105:八等級戦士
ユアが独特の射型をとる。
地球なら基本スタイルだが、弦を引く手の甲を頬に当てるユアの射型は、リィナに奇異の感を与えている。
「人型の眉間を狙います」
的は既にロックオンされている。
手指の大きさに合わせて造ったボタン式リリーサー、所謂、発射ボタンを押す。
ドシュッ!
「うそ…!?」
狙い違わず眉間を射抜いた矢は的を貫通し、深々と壁に突き刺さった。
「イヌ…オオカミかな? 獣型の左目を狙います」
ドシュッ!
再び狙い違わず左目を射抜き貫通した矢が壁に突き刺さった。
「すご……」
「次は――」
「あ、いいよいいよ! 合格だから! もう六等級にしたいけど規定で八等級が上限なの! ユアちゃん八等級で!」
「わーい♪ ありがとうございますリィナさん!」
「やだユアちゃん可愛い! 良かったらそれ私に射らせて? いつでもいいから!」
「じゃあまた明日の昼過ぎに来ますね!」
「ありがとー待ってる!」
レイとジンが苦笑する。
ユアが初対面の人とすぐ仲良くなるのは見慣れているが、射た矢が二本とも壁を貫いてんじゃねぇか、と。
「いやはや称賛ならぬ絶賛に値する腕前だ。将来有望とは正にこれだな」
「あ、お待たせロシュ。片付けるから少し待ってて」
「中央を使うから急ぐ必要はないよリィナ」
「そお? じゃあユアちゃん一緒に観戦しよっか」
「はい、とっても楽しみです♪」
模擬戦の試験官はロシュという名のようだ。
言葉や口調は優男然としているが、顔や胸元に古傷があるマッシブである。
脱いだら傷だらけではなかろうか。
「あっさり終わらせんのか?」
「ブーイングを浴びるくらいあっさりだ」
「さいですか」
やはり遊び心を落としてやがると思いつつ、レイは観戦モードのユアにジト目を送りながら歩き、壁に刺さったままの矢を引き抜いた…ら曲がった。
「では始めよう。私は試験官のロシュだ。両者とも中央へ来てくれたまえ」
ジンが帯剣ベルトのフックを外し、鞘をベルトループに通しつつ中央へ向かう。
ループに通したままだと道行く人に当たるため、普段は鞘尻が足元へ下がるよう西洋剣風のフックで提げている。
「ジンの剣は珍しい形をしているな。細いし少し反っている。片刃かい?」
「そんなところだ」
「ジンは口数が少ない性質か。依頼を受けた君、依頼票をくれたまえ」
「おっとそうだったな、ほらよ」
「九等級剣士タジン。ジンと一音違いだな。タジンはブロードソードか」
(喋り好きな人だ)
(うるさいオッサンだな。強そうだけど)
依頼票を確認したロシュが、両碗を拡げ間合いを取るよう促した。
ジンはタジンを見ながら後退り、タジンが足を止め身を翻しても後退る。
タジンが訝しむ中、五メートル程の間合いで足を止め、腰を沈めて構えた。
ジンの野太刀風魔剣の刃長は一三八センチと結構な長さだが、間合い五メートルは流石に遠すぎる。〝普通ならば〟の但し書きは付くのだが。
「何だよお前、怖いのか? そんなのでよく登録しようと思ったな?」
侮蔑の笑みを浮かべながら言ったタジンが、抜剣して構えた。
ジンは完全スルーし、タジンの得物ブロードソードを観察する。
形状はサーベルに似ているが、サーベルよりも幅広な断ち切るための片手剣。
刃長は七〇センチもない。全長は八〇くらい。
柄には手を守るために細い金属板が網状に組んである。
この距離でも二箇所の刃こぼれが判る。
使い古された剣。
手入れをしてもらえない、薄汚れた剣。
「念のために伝えておこう。戦士ギルドの模擬戦規定は故意の殺傷を禁じている。あくまでも故意の、だ。では好きに始めてっ!?」
ジンの刃がタジンの首筋に添えられていた。
「命を預ける得物の手入れくらいはするべきだ。もしお前が、剣士ならな」
「へ…?」
レイとユア以外の誰も気づかなかった。いや、目で追えなかった。
ロシュの言葉「始め」の〝め〟で強化上限へ至ったジンは、一足で間合いを潰しながら、左腰と鞘を握った左手を引き回す抜刀術で魔剣を抜き放った。
「ブーイングが聞こえねぇな。おーい試験官、勝敗のコールは?」
「しょ、勝者ジン! ハハ…とんでもない奴が出て来たな……」
ヒュシッ…スンッ
ロシュのコールで残心を解いたジンが、身を翻しながら鮮やかに納剣した。
タジンが茫然としながら両膝と尻をついてへたり込む。
「彼も凄い子だね…何したか判らなかったよ…」
「素敵でしょ?」
「あーれー? もしかしなくても?」
「はい♥」
「そっか~幸せそうでいいな~」
「ユア行くぞー」
「はーい。じゃあリィナさん、また明日」
「うん、また明日ね~」
「ジンもカッコつけてねぇでサクサク歩けや」
「つけてない!」
(背が高い方は更にとんでもなさそうだな…何て三人だ…)
(野性的な彼も凄そう…三人ともシーカーになったら稼ぐね…)
悔し涙を隠しているタジンは完全に忘れられていた。
ホールで暫く待った後、ジンとユアに戦士ギルド員証が手渡された。
めでたくも二人揃って八等級である。
三人はそのまま売却専用窓口へ身を移し、魔獣売却の旨を伝えた。
「何を何体ですか?」
「キーンエルクの成体を一〇体だ」
「はい、キーンエ……えっ?」
「今のナシ。七体で」
「何でだ?」
「デカいボスはここぞって時のギフトに良くね? 二体は食う。いつか」
「ギフトか、悪くない考えだな。訊きたいんだが、解体だけを頼めるか? 可能なら二体分の肉だけ持ち帰りたい」
「頭いいな。皮とか角いらんし。ハラワタも」
「穴を掘るのが面倒だからな」
「ねえねえ、職員さんがフリーズしてるよ?」
「再起動してくれ。急いでるんだ。おい!」
「ハッ!? ほほほ本当にキーンエルクなんですか!?」
ここで再びジンが辻褄合わせの作り話を展開する。
狩ったのはジンとユアで、ゴンツェの未開地に近い寒村出身。狩ったはいいがどう持ち帰るか悩んでいたところへ、ケンプという商会の黒く巨大な魔導六輪が通りかかった。五体を無償譲渡する代わりに、ボロスへ仕入れに行く魔導六輪で運んでもらった。今しがたギルド登録したばかり。宿をとるため金が要る。人気の宿は空き部屋が夕方前になくなるらしいから早くしてくれ。魔導六輪の人も待ってくれているからはよはよ、と。
(ウソがアーティスティックだなオイ)
(ジン君が詐欺師になってく…)
「分かりました! 解体師に連絡するので先に解体場へ運び込んでください!」
「解体場はどこだ?」
「武闘場の横の倉庫の裏手です! 魔獣専門の査定担当者を向かわせますので!」
「了解した、よろしく頼むよ」
「キーンエルクのお肉が出回るのは久しぶりですから急ぎます! 高すぎて私には買えませんけどね!」
苦笑しながらホールを出て解体場へ向かっていると、ユアが『解体師さんが不在で良かったね』と言った。それに対し、ジンは歩きながら持論を展開する。
ボロス至近の魔獣領域でも、空の馬車で半日はかかると月森旅行で判った。であればボロスではなく、魔獣領域から三時間くらいの距離にあるリンダスという城塞都市で売る者が圧倒的多数を占めるはず。
シーカー未満の六等級戦士や魔術師が安全に狩れるのは、五体前後で群れるオオカミ型魔獣が限度だろう。つまり、ボロスの解体場に中型以上の魔獣が運び込まれる頻度はそう高くない。ディナイルの口振りもそんな感じだった。
となれば、解体師は副業的にギルドと専属契約を結んでいる可能性が高く、ギルドにとっては解体依頼を都度出し、完了確認後に報酬を支払う形態なら最も無駄が少なく効率的だ。
「むしろ査定担当者が先に解体場へ来ると思う。皮に値打ちがある魔獣は解体前の方が状態確認は容易だ。査定担当者が来る前にレイが出してしまえば、『魔導六輪はもう行った』で済むだろう?」
「う、嘘も方便だよね! …だよね?」
「もちろんだよ。俺がユアに嘘をつくことはないから。絶対に」
「うん、分かってるし信じてる♥」
「ありがとうユア」
「おいバカップル、急ぐなら足を止めんな」
レイにドアホを見る目を向けられた二人はどこか釈然としないものの、ジンの予想はきっちり的中した。
経済的に潤っているボロスだけあって、解体場には特大サイズの魔導冷蔵庫と冷凍庫が完備されている。
査定担当者から「日暮れまでに済ませる」と聞き、三人は解体場を後にした。