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119:怪しい居住者


 キースの職位が低いからか強かに待たされて入った執務室には、訝し気な眼差しを向ける老年男性が。自治会総長その人である。


 ボロス自治会総長の名は、アルジオーネ・ハルジオーネ。

 名と苗字が似ていて厄介なアルジオーネは、当年とって七七歳と高齢だ。

 が、彼は魔導士称号を持つ元シーカーであり、大魔導士のレパントやルトヘルよりもも外見が若々しい。

 これは神紋因子(仮称)の下位互換と云われる、魔導因子(正称)を発達させた証左と言える。


「お時間を割いてくださりありがとうございます」

「前室まで押し掛けるなら会わん訳にはいかんだろう」

「誠に申し訳ございません。重要案件が生じましたので…」


 偉いさんとの対面に慣れてきたレイは「まぁこんなもんだろう」と思いつつも、〝目には目を歯には歯を〟のハンムラビ法典に倣い、来客用のソファにどっかりと座って長い脚を組んだ。


 鋭く目を細めたアルジオーネに恐々とするキースは、「勘弁してくれ!」と心中で絶叫しながら、おずおずと足を動かし要請書を差し出した。


「ご一読ください」


 一国の王が使う紙は最上質であり、アンスロト王家の紋章も刻印してある。


「これは…!?」


 居住まいを正したアルジオーネは素早く目を通し、ハッとして立ち上がるとレイの前に身を移し、膝を折って上目に視線を合わせた。


「初見とはいえ大変失礼いたしました。何卒ご容赦を賜りたく…」


 レイが「え、そこまでするカンジ?」と脚を引いて座り直す。

 キースも予想を遥かに超えた総長のリアクションに驚いている。


「押し掛けたってのは間違いねぇから気にしないでくれ…じゃなくて、ください」

「寛大なお心遣いに感謝を申し上げます」


 レイ、ジン、ユアが被召喚者である事実は口外厳禁と釘を刺されているため、アルジオーネは安全を取ってレイの名すら口にしない。


「家を買いたいだけだからよろしくどーぞ…お願いします」

「畏まりました。私の権限にて直ちに処理いたします」


 立ち上がったアルジオーネは執務椅子に身を戻し、一枚の用紙に何事かを記載すると、更に二枚の用紙を取り出して署名した。

 三枚を纏めて円筒形の書簡に入れると、筒蓋に薄紙をぐるっと巻いて赤い蝋を垂らし封蝋印で留めた。そして――。


「君、名は何という」

「キース・メルローと申します…」

「恐々とする必要はないメルロー君、貴君は最良の判断をした」

「はい! お褒めに預かり光栄です!」

「ではこれをアデルセン部門長に渡してくれたまえ」

「承知しました!」


 終わったと見てとったレイが立ち上がると、アルジオーネは再びレイに歩み寄り口を開く。


「本日中に処理させますので、明朝以降にて再度ご足労ください」

「了解、ありがとう。んじゃこれで」


 執務室を出て階段を降りていると、後ろを歩いていたキースが横に並んだ。


「驚きました」

「ん? ああ、俺もビビった。キースもありがとな」

「とんでもありません、良い経験になりました。明日来られますか?」

「朝メシ食ったら来るよ。八時とかでいいか?」

「はい、お待ちしています」


 こちらの一日は三八時間と長いため、一般的な始業は九時か一〇時である。

 キースは早出して対応するつもりだ。


 都市機構を後にしたレイはアレジアンスに戻り、ミレアたちを連れて再びボロスへ舞い戻った。


「今夜はボロスに泊まるのかしら?」

「んや、ケンプの支店長がメシ奢ってくれるって言ったじゃん」

「「あ~」」


 そういうことだけは忘れないレイである。


「俺は食ったら帰るけど二人はどうする?」

「私も今夜はこっちで洗濯しようかしら」

「あたしもそうしようかなぁ」

「お前ら独身寮の洗濯乾燥機使わねぇの?」

「「何それ」」

「知らなかったのか。後で使い方教えてやるよ」


 独身寮の個室は内装工事が終わってないため、洗濯乾燥機の存在を知るのはメイと掃除洗濯係の契約社員だけだ。

 掃除洗濯係はノワルの生家で使用人をしていた中でも、高齢な者たちに男女を問わず意向を確認した上で契約し、担当してもらっている。

 但し、女性陣の衣服は女性が洗濯する決まりになっている。


 そんなこんなでクランハウスに寄りシオたちと共にケンプのボロス支店へ向かい、レイの指定で件の大衆焼肉っぽい店に決まった。


 支店長のバルトルトが、注文量を聞いただけで食欲をなくしたことは言うまでもない。因みに、バルトルトが払った金額は三六万ちょいである。

 尚、オヤジが特別に出してくれた裏メニューの煮込みは極上であった。

 水と塩と香草だけで煮込んだ肉なのだが弱火で十日間煮込み続けるらしく、手間暇がかかる上に目も離せないので、タイミングが悪いと食べられないそうだ。


 食後はミレアとシャシィが洗濯物を取りに戻り、自宅に帰ったロッテを除く七人を連れてアレジアンスへ転移した。


「すごっ!」

「汚れ物がくるくる回ってますか!?」

「これだけで乾燥まで出来るの?」

「シオもこれで洗いたかったの…」

「アレジアンスの品は人を怠惰しますね。もちろん使いますけど」

「ノワルに同意だが、私も使わせてもらう」


 ミレア隊が洗濯乾燥機や掃除機に感動し尽くした後に就寝。

 レイも「今日は盛沢山だったな」と思いつつ、泥のように眠った。


 明けて翌日――


 ド早朝トレーニングと朝食を終えた一同は、ワクワクせずにはいられない心持ちでボロス都市機構へ向かった。

 ロッテは住まないので不参加だが、昨夜の内に「トレーニングはサボるなよ」とレイに厳命されたので頑張っていることだろう。


「案内しましょうか?」

「んや、場所は分かるみたいだからいいわ。じゃあなキース」

「ありがとうございましたレイ様、何かあればお声掛けください」


 二〇億シリンを証札で支払い鍵を受け取ったレイは、メイズ前の円道から南大通りへ入り、一気に超高級住宅街へと景観を変えた街並みを眺めながら歩く。


 因みに、メイズ入口の石室を内包するのはやはり神殿で、遥か昔からアメンエム神殿の名称で知られているそうだ。シーカーたちは略してアメンと呼び、「アメンに集合」といった使い方をする。


 暫く歩いていると、一際に長大な外塀を視界に捉えた。


「まさかのアレ?」

「だと思うわ」

「なんて言うか、もう凄いね」


 ミレアとシャシィ以外は大邸宅を買ったと知らないため、不思議そうな顔を浮かべた。レイが二〇億を支払ったのは判っているが、ディナイルの本邸と同じような規模だろうと思い込んでいる。

 レイ、ミレア、シャシィが足を止め、レトロだがスタイリッシュな鐵門を通して大邸宅に目を向けた。


 異様に広い庭は定期的に整備されていたのか、庭木や芝生は刈りこんである。

 門扉の幅でモミの木に似た高木が左右に五本ずつ植えてあり、石敷きのアプローチは樹木の終端で左右に分かれ、庭を回り込む形で玄関前の噴水ロータリーへと続いている。


 最奥には横長な三階建ての家が威風堂々と建っている。

 遠目だと老朽化しているようには見えず、レイは「セシルが騒ぎそう」と何より先に思った。つまり厨二心を擽りそうな建築様式である。

 次に思ったのは「鍵が一二本もあるはずだ」ということ。とにかくデカい。


「ここなの…?」

「そうみたいですシオさん。どうすればこれを二〇億で買えるのか不思議です」

「すごいですか…」

「わ、私などがこんな屋敷に住んでいいのか?」


 ルルの言葉に対して「住めと言ったことはない」とレイは思いつつ、正門のタグが付いている鍵で門扉を開けて踏み込んだ、瞬間――。


「なんだコレ、何か妙なのがいる。いやコイツは…」


 ミレアたちが「え?」といった風情で目を向ける中、レイは家の右端へ細めた目を向けている。そこでレイが何かを感知したと悟ったシャシィとノワルが、指向性の魔力感知を始めた。


「ほんとだ。でも小さくて弱いからよく判んない」

「私の感知はまだまだシィさんに及ばないようです」

「シィ、ノワル、感知を止めてくれ。干渉して上手いこと拾えねぇ」


 最近の二人は指向性魔力感知に強圧縮した高強度魔力を使うため、感知対象の魔力が微弱だと波動干渉を起こして正確に読み取れない。

 レイは漏れなく感知する際に使う網構造の魔力で、建物の左端から右端へと掬い取るように感知をかけた。


「コイツこっちの感知に気づいてやがる。お前らはここで待ってろ。いいな?」


 全員の頷きを確認したレイは、薄く笑みながら建物へ向かった。


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