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108:男脳の悩み


 ノワルを小脇に抱え逃げるようにクランハウスを出たレイは、直ぐさま元キエラの西部辺境へと転移した。

 即位したクリスが古来の地名であるラインズバーグに名称を変更したのだが、レイの記憶野はアイススケートリンクよりツルツルなので、『ライスバーガーは美味そうな名前でイイ』などと言う始末だ。


「レイ様の本命がミレアさんだったとは虚を突かれました」

「そうか、空の彼方にぶん投げられてぇと。畏まりだ」

「ちょっ!? 冗談です! 振りかぶらないでください!」

「ったく、とっとと終わらせっから動け」

「私が上に乗って動くのですね。もちろん喜ん…ごめんなさい」


 殺意を感知したノワルが【造成】を始めた。

 最近は口の中で呟くだけで行使できるらしく、起動から発動までを一秒ほどで完結させている。


 通信基地局の【造成】は、直径六メートル程の円形地を造る感じで地面を均す。

 そこに直径五メートルの円筒石柱を、地上高二〇メートルまで【石造】で伸ばしていく。ここで重要なのは石柱の側面を限界まで硬く滑らかにして、どこぞのアホが登れないようにすることだ。


 石柱を建てた後はレイが【空間跳躍スペースリープ】と【宙歩ミデアステップ】で天辺に昇り、直径五メートル、厚さ五センチの円鋼板を【格納庫ハンガー】から出し、直径三センチ長さ一五センチの炭素鋼ボルト八本を、円鋼板のボルト穴に素手で打ち込んでいく。

 拳を殻化させているため本人は「無心で単純作業をやってます」といった風情だが、金属ハンマーでボルトを打ち込むような響音は耳を疑ってしまう。


 固定が終われば【格納庫ハンガー】から魔導アンテナを取り出し、円鋼板のジョイントにフックアップして立ち上げる。

 魔導アンテナは直径五〇センチのミスリル円盤八枚を、直径七センチのミスリル棒で刺し貫いた形状になっている。

 ミスリルの円盤と棒には、魔力音声の【増幅】と【波動解析】の魔法式が付与されており、送受信距離は半径三〇〇キロメートルに及ぶ。


 【増幅】はジンの特有機関たる〝魔力増幅炉〟を魔法式化した物で、増幅なしの送受信距離は半径五〇キロメートルになってしまう。

 【波動解析】は言わずもがなユアの魔法式であり、波動はスマホの電話番号に相当する。

 別途販売する魔導インカムに波動を登録すれば通信相手を選択できる上に、最多二〇名とのマルチリンク通信も可能という仕様だ。


 通信基地局は地球で言うところの鉄塔タイプを石柱タイプにした物であり、一箇所の建造に要する平均時間は一五分ほど。

 王宮からアレジアンスに支払われる一箇所当たりの建造費は五〇〇〇万シリンだが、別途、年間利用料として一〇〇億シリンが年初に支払われる。

 一国のリアルタイム通信が年間一〇〇億で済むなら安いものだろう。


 因みに、三連装超長距離無反動魔導砲については、地形にもよるが一箇所の建造に要する平均時間は三〇分ほど。

 アレジアンスに支払われる建造費は三億シリンで、この価格にはトーチカ内に据え置きする魔導造水器、魔導コンロ、二段ベッド二セットも含まれる。

 開戦直前に一六〇門の追加注文を受けたものの、今更必要なのかは甚だ疑問である。が、計二〇〇門の販売額一二〇〇億シリンと、トーチカ二〇〇箇所の建造費六〇〇億シリンという美味い仕事である。


 尚、レドイマーゴに建造した一二局分の建造費、バラクに建造した通信基地局と、ゴンツェの通信基地局および魔導砲一〇門の代金は、三国の経済力が上がっているだろう一〇年後に、一括回収する条件で売買契約を結んでいる。


「OK完了、ぽちっとな。聞こえるか?」

「通信も私も感度良好です」

「毎回言っててよく飽きねぇな?」

「漸く反応してくれて嬉しい限りですが、ぐへへ本当に感度良好か確かめてやるから脱げ、と言うべき場面です」

「どんだけメンタルマッチョだよ」

「それは私の台詞です。たまには理性の箍を外してください」

「模擬戦で俺に一撃でも入れたら外れるかもな」

「無理に決まってるじゃないですか!」

「ムリだと思うならムリだろ。よし、帰るぞ」


 クランハウスの裏へ転移し中に入ってみるも、ジンとユアはまだ帰っていない。


「レイ様、私は一旦居室に戻ります。お疲れ様でした」

「おう、お疲れさん。あいつら帰って来たら部屋に行くわ」


 一階ホールのソファに身を沈め、落ち着いた色調のモザイクアートがカッコイイ天井をボーっと眺める。六芒星と複雑な花柄を組み合わせたデザインをよくよく見れば、ネイビーブルー、ペールブルー、アイボリーの三色だけだが、十数色を使っているように見えるから不思議だ。材質は陶磁器だろうか。


(あー腹へったなぁ…)


 屋台巡りをしたい衝動に駆られるものの、今夜は王都で食事会を開く。

 単なる食事会なら気にせず食べるのだが、サプライズパーティー的な食事会だ。

 サプライズされる主役は、アレジアンス社員番号一番のメイことサリュメイ。

 何を隠そう、メイは負債五〇〇万と金利一〇〇万、借金奴隷として購入された代金三〇〇万の合計九〇〇万シリンを完済した。


 ジンは一年もかからないと言っていたが、一年を少し超えた。

 これはメイが意図的に月々の返済額を減らしたからなのだが、高額な出来高報酬を得ているので、返済しない訳にはいかない状況になったとか。


 メイはなぜ完済を先延ばしにしようとしたのか。

 今や彼女の大親友であるユア曰く、『借金がなくなると、私たちとの繋がりまでなくなるような気持ちになったんじゃないかな』と。全く以て余計な心配なのだが、それくらいメイが皆とアレジアンスを好きになってくれたのは嬉しい。


 そんなことを考えていると、ジンとユアが小走りで帰って来た。


「すまない、遅くなった」

「ごめんねレイ」

「別に構わねぇけど、何してたんだ?」


 問うと、ジンが内ポケットから二枚のギルド員証を出した。


「二つとも五等級になったぞ。もちろんユアもだ」

「そういうことか」

「ねえねえレイ、もっとお祝いしてくれてもいいんだよ?」

「言うても俺らって神紋チーターじゃん? ぶっちゃけ初めてアンダー16のトーナメントで優勝した時の方が嬉しかったし」

「まあ、俺も初めて全中で優勝した時ほどの感慨はないな」

「もぉ、これだから男子って…」


 ユアはジトーっとした目を向けるが、男と女の脳は回路の構造が違うのだ。

 レイにしてみれば、そんだけ嬉しいならシーカー認定試験をすぐ受けて然るべきだと言いたい。しかし、ジンとユアはアレジアンスに注力するため、認定試験を受けるのは一年後くらいでいいと考えている。レイにとっては辻褄が合わない。


 一方で、ユアは「それはそれ、これはこれ」という論理で、五等級になったんだから「凄いじゃん! 良かったね!」と言われつつ共に喜びたい訳だ。

 瞬間を切り取って喜怒哀楽を露わにするのが女脳だろう。たぶん。


「まぁいいや、ミレアたちの部屋に行こうぜ」

「そうだな」

「むぅぅぅ納得いかなーい」


 頬をぷぅと膨らませたユアをジンが優しく宥め始めた。

 そんな二人を視界の端に映すレイは、「ユアがジンを好きになった本当の理由はこういうとこだろうな」と思いつつ、「俺にはムリだ」とも思う。


 瑠璃のクランハウスは一五階建てで、ミレアパーティーが居住する大部屋は五階にある。どのフロアも天井高が五メートルくらいあるため、必然的に階段の段数も多い。


「トレーニングならいいんだけどさ、ただ階段上るってダルくね?」

「確かに。世話になるんだし、ディナイルにエレベーターをプレゼントするか」

「それいいな。デカくて内装にマッチするカッコイイやつにしようぜ」


 そんな話をしながらミレアたちの部屋へ行くと、全員が洒落たコートドレスを着てメイクアップしている。ルルとロッテはパンツスーツにロングコートだ。

 見違えるとは正しくこのことだろう。馬子にも衣裳と言ってはいけない。


「わぁ! みんなカワイイ♥ 髪型もジュエリーもステキ♪」

「ありがとユア様。どうかなレイ、あたし可愛い?」

「イリアも可愛いですか?」

「ぶっちゃけ二人ともスゲー可愛いけど、これじゃサプライズにならなくね?」

「メイにもドレスを着せるつもりよ。それより私への感想は?」

「普通にエロい。もうエロい。夜のお姉さん」

「……女性的で魅力的と受け取っておくわ」

「レイ様、私の方が煽情的です。ドレスの下は全裸ですよ?」

「あそ。にしてもシオがすげぇ化けてんな。タイトなゴシックが似合ってるぞ」

「嬉しい♥ ありがとうなの♪」

「あたしだけ感想なしかい?」

「あーうん、力込めたら服が弾けるから気をつけろ。つーか女にモテそうだな」

「気にしてること二つとも言うんじゃないよ」

「ルルさんはトラウザーズの裾が少し長いけどいいの?」

「少々気にはなるが、ミレアたちが購入してくれた物だからな。贅沢は言えない」

「仕立て用の魔導器があるから裾上げするよ?」

「それは助かる!」


 ニコリと笑んだユアがレイへ目を向けると、レイは阿吽の呼吸で【格納庫ハンガー】からユアの裁縫セットを取り出した。というか魔導ミシンだ。レイとジンが裾上げ完了まで部屋の外で待とうとしたら、ルルが何を憚ることもなく下を脱いだ。


「えっ!? ちょっ!?」

「ん? ああ、私は気にしないぞ。メイズでは排泄を見られることもある」

「「……」」


 レイとジンはビシッとフリーズするも、その目はルルの下着をガン見している。

 前から見ればアスリート用の下着っぽいが、後ろはこれでもかのTバックだ。


「二人とも見てないで出る!」


 キッと目を吊り上げるユアから目を逸らした二人が退出した。


「天才的なプリケツだったな」

「意味は分らないが、鍛えてるだけあって大した物だった」

「下ネタ流れで聞くけど、もうユアとした?」

「……まだ。どうもこう、住居が会社の敷地内っていうのはな…」

「それなぁ。お前さ、王都で家買えよ。いやマジで。ユアも喜ぶだろ」

「…そうする。レイはどうなんだ? 俺が言うのも何だが不健全だと思うぞ?」

「俺だって分かってんけど、あいつらのメイズ攻略って夢を邪魔したくない」

「そういうことか。レイはブレないな、ほんと感心するよ」


 魅力的な異性が身近に多すぎて困ると、レイは遠い目をするのだった。


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