02:愚か者
サロンを出たレイたちは、自己紹介をしながら王女の案内で地下の宝物庫へ向かっている。
掃除に精を出すメイドは多くみかけるが、近衛のような兵士は意外と少ない。
廊下にまで幾つも吊るしてあるシャンデリアを見上げていると、王宮内の照明は魔力を利用する魔灯だと説明された。
「魔法がある世界かぁ。ここにアイツがいたらトチ狂ってんな」
魔法少女コスでポージングしている姉の姿が脳裏を過る。
彼女は「世界の平和はワタシが守るし! ミラクルファイアー!」などと叫ぶのだが、その度に「頼むから独り暮らしをしろ」とレイは念じていた。
「皆様も魔力をお持ちです。特にレイシロウ様からは強い圧迫感を覚えます」
「俺のことはレイでいいよ。礼士郎って呼ぶの爺ちゃんと婆ちゃんだけだし」
「では、私のこともフィオとお呼びください」
「OKフィオ、これで俺らはダチだな」
「レイ様と私が友…ですか?」
「あ、ダチが嫌だったら知り合いで」
「嫌ではありません! 是非とも友人でお願いします!」
「またレイがナンパしてるー」
「してねぇし!」
「自覚してないとこがサイテー」
「フィオさん、この二人はほっといて魔力に関する話の続きを頼む」
フィオが言うに、召喚直後に宮廷魔術師たちが驚いていたのは、レイから感じる魔力圧だろう威圧が余りにも強かったからだと。
顔を歪めていた数名は、特に魔力への感受性が強い者だったらしい。
「流石だな勇者レイ。メイズでもチャンピオンになってくれ」
「私も応援してるよ?」
「待てこらナチュラルに観客感を出すな」
アンセストが大帝国として隆盛を誇った時代に建てられた王宮は異様に広い。
これで北側には後宮まであるというのだから、敷地面積は想像もつかない。
取り敢えず体を動かしてさえいれば勝手に楽しむレイとは対照的に、単純作業にさえ付加価値を求めるジンは、時間が勿体ないと再び質問を始めた。
「訊きそびれたんだが、俺たちが故郷へ帰る方法はあるのか?」
「あります」
「(テンプレならナシの一択だが)断言する理由は?」
「ご初代様の回顧録に記述があるからです」
ドベルクがメイズ最奥へ到達した際、魔王は『踏破の報いに何を願う』と彼に問うた。
召喚される以前のドベルクは戦災で天涯孤独となった身の上だったが、共に召喚されたアレティの両親と兄弟は存命であった。
そこでドベルグが『アレティをあの日のあの場所へ帰してくれ』と願ったところ、魔王は『召喚と同一条件でなければ送還の合理が成立しない』と答えた。
「なぜドベルクは…ああ、人生に失望していた彼は送還を望まなかったのか」
「ご初代様は、アレティ様のためだけにメイズ踏破を志したのかもしれません」
「良く出来たよもやま話…っと失礼。事実は小説より奇なりと言うべきだな」
「カブラギ様のご配慮に感謝を」
「いや…ああ、俺も呼称はジンにしてくれ」
「承りました、ジン様」
失言を皮肉ることもなく微笑みと共に謝意を示すフィオに、珍しくもジンがたじろいだ。そんなジンをレイがニヤニヤしながら眺めている。
レイのニヤケ顔にはイラっとするが、レイには理屈や説教が通じないため、この流れを断ち切ろうとジンが話を変える。
「話の端々からして魔王が召喚要因に思えるんだが、俺たちを召喚したのはフィオさんで間違いないか?」
「はい。過去の勇者召喚も、実行したのは私と同じく神紋を宿した巫女かと」
フィオが宿す神紋の正式名称は〝星詠〟だという。
ジンは占星術の気配が漂ってきたと感じ、それは強ち間違いではなかった。
この世界では、「宿星の下に人は生まれる」と古くから信じられている。
宿星を定めるのは神々であり、神々と眷属たちも自身の存在を示す星を持つ。
戦神の星はアレ、魔王の星はアレといった風に、太古の昔から人々は宿星を語り継いできた。
星詠の巫女は星の輝きで吉兆を読んだり、神々とその眷属から啓示や宣託を享けたりする能力に特化しているのだと。
「神だか魔王から啓示ないしは宣託を享けたと?」
「その通りです。正直に申しますと、民草を救えるならば僥倖だと想いました」
申し訳なさそうに俯くフィオの耳に、あっけらかんとした声が響く。
「別にいいんじゃね? 大切なモンってのは人それぞれだし、俺たちが帰る方法もちゃんとあるワケだし。だろ?」
「まあ、この期に及んで悲観するだけ時間の無駄だな。ユアもそれでいいか?」
「うんいいよ。レイが頑張れば帰れるもん」
「だから丸投げ禁止な? 勇者が無敵とは限らないだろ」
「私も一緒に行くよ? 後ろから応援もするし?」
「声だけかよー」(棒読み)
ジンが『その脱線癖を矯正しろ』と二人を諫め、話を戻す。
「それで、実質的な召喚方法は?」
「啓示を受けた巫女が〝召喚のレリック〟を使い、召喚陣を起動します」
「レリックか…名称からして希少品なんだろう?」
「総数すら判然としない希少品です。ご初代様の手記によりますと、アンセストが保有する二つのレリックは、ご初代様が譲り受けた物であると」
メイズ踏破者であるドベルクが様々な情報や物資を得ていたのは道理だし、彼の回顧録も非常に有用だ。しかし、フィオは回顧録以外の情報に疎い観がある。
現実問題に則した情報不足が否めないジンは、思考を纏め始めた。
ドベルグは彼らを召喚した巫女の名やその目的を記述していない。不可解な気もするが、目的を達成した後に回顧録を残すべきと判断したのかもしれない。
自分たちの現況に鑑みても、周辺六ヵ国との不和を解消した後でなければ、最大目的であるメイズ攻略に専心するのは不可能とみるべきではないだろうか。
そのメイズ攻略にも不安要素は多い。
メイズを占有できる訳ではないため、他のシーカーと敵対する可能性がある。
だが、メイズやシーカーに関する情報を所得する手立てが思いつかない。
「メイズのシーカーかぁ」
「気になるの?」
「そりゃあな。シーカーを管理する団体とか、シーカーが所属する団体とかもありそうじゃん? 弓道にも連盟とか流派があって名簿もあるだろ?」
「レイ様が仰るとおり、シーカーの認定と管理はシーカーギルドが行い、志を同じくするシーカーはクランという団体に加盟しメイズに挑みます」
「んーと、レイはどこかのクランに入るつもりなの?」
「んや、どんなシーカーがいるのか知っとかないとヤバそうってだけ」
「何がヤバいの?」
「俺の勘だと、メイズを攻略してるシーカー同士が戦り合うケースもある。格闘家にもタイトルとか賞金じゃなくて、単純に戦りたいだけってヤツはいるし」
「やはりレイ様は戦士なのですね。仰るとおり、シーカーには無頼漢もおります」
レイたちが情報を共有する中、ジンは笑みを浮かべ聞き役に徹していた。
こと勝利を掴むという行為において、レイは至極理知的だ。
科学者の如く対戦相手の戦い方を分析し、思考せずとも体が勝手に動く状態まで仕上げていく。いざ勝負となれば本能を剥き出して猛獣の如く襲い掛かり、微塵の容赦もなく完膚なきまでに叩き潰す。
(流石だよチャンプ、俺の悩みを軽く踏みつけ跳び越えてくれる。メイズ関連で当たるべき情報源はシーカーギルドで決まりだな)
漸く辿り着いた宝物庫には扉がなく、袋小路のように壁があるだけ。
フィオが徐に壁へ手を当て何言かを呟くと、超高速掘削機がトンネルを掘るかの如く奥へ抜ける道が出来上がった。
「すっげ」
「五〇メートル走ができちゃうね」
ユアの言葉にニヤリと笑んだレイが、クラウチングスタートを切った。
ユアとフィオは「速い速い」と楽し気だがジンは苦笑し、存在感を消していたレパントまでもが呆れ顔を浮かべた。
魔術で施錠してある突き当りの扉を開けて中へ入ると、未来的でサイバー感満載な光景が広がった。左右と奥の壁が収納庫になっており、物品は透明なクリスタルケースに収められている。部屋の中央には半透明の台があり、フィオが掌を当てると右壁最上段のケースが突出して浮遊し、音もなく台の上に降りるとケースが消失した。
レイたちが唖然とする中、台の上には白金の粒子を内包する翡翠色の円柱体が静かに佇んでいる。直径にして凡そ五〇センチ、高さにして凡そ三〇センチとそれなりに大きい。
「神紋を宿す者が天面に掌を置くと、側面に文字が浮かび上がります。会話と同じく文字も読めるはずです。レイ様からでよろしいですか?」
「OK! すげぇワクワクしてきたぜ!」
玩具屋に来た子供のように嬉々としたレイが掌を置くと、白金の粒子が天面に集束した後に側面へと拡散する。見えないペンが走るように白金が白亜の文字へと変わり、側面をモニターとして浮かび上がった。
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固有名称:レイシロウ・デ・ヴィルト
魔法適性:皆無
特有機関:無限魔力炉
固有能力:零式
神性紋章:愚者(両肩)
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「……愚か者なんだが? なあ? 何か言えよオイ」
「「「「………」」」」
何とも言えない空気が流れる。
既に腹を括って「カモン勇者!」と意気込んでいたが、蓋を開けてみれば愚か者に認定される始末。
「あ、あの! 神話にある無限魔力炉は死神様が創造なされたと!」
「それフォローになってねぇからな?」
「「死神レイ」」
「フハハハハハッ、俺様は死神ぃーってやかましいわ!」
「零式……」
神妙な顔で呟いたレパントの声が、やけに響き渡った。