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117:レイ、家を買う


 2LDKくらいの家で独り暮らしを、という密かな夢が潰えたレイは、どんよりした顔で捕まった宇宙人が如くミレアとシャシィに腕を抱かれ都市機構へ向かった。

 客観的には「派手に爆ぜろやリア充!」なのだが、魂が抜けた半眼は哀愁を撒き散らしている。


 ディナイルの紹介状は効果抜群で、三人は直ぐさま応接室に案内された。

 物の数分でやって来たインテリ風の職員が、何か悪いモノに憑かれていそうなレイから目を逸らす。


「キース・メルローと申します。ディナイル様に物件を斡旋したご縁で、皆様の担当を務めさせて頂きます。早速ですが、どのような物件をお探しでしょう」

「メイズの南側で広い庭がある大きな家♪」

「南街区の大邸宅ですね、承知しました」

「大邸宅って…」


 レイの呟きをスルーした職員キースが、洒落たバインダーに閉じた物件資料を次々と捲る。アレジアンス製のファイルバインダーだ。


「間取りに要件はありますか?」

「大邸宅なら部屋数は多いでしょうから特にないわね。強いて言うなら広い浴室かしら。そうよね?」

「まぁ風呂が広いのはいいよな。つーか、王宮ん時から一緒に暮らしてきたんだし今更どーのこーの言わねぇけど、広い庭だけは譲らねぇぞ」


 資料を捲る手をピタリと止めたキースが、初めて真っ直ぐレイを見た。


「不躾ですが、王宮とは?」

「おっとNGだったか?」


 そうミレアに問うと、彼女は『問題ないわ』と答えてキースを見据えた。


「レイを庇護し身元を保証する御方は今代アンセスト国王、クリストハルト陛下よ。当然だけれど自治会総長も知っているわ。この意味、解るわよね?」


 キースは生唾を飲み込んでコクコクと何度も首肯した。


 ボロスは治外法権が及ぶ独立都市だが、アンセスト国王から自治権を与えられているのは、ボロス都市機構を統括するボロス自治会だ。

 総勢二一名で組織される自治会は、民間企業でいうところの取締役会に相当し、最高執行権限を持つ総責任者が自治会総長になる。


 総長は三年に一度行われる無記名投票によって選出される。

 投票権を持つのは現任総長を含めた二一名の自治会幹部と、十席会に名を連ねるクランマスターの全三一名で、この中から総長は選出される。


 選出規定は二一票以上の得票であり、二一票以上を得る者が出るまで連日に渡り投票が繰り返される。尚、過去の最多投票回数は四三回であった。


 だがしかし、晴れて選出されたとしても決着ではない。

 当代のアンセスト国王に承認され、勅命形式での任命を享けて初めて総長の椅子に座れるのだ。


 だからこそ、自治会総長が有する最高執行権限は絶大である。

 ボロスの公的機関と準公的機関に所属する人員に対して、絶対無比の任命権と罷免権を行使できる。


 要するに、キースの首など社会的にも物理的にも容易く落とされる訳だ。


(コイツ急に汗ダラダラかき始めた。やっぱミレアはやべぇな)


 ミレアがヤバい訳ではないのだが、さておき。


 汗を拭うことなく物件資料を必死に捲ったキースは、「あった!」とばかりに一枚の紙を抜き取りレイの前に差し出し口を開く。


「庭と建物の広さは敷地面積に比例しがちでして、斡旋できる中で最も庭が広い物件がこちらです」

「メイズから少し離れているけど物凄く広いわね」

「前任の自治会総長が勇退を機に売却された物件です」

「大物貴族のお屋敷くらい広いね」

「これだけ広いと高すぎて売り難そうだわ」


 世界が異っても平面図の書き方は同じようだが、レイにはピンとこない。

 広いのだろう庭を見渡せる位置に、大きのだろう建物があることしか判らない。

 レイの脳裏で翻訳された敷地面積は16384㎡なのだが、それがどれくらい広いのかは全く判らない。


「どれくらい広いのか全然分からん」

「工場がある敷地の半分くらいと言えば判るかしら?」

「マジかよ。クソ広いな」

「大樹の中と同じくらいだと思うよ。建物はお師匠の家を横長の三階建てにした感じかな?」

「確かにそうね。シィの方が判りやすいわ」

「家はデカすぎっけど悪くねぇな。これ幾らだ?」


 キースが思考を加速させる。


 前任の自治会総長が引退したのは二五年程前らしく、指摘されたとおり広すぎて未だに買い手がつかない。

 評価額も当時と変わらず五〇億シリンと高額だ。

 問題は、人が住まない建物の劣化が異常に早いこと。

 立地と広さの面ならこれに勝る物件はないものの、建物の傷み具合を勘案すれば三〇億でも高すぎる。

 何より、国王陛下の庇護を受ける御方に下手な価格提示なんて出来ない。

 評価額が一年当たり一億下がると考えれば、妥当な価格は…


「二五億シリンで如何でしょうか」

「あら安いわね」

「安いの?」

「マスターの本邸は半分ほどの広さで二〇億よ?」

「あ、そっか」


 億単位の話もピンとこないレイの脳裏に、過日の記憶が浮かび上がる。


 ジンがケンプ商会から買った土地と工場の値段は四〇億で、ジンとユアは「破格値だ」とアルに感謝していた。

 この物件がアレジアンスの敷地の半分くらいなら、二〇億でいいんじゃないか。

 ミレアは安いと言ったが、どうせ買うなら破格値の方が嬉しい。


「五億値引いて二〇億にしてくんね? そしたら今買う」

「実物を見ずに買っちゃうの?」

「別によくね?」

「建物がかなり傷んでると思うわよ?」

「そうなん?」

「前任の自治会総長が勇退したのは、私が生まれた年だったはずだもの」

「二五年前か」

「知っていたのね」

「シィに聞いた」

「シィ?」

「えへ♪」


 レイたちのやり取りを聞きながら値引きを決心したキースは、会話が途切れたタイミングを見計らい口を開いた。


「一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

「いいぜ」

「成約する場合のお支払いは王室からになりますか?」

「んや、俺が払う」

「であれば、レイ様の信用調査をすることになるのですが…」

「ナニソレ」


 レイが横へ目を向けると、ミレアがシーカーライセンスを取り出して説明を始めた。


 シーカーライセンスは、戦士および魔術師ギルドのライセンスに紐づけられている。実際には刻印式の情報転写で、レイは知らなかったがシーカーライセンスにもキャッシュカード機能がある。

 要するに、預金口座の残高照会をさせろという話だ。


「時間かかんの?」

「いえ、この場ですぐに終わります」


 答えたキースが席を立って背後の戸棚を開け、ギルドでチラッと見たことがある魔導器を取り出し席に戻る。おもいっきり有線だ。

 その間、ジャージのポケットに手を入れたレイは、脳裏に浮かべた【格納庫ハンガー】のリストからシーカーライセンスを選択して手の平に転送した。


 ライセンスをテーブルにパチリと置き、人差し指でツーっとキースの方へ滑らせる。受け取ったキースは『三ツ星…』と呟いて驚きながらライセンスを魔導器に挿入し、職員を認証するのだろうカードを内ポケットから出して同じく挿入した。そして魔導器の両側面にある手形の窪みに手の平を添える。


(へぇ、魔力を流してカードと波動のダブル認証すんのか。魔力制御が出来ねぇと就職もできねぇな)


 意外とセキュリティレベル高いなと思いつつ眺めていると、魔導器を見詰めていたキースが「へっ!?」という表情を浮かべたままレイへ視線を移した。


「す、凄いですね…」

「だろ? 何気に食いモンじゃない買い物は二回目だけどな」

「レイって食事以外にお金遣わないよねぇ」

「その食事代が物凄いわよね。月に一〇〇〇万超えてるでしょう?」

「す、凄いですね…」

「自分の分だけならそんなにいかねぇわ」


 言いながらミレアとシャシィにジト目を向けると、二人がスッと目を逸らした。

 ジンが魔導製品開発部を立ち上げて以来、ミレア、シャシィ、シオ、ノワルの四人は生活費を殆ど遣わなくなった。が、帝都への社員旅行で服やアクセを爆買いした以降は、買い物癖がついて預金はどんどん減っている。


「それで、二〇億にしてくれるのかしら?」

「私は応じたいと考えています。ですが、実は評価額が五〇億のままなので、直属の上長と部門長の承認が必要になります」

「下手なことをすれば貴方が損をするわよ?」

「承知しています。そこでご相談なのですが、王室から総長に話を通して頂けないでしょうか? それが叶えば総長決裁で譲渡できます。もちろん内々にです」

「私は問題ないと思うけど、レイはどう?」

「クリスに頼めばいいって話だろ?」

「そうよ」

「OKだ。今日中に片付けて明日買う」

「今日中に、ですか?」

「余計な詮索はしない方が身のためよ」


 キースは頬を引き攣らせ苦笑しながらライセンスを返した。


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