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14:何を守りたいのか


「お前は頭がおかしい」

「失礼な。ほんの少しを付けろ」


 顎をしゃくったオルネルについて行くと、小さいが清らかな水が滾々と湧き出る泉があった。

 倒木に腰を下ろしたオルネルが再び顎をしゃくって「座れ」と促し、レイは二人分ほどのスペースを空けて腰を下ろした。


 そして今現在、レイはすっとぼけているが本音を返したという状況である。


「なぜエウリナ様を、我々を助けた」

「助けんのにイチイチ理由なんぞ考えるかよ」

「普通は考える。形勢や損得を」

「あっそ。じゃあ俺は頭がおかしいヤツでいいわ」

「………」


 オルネルは族長リュオネルの弟の息子。つまり甥であり族長家の傍流である。

 名に〝ネル〟が入っているのも族長家に連なる男子である証。

 古エルフ語でネルは〝月〟という意味を持ち、月森の族長の系譜を示す。


 エウリナにとっては従叔父にあたり、彼は生まれた瞬間から族長の孫の守護従士になることを運命づけられていた。オルネルは二〇〇歳を超えており、生まれてくる直系孫を護るため、旅をしながら見聞を広め鍛錬を続けてきた。

 本来は弓術士なのだが、守護従士は近接戦闘を熟せなければ務まらない。


 オルネルは今日、忸怩たる想いを噛み締めた。

 自身が鍛えてきた護衛役を三人も殺され、逃げる以外の選択肢がなかった。

 にも拘らず、たった一人の若い人間族の男が、いとも簡単に九名の傭兵を駆逐した。


 守護従士たろうと研鑽を積んだ自分の二百余年は、いったい何だったのか。

 この浅慮としか思えない人間に、なぜ自分は後れを取るのか。


「お前さ、逃げるしかなかった自分が気に入らないんだろ」

「っ、知った風なことを言うな!」

「知った風じゃなくて知ってんだよ。俺はいつも逃げてた。逃げるしかなかった。理由は単純で、一二歳頃まで体が小さかったし外見が周りの皆と違った」


 レイは小六までずっと、クラスでも小さい方だった。

 父親がプロの格闘家だろうが何だろうが、幼少期の体格差は大きな意味を持つ。

 何より、幼い子供が強くあろうと決意することこそが難しい。


 レイは外見が日本人ではないので目立ってしまう。

 結果、無邪気で残酷な子供にとって、レイは虐めるに恰好の的であった。

 そんなレイといつも一緒にいたユアも、同じく虐めの対象になった。


 虐められている二人を助けてくれたのは、子供の頃から大きかったジンだ。

 しかし、いつもジンが傍にいてくれた訳ではなく、むしろジンがいない時こそ虐められるようになった。

 ジンの祖父は厳格な人であり、剣才を煌めかせるジンを鍛えずにはいられなかった。要するに、ジンにとって朝夕の稽古は絶対の決まりだった。


 ジンが傍にいない時、レイはいつもユアに手を引かれ逃げていた。

 物凄く悔しかった。

 なぜ虐められるのか。

 なぜユアまで虐めるのか。

 なぜ自分はユアに手を引かれているのか。


「フン、体が成長して強くなれたということか」

「そりゃタダの結果だ。体は小さかったけどユアを守るって決めて、ユアが信じてくれたから俺は強くなれた。お前さ、ちゃんとエウリナを見てるか?」

「意味が分からん。何が言いたい」

「エウリナがお前を見る目はユアと同じだ。あの子はお前が守ってくれると信じてる。でもお前は、エウリナを守りたいと思ってない」

「ふざけたこと言うな! 私の役目はエウリナ様を守ることだ!」

「そこだよそこ。お前はエウリナを見ねぇで、あの子以外から立派な護衛だと見られることしか考えてない。お前が守ろうとしてんのは自尊心プライドだ」

「なっ……!?」


 愕然とするオルネルの脳裏を、これまで考えてきたことの本音が過る。


 守護従士が自分の宿命――なりたくてなった訳じゃない。

 守護従士は剣か槍を選ぶ――弓は駄目だと言われるなら仕方がない。

 エウリナ様を護るのが役目――族長の直系孫は護らねばならない。

 鍛えてきた配下が殺された――また誰かを一から鍛えねばならない。


 本音の中に「エウリナを」、「エウリナのために」という言葉はなかった。


「〝守りたい〟って気持ちはシンプルに利く。心と体にな。その守りたいヤツが自分を信じてくれるなんて日にゃ、そりゃもう強くならなきゃウソだろ」


 エウリナの母を護り抜いて死んだオルネルの父は、『私はリトリナ様を護った。これほど誇らしいことはない』と満足げに笑んで息を引き取った。


「エウリナ様を見ろ、か…」

「おう、ガン見しろ。それでもあの子を守りたいと思えないなら護衛なんてやめちまえ。守りたいと思ってるリュオネルがやりゃいい話だ」


 二歳になるかならないかのエウリナと初めて会った時、『守護従士として立つか否かはオルネルの心に任せるよ』とリュオネルから告げられた。


「お前は無茶苦茶だ……………が、正しい」

「だろ? ムダに難しく考えてっと禿げっぞ?」


 レイは浅慮なのではなく、自分にとって大切なことに専心しているのだ。

 だからその後姿がどうにも眩しく映り、オルネルは苛立ちを感じていた。


「………レイ、エウリナ様を救ってくれたこと、心より感謝する」

「オルネル、感謝のしるしにメシ食わせろ。超腹へった」

「ふっ、ふふっ、本当におかしな奴だ。私も腹がへった、用意させよう」

「へぇ、お前って笑うと可愛いのな?」

「そうか、斬られたいんだな。いいだろう」

「こらこら抜くな抜くな!」


 どうやらオルネルに「可愛い」は禁句のようである。

 レイとオルネルがやいやい騒ぎながら里の広場へ戻ると、笑顔のオルネルを見た皆は驚きながらも頬を緩めた。


 皆が自分を見ていると悟ったオルネルは、気恥ずかしそうに咳払いをする。

 キリっとした顔に戻し『歓迎の宴を開くぞ!』と声を張れば、森の景色をデフォルメしたデザインの茣蓙が敷かれていく。


 男衆が酒樽をドンドンドンと置いて飲み始め、暫くすると女衆が大皿料理を持ち寄り、月森総出の大宴会が始まった。


「エルフが宴を開くなんてレイ様は凄いね。どうやったの?」

「あん? 腹へった言うただけ。宴会くらい誰でもするだろ」

「違うのよ。レイ様と私は人間でしょう? 人間を歓迎する宴を、という意味」

「確かにそうだね。昔は月森を訪れる人間も珍しくなかったけれど、この数百年は森に入れなかったからね」

「あぁそういうことか。にしてもさ、そんなに攫われてんの?」

「過ぎ去った歳月の問題だよ」


 厳格な奴隷法を布いていたアンセストが大帝国として統治していた時代、月森には五〇〇〇人もの純血エルフが暮らしていた。しかしこの千年ほどで、月森の民は二〇〇に満たない数まで減っている。


 人間が女子供を狙って攫うため、月森の民が増える道理などないのだ。

 特に純血エルフは特性的に生殖能力が低いとあって、営みに励んだとしても受精するのは数十年に一度だという。


「攫われた人たちってさ、やっぱ性的な奴隷にされんの?」

「それ以外にないよ。子を孕み難いエルフは恰好の性玩具に映るようだ。人間の特権階級には、幼く見眼麗しい男児を好む変質者も多いからね」

「胸クソの悪ぃ話だ」

「運悪く孕んでしまった者は殊更に惨めだよ」


 生殖能力が低いが故に、エルフは母性が強い。

 例えそれが自身を性玩具として弄んだ者の子であっても。

 堕胎を拒めば殺されるケースが殆どだという。

 中には産ませる輩もいるが、生まれる子はハーフエルフでまた見眼麗しい。

 母子で性玩具にされるか、どちらかが売り飛ばされるか、殺されるか。

 いずれにしても死ぬまで地獄が続く。


「レイ様、少しよろしいでしょうか」


 後ろから鈴音のような声をかけてきたのはエウリナであった。

 宴会が始まる前は殺された三人の縁者たちと一緒に涙を流していたが、今はどこか嬉しそうに見える。


「どうした? 座るか?」


 コクンと頷いたエウリナは、レイとリュオネルの間に腰を下ろした。


「オルネル叔父様から詫びられました。これからはちゃんと見る、と」

「へぇ、オルネルってエウリナの叔父なんだ?」

「正確には従叔父です。いえ、そこではなくて…」


 流れと雰囲気をぶった切る才能はピカイチなレイである。


「分かってるって。エウリナが嬉しいならそれでいいじゃん?」

「はい! とても嬉しいのです!」

「お、おう、良かったね?」

「はっはっはっ、レイ殿は救済が趣味の勇者かな?」

「勇者は俺の親友で、俺の神紋は愚者だとさ。ここ笑うとこじゃないぞ」

「ほぉ、〝未来を拓く者〟かい」

「お爺様、神紋には意味があるのですか?」


 リュオネルは『これもお師匠様の受け売りだけどね』と前置きして語る。


 勇者は現世を救済し、賢者は終末を憂い、愚者は未来を切り拓く。

 神性紋章を宿す者には役割があり、神が〝時〟をみて与える。


 勇者召喚と云われているが、召喚のレリックが勇者を顕現させるとは限らない。

 神意の在り処を知る術などないが、勇者と愚者が同時に召喚されたのならば、救済だけでは済まない何かが起きる、もしくは起きているやもしれない、と。


「ともあれ、今は宴を楽しめばいいさ」

「族長は分かってるねぇ。俺には難しすぎる話だわ。つーかさ、二人して飲みすぎじゃね?」

「レイ様も飲もうよぉ~。口移しがいい? ねえねえ? くふふふふっ♪」

「まだまだ序の口よっ! じゃんじゃん持っていらっしゃい! 樽ごとよ!」


 絡み酒と蟒蛇が面倒くさいんですけど、と背を向けるレイであった。




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