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107:ミレア隊


 今日も今日とて、ド早朝からレイの侮辱にも似た叱咤激励がクランハウスに響き渡っている。寒い上に雨まで降っているにも拘わらず。


 ロッテ、ルル、イリアが露わにする苦悶の表情は、ある者を奮起させもするが、ある者の自信を喪失させもする。そこまでやらないとダメなのか…と。

 扉口には半分だけ見えているシェルナの顔があり、「俺も一緒に」とは言えないようで、どうやらトレーニングメニューを盗み見て丸パクするつもりだろう。

 我流でもある程度は実践できるだろうが、地球で一流のスポーツトレーナーが高額報酬で雇われる事実には、それ相応の理由があるのだ。


「まだ治癒してあげないの?」

「明後日からやってあげようかなぁ」

「シィが厳しいの。ロッテたちシシリィにお金払って治癒してもらってるの」

「精神面も鍛えられるので悪くないと思います。私のように」

「そうだけどさ、あたしたちも辛さの度合いが低くなった気は全くしないよねー」

「レイの匙加減が絶妙なのよ。今も辛いけどこうして話せているのは成長の証ね」

「レイ様は鍛錬の指南でも稼げると思うの。新しいお仕事なの」

「最初は魔力の実在を絶賛するレイ様が不思議でした。今は物事の本質を直感的に見抜けるレイ様を羨ましく思います」

「ノワルが賢いこと言ってるの」

「ありがとうございますシオさん。取り敢えず下だけ脱げばいいでしょうか?」

「「「……」」」


 ノワルの本質は超照れ屋さんなのかもしれない。


「ダメだなロッテ、無意識に下半身だけ強化率が高くなってんぞ。苦しい時ほどガッツリ意識しろ。出来ねぇならお前はデカくて重いだけの肉盾だ」

「くっ…!」

「おいこらルル、他人事だとか思ってんじゃねぇぞ。ロッテと並走してる時点でお前はクソより価値がねぇ。もっと腕を振れ、腕を振れば脚がついてくる」

「ぬあーーーっ!」

「いいぞいいぞ! ガンガン振りやがれ! …で、イリアはどこだ?」


 イリアは足がもつれてすっ転び、文字どおり泥を噛んでいる最中だった。


 空が白みながら明るさを増していくと、レイvs全員での模擬戦が始まる。

 ここでも鬼のレイは、何よりも酸素を欲する皆に無呼吸運動を強いる。

 傍観者でさえ思わず立ち去りたくなる程に壮絶だ。

 特にミレアとシオが食らう打撃は痛烈である。

 ジンに至っては当たり前の如く骨を砕かれる。


「があっ!」


 ユアが【聖天再生】を行使しようとすれば、矛先は瞬時に彼女へ向く。


「はぐっ」

「見てからじゃ遅ぇんだよ! 敵がどう出るか予測しろ! 砕かれると同時に再生しねぇと意味がねぇ! ジンが死んでもいいのか!」

「嫌っ!」

「なら予測しろ!」

「はい!」


 仲間の誰かが死ぬなら、取り返しのつかない自分の失態だとレイは考えている。

 それがメイズであっても、街中であっても。

 皆は知らないが、レイは毎晩のようにディナイルにメイズを語らせている。

 目下の必達目標は中層でも下層でもなく、深層八〇階層の守護者打倒だ。

 ドベルク以降、何人(なんぴと)たりとも撃破できていない守護者である。


「よっしゃ! 今日はここまで! お疲れっしたーっ!」

「「「「「「「「「………」」」」」」」」」


 レイは呼吸の乱れが治まるまで【治癒】の行使を禁じている。

 呼吸機能や回復能力には先天的にも後天的にも個人差が出るため、レイは日々観察することで全員の成長度合いを把握している。


 その間レイは仮想敵を相手に独り模擬戦を行うのだが、ミレアでさえ今尚見惚れてしまうほどに、苛烈で美しく昂揚的な挙動で皆を魅了していく。

 実はこれ、各人が自分の感覚強化レベルを把握するバロメータになっている。


「ありがとうユア、もう大丈夫だ。しかし俺たちと同じ生き物なのか疑わしいな」

「ねえジン君、どうしてレイとの差が埋まらないのかな?」

「俺とユアに限って言えば目標の差異だろう。おそらくだが、今のレイは八〇階層突破を念頭に置いてる。むしろそれしか考えてない気がする」

「そっかあ、私たちはアレジアンスの話をする時間が多いもんね」

「そういうことだ」

「それでいいと思うわよ? 八〇階層の扉を押し開けた時に、私たちが足手纏いにさえならなければね」

「レイと出逢ってなかったらさ、八〇階層なんて考えないまま引退してたかもね」

「レイ様はシオたちにとっても道標になってるの」

「八〇階層守護者を貫くよりも私を先に貫いて欲しいです」

「ノワルの話はどうでもいいけど、あんたらの話を聞いてるとあたしゃ取り残されてる気分になっちまうよ」

「全くだ。先ずはミレアに追いつかねばな!」

「イリアはシィに追いつきますか?」


 ポジティブに捉え精進するミレアたちも大したものである。


 風呂に入って朝食をやっつけたレイは、一階ホールで見かけたララの体力を削った上で『スゲー上達してるぞ』と言いつつも一撃KOして外へ出た。

 ララのパーティーメンバーが「えぇ…」という顔でレイを見送っている。

 【治癒】と【疲労回復】が存在しなければ通り魔暴漢でしかない。

 ミレアたちはロッテ、ルル、イリアの自主練に付き合っているようだ。


 二つ目の鐘には早すぎるものの、ジンが『むしろ好都合』と言うので解体場へ向かう。

 レイの時空間魔法をいつまで隠し通せるかは未知数だが、切り札は切るタイミングよりも、持っていることを悟られない方が重要だとジンは言う。

 レイの性格からして、知られるのは時間の問題だと思ってもいるが。


「どうだ?」

「感じる魔力は超ちっちゃいのが六つ。これ蛾だな」

「えっ?」

「……気にしないようにしようユア。どっちが有り得ないかと言えばレイだ」

「そ、そうだね」

「キレていいか?」

「俺たちがいない時にしてくれ」

「それ意味ねぇー」


 その辺の草木が魔力を持ってるんだからという理由で、最近のレイは〝どこまで感知できるか〟をテーマに色々とやっていた。今や極細線化した魔力を網状に組んだ上で自在に動かすというぶっ壊れ様だ。

 極小魔力の感知は、球状展開よりも網状走査の方が判りやすいらしい。

 解かるようで解からない理屈だ。


 ということで解体場内に転移したレイは、大ヤギを一三体を出し外へ戻った。


「なにしてんだ?」

「見たままピッキングだよ。昨日ユアにツールを【造形】してもらった」

「は? 勇者から盗賊にクラスチェンジすんの?」


 レイが言いながらユアへ目を向けると、彼女は苦笑した。

 こちらの物理錠は、鍵をかける仕組みを知っていれば素人でも解錠できるほど単純な構造だ。解錠した状態で扉に引っ掛けておけば、ヤギを搬入できた理由になるという論理だ。


 レイは「バレたらバレたでいいじゃないか」と思ってしまうが、自分のためにやってくれていることは分かるため、苦労性の親友には苦笑を送るしかない。


「これでよし。俺たちは職人と魔術師ギルドに求人票を出したら、そのまま五等級昇級の要件を確認しに行く。通信基地局の方はレイに任せるよ」

「あいよ。王都に戻るのは俺が終わってからでいいんだな?」

「終業前なら何時でもいい」


 シーカーギルド前で別れたレイは、ノワルを捕獲するたクランハウスへ戻った。


 上位と大手のクランは、総じて地下に複数の訓練場を設けている。

 パーティーごとに独自の戦術や連携があるからで、序列が上のパーティーほど使える頻度は多く時間も長い。

 因みに、瑠璃の翼は上層階に三つの訓練場があり、序列三位までのパーティーに占有権が与えられている。


 レイは「コストかけてんなぁ」と思いながら地下二階へと降り、〝序列七位ミレアパーティー〟と書かれた札が掛けられている扉を開けた。


(あ~あ、いやまぁそうなるわな)


 始めて目にするミレアたち七人の連携訓練は、端的に言って話にならない。

 特にロッテとルルがミレアとシオの動きに追従できないため、戦線の構築が儘ならないといった様子だ。


 おそらく、シャシィとノワルが後方から一当てする間にミレアとルルが突出した敵に突貫し、シオが側面へ展開すると同時にロッテが前衛の防衛地点を決めて盾を構える。そこへミレアとルルが敵を釣るように後退しつつ戦線を構築し、微妙に範囲外の敵をシオが叩くなり戦線へ押し込むなりする。

 大きく範囲を外れている敵はシャシィとノワルが各個撃破し、イリアは基本的にシャシィとノワルを守るために結界を展開する。


 とまあこういう連携イメージなのだろうが、ミレアとルルの突貫速度に差がありすぎる上に、ルルは側面へ展開していくシオにも抜かれてしまっている。

 ルルよりも更に遅いロッテは遥か後方にいるため、ミレアとシオを結ぶ斜めの線が最前線になってしまうという恰好だ。


 シャシィとノワルの様子からして二人は戦線を押し上げたいのだろうが、メイズの魔物は背後に出現することも多々あるはず。二人が戦闘速度で戦線を押し上げれば、ロッテは並ばれるか下手をすれば抜かれる。

 すると基礎体力が低いイリアは後方で孤立し、仕方がないからロッテが後退してイリアの護衛になってしまうだろう。


(つーかコレ、ミレアが悪いとしか思えねぇんだが)


 そう思ったレイが【空間跳躍(スペースリープ)】でミレアの眼前に出現した。


「レイ!?」

「おうレイだ。お前さ、身体合わせの魔力制御訓練法を教えてねぇだろ」

「っ……だ、だって…レイとその、したことを説明することなるもの…」

「へぇ、仲間の命より自分の羞恥心を優先すんのか。大した隊長だな?」

「…………私が悪かったわ……許してレイ、そんな目で見ないでお願い…」

「じゃあ教えてやれよ。イイ女はいつでもカッコ良くねぇとダメだ」

「私…いい女?」

「俺が知ってるミレアはイイ女だ。ってオイ……」


 ミレアがレイに抱きついた。悲しくて嬉しい女の顔でレイを強く抱きしめる。

 ミレアの頭越しに見えるシャシィ、ノワル、シオ、イリアが、糸のように目を細めて眉間に深い皺を寄せている。レイはスッと天井を仰ぐのだった。


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