137:ブレイクスルー
スタートから一〇分と経たず終了したタイムレースは、当然の如くレイが一位であった。記録は脅威の三秒。正しく秒殺だ。
次いで二位は、右へ左へと自在に曲がる【蒼炎弾】を三連射したジン。
ジンに少し遅れてほぼ同着の三位と四位にはシャシィとノワルが入った。
射線の確保に少し手間取った魔弓スナイパーのユアは五位。
ユアに僅差の最下位は、飛び道具がなく武器のリーチも短いミレアという結果である。
ご愁傷様なミレアは瞬く間もなく魔力全量をドレインされ、男に捨てられ生きる意味を失った女も斯くやと地面に倒れ伏した。その姿を見下ろすルジェはとても楽しそうだ。
「レイー、ミレアが何か言ってるよー」
一八体のキーンエルクを【食料庫】に収めたレイが、ミレアに歩み寄り傍らでウンコ座りをすると、彼女の頬を手で撫でた。
「くっそキツイよな。分かるぜ」
「うぅ……わざと………ぐぅ………私が……うっ………最下位…」
「正解。わざとやった」
「えっ、わざとミレアを最下位にしたってこと?」
ミレアに向けサムアップしたレイに、シャシィが「意外」といった風情で問いかけた。レイは何だかんだでミレアと仲良しなので、シャシィは理由が分からない様子だ。
「条件が脳破壊じゃなかったら最下位はユアだったな」
「んーと、レイはミレアさんを最下位にしたかったの?」
「ムリヤリってワケじゃねぇけど、まぁそうだな」
「どうして?」
「言葉で説明すんのはムズイんだが、魔力が空になると…んや、空になった後で体感できることがあるんだわ。たぶんな」
集まって来た全員が首を傾げ思案する中、ルジェだけが何か察した表情を浮かべ口を開いた。
「魔力路の全容知覚ですわ?」
「おーそれそれ、やっぱ当たりだったか」
「レイは魔力炉があるのになぜ魔力枯渇したですわ?」
「どうなんのか知りたくて一回やってみた。二度とやりたくねぇけど」
ジンは「ホント色々やるもんだ」と苦笑しつつも、面白い話を聞けそうだと思い口を開く。
「どういうことか説明してくれ」
「ムリ。つーか、んなことやってる場合じゃねぇ」
そう返したレイはミレアの上体を起こし、彼女の顔を胸に抱いた。
「魔力機関のゲートを開いてるか?」
問うと、ミレアは弱弱しく頷いた。
ゲートを開放しなければ魔力が体内へ供給されないため当然である。
「今すぐ閉じろ。殻化できるようになるかもしれん」
「え…?」
「いいから閉じろ。保証はできねぇけど俺を信じろ。な?」
ミレアの頷きを見たレイは、ユアへと視線を移した。
「ミレアの魔力波動を記憶してるか?」
「正確には記憶してないけど…」
「じゃあコレで波動を読み取ってくれ」
レイは【格納庫】から親指大の魔晶を取り出しユアに手渡す。
魔晶を見たミレアが、はっとした表情に変わった。それは二ヵ月程前にミレアの魔力を充填した物で、当時のミレアが『何のために? ねえねえ?』と、しつこく尋ねていた代物だ。
「えっと、レイの魔力をミレアさんの波動に変調して流し込むの?」
「話が早ぇな。俺がユアに流し込む量と速度でミレアに流し込んでくれ」
「うん、分かった」
レイが右手でユアを左手を握ると、ユアは右手でミレアの左手を握った。
「手じゃダメだ。服の中に手を突っ込んでゲートの真上に手を当てろ」
「地肌っていう意味?」
レイが一つ頷くと、ユアはミレアの下腹部に手を当てた。
レイは視線をミレアに戻して口を開く。
「循環はしなくていい。魔力の流れ方と流れていく先におもっきり集中しろ」
ミレアがコクコクと頷き、レイは握ったユアの手に魔力を流し始める。
ミレアの魔力総量を100とすれば、彼女の魔力機関が通常供給する量は一時間当たり5.5と少量、いや微量だ。これでは魔力の流れ方と流れていく先を明確に知覚できないため、レイはミレアの魔力感知能力を勘案し、毎時25に相当する量をユアの手に流し込み始めた。
魔力が最初に流れ込むのは基幹魔力路。基幹魔力路が満たされた後に流れる先は頭部。そして四肢へと流れ込み、最後に全身の末端魔力路が満たされていく。
この末端魔力路の把握こそが肝であり、ミレアが未だ殻化に至れない原因だとレイは予想している。
なぜなら、二五歳のミレアは既に肉体成長期を終えており、日々の魔力制御訓練によって、魔力路は既に限界まで分岐し延伸しているからだ。
魔力供給を始めて一五分が過ぎようとした時、ミレアがピクリと体を震わせ目を見開いた。レイは透かさず供給量を毎時20相当量に抑え、ミレアがより正確に末端魔力路を把握できるよう微調整をかけていく。
「ぁ…」
微かな声を漏らしたミレアが、自身の右手へ視線を移した。
視線を追ったレイはミレアが爪先の末端魔力路を把握したと判じ、今度は供給量を増やす方向で調整していく。
徐々に上げた流量が毎時50相当に達した時、ミレアは自ら体を起こすと、深緑色の髪を一房選り分けて手に取り、まじまじと見詰め始めた。
「分かったみたいだな。何気にびっくりだろ?」
「魔力って…毛先まで流れていたのね…」
「「「「えっ?」」」」
「死神が選定しただけありますわ。レイは魔力の申し子ですの」
「意味わからん。俺は魔力が好きだから頑張って上手くなっただけだ」
「努力ですわ?」
「気合いと根性もな」
ジンたちが「やっぱり精神論」と内心をシンクロさせ半目になった。
ミレアの魔力を満タンにしたレイは、魔力をおねだりするルジェに辟易としながら最大流速で流し込んだ。ルジェが『はひぃ~♥』とキモイ嬌声を上げて崩れ落ちると、レイは透かさず転移してルジェを置き去りにした。
「鬼だな」
「ルジェさん可哀想だと思う」
「アイツが【空間跳躍】と変わんねぇ速さで飛べんの知ってんだろ」
「私は飛べませんが何度も置き去りにされましたよ? 歪んだ愛情表現ですか?」
「ノワルが歪んでるから置き去りにされるんだよ」
「新年早々シィさんが辛辣です」
独身寮の共用リビングでセシルとメイに帰ったよアピールをして食堂へ移動すると、そこにはジト目を向けるルジェがいた。
「ほらな?」
「俺が悪かった」
「私もごめんなさい」
「本物のサキュバスは一味違います」
「ノワルは娼婦もサキュバスも年齢も名前も偽物だもんね」
「言わないでください、照れます」
「褒めてないけどね」
セルフサービスで思い思いのドリンクを手に腰を下ろす。
終始無言のミレアは覆魔を突破しようと頑張っているのでそっとしておく。
「無駄に魔力を消費しましたの」
「あそ。つーかさ、お前の最高速ってどんくらい?」
「教えたら魔力くれますわ?」
「じゃあいい」
「音速の四倍くらいですの」
「言うのかよー」(棒読み仰け反り)
「音速の概念があるのを初めて知ったんだが、出元はどこなんだ?」
「ユーグルを冠した人種の文明ですわ。滅亡で概念が途絶えましたの」
「何かにつけて出てくるな。幾つか質問してもいいか?」
「レイの魔力が先ですの」
「レイ頼む」
「へいへい」
「今度はゆっくり優しく入れるですわ?」
「言い方な。わざと言ってんだろ」
「当然ですの」
「やはり本物の――」
「ノワルうるさい」
「シィさんがゆっくり優しく反抗期に入りました」
「「「「ぷふっ」」」」
ノワルのキラージョークが決まった。三つ年下のノワルに反抗期と言われたシャシィが睨みつけた時、レイとルジェが視線をミレアへ移した。
「おっ、抜けたな」
「神紋なしの人間でも出来るとは知りませんでしたの」
「条件はあっけど、ガチでやりゃあ結構何でも出来るんだよ。人間ってのは」
中々に不気味な笑みを浮かべるミレアが、問うような眼差しでレイを見る。
「頑張った証拠だ。出来てるぞ」
「レイっ!」
椅子を跳ね飛ばし高速で駆け寄ったミレアがレイに抱きつく。ヤバいと思ったレイが殻化して抱きとめれば、ガキィ!と硬質な衝突音が鳴り響いた。
「あぶねぇな?」
「ごめんね? それとありがとうレイ、愛してるわ」
全員が「このタイミングで言う?」と思いつつも、ミレアに拍手を送った。