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136:狩り初め


 緑竜を狩った月森近郊の魔獣領域へレイは転移した。

 美味すぎるキーンエルクが残り一頭なので、狩り溜めしておきたいとの考えだ。

 が、斜め後ろを歩くミレアはずーっとグチグチ言っている。


「いいわね初日の出。全裸を見られた私は狩りだけ? ふ~ん?」

「だから事故だっつったろ。初日の出ん時は忘れてた。ごめん」

「独身女性の部屋にノックもせず入るのが事故なのね? ふ~ん?」

「……さーせんした。もう二度と隊長の家には行きません」

「もぉ、来るななんて言ってないじゃない」


 レイにも言い分はあるが、ノックをしなかったのは事実なので素直に謝った。

 隣を歩くジンは話の端々から〝どんな事故だったか〟を察している様子だが、ジンの隣を歩くユアは咎めるようなジト目をレイに向けている。


 そもそもレイはミレアの部屋など知らなかったので、普通に玄関へ行った。

 玄関ではドアノッカーをこれでもかというほど叩いたが、漸く出て来たのはコックコートを着た料理人。


 彼が言うに、ミレアから忘年会の話を聞いたケンプ一家は「我が家も忘年会をしようじゃないか」みたいなノリで、急遽、忘年会と言う名の宴会を開いた。

 が、兄のアルや両親はアルコールに弱いらしく、蟒蛇のミレアに酌をされるまま飲み続けて酔い潰れ、レイが訪れた時も寝ていた。というか死んでいた。

 その際、ケンプ邸の一階にいたのは料理人と給仕の二人だけだったため、料理人は勝手に対応していいものか迷った挙句に玄関へやって来た。


 料理人もレイが何者かは知っていたが、主人の許可なしに招き入れていいものかと再び迷い始め、イライラしたレイは強引に上がり込んでミレアの魔力がある部屋へ突入した。すると、風呂から上がったばかりだったミレアが、「今日はどの下着にしようかしらん♪」みたいな感じでフルヌードを晒したという顛末だ。


「最近のミレアってさ、クランハウスの居室でも全裸でいること多いよね」

「…女パーティーなのだからいいじゃない」

「シィさん、ミレアさんは自分の裸体に自信を持つようになったのです」

「あ~、レイの鍛錬で綺麗になったから見て見てみたいな?」

「そのとおりです。私も同様ですし、シィさんもでは?」

「あるね。特にミレアは腰細くなったのに胸は大きくなってるし」

「サキュバスの秘術を教示しますわ? レイ以外ならどんな男も食べ放題ですの」

「私を何だと思ってるのよ…」


 二人の言葉を否定できないミレアがルジェに半目を送り、どこかバツが悪そうに目を逸らした。レイは内心「確かにデカくなってた」などと呟いている。


「ところでレイ、年末前に狩った魔獣は売らなかったんだよな?」

「売らなかったっつーか、持って帰ってねぇ。領域の選択ミスってやつな」


 レイの発言にミレアたちがウンウンと頷く。


 どうやら、キーンエルク並みに美味くて高値がつく魔獣の棲息領域は少ない。

 ウサギやカエル、ヘビはどこへ行っても出るのだが、先日レイたちが行ったボロスの東方にある領域はオオカミ系のテリトリーだった。

 領域主もギレナイリコスという斑模様の巨大なオオカミで、ハンター資格を持つミレアが「昇級の戦力評価には有効だけど高値はつかない」と言ったため、レイは強化上限でギレナイリコスの前脚を鷲掴んで大遠投した。


「ディオーラまで飛んでそうだよねー」

「あの巨体があっという間に空の彼方へ消えました」

「そういうことか。売るのが勿体ない魔獣かと思ってたが、シィはギルド等級を上げたいんじゃないのか?」

「緑竜で三等級になった時より、レイに強くなったって言われた時の方が嬉しかった。星はもっと増やしたいけど、レイと一緒に潜れば増えるもんね♪」


 言ったシャシィがレイの腕に抱きつくと、レイは一つ頷きサムアップした。

 すると、ミレアが思い出したように口を開く。


「一月一日に開かれる十席会で隠室解放の貢献度が発表されるのだけど、たぶん星が一つ増えるとマスターが言っていたわ」

「ほんとに!? あたしたち二ツ星になれる!」

「物凄く嬉しいです!」


 シャシィとノワルが歓喜する中、レイは相変わらず興味がない風情だ。

 それを見てとったジンがレイに向け口を開く。


「レイは四ツ星になるのが嬉しくないのか?」

「ぶっちゃけ星の意味が分からん。年間ランキングとかタイトルには出場権やらシード権が付くけど、星があっても特典ねぇじゃん。まぁライセンスのぱっと見はカッケーけど、見せびらかすほどじゃねぇし」


 星なしシーカーには、下層以降での長期探索・攻略の許可が下りないという話はレイも知っている。しかし、六〇階層を突破しても星が付かないシーカーが存在するなら、シーカーギルドの評価基準に欠陥があるとレイは付け加えた。


 こと戦闘に関しては饒舌になるレイの言葉に、ジンたちは改めて感心する。

 だがしかし、シーカー規約に星関連の特典が幾つか記載されている事実を、規約書に触ったことすらないレイは知らない。

 実のところ、バトルジャンキーしか喜ばない特典が一つあったりするのだ。


(ドブロフスクの件もあるし、ボロスに引っ越した後で言うべきか?)


 ジンが内心で呟きながらそれとなく皆に視線を巡らせると、全員が首を小さく左右に振っていく。ルジェはキョトンとしているため、レイと同じくシーカー規約に興味などないのだろう。


 そんな話をしながらも、ジンたちは襲い掛かってくるウサギやカエルどもを対処している。前回レイが狩りまくったので出現数は少ないが、それでも一〇〇体を下らない数だ。これは魔獣の繁殖力が異常に高いこともあるが、この領域はかなり広大なため、飽和状態だった小型魔獣が分散しているのだとミレアは言う。


 ここで特筆すべきは、脳筋感染症の魔術師チームが一撃必殺の打撃を繰り出している点であろう。ユアが『きゃっ』とか『やだっ』とか可愛い声を漏らしつつも、魔獣を殴殺していく姿が何だか凄く胸にくる。


「また月森処理だな」

「廃棄物処理場みたいに言うなよ。前回のが大量に残ってると思うぞ」

「んじゃ売るか?」

「うーん、それはそれで面倒か。あぁそうだ、フィオが個人的に資金提供してる孤児院に寄付するなんてどうだ?」

「へぇ、んなことしてんのか」

「春からはアレジアンスで引き受ける予定だ」

「企業ボランティアってやつ?」

「そういう側面もある」


 狩りの手を止めたジンが、社会貢献的新規事業について語る。

 嫁入りするフィオが帝都へ発つまでに、アレジアンスは孤児院を買収する。並行で追加資金を投入してスラム街の空き地を購入し、孤児院の移転と併せて初等教育校と職業訓練校を設立するという計画である。


 孤児やスラムの貧民階級は、金が払えないという理由だけで能視の儀を受けられない。これは将来的な人材損失に外ならず、アレジアンスが掲げる理念の一端である「社会全体を豊かにするべく思考し行動する企業」にも反する。


 よってアレジアンスは社会奉仕活動においてエルメニア聖教会と連携し、初等教育校に能力鑑定機能を持たせる。三年制の初等教育校では読み書き、四則演算、礼儀作法、神学を含めた一般教養を必修科目と定め、修学レベルと能力鑑定結果に応じて四年制の職業訓練校専修課程に進学させる。


 五年後には訓練校の第一期生が社会人となり、何割かはアレジアンスに就職するだろう。初等教育校の第一期生はhち年後だ。修学期間中に優秀者の修学レベルや修得技能を公表することで、貧民階級の人材的有用性を知らしめ、社会認識の変革にも寄与できるとジンは期待している。


「雇用創出でアレジアンスの企業価値は高まるし、優秀な人材の採用効率も上がる。株式購入や寄付の形で賛同する個人や団体も出てくるはずだ」

「学費はタダか?」

「当面は食費や学習用品代も含めてアレジアンスが全額負担する」

「太っ腹だな」

「そうでもない」

「つーと?」

「軌道に乗れば学校経営は意外と儲かる。まあ、この世界だからとも言えるが」


 出自を重視する身分制度のせいで掬い上げる者はいないが、世界人口の四割近くを占める貧民階級に、天才や秀才が少なからず存在するのは統計学的見地から確実。「アレジアンス職業訓練校の卒業生には優秀な者が多い」との噂が拡散するに連れ、貧民階級に世間が向ける目も少しずつ変わっていくだろう。


 噂を利用し国家や大商会を資金的に協賛させれば、学校経営は黒字化する。

 ジンは当然の如くクリスに「協賛するだろ?」と話を持ちかけるつもりで、クリスが事業計画を精査すれば間違いなく金を出すと確信している。


 その見返りは、国土が増し人材不足状態のアンセストに対する優秀な人材の供給であり、ジンは人材斡旋事業の立ち上げも計画の一部としている。また、アレジアンスにはメイズ攻略に参加しない神匠セシルや錬金魔法師メイがいるため、職業訓練校の設立と同時に高度かつ専門的な技能修得課程を設けられる。


「クリスよりアドルフィトがノリノリになりそうじぇね?」

「間違いないな。オルタニアにはノウハウだけを売るって手法もある。コンサルティング事業部で人材斡旋と経営コンサルをやるとか楽しすぎる」

「おい勇者、悪い顔になってんぞ」

「む…同じことをアイゼンにも言われたんだが、そんなにか?」


 レイはウンと頷いて顎をしゃくる。ジンが視線を移すと、雑魚の掃討を終えたミレアたちがジンの悪い顔について「悪徳商人?」などとヒソヒソ話しており、苦笑を浮かべるユアが「違うの違うから!」とフォローしている。


「さーて、悪徳勇者は放置でメインイベント始めっぞ。成体三匹がノルマのタイムレースだ。条件は脳破壊で、最下位になったヤツは罰ゲームな」

「「「罰遊戯?」」」

「うわぁ久しぶり…」

「最悪だ」


 召喚される以前、レイは何かにつけて罰ゲームを設定していた。後で笑い話になる罰ではあるが、色々と疲れる系の罰が多いためユアとジンはげんなりする。


「今回の罰ゲームはキツイから覚悟しろ。ではルジェ審判員、発表ヨロシク」

「畏まりですの。最下位の者は、枯渇するまでわたくしが魔力を奪いますわ」

「「「「「え…」」」」」


 魔力が枯渇すれば、短くとも半日は強烈な吐き気や頭痛、極度の倦怠感が継続するため物凄く辛い。今更キーンエルクくらいで手こずるなよ、というレイのメッセージであるが、枯渇経験が多いミレアたちの頬は盛大に引き攣っている。


「お、ざっくり五〇〇メートル先に群れがいるから横一列に並べ。ルジェ」


 翼を広げたルジェがスタートを号令し、魔獣狩りタイムレースが開幕した。


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