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30:周辺六ヵ国への対処策


 メイが使う家具や日用品の買い出しをミレアたちに頼んだジンは、レイと壁際に腰を下ろし今後の行動予定を相談し始めた。


 ユアとメイは外で土壌からケイ素やアルミニウムを【抽出】すべく魔晶を片手に頑張っている。ユアの歓声が聞こえるので上手くいってるようだ。


「三ヵ月以内にバラクと条約を結びたい。出来れば北東のゴンツェとも結んでしまいたい。メインは通商条約なんだが、別紙で相互不可侵条約も結ぶ」

「その辺は任せるけど、急がなきゃなんねぇのか?」


 実のところ、ジンは王宮での暮らしにメリットを感じていない。端的に言って色々と面倒だし、精神的にも借りを増やしたくないので早く出て行きたい。

 事業を前倒しで始めたのだから、今後はこの工場で暮らそうと考えている。


 クリスとフィオはコミュニケーションをとる機会が多いため理解してくれると確信しているが、国王は疑心暗鬼が拭えないといった状態になるだろう。

 フィオに子種を仕込むなど有り得ない、と半ばキレ気味に国王の目論見と面子を潰したことが大きく影響している。


 王権、つまり最終決定権を持つ国王と交渉するには、一定の成果を示す必要がある。「フィオに勇者の子を」という目論見も、周辺六ヵ国への対抗策に成り得るかもしれないという、確証も保証もない思考だ。国王はフィオの「勇者召喚の許可を!」という申し出に乗っかっただけの外野だが、当然無視はできない。


「東のディオーラ王国は、六ヵ国中の最大国家で軍事力も高い。だが東帝国の侵攻って脅威に晒されてるから、アンセストまで相手取るほどの余裕はない」

「そこと北以外の残り三つを先に、ってことか」


 西のドルンガルト公国、南西のキエラ王国、南のヴェロガモ公国とは以前から交戦状態にあるが、三ヵ国は公国規模で軍事力も低い。邪魔の入らない各個撃破が叶うなら、アンセスト軍だけで勝てる。が、確実に便乗侵攻してくるだろう。


 東のディオーラ王国を最後の相手とする前提だが、北東のゴンツェと条約を結んだ時点でディオーラは警戒を強める。

 更にアンセストが南のヴェロガモを落とそうものなら、ディオーラはヴェロガモを取ったアンセスト、ゴンツェ、東帝国の三ヵ国に包囲される構図になる。

 つまり、ディオーラの動きが予測できない状況を作るのは上手くない。


「北の二ヵ国と条約を結んだら、次は西のドルンガルト公国を相手にする」

「ガチで戦争すんのか?」

「したくないだろ?」

「そりゃとーぜん」

「そこでエルメニア訪問が必須かつ重要になる」


 ドルンガルトの更に西は、七つ八つの豪族が地域支配権を争い対立している。

 が、彼らの西隣にはエルメニアがあり、かなり信仰心に篤い信徒であるため、エルメニアの心証を気にして小競り合いをするに留めている。


 つまり、エルメニアないしは教会が「君たちの祖先はアンセストの貴族家なんだからアンセストと仲良くしよう? メイズ産物とか売ってくれるよ?」と言えば、「分かりましたー!」となる可能性がある。むしろその可能性は高い。

 その理由は、元来アンセストの侯爵家であったドルンガルトが反乱を起こし独立したため、男爵や子爵だった西の小領主家が豪族化した背景があるからだ。

 小領主たちの寄り親だったレド伯爵は、対ドルンガルト戦で戦死している。


「降伏しねぇと挟み撃ちにすっぞ的な?」

「正確には東西と北からの三方攻めだが、そうなると良くないか?」

「サイコーだな。でも降伏したと見せかけてからのぉ、みたいなのねぇか?」

「鋭いじゃないか」


 一度裏切った者はまた裏切る。裏切られたくない者を決して裏切るな。

 これは国会議員の父からジンが言われた言葉だ。


 父は自分の選挙地盤をジンに継がせる気でいるが、ジンにその気はない。

 気風がレイに似ている自由人な兄の覚弥と仲が良いジンは、兄が道場を継いだ時点で「政治家になる気はない」と父に明言するつもりでいる。でないと、父は兄に地盤を継がせようとするに違いないから。

 まあ、剣鬼の祖父が存命の間は父の思惑など一刀両断されて終わりだが。


 しかし、嫌々ながら聞いていた父の教えが、今は役に立っている。


 ドルンガルトが降伏するのはほぼ間違いないと見込んでいるが、公家が存続する限り、再び反乱を起こす懸念は払拭できない。

 よって公家を公開処刑に、一族郎党も極刑とする。


「え……マジで言ってんの?」

「マジだ。穏便に済ませて全てが丸く収まる絵をどうしても描けない」


 実質的に目指すところは、ドルンガルト公家臣下の中で有力な穏健派貴族と、領地を均等化した七家か八家ある豪族たちに共和制モドキを布かせる方向だ。

 共和国の元首はアンセスト王にするのが筋だが、王太子クリストハルトが王位を継承するまでの間は、エルメニア聖皇を共同元首に据えておきたい。


 ジンの私見ではあるが、現アンセスト王は中途半端に我欲が強い人物だ。

 そんな人物が単独元首になれば、ムダな火種を撒き散らしそうで嫌すぎる。

 その辺の事柄についても、エルメニアに行ってから交渉するしかない。


「ジンが斬るのか?」

「俺というか、少なくともドルンガルト公は勇者が斬るべきだと思ってる」

「……そうか。ぶっちゃけな、俺も一〇人近く殺した」

「はあ!? 聞いてないぞ!」

「そりゃ言ってねぇし。つーか声がでけぇよ」

「あぁすまん。聞かせてくれるか?」


 レイは月森と城塞都市ニュールでの一連を話した。


 七人のエルフ女性を救出するためだったとはいえ、強化の魅力に憑かれ調子に乗った結果なのは否定の余地がない。

 兵士たちを弾き飛ばした時の感触が今も残っていて、無残に千切れ飛んだ彼らが夢に出てきて目を覚ます日も多い。


 今ならもっと上手く、誰も殺すことなく脱出できると思える。

 どうしても後悔が先に立ってしまう。

 自分はいつも考えが足りない。

 ユアに人殺しだと思われるのも怖くて嫌だ。


「ジンには話すつもりでいた。自分の中でしか解消できないのも分かってる」

「レイには悪いが、かなり気持ちが楽になった。俺だけじゃないってな」

「それでいいんじゃねぇの? 独りで全部背負うなんてのはムリだぜ。ただな、絶対に慣れちゃいけねぇって思うんだわ」

「そうだな、慣れちゃいけないことだ。慣れたらダークサイドに堕ちる」

「ジンの総入れ歯が確定するな。固い物が噛めませーんってよ」

「最悪だ」

「爆笑モンだ」


 クツクツと笑い合った二人は立ち上がり、グーパンを打ち合わせて外へ出た。


「なんかインゴッドがごろごろしてんだが?」

「あれはケイ素っぽいな。上手いことやれば液晶ディスプレイを造れる」

「あ、レイ! 魔力入れてー♪」

「くふふふふ…これがアルミ…アルミがたくさん…くふっ」


 メイがヤバい方向で覚醒している気がしないでもない。

 ジンは『鉄も買わずにイケるか?』などと呟いている。


 試しでメイに両手サイズの車体模型を造ってもらうと、彼女の錬金魔術はかなり熟練度が高いと判明した。

 【造形】も秀逸だが【合成】もレベルが高く、レイがレベル5に強化して漸く接合部を引き千切れる程の破壊強度だ。


 四人でやんややんや騒いでいると、ミレアたち買い出し班が帰着した。

 ケンプ商会印の家具を三階の居室に運び込み、食堂に長テーブルと椅子を置く。


 買い込んで来た屋台や露店の料理と飲み物が並び、魔導製品開発部門の立ち上げと、メイの歓迎会を兼ねた小宴会が幕を開けた。


「ユアさまぁ~、師匠っれ呼んれいいれすかぁ~? いいれすよれぇ~?」

「メイさんてお酒好きでも弱いんだね…結由ゆゆ姉みたい」


 ユユは神楽宮家の長女で、近所の老舗和菓子屋の若旦那と結婚し、既に一児の母となっている。

 とてもお淑やかな大和撫子なのだが、酒が入ると無敵の猫撫で声を操り甘えん坊さんになる。

 レイには「憧れのお姫様抱っこしてぇ~」といつも絡むが、瞬く間に酔って寝落ちし、起きたら全てを忘れているという無敵超人である。


 余談だが、神楽宮三姉妹の名に〝結〟の字があるのは、由緒正しい縁結びの神様を祀っているからだ。


「ユアには気を悪くしないで欲しいんだが、エルメニアへはレイと二人で行こうと思ってる」

「…うん、そんな気がしてた」


 レイは「なぜに?」と思ったが、旅の安全が保証されている訳ではないと思い至り口を噤んだ。


「レイもそれでいいか?」

「仕方ねぇよな。けどさ、北の国は三人で行こうぜ。つーか三人で行く」

「ほんと!?」

「マジマジ。俺らと敵対しねぇ方がいいぞってパフォーマンスしようぜ」

「何か嫌な予感するけどやったぁ♪」

「何を企んでる?」

「隣のゴンタとも速攻で条約したいんだろ?」

「ゴンツェな。したいのは条約の締結だ」

「細けぇな? 何にしろよ、連戦なら1ラウンドKO狙いでサクッとだろ」

「一理あるな。で、実際には何をする気だ?」


 問われたレイはミレア、シャシィ、シオの順で視線を巡らせ、ノワルでピタリと止めた。


「ふぅ、私に惚れると火傷しますよ?」

「やかましい。ノワルをフルボッコにしてユアが再生するとこを見せつける」

「なぜ私ですか! 歪んだ愛ですか!」

「うわぁ」

「鬼ね」

「ノワル可哀想なの」

「もしやレイ様はそっち方向の性癖ですか!? もちろん受けて立ちます!」

「待て待て二人ともアホなのか? 自作自演がバレバレだろう?」


 しかし方向性は悪くないと感じたジンは、シナリオを大きく書き変え実行することに決めた。


 そして一ヵ月後、ゴーレム四頭立ての豪奢な大型馬車には、死んだ魚の目で座る王太子クリストハルトの姿があった。




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