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106:エレーナです


 再びの武闘場中央で、ジンとユアが段取りを相談している。

 そんな二人の様子を眺めるのは、リィナやロシュを含む十数名の試験官たち。

 武闘場内窓口の壁際に並び立つ試験官たちは、興味津々といった風情だ。


 ジンとユアが魔術師ギルドの窓口で登録申請をして武闘場へ来たところ、試験官の詰め所は二人の話題で持ちきりだったらしく、「魔術もイケんの!?」とばかりに全員が評価にかこつけ見学すべく出て来た。


 更には、魔術試行の試験官二名が何事かを相談し始め、ジンとユアに「対戦形式での試行は出来るか」と尋ね、ジンが『可能だ』と即答したという経緯だ。


「んぐ、コレ美味ぇな当たりだわ…って多いな試験官」


 おっと、主人公ぶった脳筋担当フードファイターの存在を失念していた。


 暇な上に小腹を空かせ屋台を探しに行ったレイが、ケバブサンドっぽい物を片手で二つ齧りつつ、もう片方の手に三つ四つを持ち戻って来た。レイの小腹は一般的成人男性の胃袋よりも大きいらしい。


 そんなレイに向けてリィナが「おいでおいで」と手招きし、レイが試験官たちの横列に加わる。


「ねぇねぇキミの名は? 私はリィナ」

「レイシロウ、レイだ。一個食う?」

「ありがと。でもお腹へってないから遠慮しとく。レイは背が高いね。細身だから余計に高く見えるよ」


 レイは「リィナがちっちゃいだけだろ」と心中で呟き、ちょうどシオと同じくらいだなと見下ろす。そして「やっぱエルフより耳が短い。いや十分長いけど」と思った。


「レイは細身だが相当に鍛えていると衣服の上からでも判る。差し障りがなければ得手を教えてもらえるかな?」

「ロシュさん彼ですよ、初試験で臥竜の槍聖を子供扱いして三ツ星になった」

「「「「「「「「「「「「「えぇっ!?」」」」」」」」」」」」」

(アイツ普通に子供だろ!ってツッコミ入れるとこ?)


 試験官陣が一斉にレイへ目を向けたところで、相談を終えたジンとユアが左右へ分かれて行く。


「ほら始まんぞ。誰がやんのか知らんけどキッチリ評価してくれよ」


 ジンとユアは左右の壁際まで歩くと身を翻して対峙した。

 仮に武闘場が五〇メートル四方なら、二人の距離感は四八メートルくらい。

 間違いなく派手にやる気だと思っているレイの視線に、一瞬だけジンの視線が絡んだ。続け様に試験官へ視線を巡らせるジンが口を開く。


「評価し易いように概要を伝えておく。前提は、俺が攻撃で彼女は防御だ」


 ジンが続ける。

 火系統の攻撃術式を一〇連続行使し、ユアが物理・・障壁で全てを防ぐ。

 着弾時に爆音が響くため、耳を塞ぐことを推奨する。

 続けて一〇連続行使し、今度は魔術事象を破壊する魔術障壁で全てを防ぐ。

 こちらは射撃音のみのため耳を塞ぐ必要はない。


 冒頭の「一〇連続行使」を聞いた時点から、全員がポカーンとしている。

 魔術師の試験官ほどポカン度数が高いようだ。


「最後に、行使する全てがオリジナル構築の略式詠唱だ。では始――」

「「「「「「「「「「「「「「はあっっ!?」」」」」」」」」」」」」」

「ごほっ! うるせぇわ! 喉に詰まって死んだらどうすんだぶっ飛ばすぞゴラ!」

「「「「「ごめんなさい!」」」」」

「「「「「すんませんでした!」」」」」

「「「申し訳ない!」」」

「レ、レイって怖い子?」


 周りが一斉に叫べばとても驚くし、不意に驚かされれば人はイラっとする。

 街角に隠れて『わっ!』と驚かせてきた友人を、思わず引っ叩いてしまうアレ。

 え? 叩いたりしない? その旨はレイに伝えておこう。


 上位クランのトップパーティーレベルならギルドで試験官はやっていないだろうとか、槍聖の異名は伊達じゃないのだろうとかいう話もあるが、さておき。


 視線を絡め合い、一つ頷き合ったジンとユアが唇を動かす。


「百式01【蒼炎弾フレイムブリット】タイムス10(テン)

「百式03【堅牢結界ソリッドシールド】トリプル!」


ドドドドドドドドドドッッ!

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!!!


「「「「「「「「「「「「「「っっ!!!???」」」」」」」」」」」」」」

(耳キーンエルク)


 レイの内心が耳障りである。


「百式01【蒼炎弾フレイムブリット】タイムス10(テン)

「百式04【法術式分解障壁マギディスアッセンブルバリア】!」


ドドドドドドドドドドッッ!

パパパパパパパパパパキィイイイイイイイイイイン……


「「「「「「「「「「「「「「っ…………」」」」」」」」」」」」」」

(あ~、ガラスが割れるような音はコレだったのか)


 試験官たちが必死に理解しようと努める中、笑顔になったジンとユアが互いに歩み寄ってハグをした。


「シールドが一枚も壊れなかったな。大したもんだ」

「ジン君が改良してくれたからだよ。ありがと♥」


(ゴムが減り始める日は近いな。俺も彼女が欲しいんですけど)


 些か不純臭を漂わせている気がしないでもないが、正直な気持ちであった。

 戦闘の対多数戦は大好物だが、恋愛のそれは苦手なレイである。


「あんな術式を独創できるなんて…」

「一節より短い詠唱で一〇連続とは…」

「今のは連続ではなくほぼ同時だったぞ?」

「剣以外には疎い私だが、見聞きした全ての秘匿を提案する。どうだろうか?」

「「「「「「「「「「「「異議なし」」」」」」」」」」」」

「口外したら別大陸の貴族まで群がってくるね」

「私の懸念もそこだよリィナ。騒動が我々起因になることだけは避けたい」

「この歳で解雇されるのは厳し過ぎるからね」

「「「「「「「「「「「「「確かに」」」」」」」」」」」」」

(こいつら俺のことガン無視してやがるのにナニこの一員感…)


 レイが隠形使いになった気持ちでススっと円陣を抜け出した。

 いつまでもハグってんじゃねぇとジンの頭を引っ叩き、顎をしゃくって「歩け」と促しギルドホールに退避した。


「なあ、ボロスの方が面倒くせぇ気がすんの俺だけか?」

「やりたい事だけをやりたいように出来たのは、クリスとフィオのお陰だ」


 宰相マンフレートと宮廷魔術師筆頭レパントの二人は、事あるごとにジンたちを自由にさせ過ぎだと先王に進言していた。

 先王も思い通りに御せないジンたちを快くは思っていなかった。

 それらを論破し、言動の自由という庇護を貫いてくれたのは、他ならぬクリスとフィオの兄妹である。


「マンフレートさんとレパントさんは、戴冠式を見届けたら引退するんだって」

「ふ~ん。何にしろボロスは面倒なことが多いワケか」

「メイズに潜り始めればそれも減るはずだ」

「つーと?」

「メイズ内では各パーティーが一定の距離を置いて行動するらしい」


 魔物のなすりつけやドロップ品略奪の疑いといったトラブルを避けるため、シーカーパーティー同士が安易に接近することはない。

 狭い通路ですれ違うような場合もパーティーリーダーが先頭を歩き、リーダー同士が頷き合うか軽く手を挙げるだけでやり過ごす。

 規定違反はもとより迷惑行為でさえ、立証されるとかなり厳重な処分を受け、所謂ブラックリストに載ってしまうという。


「へぇ、そりゃ集中できていいな」

「生死が懸かってるからこその行動原理だろうな」


 そうこうしているとジンとユアの名が呼ばれ、二人は戦士ギルトと同じく八等級と打刻されたギルド員証を受け取った。

 そのまま売却専用窓口へ向かい「エッケギーダを一三体」とジンが言うと窓口嬢が半眼になり、『いや一〇体で』とレイが訂正した。


「お? さっきと反応が違うぞ」

「あぁキーンエルクの話を聞いた…いや違うな。通達を受けた、か?」

「……そうです。あちらも皆さんが、と尋ねるのは野暮ですね。失礼しました」

「構わないさ。通達内容は〝明日まで解体は受けられない〟だろう?」

「…お見通しですか。三名総出でも手が足りないそうです」

「だろうな。なら明日の解体を予約したい。エッケギーダなら(・・・・・・・・)可能だろう?」

「…聡明なのですね。価値が高い魔獣に限ってお受けします。不文律なので口外しないでください。買取票を発行するのでギルド員証の提示をお願いします」

「了解した。売却数は俺と彼女で折半にしてくれ」

「八等級で……新鮮な驚きです。搬入は二つ目の鳴鐘以降でお願いします」


 ジンが内ポケットから懐中時計を出し『今時期なら一〇時前後か』と呟いた。

 窓口嬢は、余りにも小さくスタイリッシュな時計を見て息を飲む。


「最後にキミの個人的見解を聞きたい。エッケギーダ売却を以て六等級への昇級は可能か? 私見だが、昇級して然るべきだと考えている」

「……個人的見解ですが、昇級させなければ懲戒処分の対象になると思います」

「最高の個人的見解だ、ありがとう」

「エレーナです」

「ん? ああ、ありがとうエレーナさん」

「エレーナです」

「………ありがとう、エレーナ」

「また明日会いましょうね、ジン」


 瞬く間に不機嫌となったユアが、スタスタスタスタとギルドを出て行った。

 ジンが「勘弁してくれ!」といった顔で後を追う。

 レイはキリっとした顔で『Good luck』と言ってエレーナにサムアップし、キモイ笑い声を漏らしながら二人の後を追った。


 その日、大ヤギ一〇体の丸ごとと三体分の毛皮と角は、三六〇〇万シリンで売れた。ジンとユアは目論見通り、六等級の剣士と弓士に昇級もした。

 しかし、当日中にユアの能面と平坦な口調が元に戻ることはなかった。


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