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26:変化


 久しぶりにのんびりと風呂に入った翌日、日課の早朝トレーニングは一気に人数が増えた。全員参加の総勢七名である。


 レイは肉体も五感も、強化レベル1を維持している。強化は肉体の性能や機能を魔力によりブーストするため、普段のトレーニングは無強化でやるべきだ。

 しかし、強化状態でのトレーニングは魔力制御技能の熟練度向上に効くとあって、悩んだ末に強化レベル1でも十分な負荷がかかるメニューに変えた。


 とはいえ、強化が出来るようになった頃と比較すれば、体感的にレベル1でもレベル3くらいの強化率だ。そこで、現在はゼロコンマ単位で強化レベルを調節すべく、循環や浸透の微妙な制御に傾倒している。


「くっ、レイ! ブースト過剰だ!」


 王宮の外壁沿いでペース走をやっていると、後ろからジンが声を張った。

 レイがピタッと立ち止まって振り向けば背後にミレアがいて、ジンは五メートルほど後方で立ち止まり荒い呼吸をしながら天を仰いでいる。


 ジンの背後にはシオがまだまだ余裕の表情で立っているが、ユア、シャシィ、ノワルの三人は視界に入らないほど離れている。


「過剰っつーか、俺が制御できる最低レベルなんだなこれが」

「……チッ、お前はどこの戦闘民族だ。詳しく教えろ」


 先々のメイズ攻略で連携戦術が必須になると確信しているジンは、強化に対するレイの基準を問う。差がありすぎると連携訓練が捗らないとの考えだ。


 レイは相手や状況に合わせられるよう十段階に分け、トレーニングはフィジカルもセンスもレベル1でやるようにしていると答えた。しかし強化は素の運動能力や五感機能がベースになるため、今は0.1単位で強化できるよう循環と浸透の細かな制御を意識していると付け加える。


「ジンはどんな感じだ?」

「俺とユアも同じく十段階に分けてる。今はレベル5だったけどな!」

「はっはっはっ、悔しいのか? まぁ精進したまえよジン君!」

「くっそぉ…」


 悔しがるジンの横ではシオが感心と驚きの目をレイに向けており、そんなシオにミレアがレイの特異性を語っている。


「そういうミレアはどうなんだ? 平気でレイを追走しているが」

「私もレイを見習って十水準に分けているわ。今は水準三よ。でも勘違いしないでね? 今の水準三は、レイと旅する前なら七くらいだもの」

「レイとの旅で成長したということか。大した急成長だな」

「レイの鍛錬法が理に適っているのよ。元々の知識が高度なのもあるけど、私たちの成長に合わせて次々と新しい鍛錬法を編み出すんだもの」

「ミレアとシィね、前より体の輪郭が綺麗になってるの」

「シオがそう言うなら間違いないわね。自分でもそうじゃないかと思ってたわ」


 そんな話をしていると後続が視界に入り、シャシィが余裕の表情で辛そうなユアと並走している。それを見たシオが目を丸くした。


「シィがユア様と同じ速さで走ってるの…どうして???」

「私たちって、本当に思考してなかったのよ」

「どういうことだ?」


 自嘲気味に笑んだミレアに、ジンが言葉の意味を問うた。

 ミレアは『固定観念というより呪縛だったのかも』と呟くように語り始めた。


 ミレアに願われたレイが打撃技を本格的に教え始めた頃、正確には月森を発った日の夕方、レイは双剣士のミレアに古式のカポエイラを披露した。

 双剣と蹴り技の併用を志すミレアに内転筋群を鍛える水平コペンハーゲンプランクを教えたところ、シャシィが自分も出来そうだと真似をして即撃沈された。


「水平は特にキツイよな」

「本当に辛いわよね。その時にレイがシィに尋ねたの」


『シィは何か理由があって身体強化を使わないようにしてるのか?』と。


「あー、月森を出た日の野営地か」

「そうよ」


 レイに尋ねられたシャシィはキョトンとして、『あたしが…身体強化?』と疑問形で小首を傾げた。


 シャシィが早朝トレーニングに参加し始めた頃から、レイは不思議に思っていた。基礎体力が異様に低い彼女の場合、強化状態である程度まで鍛える方が効率的なのに、と。しかしシャシィは頑なに強化を使わず、お前はインドア派の女子高生かと問い詰めたくほどダメダメだった。


 そして生まれ立ての小鹿のようにプルプルするシャシィは、直ぐさま【治癒】や【疲労回復】を使って元気になる。それもあって、レイは【治癒】が肉体を過去の状態へ復元する仕様だと勘違いしていた。


「確かに俺も不思議に思ったな。宮廷魔術師の大半が、一発殴れば終わるんじゃないかと思うくらい貧弱な体つきをしている」

「純魔術師は遠距離攻撃特化、という常識に縛られているのよ」

「シオも考えたことなかったの」


 そうこうしていると、シャシィがユアの背を押しながら走って来た。

 全員が自分を見ていると察したシャシィが、『むっ』と声を漏らし口を開く。


「な、なに?」

「んや、そろそろシィは強化なしで走っていいんじゃねぇかなってさ」

「えぇーーーっ!? まだムリだから! また倒れちゃうから!」

「はぁはぁはぁ、んっ、はぁ~~。シィさん速いしタフで驚いちゃったよぉ」

「ユアは強化レベルいくつにしてんだ?」

「もう少しスタミナがつくまで2で頑張ろうかなって」

「いいと思うぞ。シィは今のいくつだ?」

「……五」

「今日からユアと同じ2で」

「レイが厳しいよ! あたし死んじゃう!」

「シィには【疲労回復】があんだから余裕だろ? まぁ愛の鞭ってヤツだ」

「愛の……あたし頑張る! もうすっごい二で頑張る! 愛の鞭だから!」

「お、おう、頑張れ」


 朴念仁が自分で埋めた地雷を踏み抜き自爆した。

 ジンもユアもシャシィがレイに好意を寄せていると既に気づいているため、四人は物凄く残念な生き物を見る目を自爆犯へ向けるのだった。


「ところでノワルはまだなの? 流石に遅すぎじゃない?」

「半周した辺りで倒れて庭師に運ばれたよ」

「シィ貴女、強化のこと教えてあげなかったの?」

「あと三日は教えないよ。あたしと同じように苦しい思いをしなきゃでしょ?」

「シィが酷いの」

「酷いわね」

「鬼だな」

「酷くないもん! ジン様ユア様あたし酷くないよね!?」

「ノーコメントで」

「私もノーコメントで」


 トレーニングを終えて王宮へ戻ると、ぐったりしているのに恍惚とした表情のノワルが非常に気持ち悪かった。彼女は風系統と土系統の魔術師なので、シャシィのように自己回復ができないのだ。


 朝メシ前にミレアたちの侍女役撤回を取り付けたレイは、『メシも一緒に食えばいいじゃん』と皆で朝食を済ませゴーレム馬車に乗り込んだ。


 向かった先は王都郊外にある竜舎で、そこには蜥蜴人の使役士と数人の助手っぽい男たち、そして四頭の走竜がいた。


「デカっ!」

「デカいというより分厚いな。レックス系は予想どおりだが意外と尾が短い」

「思ったより怖くないね。口を閉じててくれればだけど」

「流石に良い走竜を持ってるわ」

「赤っぽい紫色だね。赤竜と黒竜が入ってるのかな?」

「麟も大きくて丈夫そうなの」

「豪勢です。売れば幾らになるんでしょうか。一億は堅いですね」


 体高はレイより頭一つほど高いため、二メートル二〇センチくらい。

 尻尾は太いものの意外と短いので、体長は三メートル半といったところ。

 しかし体幅が分厚く後ろ脚は異様に太い。

 前脚が退化した二足歩行の竜たちが、大きな頭と顎と鋭い牙列、縦に割れた金眼で「肉食ですけど何か?」と主張している。


「初めまして、使役士のジャクロです」

「やあ、俺はレイだ。えーと、トカゲ?」

「おい!」

「レイ失礼だから!」

「ハハハ、構いませんよ。モーランの蜥蜴人ですから」

「モーラン族の使役士なら腕は確かね」

「モーランをご存じとは嬉しいですね」

「モーラン族の血統には優秀な使役士が生まれるって有名だもん」

「私たちのクランにはシャンキスというモーラン族の使役士がいるわ」

「おぉ、瑠璃の翼の方でしたか。シャンキスは私の従兄ですよ」

「あら、それは奇遇ね。三月後に発つ予定だからよろしく頼むわ」

「任せてください。万全に仕上げます」


 何に付けても優秀な血統ってのはあるんだなぁと思いながら舎内を見回すレイの目に、とても興味深い道具が映った。どう見ても乗鞍だ。


「鞍つければ馬みたいに乗れんの?」

「もちろんです。この子らは真竜の血を残す三世代目なので、軍馬の倍は速いですし鐘二つ分くらい楽に走り続けます。乗鞍も一人掛けから三人掛けまでありますよ。尤も、三人掛けは乗り手の技量が必要になりますけどね」

「鐘二つ分? ユア分かるか?」

「ジン君情報だけど七時間弱だと思う」

「そりゃすげぇな。二人、二人、二人、一人で乗ってきゃいいんじゃね?」

「思いつきで喋るな。荷物をどうする気だ」

「あぁそうか。でも乗りたくね?」

「まあ否定はしない」

「何かの時のために乗鞍は持っていくわよ?」

「マジで? 結構デカいけど積めんの?」

「走竜の四頭立ては客車と貨車の二連結なのよ。馬なら二〇頭立て並ね」

「二〇馬力ってことか。凄さが判らんけど」

「一五〇〇kgを一秒間に一メートル動かす仕事量が二〇馬力だ」

「よく判んねぇけど凄そうだな」

「軽自動車は六四馬力だぞ」

「バカ言うな。軽に1.5トンも積めねぇだろ」

「積載量にいくなよ。レイは物理学的な仕事の定義を理解するところからだな」


 だったら分からないままでいいと言い切ったレイは、竜舎を後にする。

 竜は幾らで売れるんだとジャクロに詰め寄るノワルを置き去りにして。




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