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129:嫌いじゃない


 ド早朝トレーニングを締め括るイメージ戦闘をしていると、早出の社員たちが出勤してくる時間帯になる。

 トレーニングを終えたレイたちが入浴して朝食を摂っている間には、夜勤だった社員が業務報告書を作って帰宅するといったサイクルだ。


 今日は早出社員の中にガンツの姿があった。

 早出社員は社食で遅い昼食を摂ったらそのまま帰宅するので、視界の端にガンツを映したレイは、朝食を終えたその足で第一工場へ向かう。


「おっすガンツ。お疲れ」

「そりゃこっちの台詞だぜレイさん。毎朝欠かさず鍛錬とは大したもんだ」

「やらねぇと逆に気持ち悪くなるからな」

「習慣ってヤツか。で、俺に用ってことは金型か?」


 話が早いと大鍋六〇個の件を相談する。料理を入れられるだけでいいと。

 ガンツは顎先を摘まんで『SUSか…』と呟き、金型製作に四日、流し込みと冷却に二日、最低限のバリ取りと磨きに四日の計一〇日が納期だと答えた。


 レイは磨きが終わった順に厨房へ届けてくれと頼み、そのまま本社屋三階のオフィスへ向かう。

 三階は経理と総務を含む業務管理部門のテリトリーで、レイは「知らない顔がどんどん増えてくな」と思いつつ、見知った経理担当の女性社員に声をかけた。


「リナ、ちょっといいか?」

「わ、レイさんがここに来るなんて珍しいですね。どうしたんですか?」


 製造部から大鍋案件の伝票が回ってくるので、通常価格の請求書を自分宛てに出すよう頼む。


「レイさんに支払う報酬と相殺しましょうか?」

「それ出来るなら楽でいいな。頼むわ」

「承知しました。社内調達の相殺で処理しておきます」


 レイは何が報酬として入金されているのか知らないが、毎月百万単位で預金が増えている。月によっては千万単位だったりする。

 ジンは社長室の右手前にユア、左手前にレイの個室オフィスを設けており、レイの報酬明細はレイを大好きなメイがファイリングしている。要はレイが明細を見ていないだけである。


(七日後から料理を受け取らなきゃならないと。普通に忘れそうだぜ?)


 大鍋六〇個の料理が出来るまでメイズには行かないと、何かちょっと違う決意を固めて食堂へ。ハンスは非番なのかいないため、副料理長のオットーに七日後から続々と大鍋が届く旨を伝えた。


「晩メシん時に受け取りたいんだけど出来る?」

「もちろんです。私を含めた八名は住み込みなので夜中でも構いません」

「いやそれダメ。俺がジンとユアに怒られる」


 ホワイト企業を目指すジンが顔を顰めるのは間違いない。その本人が誰よりもブラックな働き方をしているのだが。


 食堂の片隅でコーヒーだか紅茶とケーキを楽しみながら手を振るミレアたちに顎をしゃくって「ついて来い」と促し、レイは社長室へと向かう。ユアのオフィスのドア開け『ジンの部屋に来てくれ』と声をかけ、社長室に入ってソファにどっかりと座り息をついた。


「いつから働き者になったんだ?」

「面倒なことは一気に片付けねぇと忘れる」

「自分のことは自分が一番知ってるものよね」

「近習を雇えないから大変だよねー」

「どうして雇えないの?」

「シオさん、レイ様たちの意向を慮れる人材など存在しません」


 ノワルが言った通りである。地球基準かつ日本人的な思考や嗜好を汲み取れる者がいるなら直ぐにでも雇うが、無い物強請りを言っても仕方がない。その辺のことを理解してくれるミレアたちがいるだけ恵まれている。


 ユアが入室し揃ったところでレイは一連を話し、最短なら十一日後の出発になるものの、おもっきり年末に突入するため年明けに発つと伝えた。


「クリスマスがないから忘年会くらいしたいなあ」

「くりすますって何かしら?」

「年を忘れる会も分かんない。どうやって忘れるの?」

「あはは、そうだよね。クリスマスは地球のとある神様が生まれた日だよ」

「違うぞ。イエス・キリストの降誕を祝う祭日だ。誕生日は特定されてねぇし、クリスマスって言葉は〝キリストのミサ〟って意味な。礼拝行こうぜってコト」

「そうなんだ?」

「俺も誕生日だと思ってた。そう言えばレイの家はクリスチャンだもんな」

「まぁそうなんだけど、クリスチャンってのはキリスト教を信じる人のことだ。俺ん家って言うならカソリック教徒だな。俺は超微妙だし、セシルはもっと微妙だ。なんせアイツは厨二教の狂信者だからな」


 レイから仏教徒にとってのトリビアが飛び出し、ジンとユアがセシルの件を笑いながらも感心した。

 忘年会については、ジンが「大昔に一年間の苦悩を忘れるため盛大な宴会を催したのが起源」と蘊蓄を語り、日本独自の文化だと付け加えた。

 この世界もエルメニア聖教は年末年始の五日間は信仰を深めるための休日と定め、世の中は時が止まったように静まり返る。


 この五日間の休日、数年に一度は四日間になり、暦上は月日がない空白期間だ。

 理由は自転周期の帳尻合わせである。

 この世界の一日は三八時間制だが、実際には三八コンマ四時間だ。端数のゼロコンマ四時間を公転周期の四〇〇日で掛け算すれば、五日間もしくは四日間の空白期間が生まれるため、月日のない休日にしているという話である。


「んじゃあ世の中が動き出す初日に出発すっか」

「そこは任せるけど、年末は早めに買い出しをしないと市場から物が消えるわよ」

「あ~、それで料理長さんから費用申請が出てるんだあ」

「休日の直前に魔獣を狩ると儲かるの」


 いつも愛らしいシオが、悪い顔でニヤリと笑んで言った。ノワルが捕捉する。


「年末はシーカーも狩りに行くので混み合いますが、普段の三割増しで売れますし、レイ様の食糧庫があれば混む前に狩って保存できます」

「それいいな。俺的に狩りで稼いだ金って価値が高ぇし」


 レイが食いついた。そこでジンが思い出したように口を開く。


「なあレイ、大鍋が仕上がるまでの六日間は暇なんだよな?」

「超ヒマ。軽くメイズに潜ろうかなってくらいヒマ」

「だったらノワルと魔導砲の配備に行ってくれないか?」

「そんな話があったな。一六〇だっけ? どの辺に置くんだ?」

「旧ヴェロガモとキエラの南側国境線に一〇〇門、ディオーラとの国境線に配備した四〇門の隙間に六〇門だ。配備図はもう作ってある」


 こっち時間で日に十九時間労働をレイがやれば、一六〇門でも六日あれば終わるとジンは素早く暗算した。ゴリゴリやれば三日で終わるかもしれない。

 それを聞いたレイが思案を始める。半端に潜るよりも、遅かれ早かれやらされる仕事を片付けようと考えてノワルに目を向けた。


「やります。三億くらい稼げそうなので」

「お前まだ金欲しいのかよ」

「レイ様を緑竜の三六億で生涯独占できるならもう要りません」


 レイを含めた皆が、ノワルの執念染みた情愛に少し感心した。三六億もあれば、男など取っ替え引っ替えできるだろうに、と。ミレアは、ややもすればシャシィよりノワルの方が執着は強いのかもしれないと思った。


「今回の報酬はレイに四〇億、ノワルに八億を支払う」

「八億もですか!?」

「もう金要らねぇんだがどんな計算だよ」

「一箇所当たり二五〇〇万と五〇〇万で一六〇箇所だ。アレジアンスの経常利益額からして、税金を払うより報酬を上げて社内還元する方がメリットは大きい」

「政商と雖も、租税額は純益の二割だから確かにそうね」

「一年前のあたしなら羨ましくてどうしようもなかったと思うなぁ」

「シオはお金持ちになってから欲しい物が思いつかなくなったの」


 レイ、ジン、ユアがシオのコメントを妙に納得した。

 いつでも買える余裕があれば物欲は減退する、と三人は既に実感している。

 こっちには欲しい物が存在しないという実情もあるのだが。


「野営しながらサクッと片付けるか」

「二人っきりの野営ですか!?」

「顔近ぇわ! シャワーん時と寝る時は拘束する」

「生殺しです! 鬼ですか!」


 無視したレイはジンから配備図を受け取り、保管倉庫で魔導砲と造水器、魔導コンロを収納し、ノワルを伴いケンプ商会本店へ向かう。

 アルからベッドは三番倉庫にあると聞き、二段ベッド三二〇セットという意味不明な数をピックアップして南部辺境へ転移した。


 いきなり野盗団化した元ヴェロガモの敗残兵に出くわすも、ノワルが微塵の容赦もなく【鋭石獄】で串刺しにしたまま地中に埋めた。その後は何のイベントもなく淡々と作業を進め、四三門を配備したところでホワイトライノを出す。


「屋台メシでいいだろ?」

「はい。レイ様と一緒なら何でも美味しいです」


 ストレートな物言いに苦笑しながら夕食を終え、「そう言えばシャワーブース三つあるしロック付きじゃん」ということで同時に汗と埃を流した。

 胸に名前の頭文字が刺繍されたユア謹製のバスローブを二人して纏い、カフェインレスのハーブティーを淹れてマグをノワルに手渡す。


「私は本当に拘束されるのでしょうか」

「拘束された方が安全だろ? 俺の打撃どんどん速く重くなってんし」

「確かに。いえそうではなく、経験豊かな私がレイ様の初めてを指南したいです」

「はっ、ヴァージンのくせによく言うぜ」

「………情報源はマスターですか。意外と口が軽いですね」


 口の中だけで舌打ちをしたノワルが、気恥ずかしそうにマグへ視線を落とした。


「なあノワル、お前の夢はなんだ? もう自分のための夢を持っていいだろ」

「レイ様に娶られて看取られることです」

「俺は真面目に聞いてんだが?」

「私も真面目に答えました。私は男という生き物を、嫌悪してきました…」


 僅かに苦笑したレイが身を乗り出し、カウンターテーブル越しにノワルの前髪を掻き上げ、額にキスをした。突然の出来事にノワルが全身を硬直させ、見開いた目で上目にレイを見る。


「今はこれで我慢しとけ。まぁアレだ、俺はノワルのこと嫌いじゃない」


 ノワルの双鉾から光る雫がポロポロと零れ落ちた。


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