23:ただいまあ!?
シェルナ戦の翌朝、レイは普段どおり早朝トレーニングを行ったが、クランの皆はどう接すべきか戸惑いながら遠巻きに眺めていた。
シェルナの声がけでトップパーティーの面々が戦闘訓練を始めたと小耳に挟み、「いいクランだ」とレイは思わず頬を緩めた。
ここにジンがいれば「戦力だけじゃメイズ攻略は進展しない」などと言うだろうし、レイがメイズ攻略の難しさを実感するのはまだ先のことである。
当然だがディナイルもトップパーティーの一員であるため、彼らの訓練終了を待って出発を告げに部屋へ向かった。
「訓練の緊張感が高まったのは久しぶりで楽しめた。ところでミレア、シィ、お前たちはどうなんだ? 護衛に徹しているなどと詰まらんことを言うなよ?」
「言わないわよ。私もシィも王都へ行った頃とは違う。今年も参戦は無理だろうけど、次の序列決定戦が楽しみで仕方ないわ」
「そうか、ならいい」
ミレアはレイとの訓練や模擬戦で着実に力量と技量を伸ばしており、シャシィもレイに魔力制御を指導することが自身の訓練になり熟練度を上げている。
何より、体内を縦横無尽に走る魔力路は、自分より魔力強度が高い者と触れ合うことで僅かずつだが感度を上げる。
魔力強度は生まれ持った資質が物を言うためどうしようもないが、レイの高強度魔力を体感することで、魔力制御技能にある〝圧縮〟の練度が日々向上を続けている。限界だと思っていた圧縮が児戯に等しいと体感すれば人は上を目指せる。
シャシィが「レイの魔力に慣れたから平気」と言う所以は、以前よりも高い圧縮率で強度を高めた魔力を循環するようになったからに他ならない。
実のところ、ディナイルは昨日一見した時に二人の変貌に瞠目しており、序列が大きく変わりそうだと内心笑いが止まらずにいる。
「今度来た時は戦ろうぜ」
「いいだろう。若い者に上がいると教えるのも俺の役目だ」
「上もその上も超えてくのが若いヤツの特権だって教えてやんよ」
「フッ、とことん楽しい奴だな」
「だろ? さて行くか、またなディナイル」
楽しみが増えたとゴキゲンでディナイルの部屋を後にし、中庭の極鋼を彫り出して玄関ホールへ。すると、そこには目の下に濃いクマを浮かべる黒兎がいた。
「どうしたの? クマが凄いわよ?」
「あたし原因が分かったかもぉ」
「か、体中が痛くて…明け方まで眠れなかったです…今も痛いです…」
「全身筋肉痛か。頑張った証拠だな」
イイ笑顔でサムアップするレイに、ララがジトーっとした目を向ける。
「【治癒】かけてあげるよ」
「ちょい待ち。治癒はしない方がいいんじゃね?」
「なんでダメなの?」
「ダメっつーか、良くないんじゃねぇかなって話」
トレーニングによる負荷で生じる筋肉痛は、傷ついた筋繊維が修復される際の炎症により、痛みの元となる刺激物質が生成されて起きる。だが、筋繊維は修復される過程で筋幹細胞が分裂し太くなったり本数が増える。
もしシャシィの【治癒】が筋幹細胞の分裂を阻害もしくは無効化するなら、筋力的な面のトレーニング効果が得られない。レイは【治癒】に関する知識がないため、「治癒しない方がいいかも」と考えているのだ。
「それは大丈夫だと思うよ」
「つーと?」
「【治癒】は自然治癒力を向上して促進させる術式だから」
「元に戻すみたいなモンじゃないのか。なら【治癒】で」
「はーい」
シャシィが二言三言を呟くと白金の粒子光がララを包み、体へ溶け込むようにして消えていった。
「痛くなくなってきましたー! シィさんありがとうでーす!」
「いいんだけど、どうしてパーティーの術師に治して貰わなかったの?」
「ベッドに〝今日はゆっくり休め〟って書置きがありましたー。皆メイズに行ったみたいでーす!」
「昨日の惨状を見て気を遣ったんじゃないかしら」
「惨状って言うな。時間の関係で詰め込んだだけだ。よしララ、軽く復習するか」
「「「えぇ……」」」
再びイイ笑顔でサムアップしたレイの復習は、凡そ三時間に及んだ。
極鋼を片手にイイ笑顔で立ち回る姿は不気味である。
軽業士の能力が仕事をしているのか、ララはスポンジが水を吸い上げるかの如く上達していく。指導するレイもそれが楽しく、つい興が乗ってしまう。
バシィィィッ!
「おっほ、今のもイイ! 傭兵の十人くらい一蹴できっぞ。蹴撃だけに!」
「ホントですかー! ララ強くなれるでーす♪」
歓喜するララを尻目に、レイはミレアとシャシィに「上手いこと言ったろ?」とドヤ顔を向けるが、二人はフイと目を逸らした。
どうやら「もう昼になっちゃうじゃないの!」とご機嫌斜めのようだ。
何をするでもなく三時間も待たされれば不機嫌になる。
「さて、行くか」
「「朝も聞いたよ(わ)」」
「えー! もう行くんですかー! 今度はいつ帰ってくるんですかー!」
「いつになるのかしらね…」
「まだまだ色々ありそうだよね…」
ララを指導しろと言ったのはミレアじゃないか、とレイは釈然としないままクランハウスを後にした。
屋台で昼食を、露店で果物を買ってボロスを発つと、ミレアは思い出したように大金貨二一枚が入った革袋をレイに放り投げた。
「なにこれ」
「傭兵を売った代金よ」
大陸共通通貨にして二一〇万シリンの大金である。
レイは屋台や露店の商品価格を思い出しつつ、七名分の代金として高いのか安いのか判然としないまま疑問を投げかける。
「奴隷になったんだよな?」
「犯罪奴隷よ。普通なら鉱山とか辺境の開拓地送りね」
「あいつらは普通じゃないって意味か?」
「メイズ都市だとクランが買って囮に使うのよ」
「囮?」
「魔物の群れが進路に居座ってる時とか、守護者部屋とかね」
「おぅふ生餌かよ…」
そりゃ必死に懇願する訳だと、レイはボロスに向け十字を切った。
ミレアは『過労死か絶望死かの違いだけよ』と言うが、レイは是非とも前者を選ばせて頂きたいと思うのだった。
ボロスを発った二日後、王都へ帰着したレイたちは王宮へ直行した。
エントランス前に立つ近衛兵に『これ、クソ重いけど超貴重品。どこに置けばいい?』と尋ねれば、彼は『確認して来ます!』と言いダッシュした。
誰に確認したのかは謎だが『我々の詰め所であれば安心かと!』と言われ、王宮裏手の東側にある詰め所へ放り込んだ。普通に床が抜けたのは言うまでもない。
「よおユア、ただいまあぁおおお!?」
「遅ーーーいっ! すっごく心配したんだからね! もう! もぉーーーっ!」
詰め所から出たところへ駆けて来たユアが、ぐっと背伸びをしてレイの胸ぐらを掴み、甲高い声を上げながらガクガクと揺らす。
これはそこそこ怒ってらっしゃる時だ…とレイは判定した。が、当初から月森での滞在日数は未定だったし、自分的に早くはないが遅くもない気がしている。
そこへゆっくりと歩いて来たジンをユアの頭越しに見る。しかしジンは三メートルほどの距離でピタリと足を止め、腕組みして瞑目した。我関せず体勢だ。
ここで下手に言い訳をすれば余計に怒ると判っているため、レイは「そうね」とか「すんません」と合いの手を入れつつユアハリケーンが過ぎ去るのを待つ。ジンがいよいよウンコ座りをし始めるほどの耐久戦である。
普段のユアはガっと怒ってサッと終わる性質なのだが、やはり異世界ということで心配と不安を募らせていたのだろう。
「ふぅふぅ……今日のところはこれくらいで勘弁してあげる!」
レイは「チンピラの捨て台詞かよ」と思うが言わない。言える訳がない。
やっと終わったかと呆れ顔のジンが、よっこらせと立ち上がり口を開く。
「愛情の確認が終わったなら行くぞ。陛下たちが待ってることを覚えてるか?」
「あ、そうだった。ごめんなさい」
少し離れた位置で傍観していたミレアとシャシィが、「愛情の確認は否定しないのか」と目を細めた。レイが局地的にモテモテである。
国王専用サロンにはヴィルフリート十八世、王太子クリストハルト、宰相マンフレート、宮廷魔導士筆頭レパント、そしてフィオの五名が待っていた。
無事で何より云々のテンプレ挨拶が終わり、レイが喋りミレアが捕捉する形で報告が始まった。
レイはニュールとボロスの話は端折るつもりらしく、ミレアは「ニュールの件は話すべきじゃないかしらん?」と思いつつもレイに合わせる。
レイがざっくりと報告したのは、六つの事項だけである。
・ヴェロガモとキエフが月森のエルフを拉致しまくっている。
・エルフは森を出られないため物資の援助が定期的に必要だ。
・零式については未だ不明だが、メイズ六〇階層へ行けば判明するかも。
・過去に召喚されたのは、ドベルクとアンティだけでなく賢者を含めた三人。
・月森の族長に貰った極鋼の加工には神匠の神紋持ちが必要だ。
・神匠は西帝国で噂の天才じゃないかとの情報が教会上層部から出た。
たった六つなのだが情報過多による混乱が発生し、王国側の五名は喧々諤々の議論を始めるのであった。