124:新居
新居の庭へ転移した途端に、セシルが蕩けそうな声を上げ歓喜する。
「あは~んビザンツ様式ぃ♥ レイきゅん中にモザイク壁画あった!?」
「壁じゃねぇけど天井と床がモザイクだな」
「コストかけてる! 早く見たい!」
地球のビザンツ様式は、ドームとモザイク壁画で装飾された教会建築である。
新居も玄関があるエントランスホールはドームになっており、左右はドイツ辺りの洋館を想わせる重厚な造りだ。
瑠璃の翼のクランハウスの外壁はコンクリートちっくだが、内装は同じ系統の様式で天井はモザイク装飾だ。ボロスの富裕層にはビザンツとゴシックを融合したような建築様式が人気なのかもしれない。
「これが二〇億は本当に安いな。いい買い物じゃないか」
「素敵な家が買えて良かったねレイ。ソファが転がってるし窓は割れてるけど」
「あれはロッテが――」
「いいかげんにおしよ!」
「ガチギレすんなよジョークだろ? ノリツッコミくらいしろって」
「意味が分からないよ!」
こっちにノリツッコミはないようだ。
ロッテが「そうなんだよアレはあたしが怪力で投げて壊してねぇ…って何言わせんだい! あたしゃやってないよ!」みたいな絵面も面白そうではある。
玄関の鍵が開いてると聞いたセシルは建物に駆け込み、ドアというドアを開けまくっては歓声を上げている。
レイはルジェがいた部屋しか見てないので知らなかったが、この邸宅は部屋ごとにデザインコンセプトが違うようだ。
黒基調や葡萄茶基調、青基調や薄桃基調といった風に内装色とテーマは異なり、残されている調度もテーマにマッチする物が置いてある。
廊下の天井と床はモノトーンで統一されているため、扉を開けて初めて趣向の変化に驚くという演出だ。前任の自治会総長は洒落た人物だったとみえる。
「私は和モダンの内装がいいなぁ。デザイン畳とかないかな?」
「ないなら作ればいいさ。こっちでも茣蓙はよく見かけるだろ?」
「そうだね! 月森の茣蓙もカラフルで可愛かったし♪」
「レイは足りない家具を揃えるだけでいいんじゃないか?」
「んや、ガッツリ魔導化する。メイズで疲れて帰って面倒なことやりたくねぇし」
「それは言えてるな」
ジンはまた外へ出て建物の全景を眺めながら、新築する家の外観デザインを全く違うものにするか、調和するものにするか思案する。立てる位置とサイズも中々に難しく、小さすぎるとアンバランスになりそうだ。考慮すべきは将来生まれてくる子供の住環境だと、ジンが心を躍らせる。
ユアはセシルを追いかけ、さっそく和モダンな内装の相談をしている。セシルは大学で計画・設計を主に学んでいたため、次々と和モダンのアイデアを口にして盛り上がり始めた。
一方、レイたちは壊した部屋へと向かった。
肩には背凭れ部分が折れたロングソファを担いでいる。
先導するように部屋に入ったルジェが振り向き、ソファーを降ろしたレイたちに部屋から出るよう促した。そしてルジェは室内を見回した後に、木っ端微塵のガラス戸棚に視点を定めた。すると――。
「おぉ~スゲー」
「ユア様と同じ再生なのかしら?」
「違いますの。わたくしの特性的に、聖性が強い物は再生できませんわ」
「ルジェの再生ってどういう理屈なの?」
「私もその点が気になります」
「イリアもですか?」
シャシィたち魔術師チームが問うと、ルジェは『ユアの聖天再生とは全く違いますの』と前置きして語る。
どうやらルジェの再生は〝時間の巻き戻し〟らしく、物体の再生は時間を遡る形で元の状態へ戻るのだと。要するに復元だ。
生命体の再生も同様で、戻し過ぎると外見や体格、身体機能なども時を遡る。
「それって若返り…?」
アラサーまっしぐらのミレアが敏感に反応した。
「そう言い換えても構いませんわ。但し、成長過程で獲得した身体機能や精神性、修得した技能も失いますわ。心技体は密接な関係にありますの」
詰まる所、一度再生すれば再生前の状態に戻せないため、積み重ねてきた物事を再びやらねばならない。人生をイチからやり直したいとでも思わない限り、過剰な再生は後悔先に立たずという話である。
「生き物の再生は匙加減が難しいってことか。つーことはさ、建物丸ごと新築された頃に戻そうと思えば戻せるんだな?」
「出来るけどしませんわ」
「なぜに?」
この邸宅は経年で味が出るようデザインされ、建築資材も吟味した上で建てられているとルジェは言う。彼女にしてみれば、破損や過劣化した部分だけを再生した現状がベストであり、その趣を気に入り住み着いてもいる。
「夫のカルロも古い物が好きでね。丁寧に扱われて時を重ねた物は趣が増すからいいってよく言ってるよ」
「物の良さが判る伴侶ですの。大切にするといいですわ」
「大切にしてるさ。あたしと正反対だから捕まえたようなもんだしね。何だいレイ様その顔は」
「んや何でもないっす。ロッテさん男前だなって」
「あんたは一々癇に障ること言うんじゃないよ」
レイはカルロと会ったことがないものの、線が細いインテリを想像している。
巨躯でマッシブなロッテとの間に二人の子供をもうけているため、夜の営みを想像するとロッテが手玉に取っている姿しか思い浮かばない。
レイはそんなロッテが結構好きだ。兄貴と呼びたくてたまらない。間違いなくぶん殴られるから呼ばないが。
「とりまキッチンと風呂とトイレは魔導化だな。廊下の蝋燭も魔灯に変えて…」
「この部屋はこのままわたくしが使いますわ?」
「いいぜ、別に全部魔導化するワケじゃねぇし。自分の部屋決めて好きなようにすりゃいい」
レイは玄関に近い一階の部屋を狙っていたが、ミレアたちから「主人が一階の玄関脇なんて有り得ない」と一喝され、エントランスホール上にある三階の無駄にデラックスな部屋に決められた。
「んなデカい机やらベッドは要らねぇんだが…」
「ベッドは大きくないと困るでしょう?」
「だよね♥」
「レイ様、一晩に二人が最少基準です」
「やかましいわヨゴレ」
「好きなだけ汚してください受けて立ちます」
シオ、イリア、ルルがもじもじし始め、ロッテがイイ顔で『まぁ頑張りな!』とレイの肩をバンバン叩いた。
「貴女たちに子を孕んでる暇がありますの?」
すると、ミレアがコンドームの何たるかを懇々と語り、半目になったレイは捕食者たちから逃げるように部屋を出てジンを探しに行った。
「コラコラ勇者、美しい芝生を抉んな」
「ここに建てようと思って大凡の間取りを考えてる」
普通なら木の枝や足で地面に線を引くところだが、ジンは風系統魔術でビシィッ!と音を立てながら間取り線を引いている。
「小さくね?」
「あっちと比較するからそう思うだけさ。地下一階の地上三階建てにするつもりだから、延床面積は五〇〇平米を超える」
「のべ床面積ってナニヨ」
「床面積の合計。首都圏なら一五〇あれば広い方だぞ。アメリカでも平均は二〇〇くらいだったはず。ところでさ、プールとジャグジー造らないか?」
「最高じゃん。あー、それであっちとここの間を空けてんの?」
「そう。五コースある二五メートルプールに幅三メートルのプールサイド、大きめのジャグジー二つとバーベキュースペース、なんてどうだ?」
「決まりで。水泳はトレーニング効率高いしな」
「プールは庭側を浅くして、外塀側を深くしようと思う」
「なぜに?」
「いつか子供が生まれるだろ?」
「気が早ぇ…ってこともねぇか。ま、その辺はジンの好きにしろよ」
余裕で実現可能な夢は広がるばかりである。
ジンは「本気で魔導LEDを開発しよう」と目論み始めた。
現在はハロゲン元素でハロゲンランプを造っているが、ジンがイメージするジャグジーは七色が移り変わるムーディーなヤツだ。
地球のLEDは〝Light Emitting Diode〟の頭文字で、順方向に電圧を加えると発光する半導体素子である。
組成は異なるがトランジスタやICなども半導体デバイス類なので、長寿命、省電力、高速応答といった特長を備えている。
電力を魔力に置換したデバイスを造れれば、アレジアンス製品への組み込みも可能なため有用この上ない。
当初から第二工場の六階と七階は魔導コンダクタデバイスの前工程と後工程に使うつもりだったので、「また睡眠不足になるな…」と内心苦笑している。
因みに、アレジアンスは第一工場が重工業用で、第二工場は軽工業用だ。
ジンは個人的に、先端マギトロニクス企業と定義しニヤニヤしている。
「レイきゅーーーん! 二階の南側三部屋潰してオフィスにしていい? おふっ!?」
駆けて来たセシルがガバチョとレイに跳びつき問う。
レイは軽く頭突きを入れてジンを見遣った。
「ボロスにアレジアンスの支所があるのは助かる」
「んじゃいいぞ」
「あざーす! 地下室も二つ潰して魔導制御室にするお」
「OKだ」
「あとさ、使用人を雇うべきだと思うんだけど、そこんとこどうよブラザー」
「俺もセシルさんに同意だ。メイズ攻略が進展するほど不在期間は長くなる」
「じゃあギルドに求人広告出すか?」
「いや、当てがある。瑠璃の翼だ」
ジンとレイはこの場をセシルたちに任せ、二人でクランハウスへ向かった。