125:新居の使用人
転移でクランハウスの裏へ移動した二人は、壁際にウンコ座りして話を始めた。
どこぞのコンビニ前みたいな雰囲気である。
「一〇〇パーセント信用できる訳じゃないが――」
そう前置きしたジンが説明を始めた。
十席会をはじめとする大手クランには、加入を認めたものの芽が出ないシーカーが相当数いる。
瑠璃の場合は「ライセンス取得から七年以内に中層突破」という基本目標があり、クラン規約ではないが達成できなかった者は身の振り方を考え始める。
クランハウスの居室数に上限があるのは当然で、成果を上げられないまま朝夕の食事を含めた生活費を負担してもらえるものでもない。
何しろ、クラン予算は他ならぬ瑠璃のシーカーが納める稼ぎの五割である。
七年以内の根拠は、シーカーライセンス取得年齢で最も多いのが十八歳であり、七年後の二十五歳頃から、技能熟練度の向上率が低下し始めるという統計データがあるからだ。第二の人生設計を考えるにも妥当な年齢でもある。
但し、幼児期の成長性が高い獣人は二十歳頃がピークといった風に、種族特性の勘案は個々人に委ねられている。
実家が家業を営む者や技能面で就職が叶う者は、夢を諦めさえすればいい。
しかし、孤児や口減らしで実家を追い出され、身寄りや就職の当てがない者も多いという実情がある。
「ディナイルに引き受けを頼まれてんの?」
「ブラックライノ初号機に協力してもらった時、それとなくな」
実のところ、過日にジンとユアがボロスで求人をかけてみれば、翌日には一〇〇〇名近い求職者が殺到したという。捌ききれなくなった各ギルドが求人票の撤去をジンに懇願したくらいだ。
ジンは求職者対応で一人当たり一〇〇〇シリンをギルドに支払うとの契約で求人票を出したが、そんな金額では割に合わないという結果になった。
一方で、アレジアンスは必要十分に優秀な魔術師や職人をトータルで四〇名ほど採用できたため、喜ばしいだけの結果であった。
「で、ジッサイんとこ使用人ってどんなん?」
「パッと思いつくのは守衛、料理人と給仕、掃除洗濯係、庭師だな」
ルジェより強い守衛なんているはずないとレイは考えるが、セシルとメイのボロス常駐はアレジアンスとして決定されている。
メイが工場にいなくていいのかとレイは思うものの、ジンはユアやメイの錬金魔法が必須になるような新製品は造らない方針だ。
あくまでもアイゼンたちが経営に難を覚えない事業内容、且つ、先進的独自性を打ち出せる製品ラインナップに変え始めている。
ぶっちゃけ既に大陸の軍事バランスを大きく崩しているため、これ以上ジン、ユア、メイがアレコレやるとエライことになるのは間違いない。ヤバいモノは自分たち専用にのみ造るという話である。
「とりまディナイルと話してみようぜ」
「そうだな」
立ち上がったレイは、当たり前が如くディナイルの部屋へ転移した。
ディナイルがズバッと顔を上げ、レイは「そろそろイイ勝負できそう」と感じつつ口を開く。
「おっす」
「お前は本当にな?」
「慣れろ慣れろ」
「どうにかしろジン」
「不可能だ。諦めてくれ」
「まったく。用件は何だ」
「ここで困ってる連中をボロスの家で雇うから相談に乗ってくれ」
「そういう話なら大歓迎だ。ついでにイリアを娶れ」
「やかましい」
ディナイルは笑いながらアレジアンス製のファイルフォルダを取り出した。
机には同じくアレジアンス製の万年筆や三色ボールペン、シャープペンシル、修正テープなどがあり、それらは紋章刻印サービスの特典を付けた卓上ケースに並んでいる。
(どこ行ってもアレジアンスのモンばっかだな)
アレジアンス製といえば、最近はトイレットペーパーと専用ホルダーがバカ売れしている。勝因はグレードをA・B・Cの三水準に分けた点にある。
社内的にグレードCは貧民でも買える木製ホルダーと再生紙ロールで、グレードBは定職に就いている平民が買えるプラスティック製ホルダーとパルプのシングルロール。最も売れていて利幅も大きいグレードAは、金メッキのSUS製ホルダーに彫金を施し、宝石風にカットした色ガラスを散りばめ、ペーパーは草花から抽出した天然芳香剤を添加した柔らかく厚めのダブルロールという仕様だ。
ペーパーとホルダーだけで先月の売上げは三億を超えている。
オルタニアが別大陸への拡販に乗り気なので、今の内に在庫を造り溜めようと、第二工場の二階は三交代シフトでフル稼働している。
一階の加工食品と醸造もほぼフル稼働で、ジンが「熟成こそ正義!」と品質保持を指示しているため、蒸留酒の本格的な出荷は早い物でも来年末になる。
蒸留酒については、アンセスト王宮でサンプルボトルの争奪戦が勃発しており、戴冠式前後の晩餐会と舞踏会で振る舞う予定のため、予約購入だけで初回出荷分は完売するとジンは見込んでいる。因みにボッタクリ価格だ。
そうこうしている内に、ジンは脱退候補者リストに目を通していた。
想定外に詳細を纏められたリストはとても有用で、バラエティに富んだ固有能力や特殊技能に驚かされる。
「アレジアンスに欲しい人材もいる。このリストは面白いな」
先ずジンの目に留まったのは、毒判別という固有能力から派生したらしい、絶対味覚の持ち主である。確かにメイズでは役に立つ機会が少なそうだが、食品・飲料事業部では大活躍すること請け合いだ。
次は撚糸を武器とする女性シーカーが、自在糸という特殊技能を獲得している。
新設するアパレル事業部の縫製装置設計に打ってつけではなかろうか。
「お前関係ねぇヤツばっか見てんじゃねぇよ。腹へったから早くしろって」
「ジン、どういう者をいつ欲しい?」
基本的には無駄に広い家と庭を維持・管理できる人材だと伝える。
引っ越し予定は来年末なので、こちらの月数なら十一ヵ月以上先だ。
雇用条件はアレジアンスと同等かと問われ、「もちろん」と答えた。
「守衛は選び放題として、使用人の居室は用意できるか?」
「中は見てないが、使用人の住居だろう別棟がある」
ボロス邸の背後、つまり西側には狭くて日当たりの悪い裏庭があり、そこには使用人が居住していたのだろう長屋のような別棟がある。
狭いと言っても別棟の奥行は目測で優に五メートルを超えており、間取りは確認していないが横長なので二〇や三〇人は余裕で住めそうな規模だ。
「であれば人柄を重視すべきだ。料理人は流石にいないが、家事や庭仕事は一年間の養成期間を設ければいい。その辺の伝手はあるだろう?」
「言われてみればその方が安心できるな」
「ボロス邸で雇う者の人選は俺に任せろ。守衛四と他八の計一二名でどうだ?」
「それくらいは必要か、それで頼む。養成先は手配した後に通信で知らせる」
「いいだろう。そのリストは預けておくからアレジアンスでも雇え」
話がついたところでクランハウスを後にし、我慢できないレイが屋台メシを買い漁って路地裏から転移した。
ボロス邸では、全員がリビングに集まってテーブルに目を向けている。
育ちの良いミレアも内装はそのままでいいと言ったらしく、セシルを中心に魔導化の仕様を相談しているようだ。
「お帰りー。コレ要望リストなんだけど、レイきゅんとジンセンくん何かある?」
「俺は実家レベルならそんでいい」
「エロ動画のストリーミングはムリっす。あ、もう要らないっすね、さーせん」
「マジうぜぇな? あ、そういや電子レンジ欲しいわ」
セシル、ユア、ジンが顔を見合わせ「盲点だった」と目で会話する。
レイは作り立てなら【食料庫】に入れるが、冷蔵庫に入っている残り物を食べる時に、「レンチンしてぇあ!」といつも思っていた。
レイがいつの間にか残り物を平らげているため、ユアが思い浮かばないのは仕方がなく、キッチンに立つ頻度が少なくなったという理由もある。
「ついでにスチームオーブンも付けちゃおうかな♪」
「ユアユアの女子力が高ぇぜ。実家にあったけど使ったことないし」
こっちの魔導オーブンは加熱しか考えていないため、熱が入ると同時に水分も飛んでしまう。ユアは余熱調理が上手いのでパサつきを抑え食感まで考慮しているものの、余熱時間が無駄だと常々思っていた。
「ねえレイ、他に家電で何か思いつかない?」
「あるぞ。粉モン食いたいからホットプレートとタコ焼き器。あと勝手に掃除してくれるヤツ。アレなんだっけ、ダンボ?」
「〝ン〟しか合ってないけど判るよ。お掃除ロボット便利だよね」
「あとハンディのスチームアイロンも欲しい」
「あ~、レイってTシャツに皺があるの嫌いだもんね」
「タコ焼き器以外は貴族家に売れそうだな」
「ジンセンくん、PCとプリンタとCADが死ぬほど欲しいっす」
「無茶言わないでください。気持ちは痛いくらい解りますけど」
ジンもPCとプリンタは欲しくてたまらないため、開発を検討したことはある。
プリンタは造れそうなものの、PCが部屋サイズの演算装置になるとの結論に至り断念。仮に造ったとしても、セシルご所望のCADは絶対に無理だ。
議題をあっちへ飛ばしこっちへ飛ばししつつ協議は進む。
資金は潤沢なので業者に金を払い完成を待つだけにしたいが、大半を自分たちでやらねば満足できる家にならないというジレンマ。セシルとジンが極度の睡眠不足に陥るのは不可避であろう。
スマホのストレージ残量が最も多いレイは、セシルとジンが指定する画角で写真を撮りまくる。その後は皆で早めの夕食を摂り、王都組はケンプ本店へ行き部材と資材の発注まで済ませた。
もう戴冠式とかどうでもいいんじゃないの的な雰囲気になりつつも、風紀委員長ユアが黙認するはずがないので粛々と当日を待つ。
「レイきゅんバングルちょーだい」
「おう、上手いこといけばいいな」
大きく頷いたセシルは、転移案件から手を付けるのであった。