28:魔導製品開発部
奴隷商会を出た一行は、その足で王都の東地区へと向かっている。
馬車の中では女性奴隷が所在なさげに視線を彷徨わせており、その原因はノワルとシャシィの質問責めである。
「サイレントバチュラム並みに寡黙ですね」
メイズ中層に出る蜘蛛型魔物なのでそもそも喋らない。
「ノワルが変なことばかり訊くからだよ」
シャシィも「好きな食べ物は?」など、どうでもいい質問しかしていない。
レイはジンが名前すら訊こうとしないので、何か考えがあるんだろうと街並みを眺めている。
東地区には工房街があり、工房街の先には製錬所や製材所などの工業街がある。ジンが賃借する建物は工房街と工業街の境目付近らしく、比較的に古いものの敷地が異様に広い物件が多い。
「おぉー、マジで広ぇなぁ。サッカー場四面くらいあんじゃね?」
「工場も大きいね。体育館二つ分くらいかな?」
「ここってケンプの魔導製錬所だった場所じゃないかしら?」
「らしいな。新しく建てたから閉鎖したと聞いた」
鉱物売買で財を成したケンプ商会が、魔導金属の製錬を行うために建造した。
魔導金属は総じて融点が高いため、純度が高いインゴッドは大層儲かるという。
「で、何を造るんだ?」
「その辺の話は後回しだ。先ずは彼女をその気にさせる」
ジンが女性奴隷をチラリと見ると、彼女はアメジストの瞳をそっと伏せた。
「綺麗な色だね。髪も瞳も」
ユアが吐息する女性は、少し癖のある白紫色の髪とアメジストの瞳が印象的だ。
アンセストでは犯罪と借金でしか奴隷は認められないため、彼女も自身ないしは親族の借金を背負っていることになる。
しかもアンセストより経済力のあるオルタニア魔導帝国から流れて来たとなれば、それなりに複雑な事情を抱えているのだろう。
ジンが奴隷商に提示した要件が〝錬金魔術を使える〟と、〝魔導製品の知識がある〟の二つなので、彼女がオルタニア人であることに違和感はない。
加えて、オルタニアとアンセストは表面上だが友好関係にあり、オルタニアの奴隷法がアンセストと同様である点も影響しているだろう。
借金奴隷は文字どおり借金を背負っているだけで、罪人ではない。
体に奴隷紋を刻まれることもないし、借金奴隷を所有物のように扱うことも禁じられている。但し、酷い扱いをする者が少なくない点は否定できない。
ともあれ、購入者には奴隷を正当な仕事に就かせ、妥当な額の給金を支払う義務がある。奴隷にも月次収入の半分以上を返済に充てる義務がある。
金利を含めた借金と買われた金額を完済した時点で従属の制約がなくなるため、仕事を続けるか退職して去るかの選択権は奴隷側にある。
これが借金奴隷に適用される法なので、ジンは彼女が「この仕事を続けたい」と思うよう誘導したい。何しろ、ジンの要件を満たす奴隷は極めて希少だ。
ガガッ、ガギギギギギギィィ…
工場正面の大きなスライド扉が硬い音を鳴らした。
ジンは『色々と修繕が必要だな』と溜息をつく。
工場の中に溶鉱炉などの設備はないが、天井には可動式のクレーンと滑車、フック付きチェインが残されている。
「別棟になってるのか。考えてみれば当然だな」
呟いたジンが工場を出て裏手へ行くと、結構しっかりした別棟があった。
一階には食堂だったのだろう大部屋と二つの厨房、水場と浴槽もある。
二階が事務所になっており、三階には一二の個室と大部屋が一つ。
「工場に抜けるドアがあんじゃん。にしても汚ぇなあ」
「仕方ないわよ。私が四歳か五歳だった頃に閉鎖されたんだもの」
「それ何年前だ?」
「ちょうど二じゅ……秘密よ」
ミレアが二十代半ばだと判明した。
レイが「だいたい予想どおりか」などと思っていたら、ノワルがジンの腕をツンツンと突いて口を開いた。
「建物まるごと金貨一枚で掃除しますよ?」
「ん? あぁなるほど、風系統か。俺も使える」
「そういう話ではなく、使い方を思いつくところまで含めた話です」
「正論だな。なら頼む」
「前払いです」
ジンが『なぜか無性に悔しい』と呟きながら金貨を渡し外へ出た。
ノワルが次々と窓を開けてゆき、暫くすると灰色の風がブワっと噴き出す。
風に色がなくなったところで風切り音が消え、続けて二階、一階とノワルは掃除をしていく。かいてない汗を拭いながら出て来たノワルが口を開いた。
「完了確認をお願いします」
「律儀だな」
「お仕事ですから」
普段のヤバい言動がなければ、ノワルも聡明で優秀な魔術師である。
キッチリ掃除された建屋内を確認したジンは、未だ所在なさげに視線を彷徨わせる女性に雇用条件を提示する。
「初任月給は二五万シリン。居室、家具、食料、衣服、薪などの必需品は支給する。休日は五日おき、休日勤務は五割増の日給制、毎年昇給、年次有給休暇は二〇日。夏季と冬季に成果報酬あり。雇用条件の口外は厳禁。以上だ」
「何ですかその条件は! 物凄く魅力的です!」
「給金以外は高級官吏より条件がいいね。年次有給休暇って初めて聞いたよ」
「本店よりも遥かに条件が良いから口外禁止なのね。納得だわ」
「シオも働きたいの」
無表情だった女性が両手で口を覆い、目を見開いてる。
〝目は口程に物を言う〟を体現するかの如く「有り得ない」といった風情だ。
「その気にさせるって話はこれか?」
「違うと思う。今のはジン君と相談して決めた基本的な雇用条件だから」
「ユアが言うとおりだ。事業計画どおりに運べば、彼女は年利を含めた九〇〇万なんて一年以内に完済する。たった一年で退職されたらたまらんし、やり甲斐のない仕事は続かない」
「確かにそうだね」
「まあ、条件良くてもやりたくねぇ仕事は楽しくねぇわな」
「そこでユアとレイの出番だ」
「つーと?」
「魔晶を生成してくれ」
「あ~、そういうことかあ」
「俺関係なくね?」
「ううん、レイはすごーく関係あるんだよ?」
レイが自身の無限魔力炉を覚醒させたと同様に、ジンの魔力増幅炉とユアの魔晶生成炉も覚醒している。これは偏にレパント老の尽力によるところだが、それは横に置いておく。ジンの魔力増幅炉についても横に置いておく。
魔晶とは高純度魔力が単結晶化した物で、メイズでのみ採掘される。
五〇階層を越えた辺りでも稀に発見されるが、砂粒のように小さい。
深層で漸く塊と呼べる大きさを発見でき、冗談のような高値で売れる。
魔晶の希少価値は、その特殊な物性にある。
魔力を消費しても繰り返し充填できる上に劣化しないという、夢のような魔力バッテリーとして利用できるのだ。
しかも、大人の親指の先サイズで並の魔術師二〇人分の魔力を蓄められる。
因みに、地上の魔獣は体内に魔石を持ち、メイズの魔物は魔核を持つ。
どちらも魔力の塊なのだが、魔石は魔力を遣い切ると砕ける。
魔核は再充填できるものの、品質により充填できる量と回数に限度がある。
さておき、ユアは魔晶を生成できるようになった。なったのだが、彼女がありったけの魔力を注ぎ込んでも親指の先サイズが限界であった。
それでも超越的な異能だし、レパントは驚愕の余りフリーズしていたが、ジンの要求は難易度が桁外れに高い。
『最小でも大人の拳大が必須。当然ながら複数個』
などと宣う始末だ。
「レイの馬鹿みたいな魔力を使って作るんだね!」
「バカを付けるなチビ」
「あたしのは種族特性って…また胸見てる! レイの馬鹿! 死んじゃえ!」
「だから氷を出すな! 尖らすなっ! ごめんって!」
「フン! なっ!? 何でユア様まで胸を見るのさっ!」
「あっ、みみみ見てないよ! 比べてないよ!」
「比べてたの!?」
ユアも何気に自爆体質である。
「はいはい、そこまでにしなさい。話が進まないでしょう?」
「だって…」
「シィはシオより大きいよ?」
「シオ~~~大好き!」
「シオもシィが大好きなの♪」
この間、ジンは『男手も必要になるよな』と先々の雇用計画を練っており、女性奴隷は無表情を崩し唖然としていた。そこはかとなく不穏な笑みが浮かんでいるように見えなくもない。
「要はアレだろ? ユアの魔力授受で俺の魔力を、ってことだろ?」
ユアとジンが頷いた。
「それ、ユア様は気をつけた方がいいと思う」
「同感だわ。レイの魔力は強度が凄まじいのよね」
「うん、判ってるよ。私も少しだけど魔力感知が出来るようになったからね。レイは少しずつ流すって出来る?」
「流すってのはよく分からんけど、体の表面に浮かす…んや覆うか? まあそんな感じならできる」
「嘘…もう覆魔まできるの? 覚醒から一月と少しなのに…」
「一月…すごい…」
全員がズバッと女性奴隷へ目を向ける。
初めて声を発した彼女は、レイを見詰めていた。