25:始動
「だいたい神敵認定って何だよ。そんなモンがマジで効くのかよ」
不貞腐れたままのレイが問うと、ノワルがズバッと手を挙げた。
「敬虔なる信徒である私が、蒙昧なるレイ様に解り易く教えて差し上げます」
「丁寧に見下すなコラ」
「否です。同じく蒙昧であったジン様に入れ知恵…んんっ、助言を申し上げたのも私です」
「気にするなレイ、ノワルは腹黒で毒も吐くが頭は……悪いが悪くない」
「お褒めに預かり光栄です」
ヤバい腹黒だと判明したノワルが言うに、アンセスト大帝国が衰退を始め、大陸に戦乱の嵐が吹き荒れる切っ掛けとなった出来事が神敵認定だった。
前提として、神敵を認定するのは教会ではなく、エルメニアの聖皇だ。
今代聖皇は教会教皇にも選出されており、異例の権力集中だと言われている。
エルメニアの聖皇宮に詳細な記録が残っている神敵は暴君だけだが、神話には〝禍ツ神〟という存在が神敵として描かれている。
この神話が神敵認定という概念を生み出し、後の世に邪竜という脅威が出現した際に、当時の聖皇が神敵認定を行ったという古文書は聖皇宮にある。
暴君の神敵認定は邪竜出現から四千年の時が流れた時代で、現在から遡れば千年前の出来事だ。当時の神敵認定は既に聖皇の特権となっており、神敵とされた暴君こそがアンセスト大帝国の大帝、アンディバルド二世であった。
アンディバルド二世は〝斬首帝〟の異名を付けられたほどに残忍だった。
臣下臣民はもとより、皇后や皇太子の首まで刎ねたという。
しかしそれは帝都という局所での出来事であり、帝都以外の地方領は変わらず栄華を極めていた。
つまり、アンディバルド二世が神敵認定された事実を大義名分とした国内の有力貴族たちが、「キタこれチャンス!」とばかりに各地で反乱を起こし、己の領地を私有化し権力と財力を高めたという顛末である。
結果、大陸中央部を起点に戦乱の嵐が吹き荒れ、当時の教会教皇と枢機院は、聖皇による暴君の神敵認定を〝愚断〟と判じ異例の弾劾裁判を行った。
裁判で判明した事実は、〝実権のないお飾り〟だと不満を抱えていた聖皇を言葉巧みに誑かし、アンディバルド二世を神敵に認定させた黒幕がいたこと。
黒幕は現在の東帝国、ドブロフスク帝国の初代皇帝となった元枢機卿だ。
この話だけを聞くと聖皇による神敵認定が胡散臭いでっち上げに思えるが、神話の禍ツ神と古文書の邪竜には、神の宣託を享けた星詠の巫女が登場する。
「レイ聞いてる? 寝ちゃダメだよ?」
「聞いてるって。アレだろ? 千年前からテキトーな特権になってるけど、邪竜が出たのは五千年前で、それがドベルグたちを召喚した理由って話だろ?」
「えっ……ホントだ! 私気づかなかったよ!」
ノワルが『まさかのネタバレ!?』と声を上げたが、咳払いで取り繕う。
「そういうことです。聖下を誑か…んんっ、聖下が認定すれば神敵になります」
「ノワルのどこが敬虔な信徒だよ。つーかダメじゃん。使えるモンは使うってのは仕方ねぇとしても、どうやって認定させんだよ。そもそも会えんのか?」
「そうよね。今回ばかりはレイに同意するしかないわ」
「今回に限定すんなミレア隊長」
「だから隊長じゃないわよ!」
「あのねレイ、枢機卿さんが言うには、聖皇聖下が私たちに好意的なんだって」
枢機卿をさん付けで呼ぶユアがジンへ目を向けると、ジンが捕捉説明をする。
王家やミレアたちの予想どおり、召喚を察知した教会は王宮へ使者を寄越した。
王家はアンセストを教区とする司教が来るだろうと思っていたが、実際に来たのはロレンティオという名の枢機卿であった。
枢機卿とは教皇が任命する補佐役にして側近であり、普通ならばエルメニアを出ることはない。如何な勇者召喚と雖も、初回の使者として枢機卿が足を運ぶなど慮外の出来事だ。更に、ロレンティオは序列一位の枢機卿だという。
ロレンティオ枢機卿はジンとユアと三人だけで話をしたいと要求し、国王は難色を示すも拒否はしなかった。
ジンとユアを庭園へ連れ出したロレンティオは、『聖皇にして教皇たる聖下の依頼を受けてくれるならば、聖皇国と教会は支援を惜しまない』と伝えた。
そこまで話したジンが、ミレアに目を向け再び口を開く。
「ミレアは今代聖皇が教皇に選出された理由…いや、原因を知っているか?」
「知らないけれど、信仰心が篤いからかしら?」
「違う。神紋持ちだからだ」
「!?」
ミレアが絶句し、シャシィも目を丸くして驚いている。
彼女らが驚愕する所以は三つある。
神紋を宿す者の情報は最高機密扱いされるのが常という点。通常、教皇の選出理由は公表も口外もされない点。そして、ジンの既知情報は枢機卿による口外を暗に示しており、間違いなく聖皇自身が情報提供を許可、ないし指示した点。
「まあ、依頼自体は砂漠に落ちた一本の針を見つけるような内容なんだが、受諾するだけで全面的に協力してくれるなら受けない手はないだろう?」
「…その依頼内容、私たちも教えてもらえるのかしら?」
「隠す理由も必要もない。聖皇の依頼は、賢者神紋を持つ者の捜索だ」
「「えっ!?」」
「あのねミレアさん、聖皇聖下は私たちが三人なのを知ってて、私たちの中に賢者がいると思って枢機卿さんを使者にしたんだって。私たちの中に賢者はいないって伝えたら、絶対どこかにいるから探して欲しいっていう話になったの」
ミレアとシャシィが、何とも言えない表情でレイに視線を送る。
当のレイは『誰得なのか知らねぇけど会えるならそれでいいんじゃねぇの』と言いながら、紅茶に添えられていた角砂糖を口に放り込んだ。
「「どうして黙ってるの(よ)!?」」
ミレアとシャシィがハモりで吼えた。
「ん? どういうことだ? レイは何か情報を持ってるのか?」
「持ってるっちゃあ持ってる。俺的には微妙すぎると思ってっけど」
「どこが微妙なのよ!」
「そうだよ確実だよ!」
「んーや、俺の勘だと賢者氏はフラフラしてる自分勝手な野郎だと思うぞ?」
「面白そうな話だな? 詳しく教えてくれ」
「ふふっ、レイって昔から変なことよく知ってるよね」
レイはリュオネルから聞いた話の詳細を伝えた上で、持論を展開する。
賢者は前触れもなく月森に現れて極鋼を置いていくという、まぁ勝手な奴だ。
それも「神匠が現れた」という理由なのだから、賢者はエルメニアと同じく神紋持ちの誕生なり出現を知る何らかの手段を持っている。
当然、神紋を持つ自分たち三人が新たに現れたことも知っているだろう。
更に、賢者がレイたちに興味を持っているなら向こうから会いに来るはず。
何しろ彼は、不老不死の超ヒマ人なのだから。
その辺のことをまるっと横に置いたとしても、微妙なことに変わりはない。
こっちが会いに行った時に居るとは限らないし、会ってくれるかも判らない。
隠れ家の鍵になるペンダントをリュオネルから預かりはしたが、リュオネルは賢者の承諾を得た訳でもない。
もっと根本的なことを言えば、サクッと行ける場所ではないし、いつ行けるようになるかも全く見当がつかない。
正しく絵に描いた餅以外の何物でもない。
「なんだ、一応の所在も判ってるのか。どこだ?」
「メイズ六〇階層の守護者部屋。時空間魔法で隠れ住んでるんだとさ」
「へぇ…確かに微妙だし、今必要な情報でもないな。面白かったが」
「そうだね。必要な時がきたらレイはちゃんと言ってくれるもんね」
「おうよ。ジンとユアは何をするか考える役で、俺がそれをする役だからな」
「「…………」」
レイたちの会話に納得するしかないミレアとシャシィが、バツ悪そうに顔を見合わせ苦笑する。すると、珍しくシオが嬉し気な顔で口を開いた。
「ユア様たちは仲良し。シオたちと同じなの」
「私もミレアさん、シィさん、シオさんを信頼しています。もちろん他のパーティーメンバーもです。何なら抱かれてもイイです。五人までなら余裕です」
「ノワルってガチでぶっ壊れてんのな」
「まだ壊れていません。レイ様のは大きそうなので壊れるかもしれませんが」
「「「「「「…………」」」」」」
ヤバいどころか末期患者だと判明したノワルから目を逸らしたジンが、咳ばらいをしてミレアに目を向け口を開く。
「時機をみてエルメニアへ行こうと思うんだが、実質どれくらいで往復できる? バラクとは話がついているし、現地の滞在日数は三日程、足は四頭立て竜車だ」
「竜っ!?」
「ふふっ、レイが見たがるって言ってあるから明日一緒に見に行こ?」
「行く行く!」
不機嫌の度合いを増すばかりのシャシィに、ミレアが手をそっと背に添え優しく撫でる。シャシィもその心遣いが嬉しく、後ろ手にミレアの手を握った。
ノワルがピクピクっと反応しているが、どうせロクデモナイことを考えているに違いない。
「本当に手回しが良いのね。その条件で単純往復なら二月半かしら」
聞いたジンが親指で顎先を撫でながら思案する。
ユーラシア大陸をモデルにアンセストとエルメニアの位置関係を考えると、アンセスト王都がカザフスタン中央で、エルメニアは黒海とトルコを合わせた感じ。
もちろん黒海やカスピ海はないし、大陸の北方は大半が未開地だ。
既に通行許可を通知してきたバラクはアンセスト北西の隣国で、ジンが起案した通商条約を匂わせる内容の親書に、一も二もなく良好な反応を返してきた。
エルメニアの西には西帝国、つまりオルタニア魔導帝国がある。
オルタニアの帝都は西海岸にあるため、もしオルタニアまで足を延ばすなら、往復旅程は四ヵ月ないしは五ヵ月になるだろう。
「なあレイ、極鋼ってのを持参して神匠を探してみるか?」
「いつかは探すつもりだったしアリだな」
「なら出発は三ヵ月後が妥当か」
「妥当な判断だと思うわ」
なぜ三ヵ月後が妥当なのか判らないまま、レイは『了解』と返した。