表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/152

109:理不尽大魔王


 扉を開けたユアが、唐突に『緊急会議です』と言った。

 何のこっちゃと思いながら部屋へ入ると、ユアは裾上げをしながら『メイズでは排泄を見られることもある』について詳しく聞いたという話だ。


 ここでレイはピンときた。


「下層から先のことか?」

「知ってたの!?」

「色々聞いたからな」


 聞いた相手はディナイルであり、レイが所感を述べていく。

 メイズの階層は便宜的に上層、中層、下層、深層に分けられているが、レイは独自に上層を遺跡エリア、中層を坑道エリア、下層以降を洞窟エリアと定義した。


 下層と深層は開けている場所が限定的な上に平坦な地形も殆どなく、強く多くなっていく魔物は当然ながら、野営の難易度もかなり高いという。


 中層にしても、序盤の二一階層から二五階層は別として、二六階層から三九階層は真っ暗な坑道をイメージさせる構造になっている。

 坑道には広い場所や狭い場所、採掘物の集積場として使える広大な場所もあるようだが、ホワイトライノを出せる場所はそう多くないだろう。


 洞窟エリアの下層以降については、ホワイトライノに水平を保つ何らかの機構が必須になるのは間違いない。シンプルな機構を挙げるなら、大型クレーン車に欠かせない四点支持の油圧式アウトリガーだ。


 そんな事情があるため、シーカーは二〇階層ごとにある守護者の間の奥を野営地として常用している。


 隠室跡地も野営に使えるが、既知の隠室は階段から遠いという問題がある。

 加えて、魔物は隠室に進入して来ないものの、中にシーカーがいると察知すれば隠室前に屯し始めるという厄介な問題もある。

 一階層の隠室を例に挙げるなら、隠室の境界線は左右に開いた壁の最奥地点。

 つまり、幅五メートル、距離二〇メートルほどの通路に魔物が大集合する訳だ。


「フル装甲のどこでもトイレを造りたい、ということか」

「ジン君正解! 持ち運びはレイがいるから問題ないよね!」

「持ち運びはいいけどよ、何気に仕様が難しそうじゃね?」

「だな。そう簡単じゃないというか、かなり難しい」


 ジンの脳裏にパッと思い浮かんだのは造水槽、水洗機構、洗浄機能、逆止弁式汚物槽、浄化機能、浄化物排出機構、水平保持機構の八要素だ。

 それをフルオート且つフル装甲にするならコンパクト化は限界があり、総重量の面でも据え置き可能場所を探し回ることになる。

 おまけに付与する術式数が多そうなので、ミスリルかアダマスを多用し魔晶も必要だ。簡易トイレにあるまじきハイコスト且つヘヴィデューティな代物である。


「あのねジン君、私は音…聞かれたくないな?」

「あぁ遮音……いや、中からの音だけ消す仕様か。ハードル高いな」

「ま、あと一年あんだから頑張って考えろ勇者」

「レイはちょくちょく潜る気なんだろう? ミレアたちに見られても平気なのか?」

「【空間跳躍スペースリープ】と【宙歩ミデアステップ】でどうにかなる予感」

「とことん便利だな?」


 実のところ、ノワルが加入した以降のミレア隊は、雪で作る〝かまくら〟のような構造物をノワルが作り排泄を済ませていた。

 戦闘の連続でやむを得ず漏らした場合はシャシィが【浄化】するので、瑠璃の中でもミレア隊を羨む声は多い。

 そもそも二系統魔術師の絶対数が少ないため、女性オンリーで下層まで攻略を進めたパーティーは極めて稀である。


「もうじき終業時刻だし行こうか。レイ頼む」


 新社屋の会議室へ転移して外へ出ると、工場では社員たちが後片付けと掃除を始めていた。


「メイを着替えさせるから探してくれるかしら」

「んーと……第二の制御室にいる」


 レイの魔力感知で見つけたメイをミレアたちが捕獲し、初顔合わせのロッテとルルが挨拶をしながら旧事務棟へ入って行った。


「ユアもドレスに着替えたらどうだ? 独りだけローブってのもアレだろ?」

「じゃあジン君もスーツに着替えよう?」

「折角だしそうするか。レイも着替えないか?」

「レイは着替えないよ。あのスリーピース凄く似合うのに」

「よくお分かりで。俺はブラブラしながら先に行ってるわ」

「皆が揃うまで料理は出さないようお願いしてあるって言ったでしょ?」

「屋台を廻る気だな?」

「よくお分かりで」

「お腹いっぱいにしたらダメだよ」

「そこまでアホじゃねぇわ!」


 ジンとユアの背を見送ったレイは、なぜかボロスへ転移した。

 そこはクランマスター執務室。ネルドリップでコーヒーを淹れていたディナイルが一瞬フリーズし、大きな溜息をついて目を細める。


「せめて扉の外に転移しろ」

「考えとく。んなことよりネルドリップが気に入ったみたいだな?」

「これはいい道具だ。産地が変われば風味も変わるなど知らなかった」


 この世界でケフェムと呼ばれる果実の種は正しくコーヒー豆なのだが、淹れ方はかなり違う。焙煎までは同じでも、焙煎した豆を荒く砕いて熱湯に入れ煮だすのだ。レイが王都で初めて飲んだコーヒーは苦みが強く好みだったが、ジンは『全く酸味を感じない』と評した。煮だす過程で酸味が飛んでいたのかもしれない。因みに、コーヒーを淹れる道具一式はジンが売った物である。


 ディナイルはコーヒーを口に含みながら、机の引き出しを開け小箱を出した。

 木製の小箱は表面を丁寧に削ってあり、天面に三種の焼き印が押してある。


「所望の品がついさっき届いた。検めてくれ」


 蓋を開けると、ヒンジが微かにキッと音を立てた。

 中に収められているのは、白紫色の結晶をハート型に削って輪郭をミスリルで囲み、三つのハートを極細のミスリルワイヤーで高さ違いに吊るしたピアス。

 ミスリルワイヤーも三本を撚り合わせた精巧な造りである。


「予想より良く出来てる。オーダーどおりだ」

「宝石彫刻師も彫金師も鍛冶師も苦労したと言っていた。喜んでもいたがな」

「喜んでたって何を?」

「そんな意匠の耳装具が存在しなかったからだ。そもそも耳装具は魔除け術具の意味合いが強く装飾品ではない。部類としては魔除けの刺青タトゥーと同じだ」

「あーそういうことね。どおりで妙なデザインばっかなはずだわ」


 レイが片方のピアスを摘まみ上げ、軽く揺らした。

 窓から差し込む夕陽がミスリルを煌々と輝かせ、白紫色の結晶も光の入射具合いで淡く色を変えていく。


「無粋なのは判っているが、想い人に贈るのか?」

「ちげーよ。アレジアンスの社員一号だ。ディナイルも知ってんだろ」

「オルタニア人の錬金術師か。確か名はサリュメイだったな」

「今夜はメイのお祝いをすっから、そのプレゼントだ」

「無粋ついでに訊くが、イリアを娶る気はないか?」

「ない」

「即答か。レイも構っているように見えたんだがな?」


 レイがピアスを箱に収めながら思案する。

 ディナイルの表情からして、理由を知りたがっているのは明らかだ。自分がハンパな態度でイリアに接していることも解かっている。イリアだけじゃないことも嫌というほど解かっている。


「正直に言う。イリアは魅力的だ。あのベビーフェイスで一六歳ってのは詐欺ってるけど、イリアの夢はシーカーとしてお前に追いつくことって聞いた。大切な仲間の夢を邪魔するなんざ出来ねぇよ」

「残りの五人とサリュメイも同じ理由か?」

「まぁそう…ん? 五人? 一人足りなくね?」

「ロッテを除けば五人だろう? ああ、ロッテは既婚者で子供が二人いる」

「あぁそうなん……ウソだろっ!?」

「嘘をつく理由がない。ロッテの夫はサブマスターのカルロだ」

「うっわマジかよ。つーか、そいつ見たことねぇぞ。ノワルを拾ったヤツだろ?」

「カルロは天才的な学術者で【鑑定】に特化した魔術師だがシーカーではない」


 サブマスターのカルロは、ディナイルが頼み込む形でクランに加入した。

 世界各国の法制に詳しい人格者であり、エルメニア聖教の内部規律を抜本的に改革した立役者だという。人脈が広く、渉外能力にも秀でた鑑定特化の魔術師。

 瑠璃の翼では内部統制と渉外役を務めているそうだ。


 カルロとノワルの邂逅はゴンツェの西部辺境都市だったという。

 真冬の裏通りで娼館の女主人に折檻されているノワルを一目見てピンときたカルロが鑑定すると、風と土の二系統を覚醒させた魔術師だと判った。

 その場でカルロはノワルを買い取り、修練生として瑠璃の翼に加入させたという経緯らしい。


「娼婦だったのはガチか。胡散臭ぇ話だと思ったんだけどな」

「いい勘だ。カルロの話だと、娼婦ではあったが男は知らんらしい」


 ノワルは自ら娼館の扉を叩いたが、当時はこの世の全てを憎み呪っているかの如く目つきと人相が悪かった。それでも抜群の容姿を買われて娼婦となったが、付いた客の尽くを魔術で責め苦しめた。結果、連日のように折檻を受けていた。

 本人曰く、『家門を潰し逃亡した父の女遊びが激しかったので、女を買いに来た客が父親と重なりました』と。


「やっぱ口だけ番長か。際どい所で一歩退いてるように見えんだよアイツ」

「なあレイ、お前の故国がどういう文化なのかは聞き知った。だが、この世では男も女も強者を伴侶に選ぶ。なぜだか分かるか?」

「少しでも幸せに長生きするためだろ。俺らの国も大昔は似たようなもんだ」

「分かっているなら全員纏めて幸せにしてやれ。それが強者の義務だ」

「ハッ、強者の義務だと? 先にてめぇがやってから言いやがれ」

「確かに俺は未婚だが、一二人の女を養っている。もちろん抱いてもいる」

「は?」

「レイにだけ話しておく。本人でさえ知らん事実だが、イリアは俺の娘だ」

「いやいやいや、いやいやいやいや、クソ重い話すんな!」

「何とでも言え。娘の幸福を願うのは父親の本能だ。早く孫の顔を見せろ」

「りぃふぅじぃいいいいいいんかよっ!! 帰る!」

「待て、そいつの代金三億四〇〇〇万を払ってから帰れ」

「たっけぇええええええええええわっ!! パチモンだったらどうすんだよ!」

「偽物? 何のことだか判らんが、イリアを娶るなら金は要らん」

「こんのクソ理不尽大魔王が! 耳揃えて払ってやらぁ! 明日か明後日!」


 レイはアレジアンスの敷地に転移し、レストランを目指し駆け出した。

 心中で「イリアにバレたらヤバすぎる」とか、「パチモンに三億四〇〇〇万とかぜってーユアに怒られる」と内心で呟きながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ