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27:前倒しの機会


 竜舎を後にした一行は、昼時とあって王都内の食堂に立ち寄っている。

 小汚い店ではあるが、香ばしくて芳醇かつ凶暴な匂いに釣られたレイのチョイスだ。匂いを追ったらステーキ屋に着いた、といったところ。


 どうやら魔獣肉の専門店らしく、小汚い割にはお高いメニュー札が壁に掛けてある。おまけに「平斧鹿」とか「六角赤熊」などと書いてあるため、読めてもあまり意味がない感じである。


 レイ、ジン、ユアが「皆でシェアしよう」と大量注文する中、ノワルがぐちぐちと恨み節を歌っている。


「皆さん酷くありませんか? 私だけ置き去りにするなんてどういう了見です?」

「文句はレイとジン様に言いなさい」

「ノワルがいつまでも来ないから悪いんだよ」

「走竜を売ってもノワルにお金は入らないの」


 顛末は単純で、ノワルがジャクロにウザ絡みして来ないので置き去りにされ、ゴーレム馬車を追走して一キロほど全力疾走したところでぶっ倒れたという話だ。

 ユアが『可哀想だよ』と言わなければ、レイとジンは停めなかっただろう。


「ノワルさん、レイとジン君はすぐ行っちゃうから気をつけてね?」

「ユア様も置き去りにされたことがあるのですね」

「えっと、私はないけど…」

「特権階級ですか!」

「アホなこと言ってんじゃねぇよ。国外でも普通に置いてくからな」

「ノワルはいつも金に絡めて話をするが、経済的に困ってるのか?」

「私自身は困っていませんが必要なのです」

「理由を聞いても構わないか?」

「楽しい話ではありませんけど」


 そう前置きしたノワルは、普段通りの無表情と平坦な口調で語り始めた。


 彼女の生家は、アンセストから遠くも近くもない他国の領主男爵家。

 曽祖父の代でとある事業が大成功し、財力だけなら領主伯爵家と伍する程に潤っていた。


 ノワルの祖父も父も財力を背景に甘やかされて育ち、それと同じく彼女の母や兄、姉たちも放蕩三昧の日々を送ることとなる。そして末子のノワルに魔術の才があると判った以降、更なる安泰を確信した両親や兄姉の放蕩は加速した。


「出る杭は打たれます。杭が最下級の男爵家であれば簡単なものです」


 ノワルは杭を打った人物を恨んでなどいない。むしろ当然とさえ思っている。

 さして有能でもない父や兄たちは脇が甘すぎた。浅慮にすぎた。


 破産と奪爵が確定し追い込まれた父は、有り金を搔き集め姿を消した。

 母は見知らぬ若い男に手を引かれて同じく姿を消し、兄姉とノワルは負債を転嫁され借金奴隷に落とされた。


「私を含めた家族については仕方ありません。ですが、父上は馬車馬のように働かせていた使用人たちに、一シリンの慰労金も渡さず姿を消したのです」


 金持ちにありがちと言えばそれまでだが、ノワルと家族の関係は希薄だった。

 両親や兄姉たちは使用人を奴隷のように扱き使っていたが、ノワルにとっての使用人たちは心を許して本音を語れる存在だった。


 没落した家の使用人が、新たな職に就くのは困難を極める。

 強大な権力に潰された家の使用人ともなれば尚更だ。


「下女では稼げませんので娼婦の道を選びました。暫くして父が捕縛されたため、私に転嫁された男爵家の債務は消えました。ですが、私に優しかった皆へ恩返しをするため、私にはお金が必要なのです」


 普段どおりの無表情なクールビューティーが、レイの目に気高く映る。

 慰労金の妥当な額など知らないし、使用人が何人なのかも知らない。

 それでも今のレイは、その気になればかなり稼げる自信がある。

 しかし、個人的に金を渡すのは何か違うような気もする。


 どうにも考えが纏まらないなと思った時、椅子に背を預けていたジンが前のめりになった。


「ユア、予定より一年くらい早いが始める機会かもしれない」

「何を…あ、うん、分かった。忙しくなるね」

「間違いないな。となれば早速ケンプ商会へ行くが、ミレアたちも来るか?」

「ウチへ? もちろん行くけど、何をするの?」

「名義と資金を借りて、独立を前提とした新事業部を立ち上げる」


 ミレアたちが頭上に「?」を浮かべる中、レイは二ッと口角を上げる。

 レイも何のことだが全く判ってないが、ジンとユアが考えていることなら間違いなく上手くいく。根拠はないがそう確信するレイであった。


「よっしゃ、んじゃちゃちゃっと食って行こうぜ」


 普通に美味いステーキ等々を食べた一行は、ケンプ商会へと移動した。

 鍛冶師や職人との打ち合わせもここでやっているらしく、レイとシャシィ以外は勝手知ったるといった風情で店内を歩いて行く。


「そっちじゃないぞレイ。最近は八階の応接だ」

「おっと」


 武装が展示してある三階の応接へ行こうとしたレイにジンが声をかけ、最上階でありオフィスフロアでもある八階の応接へ入る。

 十五分ほど待ったところで、副会長のアルベルトがやって来た。


「おや、今日は大所帯ですね。ん? ミレアは少し痩せたかい?」

「引き締まったと言って欲しいわお兄様」


 五〇日程しか経っていないが、アルベルトの目には妹が痩せたように映った。


「急に来てすまない。例の件を前倒しで始めようと思うんだ」

「例のと言うと、独立採算部門の立ち上げですか? 何の手配もしてませんが」

「取り敢えずあの工場と名義、資金を貸してくれれば十分だ」

「承知しました。人手の方は如何なのです?」

「一人は見つかったと連絡があった」

「なるほど、それで前倒しですか」

「そういう訳でもないんだけどな」

「何れにしろケンプ商会としては喜ばしい話です。では少々お待ちください」


 一〇分ほど待っていると、アルベルトに伴われた男が木箱を運んで来た。


「お待たせしました。しかし本当に貸し付けでいいのですか?」

「全く構わない。しっかり稼いできっちり返すから心配しないでくれ」

「その点は心配などしていませんよ。では署名をお願いします」

「術式契約書…」


 ミレアが呟いたとおり、アルベルトがジンの前へ差し出したのは術式契約書。

 額面一億シリンを年利五()で借用すると書いてある。


 いわゆる金銭借用書と共に差し出されたのは金属製のペンで、ジンが魔力を流すと淡い光を纏った。こちらの文字で〝ジンセン・カブラギ〟と署名すれば、書面に浮かび上がった魔術陣に紫紺の光が走り消える。


「契約完了です」

「早速だが鉄と木材、木炭とミスリルを発注したい。銘板と商会員徽章もか」


 ジンが品名と数量を藁半紙に書いてアルベルトへ手渡す。


「ありがとうございます…というのも何だか妙ですね」

「そんなことないさ。部門間での資材調達にもコストは発生するんだし」

「確かにそうですが、商会内での独立採算制は初めてなもので」


 単価と納期を確認したジンは、手書きの注文書を起こした。

 発注元は〝魔導製品開発部門長ジンセン・カブラギ〟である。

 家賃や輸送費などの金額に合意したジンが立ち上がった。


「これからよろしく頼むよ、アル副会長」

「これまた妙な感覚ですが、こちらこそよろしくお願いします。ジン部門長」


 握手を交わしてケンプ商会を後にした一行は馬車に乗り込む。

 三〇分ほどで馬車が停止し降りると、そこは奴隷商会だった。


「え? 奴隷を買うの?」


 驚くミレアに向け軽く頷いたジンは、スタスタと歩いて行く。奴隷商会の玄関前に立つ屈強な男が、ジンを見た途端に愛想笑いを浮かべ扉を開けた。


「奴隷屋で顔パスかよ」

「ジン君ね、初めて来た時に暴れたの。お客様への対応がなってないって」

「ジンが言いそうなことだわ。んでアレが被害者と」

「被害者その一だよ…」

「ほっほぉ、何号までいんの?」

「七か八?」

「混ざりたかったぜ」

「またそんなこと言うんだから」


 状況について行けないミレアたちが顔を見合わせながら中へ入ると、ジンは激しく揉み手をするメタボな奴隷商と話をしていた。

 奴隷商の案内で豪華な応接室へ入り、宮廷侍女に勝るとも劣らない手付きで美貌の侍女たちが茶を淹れる。


 暫くすると、平民服だが継ぎ接ぎなどない小綺麗な服を着た妙齢の女性が、奴隷商に伴われ入室した。


「この者でございます、ハイ」

「オルタニア人ですか。この辺では珍しいですね」


 ノワルの言葉を聞いたジンが奴隷商へ目を向けると、彼はコクコクと頷いた。


「要件は間違いなく満たしてるんだろうな?」

「間違いございません、ハイ」

「彼女の負債額と売り値は幾らだ?」

「借金は五〇〇万の年利二割でして、売り値は三〇〇万でございます、ハイ」

「高っ!?」


 声を上げたシャシィに皆の視線が集まる。

 彼女は『えへへ…』と笑ってミレアの背に隠れた。


「衣服も込みで金板三枚か。いいだろう」

「いえ、衣装の方は別料金でして、ハイ」

「今着てるんだから衣服も込みだろう。俺は間違ってないよな?」

「も、もちろんでございます、ハイ…」


 こうして、ノワル級に無表情な奴隷が仲間に加わるのだった。




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