではなく手を動かすのよお兄様?』とイイ笑顔で指示を続ける。


「あーっと、お兄様。少しいいか?」

「レイ殿! いや助かりました! 少しと言わずどれだけでも!」

「チッ…」


 ミレアの舌打ちをスルーしてアルを外へ連れ出し、ノワルに現金を渡す方法を相談する。ジンとユアも口座振り込み的な手段があるのか知らないため、完成したばかりの車輛に皆で乗り込み事情を説明した。


「ふむ、ノワル殿のギルド等級をご存じですか?」

「ミレアたちと同じ四等級じゃね? だよな?」

「そう聞いた記憶がある」

「ならば簡単です。五等級以上であれば世界中のギルドで入出金が可能です」

「おー、そりゃ便利だな。そういえば俺も四等級だわ」

「「「え?」」」

「ん? あー、ギルドの話すんの忘れてたな」


 三者三様の『え?』を投げかけられたレイは、国境関を通るに必要な身分証を手に入れるため、交易都市カータルで戦闘ギルドに登録した際の一連を語った。

 入手目的が越境であったため、本人もすっかり忘れていた。


 ジンは『歩く金庫は便利だ』と言い、ユアには『他に隠してることは?』と問い詰められる。無きにしも非ずだが、『思い出した時に話す』と言って話を終わらせた。すると、アルが何かを思い出した顔で口を開く。


「そう言えば、オルタニア製の魔導装備が入荷します。予定は五日後です」

「おぉ! すっかり忘れてたけど時間かかったな?」

「教会経由で最新型を調べてもらったら、受注生産の特化型モデルが五種あるらしくてな。かなり高価だったがクリスが国防予算での購入を通してくれた。この際だと思って各一式を発注したんだよ」

「聖皇聖下のおかげで輸送期間を含めた納期も短縮できたんですよ」

「へぇ~、エルメニアに言ったらお礼言わなきゃだな」

「そうだな。性能テストを済ませたらエルメニアへ出発だ」

「ざっくりいつ頃だ?」

「車輛の取説作成も残ってるから明確には決めてないが、何かあるのか?」

「いやまぁ大したことじゃないんだけど」


 一月ほど前にジンの魔剣とユアの魔弓が完成し、納品された。

 試用を繰り返しながら造った代物なので二人は平然としているが、レイは魔の付く武器に触ったことがないため手指がワキワキしてしまう。


 ジンもユアも車輛製造で忙殺されていたため我慢していたが、そろそろ仕合とか試射とかしてみたいなぁという気持ちが抑えられなくなっている。


「そこはちゃんと考えてあるさ。魔装のテストに絡めるつもりだ」

「マジか! そうこなくちゃな!」


 こうして、多忙ながらも日本では味わえない経験を積み重ねつつ、レイたちは異世界での日々を過ごしていくのであった。




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