134:年末キッス
旧事務棟のリフォームを含めた建設工事が竣工し、ホッと一息ついて気づけば年末を迎えていた。明日からの五日間は、日付のない完全休養日である。
今日の午前中で仕事納めとしたアレジアンスも、一斉清掃作業の後に自由参加の納会を開き、五日間の冬季休暇に突入した。
信仰を深めるための五日間とあって、王都の大通りも日暮れが近づくにつれ人通りは減っていった。
さっきまでイリアもいたのだが、ディナイルに「結婚するまでは家で過ごせ」と言われ、泣く泣く帰って行った。ディナイルは何気に堅物だ。
「年末って気が全くしねぇぞ。何でだ? 日付がないからか?」
「ん~、テレビがないからかな?」
「それは言えてる。年末とか正月っていうフレーズを聞かないもんな」
「お餅ついてお蕎麦打てば年末っぽくなると思うお」
蕎麦は貧民が食べる穀物として安価で手に入るが、もち米は未確認である。
短粒米はゴートの口利きでベスティア中北部産の輸入ルートを確立したため、ユアの発案でデンプンを添加し餅を作る予定だ。試作は上手くいったらしいので、焼いた餅と鶏モモ肉の雑煮が好きなジンは楽しみにしている。少量だが、醤油もセシルの伝手で西大陸から取り寄せてある。因みに、出汁昆布と鰹節、干し椎茸はセシルが既に作っていた。
「モチそんな好きじゃねぇし。出汁が効いたソバは好きだけど」
「お姉ちゃんも出汁だけは後回しにできなかった!」
母方の祖父は生まれも育ちもロンドンだが、祖母が京都人で祖父も帰化して京都在住なので、祖母に習った母親の手料理も必然的に出汁が効いている。
母親が東京の大学に通っていた頃、ラウンドガールのバイトでプロ格闘家だった父親に出逢ったという来歴である。
「西街区に松があるから松飾りでも作るか?」
「ナニソレ」
「ウチが玄関と床の間に飾ってたでしょ? 拝み松」
「あーアレか」
デ・ヴィルト家はクリスチャンなので正月飾りに縁がない。
父親がオランダ人とあって正月も餅ではなく、オリィボーレンという冬の伝統的な菓子を食べていた。オリィボーレンは沖縄のサーターアンダギーに似た揚げ菓子で、単数形ならオリィボール。日本語に直訳すれば〝油ボール〟である。
「実は懐疑的だったんですけど、実際に使うと物凄く良いですね」
「これは魔性を秘めた逸品ですの」
「確かにそうね。一度入れば抜け出せないわ」
「あたし眠くなってきたぁ」
「こうしていると親近感が増します。嫌いな人と一緒は嫌ですけど」
メイ、ルジェ、ミレア、シャシィ、ノワルは炬燵についてコメントしている。
レイが『冬っぽくコタツくらい造ろうぜ?』と言ったため、ジンがポンチ絵を描き、セシル、ユア、メイが寄って集って三時間とかけずコタツ布団とカーペットまで造りあげた。錬金トリオの製作能力が超越的だ。
「そういやぁミレアは帰んなくていいのか?」
「二日後の夕方に帰るわ。帰ったからって何をする訳でもないけれど」
「ミレアね、あたしたちに気を遣ってずっと帰ってなかったんだよ」
「シオさんとルルさんの帰郷も初めてです」
「昨年までのアンセストは八方塞がりでしたわ?」
ルジェのコメントは的を射ている。
シオとルルが帰郷しなかったのは、出入国が厄介だったという理由が大きい。
手紙を送っても届く確率が低かったため、ルルなど一度に五通を書いた上で、商人ギルドへの配達依頼も日を変えて出していたくらいだ。
皆でダラダラしながらとりとめのない話をしていると、メイが思い出したようにレイへ目を向けた。
「レイさん、ゴートさんはずっとここに住むんですか?」
「ちゃんと聞いたことはねぇけど住むんじゃね? 何かあんの?」
「アイゼンが『出来れば長く居て欲しい』と言ってたんです。ジン社長たちがボロスへ移った後も、という意味だと思います」
耳にしたことがなかったアイゼンの憂いに、ジンとユアは「不安を覚える気持ちは解る」と思った。
アレジアンスは厳重なセキュリティを組んでいるものの、製品ラインナップや驚異的な成長性が良くも悪くも耳目を集めている。
ドルンガルト戦役と呼ばれるようになった過日の戦争では、家族を人質に取られたゴートがジンを窮地に追い込んだ。
メイは気を遣って「ジン社長たちが」と言ったが、アイゼンはレイの姿を見ない日が増えているからこそ、不安を募らせるようになったと思われる。
「やはり幹部には転移ポータルの話をするべきかな」
「難しいところだよね。人の口に戸は立てられないって言うし」
転移ポータルという言葉を口にせずとも、「ボロスと王都は簡単に行き来できる」といった内容を口走れば、勘の良い小悪党ほど「何か秘密がありそうだ」と気づきがちだ。連中は金になるネタを年中無休で探しているのだから。
「わたくしが制約を誓約させてもいいですわ?」
「制約を誓約? それは魔術か魔法で、という意味か?」
「固有能力の魅了ですわ。これまでに魅了できなかったのはレイだけですの」
言ったルジェがレイにジト目を向けた。
どうやら魅了をガン無視されたことが悔しかったらしい。
「興味深いな。誓約を破ったらどうなる?」
「どうとでも出来ますわ。即死、廃人、苦痛、麻痺、軽い痛み。自在ですの」
「お前ガチでやべぇな?」
「効かないレイに言われたくありませんの(プイ)」
「てめぇ」
ルジェがレイを魅了しようとした理由は、それこそ魔力充填装置として使うためだったりする。レイもそれに気づいているため、今後も油断しないようにしようと思っている。
「ルジェの魅了は性別を問わないのか?」
「性別も種も問いませんの」
「すごーい。どうぶつ王国作れちゃう」
「そんな王国を作ってどうしますわ?」
「えっと…」
「ユアが言ってんの那須だべ」
「あ~、子供の頃は夏休みに皆で行ったねぇ」
「セシル姉とレイも楽しかったよね?」
「うんうん」
「楽しかったな。パフォーマンスショーとかスゲー楽しかった。タカが急降下して来てユアが泣いたりとか」
「それ憶えてる。めっちゃ怖かったよ」
「那須どうぶつ王国のことか。俺も何度か行ったことある」
本物の王国だと思っているルジェに、ジンが動物園やサファリパーク、訓練された動物によるパフォーマンスショーなどの概念を説明した。
するとルジェはキョトンとし、地球文明をそれなりに知っているミレアたちも「何のために?」といった反応を示す。
確かにここ王都でも樹木には野生のリスなどウジャウジャいるし、王都の外では子供たちが野ウサギやキツネなどを追いかけ走り回っている。もちろん持って帰って食べるために。要するに狩りだ。
「シビリゼーションギャップということで」
埒が明きそうにないと判じたジンは話を終わらせ、ルジェの魅了を検証することにした。レイに効果がないなら誰にしようかとの話になり、レイがノワルへ目を向けると、ノワルが「щ(゜Д゜щ)カモーン」という顔をしてたので止めた。また「ご褒美を!」とか言われたら面倒この上ない。
「じゃあジンな。条件はユアに〝大嫌いって言い続ける〟で、破ったら即死」
「ふざけるな!」
「マジギレすんなよ勇者」
「ジン君に嫌いって言われたくないもん!」
「勇者と聖者がマジうぜぇんですけど」
「レイが私たちに愛を囁く、なんてどうかしら?」
「それがいい!」
「ミレアさん天才です!」
「レイさんが私に…♥」
「関節的誓約は難しいですわ? でも悪くないですの」
「「「「「「えっ?」」」」」」
「待て待て、お前が欲しいのは魔力だろが」
「わたくしも一度くらい子を産んでみたいですわ? 十中八九、レイならわたくしにも子が宿りますの。物凄く強い子が…フフッ」
「凄いなレイ、流石は死神だ。尊敬する」
「うるせぇわ!」
相変わらず話があっちへ行ったりこっちへ行ったりする連中だが、ミレアたちのみならずメイも「やっぱり」といった風情である。
レイも父レオとのトレーニングを思い出し、「クソ強ぇ息子と一戦…」などと考えているのだが、さておき。
最終的に「ジンがレイに愛を囁く」という、意味不明な制約に決まった。
これはユアの裁定であり、誰にもダメージがないという理由だ。
これを誓約させられる時点でジンのダメージがデカいことには気づいていない。
「かかりましの。誓約を破ればユアに熱烈な口づけをする、にしましたわ?」
「「へっ!?」」
「やるなルジェ、盛り上げ方を分かってんじゃん」
「なぜかしら、ワクワクしてきたわ」
「今すごーく楽しい♪」
「レイ様に魅了が効かないことが悔やまれます」
「良かったですねユアさん!」
「あ、うん、うん? あんまり良くないよ?」
半目になったジンが隣のレイに目を向ける。ニヤニヤするレイにイラついて仕方ないが、皆の眼前で熱烈なキスをするなど、これまで築いてきたクールな社長イメージが崩壊する。まあ、メイをはじとした社員たちは「何気におっちょこちょい」と思っているのだが。
「レイ…俺はお前のことを…お前を……言えるかぁあああーーーっ!」
「きゃっ!? んっ…ぁん…♥」
ジンがユアをきつく抱きしめ、自身を制御できないままユアを堪能しまくる。
「「「「「うわ」」」」」
「まあまあ熱いですの♪」
レイが全くショックを受けない自分に少し驚いたことは内緒な年末だった。