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110:プレゼントはピアス


 つい最近、王都の一等地にイヴサントスなる超高級レストランが開店した。

 料理長と支配人がサントスとイヴという名の夫婦だからという、やっつけ仕事的な命名理由だったりする。


 このイヴサントス、おそらく他にはないだろう会員制、完全予約制、全席完全個室、会員の紹介状がない一見さんお断りというシステムが噂を呼んでいる。

 珍しくも美味なる料理と酒を提供する店としても噂になっており、やんごとない身分の面々や富裕層が足繫く通っているとかいないとか。

 実のところ、ここはアレジアンスが立ち上げた飲食部門の一号店である。


 そんなイヴサントスに、ジャージ姿のレイが扉をぶち破る勢いで駆け込んだ。

 扉口で待ち構えていた黒服姿のイヴが苦笑を浮かべる。


「ようこそお越しくださいましたレイ様」

「おっすイヴ、もう皆いるよな?」

「はい、皆様お揃いでございます。ご案内いたしますのでどうぞこちらへ」


 案内された先は三階の最奥にある広い個室。

 イヴが開けた扉の向こうで、ジンとユアが呆れた表情を浮かべた。


「やっと来たか」

「お待たせ」

「先に行ったのにどうして最後なの?」

「人身事故で電車が遅れた」

「ふ~ん、何線?」

「…遅くなってごめんなさい」


 イヴが引いた椅子に腰を下ろすと、彼女はポケットからベルを取り出し鳴らした。すると二〇人近いウェイトレスが次々とやって来て、グラスにドリンクを注ぎオードブルの皿を並べていく。


「では皆様、どうかごゆっくりお寛ぎください」


 右手を胸に当てたイヴが軽く腰を折ると、ウェイトレスたちは右足を少し引いて膝を折り退出して行った。扉が閉められたところでジンが口を開く。


「揃ったことだし始めよう。メイには店舗視察を兼ねた懇親会だと伝えたが、趣旨は別にある。今夜の主役はメイ、君だ」


 メイは「どういうことかしらん?」といった表情を浮かべている。しかも全員がメイへ視線を向けているため、不思議そうな表情が不安へと変わっていった。


 ジンに視線を送られたユアが、隣に座るメイへ体を向けて口を開く。


「メイちゃん、借金完済おめでとう。アレジアンスで働く義務はなくなったけど、これからも一緒にお仕事が出来たら私はすごーく嬉しい。これからも一緒にお仕事してくれる?」


 不安気だった表情が笑みへ、そして泣き笑いへと変わり涙がぽろぽろと頬を伝っていく。


「ユアさん…ひっく…うぅ…私もずっと一緒にお仕事したいですぅー!」

「やったぁ♪ また明日からも一緒にお仕事しようねメイちゃん♥」

「はい! これからもよろしくお願いします!」


 ジンがグラスを掲げると、皆もグラスを掲げた。


「これからもよろしくということで、メイに乾杯!」

『かんぱーーーい!』

「今夜は大いに飲んで食べてくれ!」

「ちょーっと待ったあ!」


 このタイミングを逃したらヤバいと確信したレイが声を張り立ち上がる。

 皆の視線がレイに集まる中、レイは【格納庫ハンガー】から小箱を出しながらメイに歩み寄った。


「これはメイへのプレゼントだ。イメージどおりの物が作れるか分かんなかったから誰にも言ってねぇんだけど、メイに似合う物になったと思う。俺からってことじゃなくて、皆からってことで受け取ってくれ」


 レイが小箱を手渡すと、小箱に視線を落としたメイがハッとした。


「メッチェ工房とスウェル工房の印……」


 アレジアンスは民生品の金属部品加工を外注するようになっている。

 特に精密加工と強度が必要な鍛造の外注が多いため、メイは彫金師と鍛冶師の工房名を知っていたようだ。


「ケースも丁寧に造り込んであるね。アクセサリーかな?」

「レイさん、開けてもいいですか?」

「もちろん」


 そっと蓋を開けたメイが目を見開いた後に『綺麗…』と言葉を漏らした。

 横から覗き込んでいたユアも目を見開き、次の瞬間スバっとレイへ目を向けた。


「ピアスだぁ♪ すっごくキレイでカワイイ♥ 石はメイちゃんの髪色に合わせてあるしハートだし、ミスリルをここまで加工できるなんて知らなかったよ!」

「ボロスで最高って言われてる工房三つにオーダーメイドをねじ込んだからな」


 王都で造られたと思っていたジンたちが、レイの言葉に反応してメイの周りに集まった。何しろ、ボロスで有名な工房は、納期が一〇年でも早いと言われるくらいの注残を抱えている。


「これは驚くレベルの出来栄えだな。メイのために造られたことも良く判る」

「見惚れる美しさだわ」

「いいなぁ、あたしも欲しいなぁ…」

「キレイなの!」

「物凄く悔しいのはシィさんと私だけでしょうか?」

「こんなに綺麗な耳装具を初めて見ましたか!」

「目を疑うほどに素晴らしいな」

「これは美事だね。装具に興味がないあたしでも欲しいと思っちまうよ」


 地球の一流ジュエリーブランドならば、格が違う技術でピアスを造れる。

 しかし、正しく神秘的なこのピアスは無理だろう。


「レイさん、私この意匠の考案者を知りたいです」

「ピアスのデザイン画を描いたのレイだと思うよ?」

「「「「「「「「えぇっ!?」」」」」」」」

「なんだこれキレるとこか?」

「感心の驚きだからキレるな。俺も初めてレイの絵を見た時に驚いただろ?」

「ねえねえレイ、このピアスに私の神紋が反応してる気がする。気のせいかな?」


 問われたレイがニヤリと笑んだ。

 どうやら触れて欲しい所にユアが触れたようだ。


「気のせいじゃねぇな。つーか、ユアの言葉でコレが本物だって確信した。もっと言うとな、セシルがコレ見たらユアと同じこと言うはずだ」

「えーと、どういうこと?」

「話すより見た方が早いから待ってろ」


 言ったレイがメイと目線の高さを合わせるべく片膝をつくと、メイは視線を彷徨わせながら頬を赤らめた。


「気に入ってくれたか?」

「はい! 命よりも大切にします!」

「いや命の方が大切なんだけどまぁいいや。今つけてるピアスを外して、そのピアスをつけてくれ」

「レイさんがつけてくれるんですか?」

「(やれと?)まぁ俺がやる方がいいなら?」

「(やった♥)お願いします!」


 レイは相当数のジト目を視界の端に映し、メイの耳裏を見て「どうやって外すんだ?」と戸惑い、五感だけブーストして極めて慎重かつ丁寧にメイのピアスをつけ替える。


(レイさんの指が私の耳に…)

(怖っ! これ怖っ! 耳朶ちぎったら首吊りモンだ…)


 ゴートとの模擬戦は魔法なしなら手加減しなくてもいいため、最近のレイは力加減が記憶野と同じくらいバカになっている。先日も少々硬いステーキを力ずくで切ろうとして皿ごと切りドン引きされたため、筋力だけマイナスにブースト出来ないかと本気で考えるくらいアホをブーストしている。


「ふぅ、OKだ(あー怖かった)」

「ありがとうございます。似合ってますか?」

「すげぇ似合ってる。なあ?」

「うん! メイちゃんとってもカワイイよ! だよね?」


 ユアが女性陣に視線を巡らせると、皆がうんうんと頷いた。似合っていることは肯定しても素直によろこべない顔も幾つかあるが。


「で? 似合う似合わないだけじゃないんだろ?」

「おぅそうだった。ここでメイに質問だ。自分の錬金術とユアの錬金魔法を比べた時、悔しいとか勝ち目がないって思うのは何だ?」

「え……っと、どの術式も敵いませんけど、【解析】の速さと精度、【抽出】の量と純度、【造形】の速さと精度には天地の差があります」


 レイが【解析】は言葉だけで難しそうだと除外し、この場では【抽出】もムリだろうと考え、【造形】でいこうと決めてユアへ目を向けた。


「ここのフォークとかスプーンでも【造形】は出来るよな?」

「出来るけど、ちょっと待ってね」


 ユアはスプーンを手に取り、『【解析アナライシス】』と呟いた次の瞬間にレイへ視線を戻す。そこでメイが『やっぱり速い…』と声を漏らした。


「このスプーンは純度94.3パーセントの銀だから簡単だよ。5.7パーセントの不純物もよくある銅とアンチモンと金みたいだし」

「あー、ウェイト階級みたいな条件があんのか。んじゃ他のスプーンの中から同じ純度のヤツを探してくれ」


 レイの言葉にユアとジンがハッとして目を合わせ、アイコンタクトで半笑いになった。こいつレリック(神遺物)級のお宝をピアスにしたんじゃないか、と。


「結果を見た上での判断になるが、場合によっては秘匿案件だな」

「そうだね。でもすごーく楽しみ♪」


 ユアは皆から銀のスプーンを受け取り、組成がほぼ同一の二つを選び出して一つをメイに手渡した。


「何を造形すればいいですか?」

「さあ? ユアと相談してくれ。どうせなら難しいヤツで」


 相談の結果、懐中時計用の精密歯車四種と調速機、脱進機に決まった。


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