18:結果オーライ
四人の衰弱が予想以上に激しかったため、予定を変更し闇夜に紛れ宿まで戻って馬車の荷台に潜ませた。シャシィを護衛に残し、レイとミレアは娼館へ向かう。
客を取らされている可能性があるので、部屋を虱潰しにする際、四人が足手纏いになるとのミレア判断だ。
「速攻でいくわよ」
「了解しましたミレア隊長」
「なによそれ」
「そんな気分だから。いくぜ?」
「いいわよ」
バキィッ!
レイが裏口を蹴破りミレアが突入し、続くレイは地下へ向かう。
ミレアは客室の扉を開けながら、目に付いた男を漏れなく殴り倒していく。
確実に客だと判る者もいたが、運が悪かったと諦めてもらう。
「なっ!? 誰だテメぼげぇ…」
「うわ、ゲロりやがった」
地下牢の扉前で酒を飲んでいた男を吐瀉物に沈め、鉄扉を蹴破り奥へと進む。
聞いていたとおり、扉から三つ目の牢部屋に三人のエルフがいた。
「早めに来たぜ。逃げっぞ!」
「うん! ね、来てくれたでしょ!」
「「うん!」」
二人を左腕で抱き、一人を背負ったレイが階段を駆け上がる。
「三人とも確保した! 行くぞ!」
「了解よ!」
「なっ!? ま、待ちやがれ!」
「待たねぇけどこっちから行ってやんぜ! っしゃライダーキィークッ!」
メキャッ!
「ぶべらっ」
今日イチの重症者を生み出したレイが、背負っていた一人を右腕に抱いて裏口を抜け街を駆ける。チラリと後ろを見遣ればミレアが追走していた。
カカカン! カカカン! カカカン! カカカン!
「いよいよバレたか」
宿へ駆け込んだレイが厩舎前でシャシィを呼び、出て来た彼女に三人を預けた。
追って来たミレアの横を駆け抜けながら『頼むぞ!』と告げ、城壁門へ向かいながら強化レベルを上げていく。
警備兵は外郭上の方が多く、警鐘を聞き降りて来る兵もいる。
しかし何が起きたのかは伝わっていないらしく城へ向かっている。
つまり、レイの方へ走って来ている訳だ。
「…悪ぃけど、不慮の事故ってことで許してくれ!」
十中八九は殺すことになるなと思いつつ、覚悟を決めて直進する。
闇夜でなくとも目視困難な加速度で、不運な兵たちを弾き飛ばして行く。
ドゴッ! ドゴドゴッ! ドゴッ!
確実に殺した感触がレイを襲い、どうにも顔が歪む。
「クソったれあーーーーーっ!」
ドガァアアアアアアアアンンッッ!!! メキメキメキッ…ズズゥウウウウン!
圧し折られた木製の閂が宙を舞い、鐵で補強された分厚い門の右扉が蝶番を飛ばして外側へ倒れた。
「流石に痛ぇ…」
痛ぇで済むレイは既に人外染みている。
残った左扉を押し開けて振り向くと、石畳を鳴らす馬車が兵士に追われながら走って来る。が、一人、また一人と兵士が悲鳴を上げ崩れ落ちる。
「うわぁ、それはエグすぎだろ…」
シャシィが追って来る兵士の足を石畳ごと凍らせているため、曲がってはいけない角度で脛や膝が曲がっている。痛みを想像しただけで股間がスゥ―っとする。
馬車が門を抜けたところで走り出し、速度を合わせたジャンプで御者台に着地。
荷物満載で重いため馬には申し訳ないが頑張って頂きたいとレイが思った時、御者台側の幌を開けたシャシィが馬に向け治癒魔術を飛ばした。
「え、治癒ってこんな時も有効?」
「今のは【疲労回復】だよ。【精神回復】もあるよ」
「どんだけ便利だよ」
「ユア様の聖系統魔法はもっと凄いはず。良く知らないけど」
「リュオネル情報?」
「うん。ジン様とユア様も大賢者様に何か教えてもらえるかもね」
「それいいな」
月森の里で大宴会が催された時、レイはリュオネルにメイズ六〇階層について色々と質問した。
その流れで大賢者は何年くらい生きているんだと問うと、かれこれ五〇〇〇年近くだと返された。
そう、大賢者はアンセストの建国帝ドベルク、そして妻になったアレティと共に召喚された者だった、というのがリュオネルの言葉だ。
なのだが、ドベルクの回顧録に関する話を聞いた時、フィオの口から賢者という言葉は一度も出ていない。
それを問うと、リュオネルが『それは不思議だね』と答えた。
というか、彼は回顧録の存在を知らなかったため、事の真偽はメイズ六〇階層へ行くまで謎のままだ。
リュオネルが大賢者と邂逅した場所にしてもメイズや月森ではないらしく、何気に大賢者は暇に飽かせてその辺をプラプラしているのかもしれない。
そんなアレコレを考えたところで、レイは「今考えても意味ねぇな」と思考を放棄し、荷台へ移動して後方を見遣る。
「追って来ないな」
「攫ったエルフを取り戻して来い! なんて言えないんじゃない?」
「なぜに?」
「傭兵を雇って攫うくらいだよ? 一国の上級貴族が堂々とやっていいことじゃないのは当たり前だもん。下手に醜聞が広まると反乱とか起きちゃうだろうし」
加えて、アンセスト周辺の六ヵ国は一枚岩じゃないとシャシィは言う。
同盟を結んでいる訳でもなければ、六ヵ国の向こう側の隣国と敵対してもいる。
各国が大規模な侵攻を控えているのは、短くともこの五〇〇年ほど戦争ばかりやってきたため、金も人も物も不足しているからだ。
兵卒を含む平民階級も暮らしの困窮で不満を募らせており、何度も徴兵されたアンセスト国境近隣の町や村では、下手をすると反乱が起きかねないという。
詰まる所、一部の潤っている特権階級だけが「戦争じゃあ!」と騒いでおり、極論すればアンセスト王国も同じ穴の狢だと。
「だからジンはキレてたのか」
「ジン様は凄く賢いよね。王政のことを色々訊かれて驚いたし困ったよ」
「ジンの親父さんは政治家でさ、兄貴じゃなくジンに跡を継がせたいんだわ」
「普通は嫡男が継承するよね? ジン様とお兄さんは険悪な仲とか?」
「んや、普通に仲いいぞ。覚弥さんは車とバイクを弄ってればハッピーな気のいい兄ちゃんで、たぶん剣術道場を継ぐんじゃねぇかな」
「あそっか、ジン様の生家って剣術家だったね。くるまとばいくって何?」
「レイ様、シィ、もうすぐ国境関よ」
「あいよ。車とバイクは後で教えて…んや、見せてやる」
エルフたちをシャシィに任せ御者台へ身を移しながら、レイはシャシィから聞いた反乱の件を試してみようかと考える。警鐘が聞こえる距離ではないため、関所の兵士は騒ぎを知らないだろう、と。
「なあミレア、突破じゃなくて俺に兵士と話させてくんない?」
「……何を企んでるのよ」
「企んで…るようなもんか。ちっと試したいことがあってさ。揉めるようなら突破すりゃいいじゃん?」
「あぁもう分かったわよ。ほら、兵士が出て来たわ」
蹄と車輪の音を聞きつけた兵士たちが、槍を手に詰め所から出て来た。
腰にカンテラを提げた総勢七名が二列横隊で道を塞ぐ。
「そこで止まっ…ん? 塩と麦を売りに来た者らか。夜明けまで関は開けんぞ?」
「塩とか売ってる場合じゃないんだよ! ニュールで反乱が起きた臭ぇ!」
「何だと!? 本当か!?」
「ホントホント! 大通りには兵士さんぶっ倒れて死んでたり重症だし、誰かが城塞を襲撃したらしくて反乱じゃないかって大騒ぎだぞ! 警鐘鳴りまくってるし、とにかく超ヤバいんだって! 兵士さんたちニュールに戻んのか!? 何なら俺たちと一緒に逃げた方がいいんじゃね!?」
隊長らしき一人が『とうとう起きたか…』と顔を歪め、隣の兵士が『ど、どうしますか?』と指示を仰ぐ。
戻らない訳にはいかないが、同僚と殺し合いをするのは御免らしく、兵士たちは城壁外から状況を見定めることで合意した。
「オイお前たち! 通してやるが騒ぎを口外するなよ!」
「喋る理由がねぇって! 兵士さんたちも死ぬなよ!」
「死んでたまるか! 関を開けろ! 領民を誘導しつつ城塞へ向かう!」
「「「「「「了解しましたっ!」」」」」」
レイは心中で『あ~ばよ~とっつぁ~ん♪』と叫び関を抜けた。
ミレアが珍しく半眼で斜め上の虚空を見詰めている。
「何なのよこれ…」
「レイ様ってこういうことは上手いよね」
「俺さっき何人か殺したからさ。やっぱラブ・アンド・ピースがいいなぁって」
「うん! 出来れば愛と平和がいいよね!」
「だよな? ミレア隊長もそう思わね?」
「だから隊長って何なのよ。でも、もしかすると罪人手配されないかもね」
レイたちの身元を確認したのは国境関の兵士だけで、さっきのやり取りからして名も憶えていない。逃げ出したのがレイたちだけということもないため、彼らが真相に気づきさえしなければ実行犯は不明のままだろう。
ミレアも結果オーライだと考え、一行は月森を目指し馬車を走らせるのだった。