112:白い老婆
「イリアより真っ白で、赤いアイラインとシャドウの婆さんがいたんだわ」
微弱な魔力波動と同様に、真白の老婆は明らかに虚ろだったとレイは言う。
存在その物が酷く虚ろだった、と。
それなのにレイがスタイリッシュだと感じるような衣服を纏い、派手派手しいメイクを施し、煌々しいジュエリーを身につけていた。
「不思議な婆さんだったぜ。つーかな、初めは若くてエロいお姉さんだと思ったんだけど、ドア閉めて振り向いたら婆さんになってた的な」
「もしかすると【幻影】を使える光の魔術師だったかもだよ?」
光系統を使えるシャシィが、フォークをゆらゆら揺らしながら言った。
その発言にノワルが見解を述べる。
「シィさん、私たちは月森で大精霊の【幻影】を看破しました。レイ様が魔術師の【幻影】を見破れないはずがありません」
「あそっか、そうだよね」
「俺もそれ系かと思って軽く五感をブーストしたんだけどよ、揺らぎとか全然なかったんだわ」
老婆はイリアと同じく白髪ではなく、光を反射し煌めく新雪のような髪色だった。イリアよりも白いと思った理由は、眉毛や睫毛も同様の真白で、首元や手には皺が寄っているものの白磁を想わせる美しさであった。
「最初からメイの髪色に合う物を探してたのか?」
「んや、仕事の邪魔にならねぇアクセサリーがいいと思ってただけで、ネックレスかピアスかアンクレットあるかって聞いた」
「なのにデオクリュスタを出してきたのか?」
「あー、今考えるとそれも妙だったなあ」
老婆は折り畳んだシルクだろう生地をテーブルに載せ、「贈る相手を想いながら魔力を流せ」とレイに言った。
その声と口調が心地よいと感じたレイは、何を訝しむでもなく言われたとおりに魔力を流した。
老婆は妖しい笑みでレイを見ながら、ゆっくりと生地を開いていった。
そこには白紫色の楕円体があり、元の大きさはレイの親指と同じくらいだった。
「デオニオ啓書の挿絵にあるデオクリュスタは八面体だったけどねぇ」
「形の話は聞いてないから知らん。色見て買っただけだし」
「すごーく気になるんだけど、とんでもない値段で買ってないよね?」
「一四二万八三七七シリン」
「細かいね。億くらい払ったのかと思ったよ」
絶妙に微妙かつ細かい値段。
これで偽物ならば詐欺にちょうど良い価格設定だが、本物と判った今であれば余りにも安すぎる。
「いや別にデオクリュスタかもとか思って買ったワケじゃねぇよ。まぁ念のためミスリルにしたけど、メイに似合えばそれでいいと思ったし、お祝いのプレゼントならイイ感じの値段だろ? 一五〇万スタートで値切ったんだぞ?」
皆が「せめて一割引きまで頑張れよ!」と内心をシンクロさせた。
メイだけは頬に手を添えクネクネしている。かなり嬉しいようだ。
「なあレイ、また店に行った理由は何だ?」
「そんなもん、金払いに行ったに決まってんじゃん」
「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」
「代金を払ってないのか?」
「いつも一〇万くらいしか持ってねぇし。つーか、【格納庫】に大金入れるなって言ったのお前らだろ」
「あぁ確かに」
「ちゃんと守ってるんだね、偉い偉い」
ユアの笑顔を観察したレイが「ここしかねぇ!」と考えた。
「あのさ、工房に払う金をディナイルに立て替えてもらってんだけど、払っていいよな?」
「もちろんだよ。ちゃんとお礼言ってね?」
「言う言う」
「ちょっと待ってくれ。ボロスで最高の工房三つにねじ込んだんだよな?」
レイは「ウザ勇者!」と内心絶叫しつつ視線を彷徨わせ始めた。
「そりゃまあ、二ヵ月しかなかったし?」
「幾らだ?」
「……………………三億四〇〇〇万」
「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」
メイが驚愕しながらも、「ヤダヤダ返さないんだから!」とでも言うように両耳のピアスを手で隠した。
「まぁそれくらいはするだろうな。俺とユアで一億ずつ払うから、一億四〇〇〇万は自分の預金から払えよ」
「あん? 俺の預金とかあんの?」
「お前なぁ、仕事で魔法を使う時は報酬を計上するって言っただろ?」
「私もレイの報酬明細フォルダがある場所を言ったよね?」
「あー、そんなことを言われた気がしなくもないような?」
そもそもの話、アレジアンスは設立と同時に政商認可を受け、信用証札の取り扱い登録をしている。
同時に当座預金に相当する口座を商人ギルドに開設したため、五等級以上のギルド員証を持つ社員の給与は現金振り込みにしている。
要するに、レイのギルド員証と紐づく口座にある金は、レイ、ジン、ユアの個人報酬ということだ。
「危険すぎる。明日の朝イチでギルドに行こう」
「うん、早めに移した方がいいね」
ジンとユアも五等級に昇級したため、ギルドの銀行機能を利用できるようになっている。個人的にお金を使う機会が少ないため急ぐ必要はないと思っていたが、そうも言ってられなくなったという話である。
「俺の分ってざっくりどんくらい?」
「クリスが戦功報酬を振り込んだはずだから、少なくとも五〇〇億はあるだろ」
「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」
ミレアたちが驚きながらも「絶対逃がさない!」と決意を新たにした。
「マジかよ……多すぎじゃね?」
「それくらいレイの時空間魔法と戦力は価値が高いってことだよ」
レイは戦功報酬が飛び抜けて多く、アレジアンスの成果報酬では魔導砲配備や、通信基地局建設に際した移動と輸送が効いている。
魔力充填装置がなかった当時の充填費用が、全額レイの報酬とされている点も大きいだろう。
また、アレジアンスが販売している状態保存装置は、古代遺跡の石棺に刻印されていた魔術陣を流用している。術陣は過去に遺跡調査をしたセシルが秘匿していた物で、時間軸の除去はできないが、時間経過を一〇〇〇倍に引き延ばせる。
その状態保存装置が飛ぶように売れているものの、セシルが「販売インセンティブは要らない」というので、レイの報酬として計上している。
因みに、古代遺跡の術陣を見つけ、どんな術式かをセシルに教示したのはレイヌスである。
尚、レイの次に稼いでいるのは魔晶を生成できるユアで、社長のジンが最も少ないという事実は皮肉めいている。ジンの役員報酬と将来的な退職金は断トツで高いのだが、系統外の魔法や魔術を持つ者の方が稼ぎは良い。
「アレだな、セシルが欲しい分の血を取って、竜はミレアたちが売ればいいな」
「「「「あ…」」」」
「すっかり忘れてたけどいいんじゃないか。なあ?」
「うん、私は何もしてないし」
どうやらミレアたちも忘れていたようだ。
ロッテ、ルル、イリアが「まさか」という表情に変わり、ミレアたちを問い詰め始めた。
そっちは勝手にやってくれといった風情のジンが話をもどす。
「魔力波動で老婆を探さなかったのか?」
「かなり広めにやったけどダメだった。つーかな、小綺麗なアンティークショップがボロ家になってたんだぜ? すごくね?」
「凄いで済ませるレイの方が凄いけどな」
「つーと?」
「俺ならかなり探す」
「だから広めに感知かけたっつったろ」
「あぁそうだったな」
ジンの脳裏には、レイがリュオネルから借りていた神話が浮かんでいる。
金色を纏った主神と、漆黒の邪公の戦いを描写した件が。
死神と邪帝の戦闘描写はないに等しかったが、創造神と邪公は人目につく場所で戦ったのか、かなり詳しく記述されていた。
その件は、『金色を纏いし神が、黒き紳士の眼前に降り立った』で始まる。
黒き紳士が闇より黒い漆黒の邪公に変転する様子も描写されていた。
当たり前なのかもしれないが、高位悪魔は人型なのだろう。
(ボロスに現れた白い老婆か………むしろしっくりくる)
「なあレイ、その老婆が近くに来たら感知できるよな?」
「あんだけ妙な波動なら、感知してなくても一〇〇メートル圏内に入れば分かる。つーかナニ、お前って実はババ専?」
「えっ?」
「バカか! 俺はユア専だ!」
「えへへ♥」
「うっざ」
「私はレイさん専門です!」
「え、あ、うん、すげぇ踏み込みだな。でもまあ、ありがと?」
「うわ♥」
「両手に花どころか花畑だな?」
「やかましいわ!」
「メイちゃん頑張ってね!」
「はい!」
「お前らマジで…」
そんなこんなで王都の夜は更けていく。
竜の売却代金は七等分することで話がついたようで、ミレアたちはジンが試しに作って上手くいったアクアビットや、バラクとゴンツェの南部にやたら自生していたホップを使ったビールを浴びるほど飲んで泥酔した。
意外なことにロッテが酒に弱いことが判明し、逆にイリアがミレア並みの蟒蛇だということも判明した。
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