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140:やらないよりはマシ


 ボロス邸を出て歩く大通りは、人影もまばらで閑散としている。


 メイズの出入口があるアメンエム神殿周辺も同様だが、何に商機を見出したのか、ポツンと一つだけ屋台が商売をしている。

 おまけに、商売をしているのは年若い男女で、レイの目には一〇歳かそこらにしか映らない。


 何を売っているのかも判然とせず、レイが首だけ振り向き口を開く。


「どういうことだ?」

「知りませんの」

「商権を持ってないのだと思うわ」

「孤児だと思うよ」

「この五日間は都市機構もうるさいことを言いませんので」


 自由なボロスでも、飲食系の露店や屋台の営業は許認可制になっている。

 最大の理由はゴミが出るからで、特に神殿周りの広場は審査と規制が厳しい。

 しかし、日付がない五日間は信仰を深めるための休日とあって、管理母体の都市機構も目溢しをするという話である。


 聞いたレイがさも当たり前のように屋台へと歩み寄った。

 すると、兄妹に違いない妹の方が、兄の腕を握って背に隠れた。


「よお、何売ってんだ?」

「ほ、干したマールスとプロスです…」


 レイには『干したリンゴと柿』と聞こえた。実物は干したというより干乾びたといった感じで、柿もレイが見知っている干し柿ではない。


 そもそも屋台を出して並べる程の数でもないが、〝ちゃんとした売り物〟だと思わせたかったのだろう。この屋台には焼き台がついているため、元来は串焼き屋台だと思われる。


 容姿が純血の人間ではないので魔力感知をしてみると、少年の方はそこそこ多いが少女は並み。二人して痩せた体が食うに困っていることを物語っている。


(ま、偽善でもやらねぇよりはマシってことで)


「一個いくらだ?」

「て、鉄貨三枚です…」


 よくお釣りで手にするものの、鉄貨の価値を知らないレイが再び振り向く。


「鉄貨三枚は三〇〇シリンだよ」


 答えたシャシィのみならず、ミレアとノワルも苦笑している。

 レイの手の平サイズの焼き固めた黒パンが三〇〇シリンだった記憶があるため、「高すぎる」という意味の苦笑だろう。


「全部買うから包んでくれ」

「えっ!?」

「売れちゃった…」


 少女の呟きが全てを物語っている。レイはポケットに手を入れ、一三個分の代金として大銅貨二枚と銅貨二枚、四〇〇〇シリンを【格納庫(ハンガー)】から出した。

 しかし、兄妹は包み紙がないのかあたふたしている。


「包めないならそのままでいいぞ」


 言いながら三度振り向くと、ミレアたちが干乾びた果物を手に取り始めた。


「お前ら兄妹だよな?」

「そうですけど…」

「どこに住んでんだ? つーか、屋根のある家に住んでるか?」

「……」


 控え目に言って薄汚れているため、敢えて突っ込んだことを訊く。

 しかし、少年は俯いてしまい答えようとしない。


「一つだけ答えろ。親とか親戚はいるか? 答えねぇと金は払わない」


 鬼畜である。顔を上げた少年の顔は絶望に染まっていた。


「誰もいません……母さんはシシリーを産んですぐ死にました……父さんは三月前に酔っぱらったシーカーに殺されたって聞きました……」

「ついてねぇな」

「っ! 答えたんだからお金払ってください!」


 代金を陳列台に置きながら、レイがずいっと身を乗り出した。


「ちゃんと働くなら俺ん家で雇ってやるぞ。仕事は…掃除とかだ。使用人用の部屋に住んでいいしメシも食わせる。どうするか今決めろ」


 問われた少年は、レイではなくミレアたちへ目を向けた。


 少年の目に映るレイは珍妙な服を着ているデカい男だが、ミレアたちの装備は稼ぐシーカーに見える。ルジェに至っては、貴族夫人が裸足で逃げ出すようなドレスを纏う美貌の女性だ。


「お兄ちゃん…」


 兄を見上げるシシリーの顔には、「雇ってもらおう?」と書いてある。

 少年はシシリーの頭を一撫でしてレイへ目を戻した。


「ちゃんと働くから雇ってください! お願いします!」

「おう、いいぜ」


 ミレアが溜息をついた。


「正直に言って賛成はできないのだけど、レイが決めたなら仕方ないわね」

「都市機構で調べれば出自くらい判るんじゃない?」

「シィさん、重要なのは出自ではなく二人の性根だと思います」

「まあそうだね」

「その点なら心配無用ですわ? 二人とも鬱陶しいくらい純心ですの」

「お前はマジで言い方な? でもまあ、ルジェがそう言うならOKだろ。んで、お前の名前は?」

「ジルです。よろしくお願いします」

「俺はレイだ。こっちからルジェ、ミレア、シャシィ、ノワルな」


 屋敷へ戻りながらアレコレ聞いたところ、ジルは一二歳でシシリーは九歳。

 死んだ母親が食堂で働いていた時に、客として来た父と知り合い結婚。

 父親は収入が安定している契約シーカーだったため、結婚二年目にジルが生まれ、三年後にはシシリーが生まれた。


 契約シーカーとは大身貴族家と専属契約を結んだ星付きシーカーのことで、基本的には雇い主が所望するメイズ産物を獲得するために潜る。


 大半は三年毎に成果を以て契約を更新する形態で、年間契約料に加えて指定の産物を獲得した際の達成報酬、独自に売却した産物の代金が収入源となる。

 契約シーカーが有利なのは、慣習的に装備の補修代金を雇い主が負担する点だ。

 装備更新は自費になるが、メンテナンス費用がかからないのは懐に優しい。


「んじゃこの屋台は誰んだ?」

「父さんのです。三年前に右脚の膝から下を魔物に食われて引退しました」

「引退して屋台を牽くのはよくある話だけど、ジルは父親が契約シーカーだったことをどうやって知ったのかしら?」

「秘密にするもんなのか?」

「都市機構が規制してるんだよ」

「規制できているとは言えませんが」


 実際に規制をかけたのは上位組織の自治会だが、自治会に規制するよう要請という名目の命令を下したのは、二〇〇年程前のアンセスト国王である。

 何を隠そう、このアンセスト国王こそがシーカーギルド設立を主導した人物であり、併せてシーカーとハンターをライセンス制にした。


 アンセストが自治会、延いては都市機構にクランの租税減免特権を与えている理由は、シーカーが増えれば自ずと税収も増加するからだ。

 しかし、契約シーカーはメイズ産物を密輸してどこぞの国の貴族家に売却しているため、アンセストにしてみれば経済侵略を受けているに等しい。

 そこでアンセストは自治会に契約シーカー規制を命じ、発覚した場合はシーカーギルドを通じてライセンスを剥奪し、都市機構は私財を没収する。

 剥奪と没収に際した大義名分は、ボロスという自治都市の理念に反す上に、自治そのものを妨害する蛮行というものだ。


 契約シーカーには、ライセンス剥奪や私財没収という大きなリスクがあるため契約を秘匿する。雇用主の貴族家もリスクに見合った年間契約料を支払い、武装の修繕費も負担するという構図だ。


「父さんが殺された次の日に家へ来た都市機構の治安維持隊が、契約シーカーだった証拠を見つけたからです」


 聞くにジルは幼い頃から手先が器用だったらしく、この年明けには彫金工房への弟子入りが決まっていた。しかし殺された父親が契約シーカーだったため弟子入りの話は白紙撤回され、自宅や家財を接収され追い出された。


 この三ヵ月は父親が屋台を置いてた空き家の軒先で妹と寝起きしており、果物はボロス郊外の雑木林で採った。冬に採れる果物は少ないので売れると思ったが売れず、日が経つ内に寒気で乾燥して萎んだため、三日前から干した果実と偽り売っていた。


「嘘ついてごめんなさい…」

「ごめんなさい…」

「気にすんな。どうせ食うつもりなかったし。で、ここが俺ん家だ」

「えっ…」

「大きい…」


 門を抜けて建屋の横から裏手へ回り、使用人が住んでたのだろう建物の扉を…


「どの鍵か分かんねぇ」

「これだよ」

「おっ、開いた。良く分かったな?」

「この鍵穴に合いそうなのそれしかないよ?」

「マジっすか。あぁマジだわ。つーか、埃が積もってんぞオイ」


 言いながらルジェを見遣った。


「入らない建物を再生する理由がないですの。再生して欲しいですわ?」

「んや、いい。ジル、住みたい部屋を選んで二人で掃除しろ。その後は風呂入ってメシだ」

「ありがとうございます! シシリー頑張ろう!」

「うん!」


 何から何までやってやるのは本人たちのためにならないと考え、レイはミレアたちに見ていてやるよう頼んでアレジアンスへ転移した。


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