16:vs ジェリド
練武場と言っても、柱と屋根があるだけの簡素な造り。
大型の動物や魔獣が持ち込まれた際には解体場としても使われるため、床は微妙に傾斜のある石敷きだ。
その一画で、件の四等級シーカーが剣を振っている。
型稽古をしているようだが、ミレアの目には東の帝国が発祥の剣術流派に映っていた。
「レイ様は剣士と戦った経験があるの?」
「戦うっつーか、ジンとはよく仕合ってた」
「それは好都合ね。ジン様と比較してどうかしら?」
訊かれたレイは、改めて剣士の動きを観察する。
身長はジンと同等だが、重量挙げ選手のように腕と太腿の筋肉が太い。
それもそのはずで、彼が振っているのは両刃の大剣。
引き切るのではなく、圧し斬るといった代物だ。
「剣筋の鋭さと速さは圧倒的にジンが上だ。ジンの爺さんがいたら説教してるわ」
「問題なく勝てる、という意味かしら?」
「うーん、どうだろな…」
「レイ様なら楽勝だと思うけどな。四等級のミレアに勝ったんだし」
「そうよ。ここは余裕と言って欲しいとこだわ」
「いやいや、あん時は素手だったじゃん。上下の振りなら問題ねぇけど、あの長物を近接で薙がれると流石に躱せねぇ」
「強化すれば問題ないでしょう?」
「え? 強化アリなん? マジで?」
「逆に訊きたいのだけど、なぜ駄目だと思うのかしら?」
レイは「そりゃそうか」と、自分のバカさ加減に気づいた。
仕合いが模擬戦にしろ、この世界では技量を競い順位をつけるのが目的じゃない。生き抜くために技を磨き力をつけるのだ。そこにドーピング禁止などという縛りがあろうはずもない。
「超余裕」
「だよねー♪」
「ふふっ、そうこなくちゃ」
そうこうしていると、ギルドの制服を着た男性と窓口の女性職員がやって来た。
「貴方がレイさんですね。体躯は申し分ないし雰囲気もありますな」
「そりゃどうも(このオッサンも結構やりそうなんだが…)」
レイの見立ては的を射ている。
窓口には綺麗処を揃えるが、男性職員には現役を退いた戦士も少なくない。
美味しい依頼の奪い合いや報酬の減額で揉め事が頻繁に起こるため、実力行使を必要とする場合に男性職員が出張るという寸法だ。
「ジェリドさん、こちらへ来てください」
呼ばれた剣士は最後に一振りし、大剣を肩に担いで歩み寄る。
「登録希望のレイさんです。レイさん、四等級剣士のジェリドさんです」
「よろしくどーぞー」
「……あんた本当に初登録か?」
「ん? 初登録と強さは別の話じゃね?」
「ハッ、違いない。存外に楽しくなりそうだ」
「そいつはどうだろな?」
「ククク、こりゃ気ぃ抜いてると喰われかねんな」
「見応えのある模擬戦になりそうですね。では好きに始めてください」
その言葉にレイが口角を上げた。
開始の合図がない仕合いなど初めてで、正しく模擬戦と呼ぶに相応しい。
三メートル程の間合を取り対峙した両者は、構えながら観察する。
レイはシャシィに相手の魔力を尋ねようと思ったが、自分のためにならないと考え直した。
五割ほどで強化しつつ足、肩、視線で誘いやフェイント入れると、ジェリドは素早く重心を移動させ体勢を変化させる。
(流石に本物は違うねぇ。まぁ余裕に変わりはねぇけど)
そこでジェリドが動いた。
大剣を肩に担いだまま一気に踏み込みつつ、肩で剣身を跳ね上げ右袈裟を落す。
鞘などない大剣は、グリップガードから切先まで優に一メートル半はある。
グリップも含めればジェリドの身長と同等だ。
フォン!
透かすように左半身でギリギリを躱しながら、レイは強化レベルを下げた。
そこへ斬り返しの薙ぎがくる。
(バックステップじゃあ面白くねぇよな!)
レイは一歩踏み込み、ダッキングで大剣を潜りながらの左後ろ回し蹴り。
ジェリドの左側頭を粉砕する寸前で踵を止め、引いた左足でトンと床を蹴りススっと間合いを取った。
「ほほぉ」
「凄いです…」
職員たちが声を漏らす中、やられたジェリドは目を見開き、ギリと奥歯を噛みつつ大剣を両手で握り構えた。
「身体強化まで出来んのかよ…」
「今のは一〇段階の下から三つ目ってとこだな」
「ばっ……ふざけた初登録野郎だ!」
「ホントふざけてるわよねぇ」
「もう武装いらないよねー」
外野のヤジに頬をヒクつかせたレイは、フリースタイルダンスのような変則ステップで間合いを詰めていく。ジェリドが大剣を正眼に構え直す。
パパンッ! ガッ! ズガンッ!
剣身に右ハイとミドルの二連蹴りを入れ、左へ弾いた剣を鋭い腰回転からの右後ろ回し蹴りで戻す。続け様に軸足だけでワンステップ踏み込み、掬い上げるような角度の四撃目でジェリドごと蹴り飛ばし再び間合いを取った。
驚くべきは連撃の速さよりも精度で、三撃目の後ろ回し蹴りは踵で刃を蹴り戻している。
「嘘…もう感覚強化まで出来るの?」
「レイ様って成長早すぎるよね。あれもう進化だよ」
「本物の逸材ですね…」
「凄いです…」
まだミレア程の強化は出来ないが、オルネルとの一戦で感覚強化のコツを掴んだ。醜態を晒しはしたが、全力強化で死を垣間見た経験が開眼に繋がっている。
一方、一メートル程ふわりと飛ばされたジェリドは、唖然とした顔でレイを見詰めている。
そもそも技と呼べるレベルの蹴撃を見たことがないため、自在に高さを変える二連蹴りや、蹴った脚を引きながらくるりと回って再び蹴るなど、性質の悪い幻術じゃないかとすら思えてしまう。
「なあ、本気の攻撃を見せてくれ。あ、いや、身体強化は三のままでな?」
「ははっ、アンタも相当な好き者だな? 俺も嫌いじゃねぇし、いくぜ?」
「応よ!」
レイが床を蹴ると同時にジェリドも踏み込み、薙ぎ気味の右袈裟を落す。
レイの速度を読んだ上での間合い、後の先だ。
(上手ぇな!)
刹那に迷ったレイの脳裏にジンとの仕合いが浮かび、サイドステップから右の蹴り落としをジェリドの右手に打ち込む。
ガシッ!
手応え通りに剣筋は大きく逸れるが、この程度で剣を手放すとは思っていない。
蹴ったまま右足首でジェリドの右手首を挟んで支えにし、筋力と腰回転で軽い左後ろ回し蹴りを喉元に入れた。
ドシュ!
仰け反ったジェリドの懐に着地したレイがラッシュをかける。
ドドッドン! ドン! バキッ! ミシィィィ……ガシャン!
「ぐぅ…」
脇腹への右フック二発から腰を入れた左リバーブロー二発でジェリドを〝く〟の字にし、打ち下ろし気味の左肘撃を顎先に入れ脳を揺らす。
そのまま後ろ回し蹴り挙動に移り膝裏でジェリドの首を刈りつつ右肩と左膝を極め、更に股下から左手首を鷲掴みにして引き絞った。
コンパクト且つ超低重心の変形卍固めである。
ここにプロレスファンがいれば大盛り上がりだろう。
「なにあれ?」
「私に判る訳ないでしょう?」
「おぉなるほど! あれでは動けない。人体を知り尽くしていますね」
「なんだか分かんないけど凄いです!」
脳震盪で朦朧とし大剣を落しはしたが、膂力自慢のジェリドはレイを背で持ち上げようとする。が、手足の長いレイは左膝と右肩をガッチリ極め、左腕まで引き極めている。ジェリドは右脚だけで自身とレイの体重を支えるのが精一杯だ。
しかもジェリドの顔は床すれすれの高さにあり、レイがどんな体勢で何をやっているのかすら判然としない。おまけに秒単位で右肩と左膝の痛みが増していく。
強化したレイに極められているので当然ではあるが。
「どうにも動けねぇだろ。仕切り直すか?」
「………いや、参った。俺の負けだ」
レイが固め技を解くと、ジェリドは両手両膝をついて四つん這いになった。
「シィ、治してやってくれ。特に右肩と左膝な」
「ハーイ!」
「あぁーーークソ! 完敗だ! まあ…引退の踏ん切りがついたと考えるかぁ」
「初登録で四等級ですか。前代未聞ですね」
「ね? 面白かったでしょう?」
「はい! よく分からなかったけど凄かったです!」
クレカより一回り大きいサイズのギルド証を手に入れたレイは、その日の内にカータルを発った。