144:ジルとシシリーの処遇
嬉しさが半分に自己嫌悪が半分といった風情のミレアを、シャシィは元気づけノワルは揶揄いルジェは称賛していた。三人がそうしてしまう程に、魔双剣は鞘に納められた今も強烈な禍々しさを撒き散らしている。
レイは厳ついとしか思わないし、妙な輩に絡まれなくなりそうでいいんじゃないのと思っている。
ミレア隊は普通に美人揃いなので、バラエティに富んだ男性シーカーによく絡まれるのだ。
因みに、ミレアは女性にもモテる。
「ま、ミレア隊はメイズの前に瑠璃で三位以内に入れって話だけどな。入れなかったらスペシャル罰ゲームをエンジョイさせる」
「「「へっ?」」」
「へじゃねーわ。俺はディナイルパーティーに勝って優勝する気だし?」
「ちょっと待ってよ! 実質的には瑠璃の序列二位になれと言ってるの!?」
「そうとも言う。ミレアが夏の終わりまでにディナイルを超えるのはちっと厳しいからな。俺って優しいだろ? 優しいよな?」
「「「……」」」
トイチの闇金を彷彿とさせる台詞である。
利息分だけで勘弁してやるから泣いて感謝しろ的な。
払えないなら腎臓を一個売る罰ゲームだ的な。
「この転移陣も妙に複雑だな。さて、帰ってメシ食うぞ」
刻まれている訳でもない転移陣を「なんで消えないんだ」と不思議に思いつつ踏むと、転移と同じ感覚で石室へと帰還した。二人の職員は交代しているが若手なのは同じで、「こんな時刻まで物好きな」みたいな目でライセンスを確認した。
陽はとっぷり暮れており、ランタン代わりにシャシィが光球を浮かべ、ミレアたちが「前よりメイズを楽しく感じる」と言い合いながら帰路に就いた。
「そういえば、二階層に隠室はなかったのかしら?」
「なかった」
「やっぱりたくさんはないよねー」
「一階層は盲点を突いたのでは?」
「一五階にはあった。たぶん」
「「「えっ!?」」」
一五階層の隠室発見は、単なる偶然であった。
そもそも階段までのルートを確認し魔力線を引いていたので、一階層のように外周壁の奥などは確認していない。もしかすると他にもあるかもしれないが、見つけた一五階層の隠室にしても、本格的に攻略を始める一年後のお楽しみにとっておくつもりだ。
強いて気になった点を挙げるなら、隠室の形が正方形だったこと。
そも一五階層の中央付近でそこそこ広い空間を見つけただけであり、壁を開く鍵の有無すら確認していない。その点も含めて一年後のお楽しみという訳だ。
「つーかさ、俺忘れそうだから誰か憶えといてくれ」
「そう言われると自信がないわ」
「レイと一緒だと色々起きるから忘れるよねー」
「私の胸かお尻に刻んで毎晩おごぉ……だいぶ耐性がついて…でも痛いです…」
喉への貫き手に耐性がつくとは思えないのだが。
ボロス邸の門を開けると、玄関前の階段に座っていたらしいジルとシシリーが駆け寄って来た。
「お戻りなさいませ旦那様!」
「捨てられたかと思いました旦那様!」
「それ言っちゃダメって言っただろ!」
「あ、ごめんなさい…」
聞けばお腹いっぱいになり二人ともウトウトしてしまったのだが、気づけば夜なのに誰もいないので不安になったと。
「俺ら明後日から二ヵ月くらい帰って来ねぇぞ? まあ、ジンとユアっていう俺のダチとか、セシルっていう姉貴に頼んではおくけどさ」
「二月もどちらへ行かれるですか?」
「とりまドワルスキー」
「ドブロフスクね♥」
取り敢えず中に入ってダイニングへ行き、ミレアたちが二人にキッチンの冷蔵庫やコンロの使い方を教えている間に【食料庫】から大皿料理を出す。
この時点で有り得ないことなのでその内にバレるだろうが、「目撃されなければどうとでも誤魔化せる」と腹黒勇者が言うのでそうしておく。
凄まじい量の料理に目をパチクリさせるジルとシシリーをまるっとスルーして食事を始め、明らかに食べたそうな二人も交えて明日からの話をしていく。
「ミレアたちさ、明日中に子供服とか当面の食料とか揃えてくんね?」
「明後日までどこも開いてないわよ」
「なに言ってんだよフェルミレア・ケンプさん。配達してもらえばいいだろ?」
ケンプ商会も休みなのだが、ボロス支店長バルトルトの自宅にでも押し掛けて注文書を渡せと言いたいらしい。
「仕方ないわね、了解よ。レイはどうするの?」
「ミレア隊の魔晶用意しねぇと全員使いモンになんねぇだろ。アレ何気に大変なんだぞ? 特にユアが」
「そうよね、ユア様に何かお礼を考えないといけないわね」
「アンナおばさんの焼き菓子とか喜ぶと思う」
「魔晶の対価にはなりませんが、アンナさんのお菓子は絶品です」
「いいんじゃねぇの? 金はうなるほど持ってんだし」
「じゃあケンプから届けるよう明日手配しておくわ」
魔晶を創るのは当然として、各人の波動に合わせた魔力充填もユアを介さねば出来ない。変調と同調の魔法式はアレジアンスにあるので、出発までに間に合うなら小型装置を造ってもらおうとか色々と考えている。
取り敢えず出発までの彼是を相談したレイは、ジルとシシリーに目を向けたが、何かに気づいてミレアへ目を戻した。
「ジルとシシリーの給料って幾らくらいだ? 一般的に」
「生活の面倒をみて月払いなら、多くてもジルが銀貨二枚、シシリーは一枚ね」
「安っ」
ジルが一万シリンで、シシリーは五〇〇〇シリン。
子供の雇用はこっちの世界でも難しく、ジルが予定どおり工房に弟子入りしていたなら、給料ではなく、親方から月々の小遣いをもらう形態になる。住み込みなら二〇〇〇シリン前後、通いなら四〇〇〇シリン前後が相場らしい。
シシリーは九歳なので、縁故関係でもなければ弟子入りなどは叶わない。そもそも職人は男の世界とあって、母親がそうだったように巷の食堂や宿屋で小間使いとして働くくらいしか仕事がない。
「掃除する屋敷が大きいからその額なのよ? 普通の屋敷ならもっと安いわ」
レイが見遣ると、ジルは「そうですよ」と言わんばかりにウンウン頷いた。
「そういやぁ、ジルはどこの工房に弟子入りする予定だったんだ?」
「クラウサス親方の工房です」
「あら、一流処の魔工彫金師じゃない」
「クラウサスに弟子入りを認められたとは有望です」
「あたしもクラウサスの魔術具持ってるよ」
(なんかジンが食いつきそうだな)
アレジアンスも全てにおいて順風満帆という訳ではない。
一年後にユアとメイがボロスへ移ると、【付与】を出来るのはセシルだけ。
魔工彫金師の雇用は進めているが、今後のアレジアンスを背負って立つような人材には未だ巡り逢えていない。
魔工彫金は生まれつき器用で、細かい作業に没頭できる性質でなければ大成しない。また、数理に強く、数理に則したデザインセンスも要求される。
端的には魔術陣などの幾何学模様を理論的デザインとして理解し、場合に因ってはアレンジして限られたサイズ内に刻印を施さねばならない。
「ジンに相談してみるか。もしかすっとアレジアンスで見習いできるかもしれん」
「アレジアンス!? あのアレジアンスですか!?」
「知ってんのか」
「もちろんです! 雇用条件が一八歳以上の経験者だったから諦めました!」
ジンは「基本的に即戦力を雇う」と言っていたが、それは独立した直後のこと。
孤児院を買って学校を建てると言い出したのも、欲しい人材が思うように雇えないからかもしれない。
いないなら育てる。ジンが考えそうなことだ。
「あんま期待すんなよ? アレジアンスは見習い雇ったことねぇはずだし」
「分かりました。あの、旦那様はアレジアンスの方なんですか?」
「さっき言ったダチのジンとユアがアレジアンスを作った」
「レイもでしょう? レイがいなかったら独立してないと思うわ」
「あたしもそう思う」
「同意します。そもそもブラックライノを造れなかったと思います」
「すごい…だからこんなに大きなお屋敷なんですね…」
「まぁそういうことにしとくか。んじゃ風呂入って寝る」
風呂から出てパンイチでベッドにダイブしたレイは、「まだ起きてるな」と思い【格納庫】からインカムを取り出しジンにコールする。
ジンたちは常にインカムを着けているが、レイは着けないので転移が面倒な時しか使わない。
≪通信なんて珍しいな?≫
「ちっと相談。ジルってガキンチョな、クラウサスって奴の工房だと」
≪有名な魔工彫金師じゃないか。ジルは一二歳だよな?≫
「一二になったばっか。アレジアンスに入りたかったらしいぞ。ボロスに出てた求人が一八歳以上の経験者だったから諦めたんだと」
≪そういうケースもあるか。で、アレジアンスで面倒をみたいってことか?≫
「どうしてもってワケじゃねぇけど、見習いでもいいならって感じ。つーかな、ジルより妹の方が悩ましいんだわ。まだ九歳だし」
≪だろうな。取り敢えず一度会ってみたいから明後日…はダメだな。暦で一月二日の朝に迎えの馬車を行かせる≫
「転移はダメってことか?」
≪子供だし無暗に関わらせない方がいい≫
「りょ」
≪五月には学校建設も終わって六月開校だし、何なら二人とも入学させればいいさ。そっちの使用人候補も二日に王都入りする予定だ≫
「瑠璃の連中か。とりま明日の朝そっち行く。ユアに魔晶作るっつっといて」
≪了解した≫
通信を切ったレイはインカムを【格納庫】に放り込み、何だかんだで忙しいくて長い一日だったと考えながら寝落ちした。
明けて翌ド早朝、ボロスなんだしとロッテを拉致ってトレーニングを熟し、朝食を摂りながらジルとシシリーに迎えが来ることを伝えた。ミレア隊に頼んだ買い出しもキャンセルし、今日明日で必要な物はレイがアレジアンスから持って来ることに。思いつき言動が多いレイは、今日も無駄に忙しいのであった。