13:醜態
リュオネルの家に泊めてもらうことになったレイたちは里の皆に紹介されたが、レイとミレアを見るエルフたちの視線はどこか冷たい。いや普通に冷たい。
エルフを狙って攫うのが人間なので仕方ないものの、美男美女の冷たい視線は妙に迫力があって胸にくる。
リュオネルから『許してやって欲しい』と言われたが、家族や仲間を攫われたエルフたちの怒りや悲しみを想えば、安易に「仕方ない」とか「構わない」とは言えず、一つ頷くことしか出来なかった。
(せめて襲った奴らをまるっと捕まえるべきだったか? んやそれも違うか…)
そんなことを考えていると、エウリナを護衛していた男性エルフが進み出た。
彼はレイを鋭く一瞥すると、リュオネルに目を向け口を開く。
「リュオネル様、その者との仕合をお許し頂けないでしょうか」
ミレアとシャシィが「うわぁ…」という表情を浮かべ、レイは「なぜそうなる」と半眼になった。
「理由を聞こうかオルネル」
「その者が襲撃者の一部を逃がしたからです」
「レイ殿たちが繋がっているとでも言うのかい? シャシィは私の弟子だよ?」
「……………守護従士の矜持です」
「ふむ、それなら理解できないこともない。レイ殿、どうだろうか?」
「いやどうだろうかって」
「やるしかないんじゃない? やらないと臆病者とか言い出すと思うよ?」
「そうね。よくある話だもの」
「よくあんのかよ」
まぁ分からなくもないか、とレイは思い直す。
トーナメントでも変にライバル視してくる選手から「首を洗っとけ」とか、「俺と戦るまで負けるな」などと言われることが間々あった。
自身にも「あいつには負けたくねぇ」と想う選手がいたため、そんな感じなんだろうと考え一つ大きく頷いた。
「決まりだね。エルフの流儀でいいかな?」
間違いなく楽しそうなリュオネルが言う〝エルフの流儀〟とは、精霊魔術アリで直撃確定の場合は長老衆が結界を展開し防ぐというもの。武器も何でもアリだが木製で、弓については鏃のない矢を使う。
「要はバーリトゥードってことか。ならちっと待ってて」
レイは馬車へ駆けて行き、バックパックからマジックテープ式のバンテージを取り出し拳に巻き始めた。傭兵との一戦でベアナックルは与ダメ的にヤバいと確信したからだ。
(何気にフルスロットルを試せるチャンスだぜ)
王都を発って以来魔力制御に注力してきたが、身体強化を全開にしたのはエルフと傭兵の間に割って入ろうと走った時だけ。その時の全能感というかアドレナリンのドバドバ感が最高に気持ち良かったため、戦闘挙動でも全開に出来るのか否かを試したいという衝動に駆られている。
(ウォームアップした状態で始めたいが…)
バンテージを巻きながら循環と浸透を始め、チラリとオルネルに目を向ける。
彼も木剣を振りコンディションを整えているようなので、レイも馬車から跳び下りジョグスクワットなどの動的ストレッチングをする。
アップしながら魔力供給量をどんどん増やして循環と浸透を重ねていると、リュオネルをはじめとした数人のエルフが目を細め始めた。
「シャシィ、レイ殿は本当に召喚されたばかりなのかい?」
「うん、一月も経ってないよ。自己覚醒した時はあたしも嫌になったし」
「それはまた……下手をすると結界の展開が間に合わないかもしれないね」
「レイ様には魔法適性がないから大丈夫……じゃないかも。オルネルが」
「レイ様は高度な格闘術の使い手な上に、強化すれば鉄盾を蹴り折ります」
「なんと…オルネルはそれを知っているのだよね?」
「たぶん? あたしには速すぎて何やったか見えなかったけど」
「感覚強化していた私が辛うじて見えた練度です。目視できる攻撃魔術なら容易に躱すでしょう。というか、彼を相手に詠唱を完結できるなら大したものです」
リュオネルが顔を引き攣らせながら長老衆に歩み寄る。
長老衆も顔を引き攣らせたところで彼は苦笑し、『治癒術式を最優先で』と告げシャシィの横へ戻った。
「悪ぃ、待たせたな」
「待ってなどいない」
「さいですか。んじゃ戦ろうぜ」
ほぐすように両肩を交互に上下させ首を左右に振るレイが、トントンと両脚ジャンプしながら後退り、結構な距離を取った。ざっと二〇メートル程だ。
レイが近接格闘術を使うと判っているオルネルは遠すぎる間合いを訝しみ、なぜか「馬鹿にされている」と勘違いして更に闘志を燃やしつつ抜剣した。
一方、開幕全開での強襲とテーマを決めているレイは、普段の攻防スタイルではなく両腕をだらりと下げたまま僅かに踵を上げ、気持ち前傾姿勢で静止した。
口角を上げた野獣顔はやる気満々である。
「これよりレイ殿とオルネルの仕合を行う。レイ殿一行と我ら月森族の親善仕合と心得るように。それでは両者……始め!」
ヒュゴオッ!
(ヤバッ!?)
ゴッッ……ドギャアッッッ!!!
残像を置き去りに突進したレイが、オルネル諸共に吹っ飛んでいった。
激突されたオルネルまでもが残像を置き去りにする勢いで。
誰の目にも留まらなかったが、一拍置いて響いた音は壁の如き大樹から。
皆が一斉に目を向ければ、オルネルが大樹に深々と埋まっていた。
「うわぁ!? レイ様っ!」
「シィ掴まって!」
「ひゃあ!?」
「治癒を放てっ!」
強化したミレアがシャシィをひっ捕まえて走る。
その頭上を翡翠色の治癒弾がレイたちに向け疾空する。
大樹に埋まったレイたちに着弾した治癒弾は、無音の花火が如く次々と弾けた。
大樹目前で急制動をかけたミレアの小脇で、シャシィが顔色を青くする。
レイはぶっ飛びながらも体を捻ったらしく、自身を緩衝材の代わりにオルネルを守る形で背中から激突し埋まっているようだ。
オルネルが無事なのは絵面的に判るが、レイはまるっと埋まっていて手足しか見えない。
「レイ様っ! レイ様っ! 死んじゃヤダァ!」
「落ち着いてシィ! 音が聞こえるわ!」
「えっ…?」
メキ…メキメキ…メキメキメキッ……
「ふぐっ! くおっ! ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅらぁあああっしゃーっ!」
メキメキメキメキメギャッッ!!!!!
「レイ様が産まれたわ……大樹から」
「あは…あはははっ、なにそれぇ良かったぁ~~~」
オルネルごと転がり落ちたレイは切り傷こそ多いがピンピンしている。
透かさずオルネルの胸部と脈を確認して『ふぅ』と息をつき、ニカッと笑ってオルネルの胸をバンバンと叩いた。
「あ゛ーーービビった! 死んだか思ったわ!」
「普通は死ぬと思うわよ?」
「痛くない? ホントに大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。激突した時も痛くはなかった。にしても治癒ってスゲーな。オルネルの胸骨粉々になったってのに」
「酷いことするね?」
「わざとじゃねーし。つーか、強化全開での戦闘はまだムリだ」
「見てるこっちの肝が冷えるから止めてくれるかしら? 見えなかったけど」
「へーい(今の笑うとこか? 違うよな?)」
ゴロンと大の字に寝転がったレイのもとへ、リュオネルたちがやって来た。
「レイ殿は無事だね。オルネルは……うん、無事だね。それにしても…」
地上五メートル程の高さで斜め上方へ穿たれた深い穴にリュオネルが目を向けると、他のエルフたちも目を向け「あ~あ…」みたいな顔になった。
「大精霊様方が呆れているよ。『依り代が…』とね」
「え、この木に精霊が住んでる的な?」
「まあそんな感じだね」
「ごめんね?」
「問題ないようだ。精霊様方と妖精たちは穴の中で遊び始めたよ」
「凄いねあの穴。あたしなら脚伸ばして寝れるよ?」
上体を起こし胡坐をかいたレイが穴を見上げるが、精霊っぽい存在は感じない。
怒ってないならまぁいいかと立ち上がり、屈身やジャンプをして状態を確認。
今更ながらに強化の凄まじさを実感している。
「ぅ…うぅ……私は……いったい……?」
覚醒したオルネルが腕をつっかえ棒にして上体を起こし、小さく頭を振りながら呆然とする。
「目が覚めたようだね。何か覚えていることはあるかい?」
「リュオネル様………いいえ何も…いったい何が起きたのか…」
「それは自分でレイ殿に……おや?」
「逃げたよ」
「悪戯を見咎められた子供みたいね」
二〇〇人近いエルフたちの視線がレイの居所を伝える。
どうやら巨木の後ろに隠れているらしい。アホである。
当然ながら皆の前へ出頭させられたレイは、愛想笑いを浮かべ斯々然々と説明。
オルネルはギリっと奥歯を噛み締めたが、次の瞬間には『ハァ』と溜息をつくのだった。