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113:竜の血は何リットル?


 国王クリストハルトの戴冠式を七日後に控えた冬晴れの午前、国外からの来賓が勢揃いした。

 最後の到着はオルタニア魔導帝国皇帝、アドルフィト三世・ボナパルト・ソル・オルタニアの一行である。


 六日後には前夜祭に相当する晩餐会が、戴冠式の翌日には後夜祭に相当する舞踏会が予定されている。調印式は舞踏会当日の午前中に行う段取りだ。

 王都では戴冠式当日に国王クリスから祝賀の料理と酒が振る舞われるとあって、物見遊山も兼ねた王国民が各地から続々と集まって来ている。


 街の喧噪が耳朶を打つ中、アレジアンスの一同は相も変わらず忙しく仕事に精を出していた。


「レイは参列しないのか?」

「するワケねぇじゃん。てかゴートも呼ばれてんの?」

「これでも先代獣王だからな」

「そういやぁそうだったな」


 お茶でも飲みながら話す内容だが、二人は模擬戦の真っ最中だ。

 超重量の金属同士が激突するような音が鳴り響いている。

 ここが工業街でなければクレームの嵐だろう。


 そんなアレジアンスの守衛所前に、見慣れない豪奢で大きな四頭立てのゴーレム馬車がやって来た。馬車の前後には騎士装の騎馬隊も二〇騎ほどいる。

 騎士の一人が守衛所の守衛に話しかけると、血相を変えた守衛が社屋へ全速力で走って行く。


 レイとゴートがチラ見しながら模擬戦を続けていると、今度は馬車の扉が開いてセシルが跳び降りた。


「レイきゅーーーんっ♥」


 叫んで走り出したセシルの後からは、イグナシオと皇帝アドルフィト三世まで降りて来る。


「西の現帝ではないか。おいレイ、誰か駆けて来るぞ」

「気にすんな。タダのヲタだ」

「熱狂者? 何のだ?」


 気にするゴートを気にさせないため、レイは熟練度を向上させている力場操作で打撃の加速度と衝撃荷重を上げていく。


「ちょっ!? 速っ!? 怖っ!? レイきゅん! お姉ちゃんなんですけどっ!」


 ガン無視である。

 ゴートは話に聞いたレイの姉だと察したものの、レイが回転を上げていくため言葉を発す余裕がなくなっている。


「何なのだあれは…」

「模擬戦、ですな。凡そ模擬とは思えぬ凄まじさなれど」

「此処はこの世で最も危険な地か?」

「味方にとっては最も安全な地でありましょう」


 ガン無視を貫き通し模擬戦を続けていると、社屋のエントランスからユアが飛び出して来て、それを小走りで追うジンがレイを見て苦笑する。


「セシル姉♪」

「ユアユア~! レイきゅんがガン無視するんだけど!」

「もぉ! レーイー!」

「チッ」


 舌打ちしたレイが、ボクシングを修得しつつあるゴートの右フックに、同じく右フックを合わせて迎撃し跳び退いた。


「今日は終わりだ」

「ふぅ、そろそろ相手をするのが辛くなってきたぞ」

「んじゃ国に帰るか?」

「否だ」

「即答かよ。風呂入って軽く何か食おうぜ」

「そうしよう」


 レイが横目でセシルを見ると、彼女は寂しそうな目を向けていた。

 隣のユアはガッツリ睨んでいるが、アドルフィト三世と話しているジンのことも気になっている様子だ。


「セシル、風呂入ってくっから食堂で待ってろ。ミレアたちがいるからよ」

「うんっ♥ お姉ちゃん待ってるん♪」


 ゴートに「実は仲がいいんだな」的なことを言われつつ汗と埃を洗い流して食堂へ行くと、セシルはミレアたちと歓談していた。奥のテーブルではゴートの嫁と子供たちがジェンガで盛り上がっている。


「おーいハンス、軽く食いたいんだけど何がある?」

「そうですね…ヴァッカ()の赤身肉が食べ頃です」

「イイネ。いつもの感じで二キロよろしく」

「私も同じで頼む」

「ミディアムレアの胡椒多めですね、承知しました」


 ゴートは家族がいるテーブルへ向かい、レイはセシルたちのテーブルに向かった。話題はモニカちゃんことセルベラ大佐のようで、四人の重戦士も含め迎賓館で退役手続きをしているらしい。


「レイきゅん元気そうで良かった♥ むしろ元気すぎ?」

「お前も元気そうじゃん。太ってるし」

「ふ、太ってないもん! おっぱおだけが…」

「知るか。とりま朝トレに参加しろ。五日間でキッチリ元に戻してやる」

「初日で死にそうだからイヤン!」

「ねえレイ、そろそろ竜をどうするか話したいのだけど?」

「それな。ヒマだしサクッと売りに行くか」


 セシルにどれくらい血液が欲しいか問うと、何リットルくらいあるのかと問い返された。竜の血液は用途が多いため、貰えるだけ貰ってストックしておきたいのだと。


 レイの【格納庫ハンガー】と【食料庫パントリー】には収納物の質量測定機能があるため、脳裏のリスト上で竜を選択すると総質量も表示される。

 問題は、緑竜の総質量が三二.八九トンと判っても、血液総量が判らないという点である。


「地球だと哺乳類の血液量は体重の八パーセントくらいだけど、竜って爬虫類?」

「はちゅう類は判らないけど、竜の血量は重さの五分だと聞いたことがあるわ」

「ごぶ? 打率とかの?」

「だと思うお。三二.八九トンの五パーならぁ…一.六トンくらいだね」

「暗算速ぇな。神紋効果か?」

「お姉ちゃんインド式うぇーい」


 レイが『あ? カレー?』などとアホを丸出していると、レイとジンに譲ってもらうのだし、血液は全部セシルの取り分でいいじゃないかとミレアが言った。

 シャシィ、シオ、ノワルも同じことを考えていたようで、じゃあそうしようという話で決まった。

 ロッテたちはボロスに戻っているが、単なる棚ボタなので気にする必要はない。


 レイは「【食料庫パントリー】の中で色々できれば便利なのに」と益体ないことを考えつつ、計四キロの肉をローストするのは時間がかかるので本社屋へ向かった。

 応接室と会議室がある二階だろうと当たりを付け、ドアのスライドプレートが使用中を示す赤になっている部屋を探す。


「入っぞー」


 扉を開けると、意外なことに四人は和気藹々といった雰囲気だが、アドルフィト三世の背後には、見たことがあるようで誰か判らない青年が、僅かに顔を引き攣らせながら立ち控えている。


「レイご挨拶は?」

「二人とも久しぶり。元気そうだな俺も元気だ」

「久しいなレイ殿、先程の一戦は見事であった」

「好き機会なればレイ殿に愚息を紹介したいが、どうだろうか」


 ジンが『フィオと婚約する次代の公爵殿だ』とさっくり説明し、ユアが目で「嫌がったらダメだよ」と告げる。アドルフィト三世らを嫌っている訳ではないレイは、ユアにジト目を送りながら青年に歩み寄った。


「レイシロウだ。レイでいい。よろしくな」

「初めまして、ヴィニシウス・アルバ・アレンシアです。レイ殿の勇名は兼ねがね耳にしています。こちらこそよろしくお願いします」


 ヴィニシウスは略式の貴族礼を執った。レイは「意外とフランクじゃん」と内心思いながら、珍しく手を差し出す。ヴィニシウスは幾許か安堵した様子で手を差し出し握手を交わした。レイは握手した感触から剣術だろう日々の研鑽を感じとり、イグナシオのようにムスっとしていない彼を快く感じる。


 実のところ、ヴィニシウスは父イグナシオからレイが堅苦しい儀礼を嫌うと言われており、友人のように振る舞い懇意になれとも言われている。

 ジンとユアもヴィニシウスには好感を抱いているため胸を撫でおろした。


「それで、どうした?」

「竜の血を入れる瓶どこだ?」

「新工場の第二クリーンルームにある。薬剤を保管してる方だ」


 アドルフィト三世とイグナシオは緑竜討伐の情報を得ていたため平静だが、ヴィニシウスは驚きと共にレイと握手した右手をグッと握り込み口を開いた。


「レイ殿、不躾は重々承知していますが、いつか手合わせの機会を設けて頂きたく。一年後でも二年後でも構いませんので、どうか…!」


 アドルフィト三世が瞑目しながら薄く笑み、イグナシオも軽く俯きながら同様に笑みを浮かべた。ジンとユアはレイの返答に耳を傾ける。


「いいぜ。今日はムリだけどお前らが帰る前に戦ろうか」

「ありがとうございます!」

「名前もう一回教えてくんね?」

「ヴィニシウスです。良ければヴィニと呼んでください」

「OKヴィニ、楽しみにしとくわ」


 レイはニカッと笑いながらサムアップして応接室を後にした。


 食堂に戻り、ちょうど焼き上がったミディアムレアのロースト肉を美味そうに食べるレイは、誰の目から見てもご機嫌さんである。

 レイが楽しそうだとなぜか嬉しくなるセシルとミレアたちは、頬杖をつきながらバクバク食べるレイを微笑みながら見詰めていた。


 食後に第二工場の薬剤師チームに手伝ってもらい竜の血を六つの巨大な黒色瓶に詰めたレイは、セシルとミレアたちを伴いボロスへ転移した。


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