12:月森の里
「うっはぁ……どゆこと? いや魔法なんだろうけど」
「大精霊の幻影結界だよ。里のエルフがいないと迷って辿り着けないの」
そういうことである。
どうやら傭兵たちは森の際が見える場所で長らく待ち伏せをしていたらしく、最寄りの都市へ塩や穀物を買いに行こうとしたエルフたちを襲撃したようだ。
エルフの精霊魔術は霊言なる詠唱が必須なので、喉を潰すか舌を切り取れば只の美男美女として金持ちに高値で売れる。
アンセストが大帝国だった時代は、厳格な奴隷法により犯罪と借金奴隷しか認められていなかった。現在では周辺六ヵ国が奴隷法を緩和ないし廃止している。
シャシィが初見の男性を警戒するのも頷ける話だ。
「あの子らがいなかったらどうやって里へ行くつもりだったん?」
「コレで呼べるよ」
シャシィがローブの内ポケットから出したのは、レイの親指大ほどのベル。
ベルを森の際で鳴らすと、結界の近くで警備をしているエルフが出て来る。
レイは「結界あるのに警備すんの?」と疑問に思ったが、敢えてツッコミを入れることではないと疑問を投げ捨てた。
「僥倖と言うと殺された三人に悪いけど、すんなり入れて助かるわ」
「そうだね。あたしも何て説明しようか迷ってたもん」
昨今のエルフは自分たちを攫って奴隷に落とす人間を憎んでいるため、レイとミレアは里に入れてもらえない可能性が高かった。
最悪はシィが単独で行くつもりだったものの、肝心のレイがいなければ話してくれないことも多かっただろうとシィは言う。
「俺がいても同じじゃね? 何を説明できるワケでもねぇし」
「説明は要らないわ。レイ様が本当に神紋を宿しているか否かが重要なの」
「お師匠は四大精霊と契約してるから、神性紋章を視れるんだよ」
精霊には大精霊、精霊、妖精、微精霊という区分があり、大精霊は精霊神の第一位階眷属である。大精霊と契約しているエルフは、大精霊の霊眼を通して神秘に係わる情報を視ることができるそうだ。
「俺の零式って神紋絡み確定?」
「間違いないわ。普通の固有能力は私が持つ双剣士のように、剣士とか槍士とか誰でも知ってる職だもの」
「魔力炉みたいな特有機関も教会の鑑定では出ないよ。この依頼を受けなかったら、あたしも知らないままだったと思う」
フィオたちが平然としていたのは、ドベルクの回顧録があったからだとレイは理解した。調べ物が苦手なレイは、ジンとユアがその辺の常識やら非常識を調べていることを切に願うのであった。他力本願な男である。
「おぉ~、超ファンタジックな光景だなぁ」
「エルフの里は初めてだから感動的だわ」
「あたしも里には二回しか入ったことないよ」
エウリナたちが乗る馬車に追従していると、エルフの里が見えてきた。
家屋は巨木の太い枝を基礎にして建てられており、エルフたちは家の窓や枝の上からレイたちを物珍し気に観ている。
窓と言っても木枠だけでガラスはなく、つっかえ棒を外せば板がバタンと閉まる造りである。
巨木の間を縫うようにして奥へ進むと、異様な超巨木が視界に入った。
「これおかしくね? こんだけデカけりゃ遠くからでも見え…あ、幻影か」
「そゆこと。光の大精霊が創ってるんだって」
「噂で聞いたことはあったけれど、これはもう巨壁ね」
ミレアの所感は的を射ている。
巨壁と言うべき大樹のかなり高い位置には巨大な虚があり、その中に家が建てられているという謎様式だ。サイズ感は判り難いが、王都で見た大物貴族の屋敷と同等に大きいのではないだろうか。
大樹の根元で馬車を停めると、エウリナが歩み寄って来た。
「お爺様のもとへご案内します」
彼女が腕を向けて初めて気づいたのは、大樹の根元にある巨大な扉だ。
木に木製扉があるという完璧なカモフラージュで、扉を開けると空洞だった。
「下まで空洞かよ……これ余裕で野球できんじゃん」
「「やきゅう?」」
「あーんや、何でもない」
説明できないと判じたレイが愛想笑いで誤魔化した。
首が痛くなる角度で見上げれば、族長の家は斜めに渡した数本の梁を基礎にして建てられている。その梁も巨木なのだが、どうやって吊り上げたのか非常に気になるところだ。
空洞の内壁に沿って造られた階段を長々と上り、やはり豪邸サイズな家の玄関扉をエウリナが開ける。促されて中へ入って真っ直ぐ進み、再び開けられた扉の先には、椅子に座って書き物をしている青年がいた。
(お爺様ってルックスじゃねぇんだが)
「おや、珍しい顔と知らない顔があるね。買い出しには行かなかったのかい?」
「ヴェロガモの貴族に雇われた傭兵が待ち伏せしていました。危ないところをシャシィさん方に助けて頂いたのですが、テオ、カリュ、ネデルは…」
「……そうかい、酷いことをしてくれる。皆には不便をかけるが買い出しは止めるしかないね。後で私から伝えよう」
「私はテオたちの家を廻りに行きます」
「後でここへ来るよう伝えておくれ。今後の話をしようとね」
「はいお爺様。皆さん、本当にありがとうございました」
エウリナは、まるで日本人のように腰を折り頭を下げてから退出した。
レイはこっちにもお辞儀があるんだと、なぜだか少し嬉しくなった。
「先ずは二人の名を教えてくれるかい? 私は月森の族長リュオネルという」
「レイシロウだけどレイで。勇者召喚でこっちへ来た。勇者じゃないけど」
「フェルミレア・ケンプと申します。シャシィと共にレイ様方の護衛依頼を受けたシーカーです」
リュオネルは何ら驚くことなく、静かに頷き立ち上がった。
「レイ殿、フェルミレア殿、そして我が弟子シャシィ、エウリナたちを救ってくれたことに心底より感謝を。月森を代表し、この恩には必ず報いると精霊神様に誓おう」
「お師匠、エウリナたちを救ったのはレイ様だよ。あたしたちは様子見しようと思ったから」
「切っ掛けがレイ殿だったとしても、結果的には助けてくれたのだろう?」
「そうだけど…」
「シャシィが救われた時と同じではないかな? 乳飲み子だったシャシィを実際に助けたのは、ロネアであって私ではなかった」
「うん、そうだね」
変なとこで生真面目だなと思いつつも、「やっぱりシィはイイ奴だ」とレイが頬を緩めた。ミレアもまるで母親のような優しい目でシャシィを見ている。
「さて、異界から召喚されたレイ殿を連れて来た理由は何かな?」
「レイ様の神紋を視なくても信じるの?」
「信じるしかないと言ったところだね。私も召喚されし者に会ったことがあるけれど、妖精たちや精霊様方のみならず、大精霊様方も自ら近寄って来られるなど尋常ではないよ」
そう言ったリュオネルは、壁を透視しているかの如く遠くへ視点を定めて周囲を見回した。
「お師匠は大賢者様が使う百式の話をしてくれたでしょ?」
「そんなこともあったね」
「レイ様の固有能力は〝零式〟なの。どういう能力か知ってる?」
「久しぶりに興味深い話を聞いた。しかし私の知識に零式という言葉はないよ」
「そっかぁ…」
「よし、帰るか。人助けできたってことでいいだろ」
「ふふ、そうね」
「まあそう慌てず。私は知らないけれど、老師ならばご存じかもしれないよ」
「「「老師?」」」
「私に幾つかの理を教示してくださったお師匠、大賢者様だよ」
「えっ!? まだ生きてるの!? 大賢者様って人間だったんでしょ!?」
「賢者に愚者が会う。どんなジョークだ?」
「呑気なこと言わないの。大賢者様は四〇〇年前を生きた方なのよ?」
「ははは…マジで?」
「実際は四〇〇年どころではないけれど、老師は不老不死を得た被召喚者だよ」
「「えっ!?」」
「うっわ不老不死って、神様も酷ぇことしやがるなぁ」
「ほぉ、不老不死を酷いと言ったのはレイ殿が初めてだ。私が羨ましいと言ったら、老師はこれほど残酷な恩寵はないと仰った」
「だろうなぁ。不老だけならまだしも、不死はキツすぎるぜ」
「……どうして? やりたい事が何でも出来るんだよ? 夢を叶えることだって!」
「いやなんつーか、時間が限られてるから人は頑張ろうって気になれるんじゃね? もし俺が不死だったらたぶん必死になれねぇ。夢にしたって、必死こいて叶える方が燃えるし楽しいだろ。同じ夢を持つヤツがいれば尚ヨシだ」
「至言だね。死が待つからこそ命は輝く。これも老師の言葉だよ」
種族寿命が悩みの種だったシャシィは、憑き物が落ちたような目でレイを見詰めている。ミレアは内心で「欲が情に変わっちゃった?」と苦笑するが、レイは呆れられているのだと勘違いして恥ずかしくなり、フイと顔を背けた。
「んで、その老師さんは今どこに?」
「メイズの六〇階層におられるはずだよ」
「ダメじゃん」
「「六〇階層?」」
見事にハモったミレアとシャシィの疑問は、六〇階層が守護者の住まう階層だからだ。
メイズは一九階層までを上層、二〇から三九階層までを中層、四〇から五九階層までを下層、六〇階層から先を深層と呼んでいる。
シーカーやギルドが便宜的に使う区分ではあるが、明確な理由もある。
二〇、四〇、六〇階層には広大な空間があり、そこに住まう強大な守護者がシーカーの行く手を阻む。恰も以降の階層を守護するかの如く。
「老師は系統外魔法の中でも時空間魔法を得手とされている。守護者の広間にご自分の隠所を構築するなど容易いのだよ」
「六〇階層で誰かに会ったなんて話は聞いたことないよ?」
「隠遁されているから当然さ。これを持参すれば会ってくださるやもしれない」
リュオネルは、首に提げていたペンダントをレイに差し出す。
レイは受け取りながら「何年かかるんだか…」と遠い目をするのだった。