20:メイズ都市ボロス
朝食をゴチになったレイは、『ボロスだけは勘弁してくれ!』と懇願する傭兵たちに向け、キリっとした顔で『ムリ!』と告げ荷台へ放り込んだ。
「素晴らしい邂逅だった。再会を楽しみにしているよ」
「レイ様、ミレアさん、シャシィさん、本当にありがとうございました」
「レイ、いつでも来い。歓迎する」
「おう、また戦ろうな」
「馬鹿を言うな。二度とごめんだ」
「いや今度はちゃんと戦っか――」
「断る!」
「食い気味に拒否んな! ぜってー戦る!」
ガオーと吠えるレイは極鋼を持った姿だ。
試しに落としてみたらやはり地響きと共に深々と埋まったため、一瞬たりとも手を放すなとミレア隊長に厳命されている。
大きく手を振る里の皆に見送られ、レイたちは経由地のメイズ都市を目指す。
流石に襲撃イベントが発生することもなく、レイは胡坐をかいた脚の上に極鋼を置き、魔力制御トレーニングに勤しむ日々である。
ミレアが打撃技を教えて欲しいと言い出したため、野営の際に二時間ほど指導するようにもなっている。当然ながら強化アリだ。
「はうっ、くっ…参ったわ」
「んー、良くはなってんだが、もっとこうコンパクトな挙動を意識した方がいい。大振りが癖になってるっぽいけど、メイズってそんな戦り方なのか?」
「メイズの中層以降は魔物がどんどん集まってくるから、なるべく一撃で倒したいのよ」
「なーる。だったらさ、ミレアは双剣士なんだし蹴り技に特化してみる? 例えばこんなんとか」
言ったレイは、古式のカポエイラを披露する。
まるでBGMが流れているようにリズミカルな蹴り技が、縦横無尽に繰り出されていく。人はここまで身軽になれるのかと思ってしまうが、やってる本人も身体および感覚強化の恩恵に驚いていたりする。
(こりゃいい! 腕で支える必要がなくなった)
側転やバック転、前転が漏れなく宙返りに変わっていく。
空を切り裂く音も鋭さを増してゆき、超高速な空中ブレイクダンスのようだ。
お前はチャイナドレスのストリートファイターかと言いたくなる。
「すごっ!」
「いいわねこれ……ララに打ってつけな気がするわ」
「それいいね! あの子脚力だけは凄いから!」
「よっと、まぁこんな感じだ。使い熟せば手数が増えそうじゃね?」
ムーンサルトから回し蹴りを放った変態レイがザっと着地し、「俺も二刀流とかやってみてぇな」と益体ないことを考える。
ミレアが是非と答え、体幹、特に内転筋が肝だなと判じたレイは、彼女ならイケるだろうと、いきなり水平コペンハーゲンプランクから始めた。
見ていたシャシィが『それならあたしにも出来そう!』と参加するが、水平コペンハーゲンプランクはくっそツライ。鍛え抜かれた体幹の持ち主でも顔を歪めるほどにツライ。
案の定、シャシィは一分ともたず『ムリ…』と呟き、男に捨てられた女の如く地面にしなだれプルプルしている。
「これヒップアップにもいいぞ? キュっと上がった魅惑のプリケツになれる」
「何ですって!? やってやるわ!」
「えぇ~、レイ様みたいなお尻になっちゃうの?」
「なるワケねぇし俺のケツ筋を悪く言うな。むしろ褒め称えろ」
そんな充実(?)した日々が続き、一行はメイズ都市ボロスへ到着。
レイたちの身元はクラン瑠璃の翼でもマスターとサブマスター、そして選抜されたミレアパーティーしか知らない。
よって発つまでの間は様呼びできないと言われたが、レイとしては願ったり叶ったりであった。
「あ、レミアさん! シィさん! お帰りなさいっす! 長かったっすね!」
クランハウスの玄関から出て来たのは、灰色のケモ耳をピクピク動かす狼人族の少年だ。レイの目には中学生くらいに映るが、獣人は幼年期の成長が早いため未だ七歳という若さである。
「久しぶりねオロ。でもまだ仕事の最中よ。マスターはいるかしら?」
「いるっす。その人間デカいっすね。新人っすか?」
「彼は客人よ。出くわした傭兵団の捕縛を手伝ってくれたの」
「ねえオロ、荷台の傭兵を牢に入れといてよ。後で分け前あげるからさ」
「シィさんあざっす! 放り込んどくっす!」
ニカっと笑んだオロは、二人の傭兵を軽々と肩に担いで裏手へ走っていく。
「獣人って筋力たけぇんだな」
「オロは足も速いよ。まだ七歳の修練生だから自由には潜れないけど」
「え、あれで七歳とか反則だろ」
「レイさ…レイの方が反則だと思うわよ? それはもう色々とね?」
まぁそうねと思いつつ、ミレアとシィに先導されクランハウスへ。
鉄筋コンクリート製っぽい建物は、天井の高い高層建築だ。玄関を入るとソファやテーブルが各所に置かれた大ホールで、ヨーロピアンな洋館を想わせる。
皆から「お疲れ様です」とか「依頼終わったんですか?」などと訊かれるミレアとシャシィは、クランの中でも上位陣に入っていそうな雰囲気だ。
「ミレアとシィってクランの偉いさん?」
「まさか。私たちのパーティー序列は七位よ」
「パーティーは八人前後だから、あたしたちよりデキるのが五〇人くらいだね」
「層が厚いな。全部で何人いんの?」
「今は七〇〇くらいかしら。ボロスで三指に入る貢献度なの」
「そんなに多いのか。つーか貢献度ってナニ? 強いって意味?」
「そう言えなくもないわね」
クラン設立には、シーカーギルドが設定した要件をクリアする必要がある。
戦士もしくは魔術師ギルドに登録していること。
代表者に三等級以上の戦闘力とメイズ知識があると認められること。
一定金額以上のメイズ産物売却実績があること。
代表者を含めて五名以上の固定人員が揃っていること。
各ギルドの危険人物リストに載っていないこと。
そして罪科がないこと。
これらの要件をクリアして初めてクラン設立が承認され、設立後も一定数以上の高難易度依頼の完遂と、メイズ産物の売却が義務付けられている。
そして、設立後の実績を貢献度に換算してクランは格付けされる。
貢献度が高ければ割りの良い依頼が舞い込むし、世界的な知名度も上がる。
クラン設立の実効的なメリットは他にもあり、租税率の更なる減免とシーカー育成補助金の受給、ギルドが優良と認める商会や工房との取引優先権など。
要するに、資金と武装と情報の確保が容易になるという寸法だ。
また、大手クランに所属していれば妙な輩に絡まれる面倒事もなくなる。
「ギルドとクランは持ちつ持たれつって感じか」
「そこにメイズ保有国も入るわ」
「あーそうか、税金絡んでるもんな」
「レイに会えたのも瑠璃の翼に入ってたおかげだしね」
「毎日『帰りたい帰りたい』って言ってたくせに」
「それはそれ! レイはレイなの!」
意味分かんねぇなと思いながら、案内されたのはクランマスターの部屋。
相変わらずウェイターよろしく銀色の閃光が走りまくる極鋼を持っているため、すれ違う者たちに「コイツナニ?」といった目を向けられている。
コンコンコン
「マスター、ミレアです」
「シャシィでーす」
「レイでーす」(裏声)
「お、おう、入れ」
呆れるミレアとくすくす笑うシャシィの視線を浴びつつ追従する。
クラシカル且つシックなモノトーンで統一感のある洒落た部屋には、白灰色の髪を後ろへ流すダンディなガチムチが佇む。切れ長で鋭い目つきが印象的だ。
書類仕事の手を止めたのか、机に肘をついて組んだ手には羽ペンが。
「ほぉ、なかなかどうして、前評判は当てにならんな」
「やっぱり判るわよね」
「だよねー。だってレイは……レイ? どうしたの?」
「ふふっ、戦士だとそうなっても仕方ないわ」
レイは頬を引き攣らせながらも、眉間に皺を寄せ目を細めている。
(こいつ強ぇ…桁が三つ四つ違うわ。勝ち目は…ねぇな。涎が出そうだぜ)
「そう戦気を飛ばすな、戦りたくなる。クラン瑠璃の翼を纏めるディナイルだ」
「望むとこだけどな。召喚されたレイシロウ。レイだ」
「気構えも悪くない。王家は当たりを引いたようだな。さて、予定外に帰還した理由を聞こう。前置きは要らん」
「マスターは〝神匠〟という神紋持ちを知っているかしら?」
「その異様な金属の絡みか。保証はないが心当たりはなくもない」
「頼りになるわ。教えてもらえる?」
ディナイルの心当たりとは西の帝国、つまりオルタニア魔導帝国である。
西帝国は昔から魔導工学分野で突出した技術力を誇るが、この三〇年ほどにおける技術の躍進は驚愕に値する。
その中心にはとある天才の存在があると噂されているものの、厳重な秘匿政策により経歴どころか名すら明かされていない。
その人物が名匠か古匠を持つのは確定的であり、やもすると神匠の神紋持ちかもしれない、と。
「誰から聞いたの?」
「教会上層部だ。希少素材を回した対価の一つとしてな。相応に信憑性も高い」
「マスターがそういう情報を求めた、ということ?」
「七二階層でガンドタイトが出た。しかもメタだ」
「「えっ!?」」
「内でも外でも喋るなよ?」
「喋れないわよ!」
「それは加工できないよねぇ」
レイを蚊帳の外に置き、メイズ談話は進むのだった。