141:黒い骨
食堂に入るもジンたちはおらず、魔力を探ったら製品保管庫に屯していた。
保管庫の座標は登録済みだが、最近は見知らぬ社員が増えているので転移せず走る。
「あれ? レイきゅんメイズに行ったんじゃなかったの?」
「神殿前の広場で子供二人拾って雇ったって言いに来た。メシも取りに来た」
「「?」」
メイとモニカが「意味わからん」と目をパチクリさせる。
「俺の弟は何言ってんだ?」
「そのまんまでしょう」
「私もそう思う」
ジンに「もう少し詳しく」と言われ、レイは斯く斯く然々と説明した。
レイの家なんだから好きにすればいいという話で纏まるも、ジンは何かに興味を引かれたらしく言葉を続ける。
「ジルが弟子入りする予定だった彫金工房がどこかを知りたい」
「うんうん、有名な工房だったら将来有望ってことだよね」
「OK聞いとく。たぶん今日はボロスに泊まる。んじゃな」
レイが用は済んだとばかりに食堂裏へ転移した。
「ほんとマグロみたいだな」
「「止まったら死ぬ?」」
「正解w」
顔を見合わせたメイとモニカが口を開く。
「テュンヌスは止まったら死ぬんですか?」
「初めて知りました」
〝黒マグロ〟と聞こえたジンたちが、メイとモニカにスバっと視線を移した。
「いるのか黒マグロ」
「私も知らなかったお」
「マグロ食べたーい。メイちゃん食べたことあるの?」
「あまり獲れない大魚ですけど、二度食べたことがあります。美味しいですよね」
「セシル様もお好きなのですか?」
「大好きだお」
「帝都へ行った際に調達します!」
ジンが「こうなると保存装置より【食料庫】がいいな…」と画策し始めた。
ユアとセシルは「赤身派? 中トロ派? 大トロ派? 漬けもいいよね♪」などと話しているが、メイとモニカには通じていない様子。
そのメイとモニカの脳裏にはマグロステーキが浮かんでおり、日本人が鮮魚全般を生食するなど夢にも思っていない。
一方、食堂に入ったレイはカウンターに片肘をついて厨房の料理人に声をかけていた。
「オットーいる?」
「副料理長はついさっき寮に戻りました。呼んできましょうか?」
「んやいい。ちっと相談に乗ってくんね?」
「はい、何でしょう?」
今夜の夕食を見繕ってもらうだけなのでオットーでなくともいいのだが、三ヵ月くらいまともな物を食べていないジルとシシリーに、いきなり肉の塊とかは良くないだろうと思い、消化が良い料理を作ってくれないかと相談する。
「私たちの賄いで良ければ、鶏骨や野菜クズを煮込んだスープがあります。大麦を入れて三〇分ほど煮込めばゆるい麦粥になるので腹持ちもいいかと」
「それいいな。自分らで煮込むから麦だけ放り込んどいて。そんで俺、ミレア、シィ、ノワルの晩メシも適当に用意して欲しいんだわ」
「承知しました。直ぐ用意します」
寸胴と五品の大皿料理を【食料庫】に入れたレイがボロス邸へ戻ると、使用人棟にはミレアしかいない。
「シィとノワルは術式解体の指南を受けてるわ」
「あそ。ジルとシシリーはどんな感じだ?」
「黙々と掃除を続けてるわ。ルジェが言ったとおり二人とも真面目よ」
「そりゃ良かった。ルジェの制約と誓約をガキンチョにかけたくねぇからな」
「私もそれを考えてたけど、この分なら要らないわね」
レイは風呂の用意とスープの煮込みに向かった。
ジルとシシリーには掃除が終わったら自分たちで風呂に入って食事をさせるつもりで、ミレアに『メイズ行くからな』と言い残し母屋に入った。
スープを煮込んでいるとシィたちが顔を出し、「くっそムズイ」的なことを言って庭へ行った。
今まで座学を受けていたらしく、これから庭で実践訓練をするのだと。
「美味っ! 漢方臭くないサムゲタンじゃん」
鶏ガラなので肉は少なく、もち米でもなく大麦だが、朝鮮人参やナツメなどの漢方素材が入っていないサムゲタン風の味になるのは当然だ。ニンニクとショウガもたっぷり入っているので、冷えた体も温まるだろう。
「あの、掃除が終わりました旦那様」
「終わりました旦那様」
「何だよ旦那様って」
厨房へやって来たジルとシシリーの背後には、言わせた張本人に違いないミレアがイイ笑顔で立っている。曰く、主従関係は明確にしないと困るのはジルとシシリーよ、と。
「さあ、汗と埃を洗い流していらっしゃい。衣服は浴槽の外で洗うのよ。身綺麗にして食事を摂ったら自由に過ごしていいわ。全部自分たちで出来るわね?」
「はい、出来ますミレア奥様」
「できますミレア奥様」
「お前はマジで…」
前々から知ってはいたが、策士ミレアは侮れない。
子供を利用し既成事実を構築するあたり腹黒である。
「ジル、シシリー、この鍋は全部食っていいけどがっつくなよ。たぶん胃がびっくりして吐くぞ。ゆっくり食べろ。いいな?」
「はい、ゆっくり食べます旦那様」
「ゆっくり食べます旦那様♪」
いい匂いを漂わせる鍋を全部食べていいと言われたシシリーは、あからさまな笑顔でルンルン♪といった風情だ。ミレアが「使った食器は洗って片付けろ」と指導したところでレイは庭へ向かった。
「なあルジェ、子供らが住む部屋以外だけの再生って出来るか?」
「出来ますわ。後でやっておきますの」
「さんきゅ。んじゃメイズに…行って大丈夫か? 行って逝くなよ?」
「だ、大丈夫だから…あたし全然平気だから…」
「私もです…魔力が殆ど残ってないなんて事実はありません…」
殆ど残ってないらしい。魔力枯渇に近づくと血色が悪くなるため、魔力感知をせずともバレバレである。
ドブロフスクへ向けて発つまでに全員分の魔晶をユアに創ってもわねばと心のメモ帳に書くも、「書いても直ぐ消えるんだよなぁ」と思いつつメイズへ向かった。
ミレアの予想どおり、石室内にシーカーは一人もいない。ライセンスを確認するギルド職員も若手が二人しかおらず、「物好きだねぇ」みたいな目を向けられる。一人ずつ提示し進入するも、職員はルジェに目もくれなかったという謎。
「お前どうやったんだ?」
「魅了を反転した認識阻害ですわ?」
「よく分からんけど便利だな」
「わたくしのことが全く気にならなくなりますの」
何でもありかよと思いつつ、ちょいちょい出て来るスケルトンを殴りながら歩いて行く。床には結構な数の魔核が転がっており、床が取り込んでいる最中の埋まりつつある魔核が多い。メイズはリサイクル機能も万全のようだ。
「おっと、また行き止まりか」
「順路は記憶しているから案内できるわよ?」
「んやいい。散歩に来たようなもんだし」
「だから指向性魔力も使わないの?」
「まぁな。まだ昼過ぎだし今日は二階層に降りるだけでいい」
「何か目的があるのですか?」
「あるっちゃある。二階にも隠室あったりしてーみたいな」
ミレアたちがはっとして顔を見合わせた。
またもや固定観念が邪魔をしていたのか、二階層に隠室がある可能性を否定する根拠など何一つとしてない。逆にもし二階層で隠室を発見できれば、全階層にある可能性が生まれる。
(こいつホント読めねぇな)
そんな話をミレアたちが展開する中、レイは視界の端に映るルジェの表情を観察している。普段からここぞという場面でしか会話に介入してこないルジェが、メイズ関連知識をどの程度持っているかは気になるところだ。
メイズに潜る目的が〝暇潰しに魔王を揶揄いに行く〟であるため、メイズその物には興味がない可能性も高い。であれば、守護者や各階層に出現する魔物を知っている程度だろう。
(ま、ネタバレすんのも楽しくねぇわな)
思考を切ってさまよい歩いていると、最近パッシブ化に成功した魔力感知が、三〇〇メートルほど先で面白そうな魔物の波動を拾った。
分類すればスケルトンで間違いないが、並みの五倍くらい量が多く強度も高い。
おまけに移動速度も三倍近い。
とは雖も、キーンエルクの幼体より弱いし遅いので、レイは魔力を手繰るようにして迷いなく歩を進めた。すると――。
「おー、ブラックスケルトーン。デカくてカッケーじゃん」
「特異種に遭うなんて珍しいわね」
「休み中に湧いたんじゃない? 人が少ないから狩られなかったんだよ」
「レイ様なら希少品を落とせるかもしれません」
「ん? こいつレア落とす的な?」
「特異種を大威力の一撃で倒すと、魔核の他に希少品を落とすことがあります」
「オーバーキルの一撃ってことか……よし、粉々に潰してやろう」
言ったレイは【格納庫】から魔導砲の固定に使う炭素鋼製の分厚い敷板を取り出すや否や、【空間跳躍】でスケルトンの直上へ跳んで体勢を反転させ、天井を「これでもか!」と蹴ってメテオストライクよろしく圧し潰した。