115:派生案件
コーヒーを淹れるセシルの背を見遣りながら腰を落ち着けたレイは、何のためにラボへ来たのかを話し始めた。
別に大したことではないのだが、そろそろ自身のトレーニング量と負荷を増やしていこうとの思惑だ。
ミレア、シャシィ、シオ、ノワルの四人には、トレーニングメニューの内容について、その目的と効果を色々と教えてきた。
ルル、ロッテ、イリアはトレーニングの何たるかを理解する段階だが、ミレアたちに任せて良いと判断している。
「残ってる極鋼で何か造れってカンジ?」
「鋭いじゃん。とりまウェイトが欲しいんだわ」
「ウェイト? レイきゅんには極鋼の重さ関係ないでそ?」
「重くする方法が分かったんだよ」
「うわ、トン級のウェイトってマジっすか」
どこか呆れたようなセシルからコーヒーを受け取り、メイズの隠室でガストと戦った時の経緯を語り聞かせた。
極鋼が内包する魔力に向けて「重くなれ」と意識すれば、意識の強さに応じて重量が増していく、と。
ガントレットとブーツを常に装備しておけばいいという話もあるが、余りにもこれ見よがしで好みではない。
そもそもジャージが基本ということもあり、ジャージの下に装着できるアームウェイトやレッグウェイトがベストだと考えている。
「サクッと造れるか?」
「サクッとはムリだお。金型造って熔かしてーって作業になるし」
武装を造るに当たりレイの寸法は計ってあるが、手首足首ではなく腕と脚に装着するウェイトとなれば、ヒンジでパカっと開いてバックルでバチンと留める構造にしなければならない。
しかもジャージの下にという要件なら、最終的な厚さも考慮して精密な金型を造る必要もある。
「どれくらいかかる?」
「熔融に二〇日間で、その間に本体と部品の金型を造れば納期は二二日かな」
「OKだ。造ってくれ」
「ついでに腹巻みたいなウェイトも造る?」
「悪くねぇけど分厚くすんなよ」
「りょ。ガンツ氏に相談してみる」
セシルは諸々を相談しながら工程表を作り、先ずは極鋼を溶鉱炉に放り込むべくドームへと向かった。
「デカっ!」
初めて見た魔導溶鉱炉は予想の何倍も大きく、いつかテレビ放送のアニメで観たメカメカしい外見である。端的に言ってジブリ的だ。
「凄いでそ。これ八〇〇億くらいコストかかってるし」
「高ぇな。自腹か?」
「レイヌスのね」
「あー、五〇〇〇年も生きてりゃ金も貯まるわな」
「これまでに金鉱脈を幾つも枯らせたらしいお」
レイヌスは賢者だけあって貴金属の鉱脈を探査できるらしく、ドベルクとアレティが自死した後の数十年は、虚しさを紛らわせるために豪遊していたという。
レイは「アイツ友達作るの下手そうだもんなぁ」と苦笑した。
「そういやぁさ、お前自分の武装とか造ったん?」
「造ってないお」
「あそ」
レイが内心でほっと胸を撫でおろしていると、セシルがジト目を向けて口を開いた。
「あのね、お姉ちゃんはレイきゅんのお姉ちゃんだよ? メイズに連れて行く気がないことくらい判ってたし」
「そっか、そうだな」
「ちゃんと待ってるから、ちゃんと皆で帰って来るって約束して?」
「おう、約束だ。いつかヒマになったら並びで家建ててのんびり暮らそうぜ」
「ちょっ!? 死亡フラグ建てるなし!」
「ヤベ、今のナシで」
かいてもない汗を二人して拭う仕草をすると、レイは「不覚!」とばかりに半目になり、セシルはニヤっと笑んだ。何だかんだでやはり姉弟である。
小分けの板状になっていた極鋼を三枚ほど溶鉱炉に放り込み、レイは再びで転移でボロスへ戻った。
戦士ギルドに入るとミレアたちの聞き取り調査は既に終わっており、クランハウスへ戻ると一階ホールで七人が揃って待っていた。
「漸く戻って来たわね。どこへ行ってたの?」
「帝都」
「客観的に聞くと眩暈がする距離だわ」
「そっちはどうなんだ? やっぱ査定は時間かかんのか?」
「明後日の朝までに終わらせてくれるそうよ」
生ものだけに買い取るギルド側も急ぎたいらしく、一〇〇年ほど前に南大陸で討伐された竜種の査定結果を基にするそうだ。
討伐された竜種の鱗は黄色で、南大陸では地竜もしくは土竜と呼ばれていたという。
一〇〇年前と現在では物価が異なるし、南大陸と中央大陸を比較すれば経済力にも大きな格差がある。
それらも勘案して査定されるのだが、緑竜は低く見積もっても二〇〇億シリンは下らないだろうと。
そこまで話したミレアが、何かを思い出したような表情を浮かべた。
「ギデオン支部長にアレジアンス製の状態保存装置を売り込んでおいたわ。解体場でも使えるなら直ぐ買うそうよ」
流石は政商ケンプの令嬢である。
使えるとは思うがジンに確認すべきだろうと、レイはミレアパーティーの部屋へ移動してアレジアンスへ転移した。
アドルフィト三世一行は既に迎賓館へ帰っており、レイは新社屋の最上階にあるデラックスな社長室へ向かうべくエレベーターに乗った。
「なあジン、状態保存装置ってボロスの解体場でも使えるよな?」
レイが勢いよく扉を開けながら声を張ると、デスクワークをしていたジンがビクっと肩を震わせた。
「ノックくらいしろよ…」
「考えとく」
正確には「思い出したら」であろう。
「ったく、竜の保存用か?」
レイに代わってミレアが頷きながら経緯事情を話した。
ジンは『問題なく使えるが』と前置きして仕様を伝える。
元々は社食の保存庫用に造った装置であり、効果範囲は一〇立方メートルと限定的だ。効果範囲を拡大した上位機種の製作は可能だし、アレジアンスの製品保管庫には設置してある。しかし、アンセスト宮廷料理長でさえ「既存品で十分」と言ったので、上位機種はコストも高い点を考慮し特注品扱いにしている。
ボロスの解体場は目測で幅と奥行きが二〇メートル、高さ一〇メートルと大きく、全域をカバーしたいなら四基が必要になる。
加えて、常時展開する場合の消費魔力量も少なくないので、新製品の小型魔力充填装置をセット販売すべき。
ケンプ商会への卸価格は状態保存装置が五〇〇〇万シリン、小型魔力充填装置が一億シリンである。小型でも魔力充填装置が高額な理由は、コア部品に時空間魔法を付与した極鋼を使っているからだ。
「ケンプのボロス支店が売ってもいいのかしら?」
「もちろんだ。在庫はここから持ち出してくれ。売買書類はウチとケンプ本店で処理しておく」
「助かるわ。ケンプが幾らで売っているか知ってる?」
「大凡は知ってるが、売価は相手によって変わるだろ?」
「それもそうね、本店へ行って確認するわ」
話が終わった途端にレイはケンプ本店へ転移しようとしたが、障害物があるのかキャンセルされてしまった。
「おっと、転移できねぇし」
「座標をどこにしてる?」
「裏の倉庫のドア前」
「商品の搬出か搬入をしてるんだろ。たまには辻馬車を使ったらどうだ?」
「んや、馬車より裏道を走った方が早い」
「「「え…」」」
ルル、ロッテ、イリアが力なく声を漏らした。
レイが『ん?』と見遣れば、三人はスッと目を逸らした。
「レイきゅん、お姉ちゃん走れないからね? 屋台メシ食べながら歩こ?」
「悪くないな。つーか、セシルはガンツんとこ行って金型の話しろって」
劇画調の悲愴な顔になったセシルはトボトボと部屋を出て行ったが、走らなくても良くなったルルたちは笑顔になった。
「レイ、この出荷伝票をジェンキンスに渡してくれ」
「誰だそれ」
「倉庫の管理責任者だ。ほら、ガタイが良くて濃い灰色髪の」
「あー、いつもベンノに酔い潰されてるグレイか」
「髪色を名前にするなよ」
装置を持ち出し、道すがら屋台メシを食べながらケンプ本店へと歩く。
会長アルはミレアが商談を生み出したことを喜び、ボロスの支店長バルトルト宛てに「定価で成立させるべし」との手紙を認めた。
クランハウスへ転移したレイたちは、シーカーギルドの並びに立つケンプのボロス支店に立ち寄り、バルトルトを伴い徒歩五分の戦士ギルドへ。
竜種の素材でかなりの利益が見込めるギデオン支部長は、挨拶程度の値切り交渉で購入を決裁した。
状態保存装置四基が二億八〇〇〇万、魔力充填装置が一億七〇〇〇万である。
ケンプ商会は、小一時間で一億五〇〇〇万もの利益を得たことになる。