150:成果
強化なしの模擬戦を始めたレイは、ゴートを相手に技術を語りながら実践していく。今日のテーマは〝組みつかれた時の対処法〟で、羽交い絞めやネックロックを受けた際、如何に素早く解き、どんな反撃が有効かといった内容だ。
「ならば、膂力で勝る相手に手首を掴まれた時はどう解く? 急所責めは困難だ」
「そういうのは合気って武術の得意分野だな。とりま好きに掴んでみ」
言われたゴートが、右手でレイの左手首をガシっと掴んだ。
瞬間、レイは掴まれた手首に目を向けたままゴートの左上腕をグッと掴む。
次の瞬間、レイは掴まれた手首を素早く返しながら下へ振り落として難なく拘束を解いた。
「なっ!?」
「面白いだろ」
「……どういうことだ?」
「意識の向け先を変えたんだよ」
そう前置きしたレイが解説を始めた。
レイの手首を掴んだゴートは、解かれないように自分の右手とレイの手首に意識と筋力を集中させる。しかし、関係ない左上腕を不意に掴まれると、脳は無意識の内に「左上腕を掴まれた」と認識して意識を左腕へ向ける。
結果、警戒していた右手への意識が弱まり、いとも容易く拘束を解かれたという訳である。
「これ条件反射だからスゲー効くぞ。意識しようと頑張っても結構ムリ」
レイが解説を続ける。
脳は並列思考に慣れていない。おそらく訓練しても完璧な並列思考は出来ないだろう。だからこそ、身体が商売道具のプロフェッショナルは考えずとも体が勝手に動くようになるまでトレーニングを積み重ねる。
言ってみれば、目には目を、条件反射には条件反射を、である。
「訓練法が幾つかあるにはあんだけど、そう簡単に出来るもんじゃない」
「レイは出来るのか?」
「それなりには。まあ、達人どころかプロのレベルにも程遠いけどな」
「どんな鍛錬を積めばいいのだ?」
問われたレイは幾許か思案した後、【格納庫】から五本の結束バンドを取り出した。二本でゴートの右手首と自分の左手首を結束し、残りの三本を輪留めにして繋ぐ。所謂、チェインデスマッチ状態である。
「拘束された手を引いたり緩めたりしながら戦る感じ」
「…常日頃からこんなことをしていたのか?」
「んな目で見るな。親父にやらされてただけだっつーの。でもコレな、相手の得手不得手とか、何を嫌がるかが分かるようになるっつーメリットがある」
「武術の英才教育だな」
レイは「なんか違う」と思いつつも、まぁいいやと流した。
実のところ、合気の達人が嘗て来日したアメリカ大統領一行を驚嘆させたからか、合気柔術の世界的な知名度は高い。それもあって父レオは合気柔術に傾倒した時期があり、〝後の先〟や〝気に合わせる緩急〟を自身の格闘スタイルに取り入れた経緯があったりする。
「腹減ったし今日はこの辺にしとくか」
「うむ、レイとの鍛錬には飽きがこない。息子たちにも伝えるとしよう」
(シャモアが半目になりそうだな)
長男キルクイヌと次男クードゥーは無条件にゴートを尊敬し、未来の獣王を目指している。が、三男シャモアは毛色が違う。武術の才能には光るものがあれど、強さよりも知的好奇心が強いように見受けられる。
タイプ的にはジンに似ており、実際、シャモアはジンに懐いていて知的好奇心を満たしている。ジンがアレジアンスの技術者に仕立て上げようと画策していることはまだ内緒だ。
内心苦笑しながらミレアたちに目を向ければ、赤子の手をひねるようにあしらっているルジェが高笑いを上げている。そもルジェは魔力運用が存在意義と言っても過言ではないため、ミレア、シオ、ルル、ロッテの前衛四人が魔力運用制限を受けている模擬戦では、勝ちを拾うどころか善戦するのも困難である。
特に、殻化が出来るミレアは見るからにフラストレーションを溜め込んでいる。
敢えて強化を使わせないのはレイの狙いの一つなのだが。
「おーい、お楽しみの五回目やるぞー」
ミレアたちの目がキランと光った。魔力枯渇の苦しみは何度味わっても慣れるものではないが、日々倍増していく魔力量への喜びが苦しみを凌駕している。ソフトボールよりも一回り大きな魔晶で直ぐさま回復できる点も大きな要因だ。
旅の二日目から、トレーニング後のルーティーンは〝魔力枯渇と回復 ⇒ シャワー ⇒ 夕食 ⇒ 就寝〟という順番に決められた。
理由は夕食後に魔力枯渇をしたところ、シオとイリアが盛大にゲロったから。
夕食の前にはシャワーも浴びていたが、魔力枯渇の苦しみで全員が脂汗を垂れ流すためルーティーンを変更した。
「ルジェやっちゃって」
「畏まりですの」
ルジェが全員に魔力感知をかけて其々の魔力全量をきっちりドレインすると、キャビンに苦悶の呻き声が響き渡った。苦しむ皆の目には、手に持つ魔晶が救世主の如く映っていることだろう。
呻き声が消えたところでレイが魔力感知をかけ、ノートに五回目の結果を書き込んでいく。
ゴート :◆初期値:433 ◆枯渇回数:5回 ◆最大値:5843
シャシィ:◆初期値:75 ◆枯渇回数:5回 ◆最大値:1010
シオ :◆初期値:68 ◆枯渇回数:5回 ◆最大値:918
イリア :◆初期値:347 ◆枯渇回数:5回 ◆最大値:4682
ノワル :◆初期値:43 ◆枯渇回数:5回 ◆最大値:578
ミレア :◆初期値:25 ◆枯渇回数:5回 ◆最大値:335
ルル :◆初期値:23 ◆枯渇回数:5回 ◆最大値:308
ロッテ :◆初期値:26 ◆枯渇回数:5回 ◆最大値:351
結果は今回も〝初期値×2.5倍×5回+初期値〟であった。
順調そのものである。
スキャンされたノートの内容が、プロジェクターで投影された。
「あたし一〇〇〇超えたよ!」
「イリアの量が凄いわね」
「うむ、神紋なしでこの量は特異と言う他にない」
「嬉しいですかー♪」
「シオさんも一〇〇〇超えは確実ですね」
「ノワルは微妙なの」
「はい、私は微妙で都合の良い女です」
「私は三〇〇を超えただけでも万々歳だぞ。俄然やる気が漲ってくる」
「六回目からどうなるかが見物だねぇ」
ゴートとミレア隊が感想を述べあう中、レイは「ジンとユアがエライことになりそうだ」と内心ほくそ笑んでいる。二人なら夢の一万代も有り得る。
そんなレイの膝に座ったルジェが、レイの首裏に腕を回し口を開いた。
「歴史に残るレイの功績ですわ。存分に誇るがいいですの」
全員がウンウンと何度も頷いた。
しかし、レイは「ほぼ何もしてねぇんだが…」と素直な感想を抱きつつも、敢えて謙遜する必要はないかと皆に笑顔を向ける。
「みんながハッピーならオールOKだが、一つだけ言っとく。この数値はミレアを基準にしたモンだから、例えば、シィにとって一〇〇〇超えが必要十分かどうか俺には分かんねぇ」
レイが続ける。
最終的にどこまで増えるかはやってみねば判らないが、数値化は指標でしかない。自分の魔術やスキルがどれ程の魔力を消費するか突き詰めて検証し、魔力量の範囲内で必勝に辿り着く戦闘スタイルを見出さなければ意味がない。
ミレア隊については、各個の戦闘スタイルをパーティーの戦闘スタイルとして統合し、更に高めて連携戦闘の完成形に近づける試行錯誤が必須になる。
「まあ、本物のスタートラインに立ったのは間違いねぇから、毎日ワクワクしながら頑張れ。神紋みたいなモンがなくても戦れるって証明しろ」
ミレアたちは笑顔で頷きながらも、レイの言葉に含みを感じた。どこか突き放すような、将来の進む道は別だと言うような。
王都を発った日から数えて一九日目の夕方――。
魔力枯渇と回復による魔力量の増加現象が止まった。昨日の十八回目まで増加がみられたのはゴートのみで、神紋が要因であることはほぼ間違いない。
ゴートに次いで回数が多かったのはイリア、イリアよりも一回少なかったのはシャシィとシオである。
意外だったのはノワルの一二回で、ミレア、ルル、ロッテの三人は、一様に一一回目が最終回であった。ノワルは人間族ながらも、古い血が若干残っているようだ。辺境地域にはノワルのように古い血を残す者が多いのかもしれない。
「ゴートを無視すりゃイリアがやべぇな」
「増加割り合いを維持できると判明したことの方が重要ですわ?」
ゴート :◆初期値:433 ◆枯渇回数:18回 ◆最大値:19909
シャシィ:◆初期値:75 ◆枯渇回数:15回 ◆最大値:2880
シオ :◆初期値:68 ◆枯渇回数:15回 ◆最大値:2618
イリア :◆初期値:347 ◆枯渇回数:16回 ◆最大値:14219
ノワル :◆初期値:43 ◆枯渇回数:12回 ◆最大値:1327
ミレア :◆初期値:25 ◆枯渇回数:11回 ◆最大値:707
ルル :◆初期値:23 ◆枯渇回数:11回 ◆最大値:650
ロッテ :◆初期値:26 ◆枯渇回数:11回 ◆最大値:741
全員の増加割合が、初期値に対して2.5倍で維持される結果となった。
ルジェに因ると、魔力槽に過負荷がかからない魔力枯渇が要件なのではないか、と。尚、最大値の小数点以下が切り捨てになるのも確定だ。
おそらく、魔力槽には肉体と同じく生体的な限界強度があり、初回から五回目までは成長期に相当するため多少の過負荷は許容する。しかし、成長期を終えた魔力槽に過負荷がかかると構造もしくは機能に委縮現象が生じ、増加割合が低下するとルジェは分析している。
ともあれ、一行の戦力向上旅行は佳境へと突入した。