24:勇者、自重を止める
王国側の意向を無視はせずとも興味の欠片もないレイは、晩メシ時とあってサロンからバックレてダイニングへ向かった。ユアは当然の如くついて行き、ジンも聞く価値はないと判じたらしくサロンを後にした。
「レイお前、少し雰囲気が変わってないか?」
「お、判っちゃう?」
「私も思った。なんだか少し大人っぽくなった気がする」
ユアのコメントにはピンとこないが、レイは「人を殺した」という事実に大きな葛藤と懊悩を抱えている。しかし、それを表に出したからといって、何の解決にもならないことは解っている。
この葛藤は自分の中で解消するしかなく、最も重要だと思うのは、ユアが人殺しをせざる得ない状況を作らないこと。もしそんな状況が生じたら、躊躇せず自分が手を下すと既に決意していた。
この辺のことについては、ジンにだけ話しておこうと思っている。
「そういやブーストできるようになったぞ。体と五感と脳の全部」
「俺とユアもフィジカルは少しできるようになった」
「マジで?」
「レパント老が協力してくれてな。まだ微妙な線だが魔法も使えるぞ」
「そうだった…ジンとユアは魔法使いだった…」
帰って早々にアドバンテージを失ったレイは、グラスを持ったままダイニングテーブルに突っ伏した。
「レイ様、前菜をお持ちしました」
メイド服に身を包んだミレア、シャシィ、シオがオードブルの皿を持っている。
「え、違うだろ感がハンパねぇんだけど?」
「………お戯れを」
「戯れてないっすよミレア隊長」
「隊長じゃないわよ! 契約なんだから仕方ないでしょ! 早く食べなさいよ!」
ミレアがキレた。シャシィが寄って来て耳元で囁く。
「ダメだよレイ様、さっきまで鏡の前で悶えてたんだから。あたしもだけど」
四十数日ではあるが、素に戻った上に鍛錬や模擬戦、実戦に明け暮れていたのだ。初めて王宮へ上がった頃と同様の場違い感に襲われたのだろう。
「もう護衛役だけでいいんじゃね? 俺が頼んでやろうか?」
「「ホント!?」」
「シオも頼んで欲しいの!」
「皆さん、私だけ除け者は酷いと言わざるを得ません」
「えーと、誰?」
「シィの代わりに呼んだ魔術師のノワルよ。ノワル、挨拶なさい」
「初めまして、仮名ノワルと申します。没落男爵家の次女で、娼婦に身を窶していたところをサブマスターに拾って頂きました。母と兄姉の消息は不明です」
「あーうん、赤裸々すぎてドン引きなんだが?」
「失礼しました。人となりを伝えるべきと愚考したもので。早く食べてください」
見た目は無表情なクールビューティーだが、彼女も思考回路が絡まってるか断線しているようだ。ジンとユアも初耳だったらしく唖然としている。
面倒なコース料理を食べ終えたレイたちは、ジンの部屋で報・連・相を始めた。
「クリスが口を割った。やはり国王は俺の子をフィオに産ませる気だった」
「殿下呼びを止めたんだな。敵対すんのか?」
「敵対は面倒なだけでメリットがない。対等な関係を明確にしたまでさ」
「お互いに譲れない部分と、利用し合える部分を明確にしようって決まったの」
レイが発った後、ジンとユアは四〇日間の大部分を修練と学習に費やした。
四〇日間の根拠が、レイの旅程にあったことは言うまでもない。
ジンは近衛騎士を相手に片刃直剣で手応えを試し、ユアは王宮書庫で必要になるだろう情報を集め、共にレパントの指導で魔力制御と術式構築理論を学んだ。
四〇日間が過ぎた日、ジンは自身の戦闘力を近衛騎士や宮廷魔導士と比較した上で、そう簡単に死ぬことはないと判断。ユアが集めた史実や世界情勢、メイズ関連情報、ドベルクの回顧録内容などを包括的に勘案し、二人は「アンスロト王家の庇護は必須に非ず」との結論に至った。
「アンセスト存続に協力する対価として、王家は金と権力を駆使し俺たちに協力する。要するにバーターだな」
「(相変わらず難しい。実際に何すんのか全然わかんねぇけど)OKだ」
「レイ分かってないでしょ」
「まぁな」
「経緯を話したまでだ。レイには具体的な話が向いてるのも解ってるよ」
言ったジンが、アンセストと周辺六ヵ国の地図をテーブルに広げる。
すると、聞き役に徹していたミレアたちが身を乗り出した。
「へぇ、こっちの地図も結構ちゃんとしてんだな。手書きだけど上手いわ」
「こいつはレイがいない間に俺とユアで作った。描いたのは絵師だけどな」
「ああ、だからミレアたちが興味津々なワケか」
ミレア、シャシィ、シオ、ノワルが地図を見ながらウンウンと高速で頷いた。
彼女たちは等高線や地図記号など知らないが、山や谷などがある場所は知っている。森林を緑色、高山を茶色、河川を青で塗ってあれば、その線が高さや低さを表しているのだと直感的に判る。
ユアが言うに、この大陸はユーラシア大陸を一回り小さくした程度の規模で、東西に長い形は似ている。緯度的にはユーラシア大陸よりも北極寄りらしい。
アンセスト王国は大陸中央から見て南西に位置し、イタリアを一回り大きくして垂直にしたような国土面積ではないかと。
「聞いた話での推測だから間違ってるかもだけどね」
「違っても困るワケじゃないし別にいいんじゃね? で、この●▲■は何よ」
「●が首都、▲が軍事拠点、■が主要都市だ」
「どうやってこんな情報を…」
呟いたのはミレアだった。
「これを使って空撮した。俺が撮った訳じゃないが」
「レイのとは少し違うけどスマホよね? くうさつは分からないけど」
「飛行機の窓から地上を撮った動画とか画像を観せただろ? 空から写すことを空撮っていうんだ」
「あたし分かった! 飛竜でしょ!」
シャシィが言うと、ジンが一つ頷いた。
「飛竜もいるのかよ。つーか、よくバッテリーがもったな?」
「俺にソーラー充電器マジ最高って言ったのは誰だ?」
「持って来てんの!? 貸してくれ! 俺の二〇パー切ってんだよ!」
図らずもジンのファインプレーが光った。
アンセストは亜竜種の飛竜を二体保有している。大帝国時代には百体規模の飛竜戦団もあったらしいが、この数百年で〝使役士〟はレア職になっている。
これは世界的な現象で、魔獣を使役する獣人種の能力が低下しているという説が有力らしい。つまり、使役士は漏れなく獣人ということだ。
「混血エルフが精霊を認識できないのと同じだね」
「それもリュオネル情報?」
「うん。だから月森の一族は純血を守ってるんだって」
そんなトリビアが飛び出しつつ、ジンは本題に入る。
「最終的な情勢安定化には教会の協力が必須になるんだが、俺はメイズより周辺六ヵ国を先に片付けるべきだと考えてる。具体的な手段は同盟と武力行使だ」
「「「「えっ!?」」」」
ミレアたちが驚き、それは無理だろうと怪訝な目を向ける。
「月森で聞いた話からすっとアリかもな。ミレアとシィは寝てたけど」
ニュールから月森へ戻った日の夜に、『周辺六国内で五国の各戦力はアンセストに劣る』とリュオネルが言っていた。
加えて、アンセストの北部で国境を接する二国は侵略が大目的ではなく、メイズ産物を含めた交易と技術供与を望んでいるとも言っていた。
アンセスト北部は豪雪地域なので、更に北の二国は冬季の生産力が極端に落ちる。おまけに冬が長いため国内総生産はかなり低い。
そこで、メイズ産物で造った融雪魔導器や農耕魔導具があれば、冬場に餓死や凍死する国民がかなり減るだろうと。
「そういう話を真っ先にしろよ。俺とユアが調べた情報と一致してる」
「そういう話を俺に求めるジンが間違ってんのは間違いない」
「ふふっ、レイの興味はそういうんじゃないもんね」
「おう。ジンも少しユアを見習え。俺はそういうんじゃない!」
「ったく、分かってるけど言いたくもなるだろ。とにかくだ、北の二国と経済的な同盟を結ぶことを第一フェーズにしたい。どうだ?」
レイとユアは「さんせーい」と声を上げるが、ミレアたちは呆気に取られている。ノワルだけは『父上がジン様のような人だったら没落しなかったのに…』と呟いていた。
「ジン様の計略にケチをつける訳じゃないのだけど、一ついいかしら?」
「もちろんだ。遠慮や忖度は要らない」
「思惑通りに六国を片付けたとして、その後はどうするの? 六国の向こうにも国があるのだし、大戦に発展するような戦略はシーカーとして困るわ」
腕の良いシーカーが稼げる所以は、メイズ産物が多くの国々に輸出されているからだ。輸送を担っているのは大商会やギルドのキャラバンだが、キャラバンの国境越えは、聖教会が有料で口利きをするという仕組みが確立されている。
これは世界人口の八割超を信徒とする教会の権威と組織力が絶大だからであり、例え東や西の帝国と雖も、教会が「通行許可を」と言えば出さざるを得ない。
しかし、聖教会は聖戦以外の戦争当事国をガン無視することでも有名だ。
アンセストが戦争当事国に認定されると、国際輸送が不可能になってしまう。結果、メイズ産物の買い控えに伴う相場の下落が生じ、シーカーの稼ぎは減る。
「尤もな懸念だが、俺たちは神に選ばれた勇者と聖者と…脳筋だぞ?」
「ぅをい! 何だこれイジメか!? 暴れるとこか!? おん!?」
「……まさか、アンセストの敵対国を神敵認定させる気なの?」
ジンが悪い顔でニヤリと笑んだ。
静かにしてろと言われたレイが仏頂面でソファに沈む。
微笑むユアがそんなレイの頭を撫でる。
目を細めたシャシィがユアを見遣った。