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15:交易都市カータル


「本当にいいのかい?」


 ド早朝からオルネルをトレーニングに連れ出しギブアップさせたレイは、エウリナたちの代わりに買い出しに行くと言い出した。

 シャシィはサクッと同意したが、ミレアは訝し気な目をレイに向けている。


「かなり飲み食いしたし、塩が残り少ないって声も聞こえたからさ」

「恩が増える一方で心苦しい限りだが、言葉に甘えさせて貰うよ」

「ついでだよついで。俺の故郷には〝一宿一飯の恩〟って言葉もあるし」


 ミレアが実家から調達した馬車は軍馬二頭立ての大型車なので、里での保存に問題がないなら相当量を積める。

 自分たちの荷物と捕虜にした傭兵共を降ろした三人は、里から東へ三日の距離にある交易都市カータルへ向けて出発した。


「さーてお二人さん、フェラガモに行ってみね?」

「ヴェロガモね」

「そうそれ」

「買い出しはヴェロガモのついでなのね…嫌な予感ってホント良く当たるわ」


 月森はアンセストの南西端にあり、南の隣国ヴェロガモとの国境まで半日の距離にある。ヴェロガモ最北端の城塞都市ニュールまでも国境から半日とかからないため、カータルの往復六日間が八日間か九日間になるだけだ。


 何より、城塞都市ニュールは月森から最も近い敵国都市なので、攫われたエルフがいる可能性は低くない。


「レイ様がニュールに行くならあたしも行く。っていうか行きたい」

「シィ貴女まさか…」

「そうだよ。仇敵の顔が見れるなら見ておきたいもん」

「俺が聞いてもいい話なのか?」

「うん、レイ様には知って欲しい」


 城塞都市ニュールは、アンセストの防衛拠点だった砦を増改築した都市だ。

 シャシィの故郷はニュールから程近い山中湖畔に在ったが、二〇年前の侵攻で一族の殆どが殺された。


 当時一歳だったシャシィに記憶はないが、彼女を抱いた母は取る物も取り敢えず北へと逃げた。しかしヴェロガモ軍が更に北へと進軍したため、カータルへ逃げ込むのは無理だと考え、月森のエルフを頼ろうと北西へ向かった。


 成人とはいえハーフリングの女性は体が小さく、野獣との遭遇さえ命取りになりかねない。それでも母は道なき道を走り月森を目指した。

 が、不運とは得てして重なるもの。


 ヴェロガモの侵攻でアンセストの戦力が南へ集中すると考えた南西の隣国キエラが、傭兵を含む五〇〇人規模の戦力で月森を落すべく便乗侵攻を開始した。

 月森の里には迷いの結果が張られているものの、横隊で押し包めば迷うことはないと考えた。実際、幻影結界に対してその方策は有効である。


 キエラ軍に捕捉された母は、矢傷を負いながらも懸命に走った。その時に助けてくれたのが、迎撃に出て来た月森のエルフたちであった。

 リュオネルをはじめとした長老衆は、惜しげもなく精霊魔術を行使しキエフ軍を撃退した。しかし、母はロネアという名のエルフにシャシィを託すと、安堵した表情を浮かべたまま息を引き取ったという。


「シィがリュオネルの弟子になった流れは分かったけど、里には二回しか行ったことなかったんだよな? なんでだ?」

「簡単な話だよ。里の皆が異種族を入れることに反対したの。最初から弟子だった訳でもないし」


 月森の西側には峡谷が走っており、そこがアンセストとキエフの国境になっている。キエフ軍は南側の吊り橋を渡り月森へ侵攻して来たが、峡谷は人が登れないほど急峻でも深くもない。


 里でのシャシィ養育が不和を生じさせると判断したリュオネルは、暫く峡谷を監視するつもりだったこともあり、自身の妻を連れて峡谷の櫓でシャシィを育てることにした。


「リュオネルの奥さんに会ったっけ?」

「会ってないよ。あたしが一二歳の時に亡くなったから。お師匠より三〇〇歳くらい年上だったの」

「あーうん、なんか良く分からんけど分かった」


 リュオネルはあと三〇〇年くらい生きるんだぁと、レイが遠い目になる。


「ちょっといいかしら。辺境伯邸に乗り込むなんて言わないわよね?」

「そこは条件と状況次第だろ。ミューズの戦力ってどんくらい?」

「ハァ……ニュールよ。麦の刈り入れ時だから、正規兵は一〇〇もいないわ」


 麦の刈り入れと何の関係があるんだと疑問に思ったが、予想よりかなり少ないのでまぁいいかとスルーした。

 実際のところ、この世界では職業軍人が少ないため、農閑期に徴兵して戦争を行うのが常套手段。若く血気盛んな農民にとっては立身出世の機会でもある。


「もう一つ訊きたいんだけど、あの傭兵たちと正規兵の戦力差ってデカい?」

「兵卒なら同等ね。生え抜きの将官とは比べるべくもないけれど」


 強化したミレアが王宮の近衛騎士を圧倒できる点を勘案し、レイは「一〇〇人くらいならイケんじゃね?」などと考える。問題は、もし大勢のエルフが監禁されている場合、どうやってニュールを脱出するかだ。


「ま、行くだけ行ってみようぜ。ヤバそうならカタールに行くってことで」

「さんせーい! カータルだけどね!」

「シィまで何を言ってるのよ。レイ様は国境を越えられないでしょう?」

「え? あ、そうか、通行証どころか身分証もないね」

「あー、パスポート的な。カタールでどうにかなんね?」

「カータルよ! ハァ、どうしても行くのね。戦士ギルドで手に入るわ」


 どうにも行き当たりばったりなレイであるが、抑止力のジンとユアがいなければいつもこんなもんである。


 空の馬車に軍馬とあって行き足は速く、二日目の夕方にはカータルの外郭を視界に捉えた。ミレアは戦士ギルドの登録証を、シャシィは魔術師ギルドの登録証を提示。何も持たないレイは小銀貨一枚を支払い、十日間の滞在許可証を貰った。


「よっしゃ、ギルドに直行しようぜ」

「そうね。申し入れだけしておきましょうか」

「ん? 登録には時間がかかんの?」

「戦士ギルドはそうだよ。冒険者協会ならすぐ終わるけど」


 冒険者の場合は、ドッグタグのような金属板に名と登録場所を打刻するだけで終わるが、敵対している国への入国に足る身分証にはならない。


 一方、戦士ギルドは戦力評価の模擬戦が必須で、魔術師ギルドは魔術の試行が必須だ。商人と職人は商会長や工房主の推薦状を持参して作品審査を受け、学識者は分野に応じた筆記試験を受け、論文も提出せねばならない。

 魔術師ギルドは試行だけなので比較的に早く済むが、戦士ギルドは対戦相手の手配があるため、相当に運が良くなければ即日登録は出来ない。


 そんなこんなでミレアに代筆を頼んで記入した登録申請用紙を提出し、宿泊先を伝えて宿にチェックイン。中庭で水浴びをして埃を落し、食堂で夕食を摂り部屋へ入った。


「だいぶ慣れてきたな」


 起きている間は常に魔力循環に傾倒しているレイだが、シャシィが言うには『寝てる間も循環できて漸く一人前だよ』とのこと。

 不随意筋の弛緩と収縮をイメージしたレイは「ムリじゃね?」と思っていたものの、「流す」ではなく「流れてろ」と意識の方向性を変えるのが常時循環のコツだという気づきを得ている。


 このところ魔力の循環総量がどんどん増えている実感もあるため、ニヤニヤしながら眠りにつくというヤバい人になりつつある。


「もうムリ! ほんとムリなのぉ!」

「しゃあねぇなぁ。んじゃシィは俺のウェイトになれ」

「錘……抱っこがいいな?」

「アホか! 走りにくいわ!」

「むぅ…ケチ」


 レイの早朝トレーニングが自分の日課になりつつあるミレアは、確実に恋慕の情を抱きトレーニングに参加し始めたシャシィに苦笑する毎日である。

 水浴びをしてシャシィの【浄化】でウェアをキレイにし、ムダにカロリーが高そうな朝食を平らげていると、宿の女将がレイたちのテーブルへ来た。


「戦士ギルドから書き付けを預かりましたよ」


 午後イチに来いと書いてあるため、午前中に買い出しを済ませることに。

 交易都市だけあってそこかしこに市が立っており、露天商や行商人が着ている様々な民族衣装を見るだけでも楽しめる。


(シルクロードがあった時代はこんな感じだったんかな)


 言葉が通じない売り手と買い手も多いようで、手の平サイズの板に炭で値段を書き交渉している。レイは漏れなく聞き取れるし文字も読めるし話せば通じるが、ミレアに代筆を頼んだことが引っ掛かっている。ぶっちゃけ「俺カッコ悪ぃ」と思ってしまった。


(ユアみたいに書く練習もしないとだな)


 買い占める勢いで塩と穀物を馬車に満載した三人は、屋台で簡単な昼食を済ませ戦士ギルドへ向かった。


「あ、ミレアさん。ちょうど良かったです」

「相手が来てるのね。等級は?」

「それなんですけど、四等級の剣士でもいいですか?」

「四等級? 珍しいことがあったものね。こちらは構わないけど相手は何者?」


 初登録者の模擬戦相手は九等級か八等級、どんなに高くとも七等級がする。

 十等級から始まるため、実力差があり過ぎると戦力評価が難しいからだ。


 レイの相手を引き受けたのは、父親の訃報を知り帰郷したシーカーだという。

 老いた母親を残してメイズ都市へ戻る訳にもいかず、ここの戦士ギルドで雇ってくれないかと日々交渉に来ているそうだ。


「よく聞く話ね。ところで一つ確認だけど、勝ったら相手と同じ等級になる規定は適用されるのよね?」

「規定なので適用されますけど…勝ちそうなんですか?」

「さあどうかしら。興味があるなら見に来るといいわ。面白くなるはずよ」


 楽し気に笑んだミレアは女性職員にウインクを送り、レイの腕を引いて建屋裏の練武場へ向かうのであった。シャシィが負けじと腕を組んだのは蛇足か。




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