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104:3kmくらい


 少々手狭だが、クランハウスの敷地内でド早朝トレーニングを実施した。


 予想通りロッテ、ルル、イリアの三人は開始三〇分以内にトリプルKO。

 嬉しそうな顔で三人を眺めたシャシィは、疲労回復をかけずに走り去る。

 本人は『苦しさを知るのも鍛錬の内だもん』と言うが、初期のシャシィはソッコーで治癒を使っていた。


 風呂に入って朝食を済ませたレイ、ジン、ノワルは、通信基地局の建設をすることに。朝夕のギルドはどこも込み合っているため、登録は昼間にやる算段だ。


「どんどん建てるの上手くなるな。リタイアしても土建で食っていけんじゃね?」

「引退後はレイ様を養って差し上げます。食後の甘味は甘美な私です」

「次もフェラガモか?」

「もうアンセストだが南部辺境伯の領都に行く。この方角へ跳んでくれ」

「あいよ」

「フフッ、久しぶりの無視はゾクゾクします。って置いて行かないでください!」


 レイがジンの背に手を当て冬空を跳んで行く。腕を掴んだり手を繋いだりする必要がなくなったのは、熟練度を上げ進歩している証左だ。


 進歩と言えば、初めて竜舎に行った帰りもノワルを置いて馬車を走らせたが、あの頃は一キロほどでぶっ倒れていた。そのノワルが、土煙を巻き上げ凄まじい速度で走っている。流石に南部辺境までは魔力がもたないだろうが、大した成長っぷりだとレイは内心笑う。


 魔力枯渇寸前のノワルを小脇に抱えたレイは魔晶を握らせ、元ヴェロガモの南部辺境、元キエラの南部辺境、同じく西部辺境を最後に切り上げた。

 理由は例によって例の如く「腹がへった」である。


 クランの昼食は自腹なので、ボロスの市場見学がてら食材を買って帰り、クランハウスのキッチンでユアが自炊することになった。


 塩漬け豚ならぬ塩漬け猪を購入し、低温でじっくり茹でてスライスし、おろし生姜をたっぷり混ぜたユア特製ソースをかけてある。

 付け合わせは、ホウレン草っぽい青菜と刻みニンニクをオリーブ油で色よく炒め、練りゴマに塩を混ぜたソースをかけたもの。

 スープにはジャガイモっぽい芋、ヒヨコ豆っぽい豆、大麦、塩抜きしていない塩漬け猪をダイスカットしたもの、香草、唐辛子にしか見えない辛いスパイスが入っている。大麦が満腹感を誘うのでレイも満足気だ。とんでもない量を食べてはいるのだが。


「調味料とか違うのに、ユアの料理はやっぱユアの味になるよな」

「美味しい?」

「美味い」

「良かった♪ ジン君は?」

「美味すぎるくらい美味い」

「やったぁ♪ ミレアさんたちも美味しい?」

「お嫁さんに欲しいくらいよ?」

「嬉しいけどそれは無理かな~。ね?」

「とても困るな、うん」

「「「「「「「ハッ!」」」」」」」


 レイ、ミレア、シャシィ、シオ、ノワル、ロッテ、ルルが大声で呆れた。

 ロッテとルルのレイ化が意外と早い。イリアは「よしよし」みたいな顔をしている。天然ぶった小悪魔かもしれない。


「あ~食った。で、戦力評価はどっちで受けんだ?」

「どっちでもいいんだが、ユアはどっちがいい?」

「私もどっちでもいいけど、コネを増やすなら別々がいいのかなって」


 テーマは〝戦士ギルド or 魔術師ギルド〟である。


 レイがジンとユアを拉致って転移したため、隠室へ行った二人は非武装だった。

 ジンの剣術は当然ながら、ユアも弓術の腕前が超一流になっているため魔術師ギルドに拘る必要はない。が、コネクションを拡げるなら、ユアが言うとおり別々の方がいいだろうとの話だ。


「両方に登録すればいいでしょう?」


 ミレアから初耳学が飛び出した。

 レイは臥竜のジオンを思い出して納得し、「俺も」と言いそうになったが、バングル魔法しか使えないことに気づいた。残念である。


 ということで、ジンとユアは両方で登録することに。

 レイたちも瑠璃のクラン徽章を付けているので、そうそう絡まれることはないだろうと三人で出かけた。ミレアたちは連携訓練をするそうだ。


「ヤギもシカも狩ってないけどいいのかな?」

「俺も同じだよ。ヤギもレイに命を刈り取られた不幸な魔獣だ」

「言い方な?」


 正しい言い方だと思われる。


 三人は先に戦士ギルドで登録することした。

 ボロスはシーカーだらけなので、模擬戦の相手もサックリ手配できるはず。

 直ぐが無理でも、魔術師ギルドで登録と試行をしている間に見つかるだろう。

 ユアは弓なので、どちらも試行になるとディナイルが言っていた。


「ジンさんが剣で、ユアさんは弓ですね。弓の試行をしている間に剣士は手配できますから、ジンさんも武闘場へ向かってください」


 窓口嬢から渡された受験票を手に武闘場へ入り、武闘場内の窓口に提出。

 武闘場は戦士・魔術師・シーカーギルドの共用施設なので、レイがジオンを相手に戦闘試験を受けた場所だ。


 暫く待っていると、エルフより耳が短いハーフエルフだろう女性が窓口横の扉から出て来た。奥に試験官連中の部屋があるようだ。


「えーと、初登録のユアちゃん。可愛いね。弓術試験官のリィナだよ。よろしくね。ところで弓は?」

「あ、これです」

「えっ、大きいけど機械弓? 補助武器じゃ戦力評価は受けられないよ?」


 機械弓とは、主に斥候が腕に装備する小型のクロスボウで、仕留める威力はなく牽制に使う。盾なし片手剣士にも機械弓を装備している者はいる。

 ユアのバックパックは機械弓を入れるには大きすぎる。何なら小型ロケットランチャーくらい入るハードケースだ。


「補助武器じゃありませんから大丈夫です。すぐ用意しますね」


 ユアが二点留めバックルを外してパカっと開けたケースは、緩衝材で仕切られた二層構造タイプ。緩衝材を外すと片側にコンパウンドボウがあり、もう片側には五〇本の矢が収納されている。


 当初はアルミニウム合金にミスリルメッキでなるべく軽く造ろうと思っていたが、「強化を修得すればいいじゃん」ということで魔力伝導率を優先した。

 結果、ケース込みの推定総重量は七〇キログラムを優に超えている。


「なにそれ……」


 言葉を失くすのも無理はない。コンパウンドボウは射撃方向ではなく射手側に湾曲しており、部品点数もめちゃくちゃ多い。本体の形状イメージはシグマ記号(∑)に似ており、射撃方向は左(←)になる。


 加えて、望遠機能付き照準器にはジンの【蒼炎弾フレイムブリット】と同じく視点を定めた三次元座標をロックする術式が付与してあり、矢には自動追尾ホーミングの術式も付与してある。

 つまり、ターゲットをロックすれば瞼を閉じて撃っても必中する。

 更には、矢と弦に加速術式まで付与しているため、推定初速は時速五〇〇キロメートル、秒速なら約一三九メートルほど。因みに、鏃は炭素鋼製だ。


 最大の難点は、純ミスリル製の矢と弦が笑えるほど高コストなこと。

 二番目の難点は、矢速が速いため、相応の距離がないと自動追尾ホーミングの際に矢が弧を描いて方向を変えられないこと。

 三番目の難点は、ミスリル矢の質量的に、空気抵抗無効化の術式を付与できなかったこと。但し、ユアが聖性強化を付与する余地は残してある。

 もう【蒼炎弾フレイムブリット】を覚えればいいんじゃないのと言いたくなるが、【蒼炎弾フレイムブリット】の射撃音と比較すれば、鏃の風切り音は無音に近しいという狙撃メリットがある。


「取り敢えず撃たせてみればいいんじゃね?」

「だな。百聞は一見に如かずだ」

「そ、そうだね。黒髪のキミ上手いこと言うね」


 百聞は一見に如かずの諺はないらしい。


 リィナが用意した的は、気合いを入れて作った案山子のような人型と、大型犬サイズの四足獣だ。ご丁寧に目や耳や鼻も造り込んである。


「弓の試行は近的と遠的の両方をやってもらうよ。どっちが得意か確かめるためね。初めてだと自分の遠的距離を知らない子もいるんだけど、ユアちゃんは?」

「練習したことがあるのは三キロメートルくらいまでです」

「……ごめん、三.一五キロメートルくらいって聞こえた。もう一回言って?」

「三キロメートルくらいですけど…」

「………」


 レイが『ヤバいウケる』と声を漏らしジンへ目を向けた。


「ユアもイイ感じにぶっ壊れてきたなw」

「笑ってる場合じゃない。夕方までに全部終わらせたいんだぞ」


 言ったジンがリィナに歩み寄り、武闘場の対角線距離くらいは正確に射貫けると訂正した。武闘場は五〇メートル四方くらいなので、対角線長は七一メートルくらいになる。

 余談だが、こちらのキロメートル級の距離単位は「リグラ」と発音するようで、1リグラは3.15km。リグラは第一七代アンセスト大帝の名である。


「そうなんだ……初登録だけど戦闘経験は豊富なの?」

「俺と彼女はゴンツェ王国の未開地に近い寒村で生まれ育ち、幼い頃から魔獣を狩っていた。生き抜くためにだ。ゴンツェはついこの前まで貧しい国でな」

「そっか、北方には魔獣領域がたくさん残ってるって聞いたことあるよ。頑張って生き抜いたんだね」


 レイが「やっぱジンとミレアは似てる」と思った。作り話に隙がない。


 ジンの作り話を聞いたユアが、今更ながらに「わあ!? 弓矢で三キロとかありえないよ!」と考え至り、羞恥に耳先を赤くし両手で顔を覆い蹲る。

 それを見たリィナが「辛いこと思い出させちゃったかな…」と、軽く自己嫌悪に陥った。異世界コミュニケーションの妙である。


 気を取り直して試行を始めようとしたところに、『何だよまだ終わってないのかよ』と、結構な声量で悪態をつく男が現れた。

 明らかにレイたちよりも年若い彼は革鎧に身を包み、腰には剣を佩いている。

 柄と鞘の拵えが簡素なことから、数打ちの剣だろう。

 彼は同じく剣を佩くジンを見据え、ニヤリと笑むのだった。


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