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128:旅の準備


 出発日は未定ながら、レイたちはヒツジ夫婦に大まかな段取りを説明した。


「うぅっ、仇を討てる日がくるなんて…」

「お前が泣いてどうする」

「だって…」


 両親を殺されたゴートが逃げ込んだ先は、遠縁の親戚でもあるアンテロープの生家であった。ゴートは逃げることしか出来なかった悔しさと悲しみで長いこと塞ぎ込んでいたらしく、慰めることしか出来なかったアンテロープも、その頃の辛い想いが蘇ったのだろう。


「ねえレイ、ロッテたちも連れて行っては駄目かしら」

「あたしもそれ思った。観戦するだけでも得るものは多いと思う」

「俺は構わねぇけど、朝トレは雪ん中だぞ?」

「するのね…」

「当たり前だろ。吹雪でもやる」

「覆魔できないと凍死しちゃうね」

「生死が懸かれば捗ると思います」

「シオもそう思うの」


 レイも「それはありそうだ」と納得し、本人たちが行くと言うなら連れて行くことにした。ルジェは無理矢理にでも連れて行く気である。


 大人数になるとホワイトライノのキッチンでは調理に時間がかかると思いついたレイは、明日の仕込みをしている料理人たちに温まる料理を大量に作ってくれと頼んだ。


 ホワイトライノのキッチンはブラックライノに比べれば広く充実しているが、総勢一〇名の大半が常軌を逸した大食らいなので、運転とトレーニングと調理の繰り返しで一日が終わってしまうのは楽しくない。旅は楽しくなければ。


「大鍋で幾つ作ればいいでしょう?」

「誰かアイデアあるか?」

「東帝国を知る私が、蒙昧なるレイ様ぐわぁあああああああーーーっっ!!」


 したり顔で歩み寄ったノワルがアイアンクローで持ち上げられた。


 壊すならベッドの上でぇ…と、めげないノワルが言うに、ドブロフスクの帝都は、王都からエルメニア聖都へ行くと同等の距離感だと。

 特に冬は強行するか安全に行くかで所要日数が大きく変わるらしい。


「そこは融雪速度依存になる…」

「ただいまぁ…」


 声を聞いて振り向くと、酷く疲れた顔のジンとユアが入口に立っていた。


「早いじゃん」

「クリスに頼んで逃がしてもらった。レイは行かなくて正解だ」

「二度と行きたくないよ…舞踏会コワイ…」

「行かなくても分かるっつーの。ハンス、甘いミルクココア作ってやってくれ」

「承知しました」


 ジンとユアがミルクココアと聞いて頬を緩める。疲れた時に甘い物は嬉しい。

 ミレアたちとアンテロープも飲みたいと言い、食堂がミルクココアの甘い香りで満たされた。因みに、レイは無糖のホットココアに、小さなマシュマロを幾つも浮かべて飲むのが減量明けのご褒美だった。


 ほっと一息ついたところで、レイが融雪速度について尋ねる。

 ジンによると、雪が車高より高く積もってる場所は時速二〇キロが精々だと。

 王都からエルメニア聖都までの街道ルートは、約四五〇〇キロメートル。

 日に一二時間走行するとすれば二四〇キロメートルだが、こっちの一時間は五〇分なので、地球時間に換算すれば一〇時間で二〇〇キロメートルだ。


「計算値は二二と半日だが、もっと早いと思うぞ。二〇日みておけば十分だろう」

「つーと?」

「街道を無視して直進すればいいだろ? どうせ雪に埋まってるんだし」

「なーる」


 レイは「初めて月森に行った時と大して変わんねぇじゃん」と思った。が、あの時は街道を使ったし、数時間ごとに馬を休ませ水を飲ませたり、食事の度に焚き木を拾ったりしていた。やはりライノシリーズは便利だ。


「二〇日間の三食で大鍋六〇個だな」

「往復分なら一二〇だろ」

「んや、片道分でいい。帰りは南へ落ちてベスティアに寄る」


 全員が何を企んでるのか察して半目になった。ゴートに至っては眉間を摘まみ頭を振っている。「今代獣王に神紋はないんだが…」と。

 すると、料理人ハンスが厨房のカウンターから身を乗り出し手を挙げた。


「レイさん、大鍋は七つしかありません。あれは特注品です」


 大鍋と言っているが、炊き出し用などの大鍋とは桁が違う。

 惣菜工場とか給食センターにあるような超大鍋なので、鍋釜専門の鍛冶屋でも一つ造るのに五日はかかるという。


「六〇くらいウチで造れねぇの? ガンツの金型で。料理が入ればいいんだし」

「冴えてるな。鋳造しながら手持ちの鍋で調理して移し替えればいい」

「なるほど、承知しました」


 もう二〇時過ぎなのでガンツとは明日話すとして、レイは魔導通信でディナイルに連絡し、明日でいいからロッテたちの参加意思を確認してくれと頼んだ。ついでに、ルジェには「強制参加だ」と伝えてくれと付け加えた。


「なあレイ、言い出したの俺だが、準備を急いでも【食料庫(パントリー)】が使えないだろ」

「ん? あっ、そうだった…」


 慣れとは怖いものである。

 転移は時空間魔法然としているが、【格納庫(ハンガー)】や【食料庫(パントリー)】も同様だということを意識しなくなっている。

 輸送用のブラックライノでも大鍋六〇個の積載は不可能であり、旅客用のホワイトライノの荷室はロッカールームなので論じるまでもない。


「今夜は解散して、また明日仕切り直そう」

「んじゃ解散で。お疲れ。俺はセシルんトコ行ってくる」


 夜行性セシルの魔力を感知し、第二工場の特殊分析室へ向かう。

 特殊分析室はジン、ユア、セシル、レイしか入れないよう、虹彩認証と魔力波動認証の二段階セキュリティになっている。


 理由は分析・解析機器や装置の言語仕様が日本語と英語であること、アレジアンスの製造装置や製品に使っている魔術式や魔法式を網羅するライブラリでもあることの二つだ。


「なに呻ってんだよ」

「え? あ、レイきゅん。超難しいんだよぉ。おのれ魔王めってカンジ」


 何が難しいんだと問えば、極鋼には【解析】の錬金魔法式を阻害する機能があるのか、読み取って陣化しても子供の落書きみたいになるのだと。

 その中で整っている部分を抽出し、また【解析】して陣化し整っている部分を抽出し、という作業を延々やっているらしい。


「これ一〇万ピースのジグソーパズルよりムズイよ。一〇〇〇ピースしかやったことないけど」

「繋ぎ方も分かんねぇってことか」


 レイはふと、レイヌスが初めてここへ来た時に言っていた言葉を思い出した。

 死神かその眷属神から恩寵もしくは加護を享けなければ、時空間魔法を成立させる理法は魂源に宿らない。簡単に言えば、魔法式を正確に読み取ることさえ出来ないという話だ。


「なあ、このケースって開けたまま解析できるか?」

「出来るお? もしかしてアイデアあり?」

「アイデアだけな。上手くいくかは分からん」


 脳が痛くなる作業を続けるよりマシだと、セシルはバングルを収めてある石英製のクリアケースを取り去った。


「真上から解析魔法が落ちる感じだから、触るのはバングルの内側にして?」

「りょ」


 六つ填めてある極鋼を一つずつ解析していると理解したレイが、縦置き固定してあるバングルの内側に人差し指を当て魔力を流す。


「おぉおおおーーーっ!? レイきゅんスゲー! ビンゴだよ! 【格納庫(ハンガー)】が!」

「ビンゴじゃねぇー」(棒読み)

「【格納庫(ハンガー)】もコピっちゃえばアイテムボックス造れそうじゃん? レイきゅんが魔力充填した魔晶内蔵みたいな。【食料庫(パントリー)】は状態保存装置の性能上がるお」

「…どうだろな。まぁいいや」


 レイは「入れる物によっては持ち歩けないサイズの魔晶が要るんじゃ?」と思いつつ、魔法式をコピーしながら極鋼を一つずつ解析していく。

 【格納庫(ハンガー)】、【食料庫(パントリー)】、【質量転移(マストランスファ)】、【空間跳躍(スペースリープ)】、【宙歩(ミデアステップ)】と、極鋼はレイの脳裏に浮かんだ順番で並んでいた。


 しかし、最後の一つは読み取っても大半が判然としない。


「まだ発現してないっぽいね。複雑さの桁が違うし」

「何となく予想はついてんだけど消しとけ。下手に弄るとヤバいかもしれん」

「りょー」

「で? 転移ポータル造れそうか?」

「ちと待ってね」


 セシルは【陣化】した【質量転移(マストランスファ)】を別の装置に情報転送し、ミスリルプレートを置いて【転写】する。更に別の装置にミスリルプレートを移し、【分析】をかけてモニター表示されていく結果を考察していく。


「ん、極鋼を球状コアにすれば造れそう。でも直系五センチくらいになりそう」

「どんくらい残ってんだ?」

「まだ半分以上残ってるけど、この先も色々と使うでそ?」

「とりまボロスの家とココを行き来できればいいから使っちまえ」

「じゃあオルザンドドームに連れてって? はい、バングル」

「ああ、熔かさなきゃ……ん? 全部熔かして【食料庫(パントリー)】に入れときゃ良くね?」

「うっわ、レイきゅん天才かよ。予定より早く瑠璃のお仕事出来るね」


 セシルはアレジアンスとして、メタガンドタイトの加工依頼を受ける予定だ。

 レイは「タダで扱き使え」と言ったが、何気に律儀なディナイルは、計五〇億シリンで精霊力を損なわない重鎚と大盾をオーダーしたいとジンに依頼している。


 帝都ドームの地下にある大小二基の溶鉱炉は極鋼用に造ったものだが、今回アドルフィト三世と交わした条項には、溶鉱炉の譲渡契約も含まれていたりする。


 レイはセシルと帝都に転移して、残りの極鋼を全て溶鉱炉に放り込んだ。


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