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114:臥竜ならぬ座竜


 クランハウスの裏に転移した一行は、真っ直ぐ地下の訓練場へ向かう。

 ロッテ、ルル、イリアの三人は基礎体力向上、魔力圧縮・循環・浸透の熟練度向上、肉体・五感強化の熟練度向上に専心せよとレイに厳命されている。


 屋内でやっている理由は、ロッテとルルがイリアの安全を気にしながらだとトレーニング強度を抑えざる得なくなるからだ。イリアがぶっ倒れた時に攫われでもしたら大事になる。


 レイが扉を開けるとロッテたちが動きを止めて目を向けた。視線は初見のセシルへ向けられているが、レイはセシルの前へずいと出て顎をしゃくり、「続けろ」と指示し三人の状態を観察する。


「ルルがミレアで、イリアがシィって感じだな。一年くらい前の」

「まだ一年と少しなのに懐かしく感じるわ」

「あたしね、月森への旅が良かったと思うんだ」

「そいつは言えてる。他にすることなかったもんな」

「帰って来た時のミレアとシィは凄く変わってたの」

「シィさんとの差が埋まらないのは旅ですか。レィぅがっ!? なぜですか!?」


 条件反射でデコピンを放ったレイが、「今のは違ったかもしれん」と思いつつもスルーした。『俺の弟は鬼か…!?』と呟くセシルも当然スルーだ。


 トレーニングメニューで悩ましいのはロッテである。

 巨躯と重量は盾役として申し分ないが、瞬発からの加速度が足りない。

 何より、大盾を構える時以外は一貫して腰高な点が気に食わない。

 スーパーヘヴィ級にライト級と同等の敏捷と速度を求めるような話ではなく、スーパーヘヴィ級として秒単位の時間を削る努力が必要という観点だ。


「先ずは構え…んや、体勢の矯正からだな。ロッテ!」


 レイが手の平を手前に煽りロッテを呼んだ。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、んはっ、はぁ、はぁ…」


 両膝に手をついて上体を支えるロッテが上目にレイを見る。


「俺の体勢を見て真似してみ。強化はなしだ」


 言ったレイは、スキージャンプ選手のような体勢を取る。

 深く前傾しつつ踵を上げ、両腕を後ろへ引いて軽く顎を上げる。

 力士やアメフトのディフェンスタックルが、手をついていない体勢だ。

 もしくは、レスリング選手がタックルを仕掛ける寸前のような体勢。


「これはキツイね…」

「爪先と体幹で全体重を支える体勢だからな。今度は動きを真似してみ」


 レイが前傾からスッと上体を起こし自然体で直立し、直ぐさま元の前傾姿勢へ戻る。それを何度も繰り返し、起こす屈むの速度を上げていく。

 他の面々も興味をそそられたのか真似をし始めた。

 セシルが「脳筋クラスター恐るべし」と苦笑する。


「遅い! 俺の真似ってのは速さ込みだ!」

「くっ…!」


 一分と経たずイリアが四つん這いになり、三分ほどでノワル、五分ちょいでシャシィの魔術師チームが膝をつき、荒い呼吸で筋を痙攣させている。

 レイの体内時計で九分が経った頃、とうとうロッテが膝をついた。


「立てロッテ、屈まなくていいから普通に立て」

「くぅっ!」


 ロッテが脚をプルプルさせながら立ち上がると、レイが【格納庫ハンガー】から大きな鏡を取り出しセットした。打撃フォームを確認したいからと、ジンたちに頼んで造ってもらった姿見だ。


「俺が普段のロッテの姿勢を真似すっから、今の自分と見比べて違いを言え」

「…………あたしゃそんなに顎を上げて立ってるのかい?」

「おう、お前はいつも偉そうに立ち歩きしてんぞ。その辺の貴族より偉そうだ」

「意地の悪い言い方だね…」


 体の部位で最も重いのは、重さ一五〇〇グラムほどの脳が詰まっている頭部。

 顎を上げると、六キログラム程ある頭の重量が背中側にかかるため、必然的に胸椎が真っ直ぐになりバランスを取ろうとして極端な踵重心になる。


 適正な踵重心は重力に対して真っ直ぐ立てる。これは骨格が体重を支えるからで悪いことではない。が、ロッテのように極端な踵重心はバランスを崩し骨盤内に過度な負荷がかかる。


 これを突発的な戦闘開始シーンに当てはめると、重心が極端に背中側へかかっているため、重心を爪先へ移す行為が初動になる。しかも重心移動が急激なため、体はつんのめらないように筋を収縮させて踏ん張る。


「要するにムダな動きが多すぎて、ロッテは瞬発からの加速を自分で殺してる。普段からバランスが取れた自然体で立ち歩きしてりゃ、ガードポジションに到達するまでの時間が一秒以上早くなるはずだ。一秒の大切さは知ってるだろ?」

「そのとおりだね、意識するよう心掛けるよ」

「よっしゃ、んじゃ竜を売りに行くか。シィ、回復してあげて」

「ハーイ」


 レイたちはギルドが集まっている都市中心部へ向かう。

 パーティーリーダーのミレアが戦士ギルド員なので、竜を売るのも戦士ギルド。

 メイズ産物をシーカーギルドで売るのに比べれば手間と時間がかかる。


 真っ昼間とあってギルドホールの人影はまばらで、窓口嬢の中にはお喋りをしている者もいる。三つある売却専用窓口には一人も並んでいない。


「こんにちは瑠璃の皆さん。何を売却しますか?」

「緑竜よ」

「ではギルド……はい?」


 ミレアたちが苦笑する。気持ちは分かるよとってもね、と。


 一方、レイは解体場へ先行していた。

 大扉には先日ジンがピッキングした、大きく四角い錠前が掛けられている。


バキッ!


 もう脳筋にツッコミを入れる必要はないだろう。一応は〝壊された〟ではなく〝壊れてた〟を装うため、内部のフック部分だけが壊れるよう引き抜いた。

 外見だけなら施錠を忘れたように見える。


「んー、こりゃ違うな」


 【食料庫パントリー】から竜の胴体を出したレイは横倒しが気に入らないらしく、一旦収納して今度は座位になるよう出した。ついでとばかりに頭部が首に載るよう出す。

 満足気に腕組みをしてウンウンと頷いているところへ、慌てふためいた数人のギルド職員が駆け込んで来た。


「ほ、本物の竜が…座ってます…」

「ベランテルの緑竜が狩られるとは…」

「待て、どうやって運び込んだ? そもそも誰が解体場を開けた?」


 ロッテと同等の巨漢が問うと、ミレアが本名を名乗った上で「ケンプ商会の輸送車を使った」と答えてレイに歩み寄り、キッと目を細めて口を開く。


「何であんな出し方をしたのよ!」

「いや座ってる方がカッコイイだろ。竜だぞ?」


 言いながら他の面々に目を向けると、セシルだけがキリっとした顔でサムアップしていた。レイは「セシルが喜ぶってことは間違いだったらしい」と反省し、『すんませんでした隊長』とミレアに詫びを入れる。


 ミレアは『もぉ』と溜息をついて、巨漢が戦士ギルドのギデオン支部長だと紹介し、斯々然々と説明を始める。

 ブラックライノのコンテナ後部にはテールゲートリフターが装備されており、コンテナ内の天井には伸長する二本のリフトアームもある。

 竜の頭を首の上に載せる芸当は流石に無理だが、実車を見たことがなければ納得するしかないだろう。


「噂には聞いていたが大した魔導車だな。おいカフカ、錠前を取って来い」


 カフカなる職員が錠前を手渡すと、ギデオンは施錠棒を押し込むがロックしない。ミレアたちは心配気な表情で見遣っているがレイは余裕綽々である。


「昨夜は気づきませんでしたが、中の部品が壊れたのではないでしょうか」

「そのようだ。交換しておけ」

「はい」

「リュネとフェルナンドは査定を始めろ。手が足りなければ召集しても構わん」

「「はい」」

「さて、諸君らには聞き取り調査への協力義務が生じた。執務室に来てくれ」


 メイズ深層の守護者もだが、第一級危険種指定の魔獣や竜種を討伐した際には、所管するギルドに詳細を報告する義務が生じる。

 ハンター資格を持つミレアからこの話を聞いて面倒すぎると思ったレイは、『ミレア隊だけで狩ったことにして』と即答した。

 ミレアは戦士ギルドの昇級だけでもと言ったが、レイに等級への固執などない。

 一〇〇〇人単位の三等級や、一〇〇人単位の二等級に価値を見出せないのだ。


 竜の首が強引に千切られているのは一目瞭然だが、その辺の辻褄合わせはミレアにお任せである。


「んじゃ俺らは行くか」

「わーい♪ レイきゅんと久しぶりのデート♥」

「貴君も瑠璃の徽章を付けてるが、討伐者の一員ではないのか?」

「俺は入ったばっかのペーペーだ。運ぶの手伝っただけ」


 ミレアたちのジトっとした視線も何のその。

 レイはセシルにウザ絡みされながら解体場を後にした。


「レイきゅんどこ行く? ラブホ?」

「こっちにラブホがあんのかよ。まぁホテルっちゃあホテルだけどな」

「へっ!?」


 デコピンかアイアンクローくらいは覚悟の上で茶化したセシルが動揺する。

 激しく視線を彷徨わせるセシルの頭に手を置いたレイが、某所へ転移した。


「ってラボかよーーーっ!」

「上はホテルだろが」

「そうだけど! お姉ちゃんのドキドキを返して! 夢の近親相姦おごぉ!?」


 転移した先は帝都のラボである。

 結局は『やかましい』と言われデコピンを食らうセシルであった。


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