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121:歴史の裏側


 レイの左瞼がピクリと動いた。


「チッ、あいつら…悪ぃけどちょっとタイムで」


 言いながら両手で〝T〟を形作ると、白亜が小首を傾げた。

 その仕草からしてまだまだ余裕のようだ。


 レイは警戒しながらもスタスタと門側の窓辺に向かい、カーテンを開けた。

 案の定、ミレアたちが心配気な表情でこちらへ歩いて来る。

 窓を開けて声を張ろうとするが、この窓ガラスは填め殺しになっていた。


(しゃあねぇな)


 レイは『まだタイムだぞ?』と言ってTを形作りながら、凝った意匠の皮張りロングソファを掴んで投げた。


ガシャーーーン!


 ミレアたちがビクっとして足を止め、窓辺に立つレイへ目を向ける。


「待ってろっつったろーが!」

「そんな魔力を撒き散らしておいて何言ってるのよ!」

「いいから門番してろ! 来やがったら朝トレのメニュー三倍にすっぞ!」


 ミレアたちは顔を見合わせ、釈然としない様子ながらも門へと戻って行く。

 白亜が背後から近づいて来るのは判っているが、根拠もなく「この悪魔は融通が利く」と思っているレイは、ミレアたちが門外へ出るのを見届けた。


「レイに侍る女たちですわ?」

「アホか。俺らの護衛と訓練に雇われたシーカーだ」

「界渡りの者が脆弱だからですわ?」


 流石によく知ってると思いつつ、幾つか質問してみたい気持ちが湧き上がる。


「また後でちゃんと戦っからさ、ちっと話しね?」

「何の話ですわ?」

「色々知ってそうだから教えて欲しい的な」

「畏まりですの」


 白亜が承諾した途端、ずっと続いていた魔術か魔法による干渉が消えた。

 ソファじゃなくてチェストを投げるべきだったと思いつつ、白亜に一人掛けソファに座るよう顎をしゃくって促し、レイはベッドで胡坐をかいて口を開く。


「レイヌスを知ってるか?」

「欲深く尊大な割りに酷く臆病な賢者神紋ですの」


 辛辣。しかし言い得て妙である。

 続けてドベルクとアレティについて尋ねれば、魔王と契約して庇護を受けた勇者と聖者の神紋だと答えた。


「ドワルスキー帝国はお前らが乗っ取ったのか?」

「それどこですわ?」

「えーと、東帝国」

「ドブロフスクですの」

「そうそれ」


 どこか呆れた表情を浮かべた白亜は人差し指を顎先に当て、思い出すように話始めた。様子からして、白亜は東帝国に直接関与していない観がある。


 そもそもの話として、ドブロフスクは乗っ取られたのではなく、エルメニア聖教の枢機卿に化けていた悪魔が建国したという。

 ドブロフスクが帝国として建国された時代、あの地域には幾つかの先住民族と、アンセスト大帝国の内戦で焼け出された難民が細々と共存していた。

 要するに、脅威となる軍隊を擁す国がなかったため、聖邪大戦で生き残った三体の悪魔将が、安住の地を求める形で国を興したのだと。


 その所以は、聖邪大戦終結後も続いた悪魔狩り。

 頭の悪い低位悪魔どもが殺戮劇を繰り返した結果ではあるが、それなりに知恵が回る悪魔将は安住を求めた。


「わたくしたちの闘争は、冥王を失うと同時に意義も失いましたの」

「ん? 冥王?」

人種(ひとしゅ)が邪帝と呼んだ存在ですの」

「あぁなるほど。でもさ、お前らは殺しがやりたいから戦争始めたんだろ?」

「心外ですの。侵略を始めたのは天界の神どもですわ」

「え、それマジで言ってる?」


 ウンウンと頷いた白亜が語る。


 聖邪大戦は地上世界に顕現した悪魔が発端とされているが、実のところは創造神の命で十二柱の神々が冥界に侵攻したからだと。


 元来、冥界は地上世界にとって不要なモノを廃棄する場として、神代が始まる少し前に創造神が創造した。

 不要なモノとは、知性ある生命が築く文明の発達に伴い生じる妬み、嫉み、怨み、憎悪といった負の情念。神秘が色濃い世界だからこそ、負の情念は思いもよらぬ厄災事象を発現させる。

 事実、神代より遥か以前に存在した知性ある生命の文明は、繁栄することなく幾度も滅亡したという。


 そんな冥界に、創造神でさえ予想だにしなかった事象が起きる。

 瘴気と化した負の情念と、深い程に濃度が高くなる魔力が混ざり融け合い、地上で生きる人種(ひとしゅ)よりも圧倒的に高度で、神にも匹敵する力を持つ負の生命が生まれた。


 そう、冥界を統べることとなる邪帝こと冥王である。

 冥王の発生を契機として、後に悪魔と呼称される負の生命が生まれ始めた。

 冥王の次に生まれたのは〝ニグレ〟の名を称し、聖邪大戦の折には漆黒の異名で呼ばれた一柱。


 ニグレと時期を同じくして、白亜も冥界に生まれ自我を覚醒させた。

 更に四柱の知性ある負の生命が生まれ、大戦では六邪公と呼称される。

 冥王を含めた七柱こそが、この世界において神にも匹敵する知性と権能を獲得した負の生命である。


「なんで神は冥界を襲った?」

「わたくしたちを滅殺するためですの」


 白亜は『高慢な創造神の下らない嫉妬』と表現した。


 創造神はその神格性から、自身を模倣するような知性ある生命の繁栄を望んだ。

 仕損じれば新たな眷属神を生み出し、また仕損じれば補完するための眷属神を生み出し地上世界の調律に専意する。冥界の創造もその一端であった。


 ところが、冥界というゴミ溜めの中から自然発生した負の生命は、手塩にかけて慈しみ育んだ地上世界の人種どころか、眷属神に匹敵する高次存在であった。

 創造神にしてみればあるまじき事象で、看過できようもない存在。


「なんつーか、創造神って面倒くせぇな。双子の死神も冥界に落としてるし」

「それは違いますの」

「また違うのかよー」(棒読み)

「元来、彼の神は転生神でしたわ。争いに辟易した冥王が、自身の消滅と引き換えに争いを収めてくれと頼みましたの」

「そこ詳しくプリーズ」


 息子も同然だった漆黒ことニグレを創造神に滅せられた冥王は、創造神の双神たる転生神に自ら魂源を差し出す。しかし、転生神は冥王の滅殺を好しとはしなかった。


 事あるごとに相容れない創造神の神格性に鑑みれば、冥王とニグレの消滅だけで満足する理など在りはしない。が、冥王と同じく無益な争いに辟易していた転生神は、冥王に自身との同化を持ちかけた。


 創造神と同等の神格位階たる転生神が冥王と同化し冥界の蓋となれば、如何な創造神と雖も安易な侵攻を成せる理はない、と。

 冥王が一も二もなく承服すると転生神は冥王を取り込む形で同化し、白亜以外の四柱を伴い冥界に身を沈め蓋となった。


 ここでも創造神が予想だにしなかった事情が発現する。

 それは転生神とっても同様だったのだが、界が異なる冥界に身を沈めた際、転生神は死を司る権能を新たに獲得した。


 結果、彼の神は冥界にあって転生と死を司る特異な神格となり、それ以前には生じたことのない、界渡りの被召喚者が出現することとなる。


「レイヌスたちか」

「あの者らは神竜が堕落したから召喚されましたの」

「神竜? 真竜じゃなくて? 邪竜のことだよな?」

「邪竜も人種が好き勝手に付けた呼び名ですわ」


 堕ちた神竜は、転生神だった時分の死神が生み出した眷属神獣。

 神竜の役目は、転生神が選別した輪廻の魂源を地上へ運び宿らせること。

 しかし、従うべき転生神が冥界に沈んだため、神竜は神意を失い堕ちた。

 それを不憫に想った死神はドベルクたちが召喚される因果を組み、神竜を屠るよう魔王が仕向けた。


「死神がイイ奴に思えてきたんだけど」

「彼の神も善神ではありませんの。人種の進化に傾倒する中庸の神ですわ」

「そうすか。つーかさ、白亜はなんでこっちに居んの?」

「わたくしまで居なくなるとニグレが寂しがりますわ? わたくしとニグレは双子も同然でしたの」


 聞いたレイがはっとする。白亜は誰にも悪さしてないじゃないか、と。

 デオクリュスタにしても結果的には無償で貰っている。

 東帝国に係わっている訳でもない。

 強いて言うならこの家への不法侵入だが、購入したのはつい先程だ。


「路地裏の店で俺に絡んできた理由は?」

「レイがわたくしの魔力を感知して来ただけですわ?」

「いやあれトラップだろ。あん時は分かんなかったけど」

「わたしくしが隠蔽している魔力を感知して波動まで読めるのはレイだけですの」

「やっぱ狙い撃ちじゃねぇか。なんで隠蔽してんだよ」

「冥界で生を享けたわたくしたちの波動には、特徴的な類似性があるからですの」

「あーなるほど、先に殴りかかったのも俺か。でもお前、魔術か魔法使ったべ」

「魅了しようとしましたの。レイは耐性が強すぎですわ」

(セシルとノワルを足して割った二号かよ)


 どうすべきか判らなくなったレイが半目で遠くを見ていると、立ち上がった白亜がレイの横へ来て腰を下ろした。


「わたくし、レイの神紋も知ってますの。愚者ですわ?」

「…なんで知ってんだよ」

「無限の魔力を生み出せる神は、冥王と同化した死神だけですの」


 ストンと腑に落ち、レイは胡坐のままベッドに寝転んだ。


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