138:殻化の要件
新作を上げたので良ければご拝読ください。
N9241JD
知りたがり勇者のジンが、将来的な総戦力のボトムアップを趣旨にアレコレと質問を繰り出していく。
ルジェが言ったとおり神紋の有無に関係なく殻化が出来るならば、レイが続けてきた地獄のド早朝トレーニングの意義も大きく増しモチベも上がる。
対するレイも、ユアが殻化を修得すれば単体防衛力というユアのウィークポイントが解消されると考えているため、足りない語彙力を振り絞り答えていく。
「魔力循環で魔力路を限界点まで分岐延伸させることが前提条件で、魔力量と強度に一定の要件がある訳か」
「そうなんだけどよ、魔力路の限界点が分かり難いんだわ」
「どういう意味だ?」
年齢的に肉体の成長が完全に終わったのか否かが不明確なため、魔力路の分岐と延伸が現界点に達しているのか否かも判断がつかない。
身長が伸びれば分岐と延伸の余地が生じるし、筋量が増えた時も更なる分岐と延伸が可能になる。
「面白いのは爪と髪と髭な。伸びると末端魔力路が切れる。まぁ髪と髭は大した問題じゃねぇんだけど、常時循環してないと均一な全身殻化が出来なくなる」
「イメージはつくが、爪は問題になるのか?」
「戦ってる最中の違和感がハンパねぇんだよ。爪の根っ子の白いトコが」
「爪半月か」
「へぇ、コレそんな名前なのか。ピッタリだな」
例えば足の爪が伸びて末端魔力路が切れた状態でトゥキックを放つと、明確に「均一じゃない」と判る。一ミリに満たない局所的な不均一性だが、違和感は意識を引っ張り集中力を削るため、レイは文字どおり常時循環を怠らない。
「なるほど、仕事中に循環を止めることがあるけどダメだな。次は魔力量と強度について教えてくれ。ミレアと誰かを比較するような感じで頼むよ」
「んー、ミレアの魔力量と強度を100だとすれば、ユアは量が2400くらいで強度が200って感じだな」
ルジェ以外が目をパチクリさせた。量の乖離がデカいなオイ、と。
とはいえ、ミレアの魔力量でも殻化が可能だという情報は有用なので、レイの話に傾聴する。
結論から言えば、形成できる殻の厚さは魔力量に依存し、破壊強度は魔力強度に依存する。
ミレアが形成できる殻厚は最大でも2ミリ程だとレイは予測しているが、さっきミレアが形成した殻厚は1ミリあるかないかだった。これは熟練度の問題なので、修練を重ねれば最大厚へ至るのは時間の問題だ。
但し、ユアの場合は魔法や魔術に使う魔力を温存しなければならないため、総量2400を殻化に使えない。が、殻は厚ければ良いという訳でもない。
なぜなら、殻化で重要なのは何と言っても破壊強度だからだ。
ミレアの通常魔力の強度は100だが、強度100で殻化しても脆すぎて意味がない。というか、レイの感覚的に、強度250はなければ殻化とは言えない。
現在のミレアは最大圧縮率が350パーセントくらいで、さっきの殻も最大圧縮率で形成していた。要するに破壊強度は350である。
「結構な衝突音だったが、具体的な破壊強度はどれくらいだ?」
「ムズイこと聞きやがる……あ、キーンエルクの突進くらいは余裕で耐える。踏ん張れないから吹っ飛ぶだろうけど負傷はしない」
「すごっ!」
「私たちも会得しなければいけません。シィさん頑張りましょう」
「うん、そうだね」
シャシィとノワルの会話を聞いたレイが難しい顔になり、シャシィが不安気な表情に変わり口を開く。
「あたしたちには無理とか?」
「ムリじゃねぇさ。でもな、シィの魔力量は700くらいで、ノワルは400くらいなんだよなあ。何気にイリアは1000ちょいあんだけど」
意図を察したミレアが口を開く。
「体感したから言えるのだけど、レイに抱きついた時の衝撃で魔力を消費したわ。レイの基準で言うなら五くらいかしら」
レイが深く頷きながら言う。
「そこが殻化の難しいとこなんだわ。殻は攻守の両方で魔力を消費する。ゴートが瞬間的な部分殻化に特化した理由も魔力量に限界があるからだ」
更に言えば、殻を形成するだけなら魔力消費はないが、殻化中は素の体力が経時的に消耗していく。レイが異常な大食漢になった原因でもあり、ゴートがレイとフードファイトをするくらい大食な理由でもある。
「魔晶でアクセを大量に造って予備を【格納庫】に入れとくって手はあんだけど、身につける数には限度があるし、大物との戦闘で使い切った時に予備を渡せるか分かんねぇじゃん? メイズ八〇階層のドラゴンとか」
皆が至極納得した表情を浮かべた。
すると、悪い笑顔のルジェが口を開く。
「魔力槽だけを二歳頃の状態まで再生してあげてもいいですわ?」
全員が首を傾げて頭上に「?」を幾つも浮かべる中、ルジェの再生が時間の巻き戻しだと思い出したジンが身を乗り出して問いかける。
「もしかして、魔力槽は幼年期に発達するのか?」
「正しくは幼年期から少年期の半ばですわ。嘗て魔術を創出し、魔術至上主義を掲げたユーグルの常識を教示してあげますの」
現在では一括りにユーグル広域古代文明と呼ばれているが、その実態にして正式名称は、魔術を創出したユーグル王国、正確にはユーグル王朝を頂点に全世界を征したユーグル連邦王国であったという。
魔術至上主義を掲げたユーグルの民は須らく魔術という学問に傾倒し、幾つかの原理を基に神秘の深淵を求め続けた。
惜しむらくは、ユーグルが解き明かし証明した重要な真説の数々を、ゼイオン真書と称する紙書籍として編纂したこと。つまり、既に風化し残存していない。
「読んだ内容を記憶している訳か」
「わたくし所有してますわ? 当時は巷で売られていましたの。今読んでも中々に面白い内容で暇潰しになりますわ」
「そ、そうか。滅亡年の特定は無理だと思うが、大凡何年くらいだ?」
「原因は三万年程前に起きた星堕ちの冬ですわ。つまり大隕石が衝突しましたの」
深く納得するも、ルジェという存在そのものに眩暈を覚えたジンが眉間を摘まみ小さく頭を振る。そんなジンを気にも留めないルジェが話しを続ける。
ゼイオン真書には当時エーテル的身体と呼称された魔力機関や、御様と呼称されていた魔力制御技能に関する真説も記述されている。
他にも魔力を自在力と呼称していたり、魔力槽を自在力の器と呼称していたとか色々あるが、関係ないので横に置いておく。
人種は種族に関係なく、生後二年ほどで肉体質量重心に幻生的な結節が生じ、幻生結節をゲート化すれば魔力機関へのアクセスが可能になる。
しかし、魔力は意識的に制御して初めて自在性を持つため、精神の発達を待たねば修練など叶わない。
また、魔術と詠唱は切っても切り離せない繋がりを持つため、一定水準以上の言語習得も必要になる。
そして今この場で最も重要なのは、魔力枯渇の回数に比例して魔力槽は最大容量を増大させ、増大化は種族特性に応じたの少年期半ばで終焉を迎える点だ。
「そういうことか」
「どういうことだ?」
「魔力槽だけを二歳当時の状態に戻すんだから、魔力路や魔力制御技能、言語能力は今のまま保持される。魔力枯渇を繰り返すなんて苦行でしかないだろうけど、その苦行にだって今の心身なら耐えられる、ということだ」
「へぇ、そうすか」
レイがジンを見遣りながら、含みのある言葉を返した。
ミレア、シャシィ、ノワルは、これまた含みのある眼差しをジンに向けている。
ジンとユアは怪訝な顔に変わり、ルジェは楽し気に笑んでいる。
「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」
「言っても意味ねぇから言わねぇ」
「そうね」
「だね」
「言葉で言い表せるものではありません」
「あ…私分かったかも」
レイがユアへ視線を移すと、ユアはミレアをチラ見した。
レイはウンウンと頷き、ユアがどんよりした表情に変わり溜息をつく。
そう、魔力枯渇未経験のジンとユアは、どれだけ辛いかを知らない。
レイをして「二度とやりたくない」と言わしめる辛さは如何ばかりか。
魔力が枯渇した瞬間の辛さは筆舌に尽くし難いもので、若く未熟な見習い魔術師がショック死した事例まであるのだ。
「ねえねえ、ジン君の魔力量ってミレアさん比でどれくらい?」
「2000くらいだな。お前らが使う魔法と魔術で魔力食うのってどんくらい?」
「私は【聖天再生】だよ。今だと致命傷で……400くらいが相当量だと思う」
「俺の場合は攻撃魔法全般だ。全量を一撃に込めることも出来る」
「魔法は桁が違うわね」
「あたしユア様の【再生】一回で半分以上消費しちゃう」
「私は一回で枯渇ですよ? レイ様の継戦能力が余計に際立つ話です」
ノワルの言にジンとユアが深く頷いた。出来ることは多いが魔力量という制約がつき纏う。出来ることは少ないが魔力量は無尽蔵。ジンはレイを羨ましく想うことが間々あれど、仮に自身の能力がレイと同じでも、レイほど己を高められる自信はない。
レイも当初はジンとユアを羨ましく想う場面が多々あったものの、レイヌスからバングルをもらった以降は、自身の魔力機関が魔力炉で良かったと心底思う。
むしろ、時空間の中で超近接戦闘特化の【空間跳躍】が、もしユアの能力だったらと想像するだけで悪寒が全身を走る。
全ては死神の思惑どおりであるが、レイという魂源の選定に幾星霜もの時を費やしたことに鑑みれば、神と称されるだけはあると言わざるを得ない。
「ま、ジンとユアが地獄を見んのはボロスに引っ越してからだな」
「うん…」
「魔力枯渇はそこまで苦しいのか…」
「気合いと根性でどうとかってレベルの話じゃねぇ。秒で死ねる」
不感症級に苦痛耐性の高いレイが、真面目な顔でジンに言った。