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132:ブランデー


 転移ポータルの動作確認テストは、トラブルが起きることなく終了した。


 アレジアンスでは製品保管庫の床と地盤をジンが百式で刳り貫き、レイが降りて下から転移ポータルを支え、セシルが配線と設置をして固定する。そしてレイが転移で脱出して完了である。


 ボロス邸も同じ要領で設置を完了し、ユアとミレアたちがきゃーきゃー喜びながら王都とボロスを行ったり来たりしている。脳裏に行き先が浮かび、意識選択で飛べるのが感動的らしい。


「セシルさん、帝都はどこにしましょうか」

「何気に難しいよねぇ。ジンセンくんアイデアない?」


 日本チームの四人だけならサクッと決まるが、ミレアたちもとなると場所の選定は悩ましくなる。皇宮など以ての外だし、複合ビル地下のラボは波動登録と認証キーが必要になる。そもそも一〇〇人単位の研究員が働く軍事施設なので、ミレアたちがレイでも気軽に出入りできる場所ではない。


「一般人用ホテルの部屋でも買い取ればいいじゃん。ダメなら年間契約とか」

「俺の弟は天才かよ」

「そういう発想にはホント感心する」


 ホテルの一五階にあるファミリールーム的な部屋が素泊まりで二万くらいと聞いた記憶があったため、年間契約でも八〇〇万シリン。仮に割引きしてくれなくとも必要経費の範疇である。


 場合によってはアドルフィト三世に話をとおす必要があると思ったジンは、念のために手土産を用意してレイに渡した。それを見たセシルが『あげちゃうの? もったいなくね? めっちゃ美味しいのに』とコメントする。


「ナニこの偉そうな箱。そんでなぜスパークリングウォーター?」

「箱の中身はブランデーで、炭酸水はチェイサーだ。父の飲み方だけどな」


 ブランデーの製造はセシルから状態保存の魔術陣をもらったジンが思いつき、アンセスト周辺の平定後に始めた。


 ジンは魔術式を創りだしてしまうインテリゲンツィアなので、状態保存という事象を逆転させれば加速試験装置を造れると考えた。当初は製品寿命や設計的弱点の把握に使っていたが、蒸留酒製造工程を確認した時に、ふと「熟成に使える」と思いつき、蒸留酒熟成用の加速器を製作したという経緯である。


 プロトタイプなので大樽が二つしか入らないが、時間経過を一〇〇倍に加速することが可能だ。上限は一〇〇〇倍までイケるが、加速過剰なので一〇〇倍だ。

 初樽の熟成開始からまだ一〇〇日程だが、地球時間で三〇年間熟成したことになる。成人組に試飲してもらったところ大絶賛されたため、複数の加速器を造り生産量を増やそう思っている。但し、原料となる良質のワイン生産量に限界があるため、至高の嗜好品と呼ばれるような販売価格になるのは間違いない。


 尚、ジンがブランデーを選んだのは、アンセスト北部の丘陵地に古くから葡萄荘園があり熟練のワイン職人もいることと、父親秘蔵のヴィンテージコニャックが五〇〇万円を軽く超えると聞いたことがあったからだ。


 アレジアンスのロゴが刻印された箱と炭酸水を【格納庫(ハンガー)】に放り込んだレイが、ジンとセシルに視線を巡らせ転移した。


「ばっ!?」「ひいっ!?」


 転移した先は、結構な勢いで海風が吹き抜ける複合ビルの屋上。


 二人からバカだのアホだの言われたレイはメンチを切りならが【空間跳躍(スペースリープ)】と【宙歩(ミデアステップ)】で人気のない路地裏に着地し、先ずはホテルの支配人に交渉しようというジンに追従する。


「客室を購入、ですか?」

「更新可能な年間契約でもいいんだが、とにかく支配人と話がしたい」


 そうフロントマンに伝えたが、待てど暮らせど支配人は姿を見せない。

 ジンは「旅行の時はセシルさんに全部任せたからな…」と、支配人に会っていなかったことを反省する。尚、レイとセシルはラウンジで茶をシバいている。

 結局、『支配人は外出しております』とフロントマンに素気なくあしらわれ、仕方がないので辻馬車を拾い皇宮へと向かう。


 皇宮の守衛所ではアレジアンスの政商認可証を提示し、すんなりと入宮して控室に案内された。ここでは「唐突に訪問する場合もあると言った俺ステキ」と、調印式での思いつき発言を自画自賛している。


 それなりに待たされた後に案内されたのは、アドルフィト三世ではなくイグナシオの執務室であった。


「陛下は元老院議員長と会談なされている。私が承ろう」


 アドルフィト三世に指示されたのだろうイグナシオに、事の経緯と事情を伝える。イグナシオはポーカーフェイスを装っているが、右眉はヒクヒクしている。


「平民用の部屋でなければ転移するに都合が悪いのだな。相分かった、支配人には私から販売するよう命じておく。価格は貴殿の言い値で構わぬ」


 ジンが「上手いな」と内心呟く。

 言い値と言われ端金で済ませれば、政商アレジアンスの面子が潰れる。


「時にレイ殿、愚息を鍛えてくれたこと感謝する。何をどうしたのかは気になるところであるがな」

「そこそこ強くなってただろ。ヴィニがサボらなきゃって条件付きだが、一年後にはアンタを超えるかもな」


 イグナシオが俯き加減に薄く笑む。


「で、あろうな。当家にとっては実に喜ばしき事だ。時が許す際にはまた鍛えてやってくれ。名乗れば屋敷の門を潜れるようにしてある」

「おう、ヒマな時に寄らせてもらうわ。んじゃまたな」

「待てよレイ、土産を忘れてるぞ」

「おっとそうだった」


 丁寧に面取りされた木製箱がイグナシオの前に出現すると、彼は小さく頭を振ってから今度は苦笑した。やってられん、と。


「アドルフィト三世陛下に渡してください。アレジアンスが作った酒です」

「過日の晩餐会と舞踏会で供された物か。あれは美味かった」

「いいえ、比べ物にならないほど上等な数量限定品です」

「ほう、それは陛下がお喜びになる。お渡ししよう」

「フィトくんに今度はお茶しようって伝えといて♪」

「承知しましたセシル様」


 レイとジンがセシルへの厚遇を垣間見つつ場を辞し、イグナシオが手配してくれた皇宮馬車でホテルへと向かう。控室で馬車待ちをさせらたため、ジンとセシルは「伝令が超ダッシュしてる」と察した。


 案の定、ホテルのエントランス前には制服姿の従業員たちが勢揃いしている。


「なんだアレ」

「俺たちの出迎えだろう」

「黒服着た隙間の広すぎるバーコードが支配人だお」

「貫禄のバーコードだな。潔く剃りゃあいいのに」


 ナチュラルに口の悪い姉弟である。


 揉み手擦り手の支配人にラウンジ奥のVIPルームへ案内され、一五階の一番広い部屋を購入したいと伝えた。


「アレンシア公爵閣下の命を享けておりますれば、ご随意にご購入くださいませ」

「そうですか。では一〇億シリンで購入します」

「じゅっ…!?」

「所有名義はアレジアンス株式会社にしてください」


 仮に一泊五万として、一年間分の四〇〇泊なら宿泊料金は二〇〇〇万シリン。

 一〇億ならば五〇年分の宿泊料に相当する。レイが聞いた一泊二万が本当ならば、実に一二五年分。

 支配人の驚きっぷりからして、一泊二万の線が濃厚である。


 客観的には高すぎるのだが、アレジアンスとして観れば痛くも痒くもない。

 魔導砲の販売を例に挙げると、アンセストにはトーチカ建設や造水器などの価格も込みで一基当たり三億が売価だ。


 しかし、オルタニアには二割の租税分に加え、ケンプ商会の輸送費および手数料で七〇〇〇万を上乗せしているため、一門当たり四億で二〇〇門を受注した。

 アレジアンスとしての売価三億三〇〇〇万の粗利率は七割なので、労務費などの諸経費を含めたとしても利益率五割は堅い。つまり最低でも一門当たり一億六五〇〇万。


 これを注残の二〇〇門と掛け算すれば、魔導砲だけで三三〇億シリンの経常利益を稼ぎ出している。ボッタクリもいいとこだが、オンリーワンのコア技術を用いた特殊製品の利益率が高いのは異世界も同じである。何より、神匠セシルが造れない代物という事実の威力は絶大だ。


「キミ! 早く部屋の鍵をお渡ししなさい! 譲渡契約書も!」

「は、はいっ!」


 譲渡契約書に署名して鍵を受け取り内見した部屋は、ファミリールームと言うに相応しい間取り。二口の魔導コンロを設置したキッチンもあるので、地球ならコンドミニアムと呼ばれる部屋だ。少々狭いが浴室もちゃんとある。


「よし、一旦帰ろう」


 玄関扉のサイズを測ったところでアレジアンスへ戻り、鋼板に木材を貼り付けた扉に魔力波動認証式ロックを組み込む。ヒンジや間口補強用の金具もサクッと加工して再びホテルに転移し、玄関扉の取り替え作業を終えた。

 続けてジンがリビングの床板を魔術で切断すると、セシルが設計しただけあって鉄筋コンクリート基礎まで五〇センチ近い空間があり、各種配管が走っている。


「この高さは防音目的ですか?」

「それもあるけど、モーションセンサーとか消火設備とか強制換気装置を付けるためだお。燃やされると政治が止まっちゃうでそ?」

「あぁそうか、元来は外廷の移転が目的ですもんね」

「そゆことー」


 ここでもレイが床下に寝転がる形でポータルを支えて設置し、小型の魔力充填装置と接続して転移ポータル案件は完了をみた。


 その日の夜――。


「な、何なのだこの芳醇な香りは…繊細にして力強く、果てなく美味…」

「異界ではブランデーと称されるそうです。こちらのソーダ水なる飲料と交互に賞味なされば、強い酒精による舌の麻痺を抑えられるとのことなれば」

「酒の美味さを活かす飲法ということか。アレジアンス恐るべし……」


 熟練ワイン職人のおかげだが、ワインの蒸留酒とは気づけなかったようだ。


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