135:初日の出と術式解体
元旦ナニソレ美味しいの?とばかりにド早朝トレーニングを敢行したレイは、「初日の出を!」と推してくるジンとユアの妙なプレッシャーに負けトレーニングを中断した。公転周期的に元旦ではないのだが、そこは気分の問題である。
「よぉゴート、アンテロープ、ガキンチョども、あけおめことよろ」
「何を言ってるのか判らないが、どうした?」
「初日の出見に行くけど行くか?」
「「「「「初日の出?」」」」」
シャシィたちと同様に小首を傾げるリアクションを返すゴート一家に、初日の出の何たるかをテキトーに説明する。そもそも一月一日じゃないから何でもいい。
目的はどうあれ三人の息子たちがノリノリなので同行することとなり、ゴート以外をガッツリ防寒させて本社屋前に集合した。
「絶対に俺から手を離すなよ? 普通に落ちて死ぬからな?」
「レイ兄ちゃんどこ行くんだ?」
「エレストの高い方の天辺のちょっと上だ」
「「「スゲー!!!」」」
両碗を水平に伸ばしたレイに一同が手を触れ、もう一度『離すなよ?』と告げたところでレイはエレスト山頂に視点を定めた。
「「「うぉおおおーーーっ!?」」」
「あ、あなたっ!?」
「心配するな。レイに触れていればどうということはない」
「キレイだねメイちゃん♪」
「は、はい…綺麗です…」
子供たちとアンテロープ、メイは【空間跳躍】と【宙歩】に慣れていないため恐々としたが、ものの数十秒で大丈夫だと判り、ジリジリと昇りゆく太陽を眺め始めた。
「悪くねぇな。あっちより太陽デカいから迫力あるわ」
「絶景だ。高層ビルが視界に入らないのがまたいい」
「レイきゅんと初日の出拝むの超超久しぶりだね♥ あけおめことろ♪」
「あん? あー、セシルが召喚されたの四〇年前だったな」
「なんだか感動しちゃうよ」
「私もですシィさん。不思議な感覚です。いつも見ている陽なのに」
「レイたちの故国は趣を重んじるですわ?」
「そうかもしれねぇな。こっちも縁起を担ぐヤツは多いじゃん。つーかさ、考えてみればお前自力で飛べよ」
「嫌ですわ?」
レイは背後から腕を回し抱きつくルジェの巨大で凶悪なマシュマロを背中に感じながら、「去年の今頃は何してたっけ?」と考えつつ、陽が昇りきるまで最高峰の頂上のちょっと上で時を過ごした。後にミレアから「どうして誘ってくれなかったのよ!」と詰められることなど知る由もないまま。
ご来光を堪能した一同はアレジアンスに戻り、朝トレを再開しようとするレイに「まあまあまあ、まぁまあまあまあ」と、もう一軒くらい行きましょうよ的なノリで背を押し食堂へ雪崩れ込んだ。
若い料理人の大半が独身寮生活とあって、料理の盛り付けに精を出している。
時給換算で特別手当が出る上に、五日分の料理は休暇前に仕上げてある。
「へぇ、おせち料理じゃん」
「今年は作ってみたんだ。好評なら来年も作ろうかなって」
「煮物はほんと久しぶりだな」
「煮物でお醤油は使い切っちゃったの」
「醸造元が小規模で件数も少ないからねぇ。ジンセンくんに期待かな?」
「乳酸菌と酵母菌はどうにかなると思いますけど、醤油麹がなあ…」
言ったジンがレイを見る。ユアとセシルもレイを見る。
どの目にも「西大陸に行って来い」と書いてある。
「引っ越す前に行くっつったろーが」
「もっと早く欲しいなぁ? ねぇねぇ?」
レイはユアの猫撫で声に弱い。刷り込まれているので抗いようがない。
こういうやり取りが数多の誤解を生んできたと二人は認識すべきである。
「わぁーったよ。ベスティア回ったらそのまま行くから」
「やったぁ! 待ってるね♪」
「ユアユアに弱いのは変わんないねぇ。ね、ジンセンくん?」
「そうですね。でもユアの気持ちはもう判ってますから別に」
「ジン君♥」
「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」」
数人の料理人までもが鼻を鳴らした。冬なのにクソ熱いなオイ、と。
独身寮に入っている者たちも交えておせちを頬張ると、意外なことに黒豆を甘く炊いた黒豆煮が人気を博した。
砂糖が高級品なので豆を甘く炊くことなどなく、ユアの黒豆煮はレイの母から教えてもらった関西風レシピなので、ふっくら柔らかで艶々だ。
関東では皮に皺が寄るくらいしっかり煮て「皺が寄るまで元気に生きられますように」との願いを込めるが、関西では「いつまでも若々しく艶やかに生きられますように」との願いを込める。どちらも長寿に絡んだ願いなのは同じだ。
「ニッポンの人は製品も料理も丁寧に美しく作りますね」
「拘って突き詰める人は多いかも。不良品はダメ、みたいな。メイちゃんの錬金もそんな感じになってるよ?」
「ほんとですか! 嬉しいです♪」
一〇〇作れば一つ二つ不良が出るのは当たり前と考えるか、一〇〇作って不良ゼロを理想とするかの違いだろう。そういう理想形の追求精神が希薄になりつつある現代日本の将来は…さてどうなるのだろうか。
「勇者は小難しい話が好きだな?」
「レイだって不良品に当たったら面倒で嫌だろ?」
「そりゃあな」
「アレジアンスは不良ゼロを理想とし目指す。それだけのことさ」
自然と社員たちから拍手が湧き上った。
こっちは不良品に当たっても「そりゃ残念だったね」で済まされることが多い。
それが平民ともなれば尚更であり、社員たちの中にも悔しい思いをした者が少なくないのだろう。
「レイさん、エルク一頭かギーダ二頭を出してもらえれば出発までにロースト出来ますけど、どうします?」
「マジで? 出す出す超嬉しい。ありがとなオットー」
「いえいえ、どっちにします?」
「エルクで」
「承知しました」
大鍋六〇の料理は煮込み系が大半を占めているため、オットーは赤身ステーキが好きなレイとゴートを慮ったようだ。キーンエルク一頭のローストは手間だが、特別手当が支給されるのでオットーたちにデメリットはない。
「シィ、ノワル、朝トレの代わりに初狩り行こうぜ」
「行くー!」
「もちろん行きます。ミレアさんも誘いましょう」
「そうだな。ルジェも行くか?」
「狩りには興味ないけど行きますの。シィとノワルに術式解体を教えますわ」
「「術式解体!?」」
シャシィとノワルが驚きながらも身を乗り出した。
どうやら特殊魔術らしいと判じたジンの目がキランと光る。
「どんな術式でも解体できるのか?」
「刻印以外ならスクロールも含めて何でも解けますの」
「へぇ、俺のオリジナル術式を解体してみてくれないか?」
「術式を独創してますの?」
一つ頷いたジンが窓辺へ身を移して窓を開けた。
ルジェに追従してレイたちも窓辺へ寄り、魔術師の社員たちも我先にと左右の窓辺へ駆け寄り窓を開ける。
「行くぞ?」
「そんな言葉は不要ですわ? 術式解体は範囲展開ですの」
「イメージと違った。有効範囲は?」
「わたくしの場合は一.五七五キロメートルくらいですの」
「とんでもないな…まぁいい。百式01【蒼炎弾】」
ゴッ パキーーーンッ!
「「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」」
流線形の蒼炎が発現し射撃されようとした刹那、蒼炎はメイズの魔物が霧散するように白い粒子と化した。
ジンたちは唖然と口を半開きにしたまま虚空を見詰め、レイでさえ目を細めて腕を組んだ。「クッソ速ぇ…」と
ジンの百式は起動から発動までの単位時間が怖ろしく短い。
最速の百式01【蒼炎弾】は、詠唱完結から射撃までゼロコンマ三秒を切る。
「称賛に値する構築と略式詠唱ですの。侮れませんわ。賢者より優秀ですの」
「あっけなく解体されたんだが?」
「事象を発現させただけ驚異的ですの。ジンは無距離の攻性術式を一つくらい創るべきですわ? それを魔剣に乗せるのも悪くありませんの」
「なるほど(魔剣に術式を乗せる、か…)」
ルジェが術式解体を行使すると、魔術師は自身がミスをしたと思い込む。
何しろ詠唱が完結した刹那に事象要件部分を解体するため、二度三度と行使して漸く「ミスじゃない」と気づき途方に暮れるか逃走する。
「シィ、ノワル、良かったな」
「うん! お師匠が〝遠い昔に存在した〟って言ったくらいだから!」
「興奮せざるを得ません。ルジェさん、レイ様の魔法も解体出来るのですか?」
「法式は解体できませんわ。魔術と魔法は構築次元が異なりますの」
ジンの瞼がピクリと動いた。
「メイズの魔物の中には魔法を使う個体がいるんじゃないのか?」
「存在しませんわ? 霧散した魔物が残すのは魔王が創った疑似魂核であって、魔核の呼称は賢者レイヌスが勝手に称し広まっただけですの。擬似、つまり偽物の魂に権能の欠片が宿る道理などありませんわ」
社員たちは「なんのこっちゃ」といった風情だが、ジンたちは「めちゃくちゃ解り易い」と感嘆の息を漏らした。レイは「ふ~ん」という感じだが。
ともあれ、ジンとユアも強かに興奮し、狩りへの参加を表明した。
レイがミレアを迎えに転移したら、彼女が素っ裸だったのは蛇足だ。
こうして、戦闘チームは元日(仮定)から魔獣狩りへ出かけるのだった。