139:国際単位系
どんよりするジンとユアを尻目に、レイは『昼メシ!』と叫んでカウンターへ向かう。
ミレアたちが追従すべく立ち上がると、ルジェはレイの背に跳びつき『魔力を吸いますの』と言って恍惚とし始めた。
「ねえルジェ、術式解体を教えてくれるっていう話はどうなったのさ」
「レイ様の魔力で満たされたルジェさんは怠惰になり教えてくれません」
「俺がタイムレースって言い出したせいだけど、シィとノワルに教えてやってくれ」
「分かりましたわ。今回は程々にしておきますの」
ジンとユアも昼食をと思い立ち上がったところで、メイとセルベラ大佐改めモニカ・セルベラ技術顧問補佐を伴うセシルがやって来た。
「ジンセンくんとユアユアに相談したいことがあるーん」
「食事をしながらでも出来る話ですか?」
「できるお。私もお腹空いたから一緒する」
レイたちは定位置のカウンター前テーブルに陣取り、ジンたちは仕事の話をする際の定位置となっている隅っこのテーブルに陣取った。
すると、レイたちが離れたテーブルの近傍で食事をしていた社員たちが、しみじみと話し始める。
「アレジアンスで働いてると、口外できないことしか見聞きしないな」
「雇ってもらったばかりですけど同じ気持ちです。喋った人いないんですか?」
「ねえシェリーちゃん、もし『金をやるから内情を流せ』って言う輩が寄って来たとして、シェリーちゃんは喋る? この仕事を棒に振る価値ある?」
「あ…ないです」
「そういうことよ」
「だな。今後の収入を考えれば一億シリンでも割に合わん」
「金の問題じゃねぇってのもあるんだぜ」
「そうなんですか?」
シェリーの周囲にいる社員たちが次々と深く頷く。
「シェリーもお目にかかる日がくると思うけどよ、ここには国王陛下がお忍びでお越しになるんだ」
「えぇっ!?」
「この前は西帝国の皇帝陛下もお越しになったわね」
「えぇーっ!?」
「私の場合は、権力者よりもレイさんの存在が大きい」
「「「「「「「「確かに」」」」」」」」
「あの背が高い人ですよね? 高貴な方なんですか…?」
「違う違う。ドルンガルト戦役の英雄に纏わる話くらい聞いたことあるだろ?」
「もちろんです。単騎で三国を駆け巡り落とした竜殺しの英雄、ですよね?」
「「「「「「「「「レイさんよ(だ)」」」」」」」」」
「えぇーーーーーーーっっ!!??」
レイたちとジンたちが絶叫するシェリーへ目を向けた。
正月早々元気だなオイ、と。シェリーはスバっと俯き身を固める。
「心配いらないわシェリーちゃん。レイさんはとっても優しい男性よ」
「男が惚れる漢っつーか、アレジアンスの守護神だな」
「そ、そうなんですか。戦争の英雄がこんな身近にいたなんて…」
「レイさんとジン社長がいるから、どんな悪党も社員に手を出せないのさ」
「ゴート様もいらっしゃるしな」
「ゴート様ってここに住んでる羊人族ですよね? 偉い御方なんですか?」
「ゴート様はベスティアの先代獣王様よ」
「うわ……あたし物凄いとこに雇ってもらえたんですね…」
社員たちは、レイよろしくサムアップしてニコっと笑んだ。
一方、ジンたちは大皿に盛ったクラブサンドイッチを摘まみながら話を始めた。
ジンとユアも立派な大食になっているため、スクエアカットのクラブサンドイッチが文字どおり山の如く積み上げられている。未だ料理の量に慣れていないモニカは唖然としているのだが、さておき。
セシルの相談事とは、何かにつけて問題となる単位である。
「アレジアンスは地球の単位を社内共通にしてるでそ。どうせならSIみたいな世界共通の単位つくれないかな?」
地球では十進数をベースに世界共通の単位体系が定められており、SIと呼ばれている。SIとは国際単位系という意味のフランス語で、Le Systeme international d’unitesの頭文字。
SIは七つの定義された物理定数、あるいは物質固有の特性値をもとにしており、長さ:メートル(m)、質量:キログラム(kg)、時間:秒(s)、電流:アンペア(A)、熱力学温度:ケルビン(K)、物質量:モル(mol)、光度:カンデラ(cd)を基本単位としている。
「SIですか。確かに始めてもいい頃合いですね」
「あれ? もう決めてたりするカンジ?」
「電流を魔力のMPに置換しただけですけど、より実効的に使えるよう測定器具や機器も大量にストックしてます。一気に拡散させたいと思ってたので」
この世界の大国は独自の単位を使っているため、複数の大国が協業する大規模な仕事になると、各国が技官を選任して単位の整合を取る。
アレジアンスでの実例を挙げれば、オルタニアに売った三連装魔導砲だ。
取扱説明書には三面図のページがあり、寸法はミリメートル(mm)、質量はキログラム(kg)で表記している。
砲弾は爆炎弾、徹甲弾、圧縮空気弾の三種を標準仕様としており、砲弾加速度はメートル毎秒(m/s2)、各種砲弾の殺傷能力はキログラムメートル毎平方センチメートル(kgm/cm2)で表記している。
結果、「コレナニ意味ワカラン」という話になったことは言わずもがなだ。
そういった問題もあって、ジンは王都・帝都間の転移ポータルを喜んでいる。
「船に搭載する時の取り合いかな?」
「そうです。アンセストもですけど、オルタニアも何代目だかの皇帝の身長とか手、腕の長さを寸法単位にしてるじゃないですか。幾ら無反動でも危なくて仕方ないんで、初回納品に合わせて来月中旬頃にユアと出張する予定です」
「それさ、私たちも行っていい? お邪魔かな?」
「何言ってるんですか、構いませんよ。むしろ手伝ってください」
「セシル姉、終わったら買い物行こう!」
「行く行く。メイちゃんも行こ?」
「喜んで!」
「セシル様、私は…?」
「モニカちゃんは私の補佐でそ。いつも一緒に決まってるじゃん?」
「はい! どこまでもお供いたします!」
どこまでもも何も、行くのは帝都オルザンドなのだが、まぁいいだろう。
「んで、計測器具とか機器ってどんなの?」
「オーソドックスな物ですよ」
ステンレス製の各種定規や全円分度器、五〇メートル巻き尺、重量計や大型重量計、最大五〇トンの超大型乗上式重量計、魔力圧を利用した水晶振動子式時計など。
魔力関連についても、工場で使用している量や強度(≒魔力圧)の測定器を簡易かつコンパクトにした機器を造ってある。
「サラッと言ってるけど、寸法の基準はどうしたの? 地球とこの惑星は大きさが違うし、そもそも測れないでそ?」
「俺の激光魔法で基準値を取って、レイの時空間魔法で検証したんですよ」
「んーと……え?」
ジンの激光魔法は、言い換えればレーザー魔法なので、任意波長の光を自在に操れる。そこで一次元レーザー変位計を造って波長一〇六四ナノメートルの高出力レーザーを入射し、炭素鋼の塊から一辺が一〇センチの立方体を削りだした。
片や、レイの【格納庫】は厳密に言うと空間魔法なので、出し入れする際に三次元計測を行っている。レイは三次元計測結果を任意に網膜投影できるため、立方体の一辺が本当に一〇センチなのか確認したという訳だ。
「三人揃えば何でもやりたい放題じゃん」
「終わった時に『スマホ使えば良かっただろ』ってレイに言われましたけどね」
「あ~、レイきゅんってたまに鋭いよね。ジンセンくんはたまにおっちょこちょいになるし」
「そうは言いますけど、レイがスマホのサイズを記憶してるなんて思いもよらないでしょう?」
レイは某リンゴのProMAXを使っており、縦・横・厚さを記憶していた。
ジンが「なぜ記憶してるんだ」と問えば、「手がデカいから一番デカいスマホを調べて買った」と返された。
「そういえば、欲しいスマホが高いからレイきゅんバイト始めたってマミーが言ってた」
「あれセシル姉の紹介じゃなかったんだ?」
「違うお。聞いても教えてくれなかったし。何してたの?」
「ファッション誌のモデルだよ」
「えーーーっ!? 私が勧誘した時は断ったくせにーーー! レイきゅん!」
食後のケーキを口に放り込んでいるレイにセシルが駆け寄る。
「お前はいつでもどこでもうるせぇな?」
「モデルのバイトしてたとかヒドイんだけど!」
視界を遮るセシルの横に顔を出したレイがユアを睨む。
レイに対し無類の強さを誇るユアは、ニッコリと微笑んで手を振った。
「ちょっとレイきゅん!」
「うるせぇわ。お前の知り合いばっかの事務所でバイトするワケねぇだろ」
「むぅ…どうやって事務所探したのさ」
「いつだったか渋谷でスカウトされた時の名刺」
「おのれ見る目のあるスカウトめ。ギャラは?」
「一日八万」
「イイ線つきやがる。専属にって誘われたでそ」
「言われたな。派手なオバサン社長に」
「うっわ、そこハーフモデルが多くなかった?」
「ハーフばっか。俺でも知ってる有名どころがいたし」
「ってかさ、アレジアンスに芸能部門とか良くない? メイズのトレンド装備はコレ!みたいな」
「さて行くか」
「俺の弟がガン無視するんだが!」
セシルをスルーして立ち上がったレイに、ミレアたちが「どちらへ?」と目で問う。
すると、朝トレを中断したまま終了にされ、消化不良だからメイズに行くと。
「悪くないわね。物凄く空いてると思うわ」
「あたしも行くー」
「もちろん行きます」
「術式解体の指南に打ってつけですの」
テーブルの影にしゃがんだレイたちがボロス邸へ転移した。