103:隠室の成果
レイが四方八方からジト目を向けられている。
「レイのことはイリアが守りますか♥」
「そうっすか…」
今現在はクランハウス別棟の大型倉庫にいるが、イリアはずっとこの調子である。シャシィとノワルのみならず、ミレアまでもが強烈な横ジト目でレイを貫いている。
そうかと思えば、クランメンバーによる計数と簡易査定を指示しているディナイルは、どことなく機嫌が良い。いつもより口角が上がっているのは明らかだ。
「早めにペンダントのチェーンを買っておいたらどうだ?」
「鎖もレイが買ってくれますか♥ イリアは普通の紐でもいいですか♪」
「ジンてめぇは俺の殺意を買えや。五割増しでゴッソリ売ってやる」
「出るか判らないけどプラチナを抽出してみようかな?」
「それはいい。あのペンダントトップにはプラチナが合いそうだ」
「振っといてガン無視かよっ!」
レイもギリギリ青少年なので嫌な訳ではないが、イリアは局所的に育っているとはいえルックスはロリータ。ここが地球であればソッコーで職質案件だろう。
「魔物部屋は一階層でもこんなに儲かるのか…」
「そんな訳ないだろう? 死んだシーカーが出たなんて聞いたことないよ」
「俺にも見せて」
あまり考えずに喋るルルを諭すロッテが、集計結果表を覗きこんでいる。
自分の心が居た堪れなくなったレイも割り込むように覗き込むが、背後にはイリアが憑りついている。
魔核の質は大きさと真球度、色の濃さが目安になるのだが、アベレージを取ると一個当たり三五〇〇シリンほどで落ち着きそうだ。
総数が五六三個なので、二〇〇万シリンに少し届かないくらいだろう。
但し、ガストの魔核は拳大のほぼ真球で色が深紅であるため、それだけで二〇〇万くらいの値がつくだろうと。
かなりの金額になりそうなのは、やはり武装だ。
戦死者の武装を拾って使ったり売ったりするのは、拾得者が得る当然の権利。
上層の新人シーカーでも一式揃えれば二〇〇万くらいかかり、中層攻略シーカーともなればその三倍は下らない。「中古品だよね?」と思うかもしれないが、物が溢れている現代地球の先進国と比べること自体がナンセンスである。
修繕可能ならどんなに買い叩かれても新品価格の半値を下回ることはなく、平均を取れば七割ほどで買い取って貰える。
詰まる所、武装だけで一七億シリンくらいになりそうという話だ。
現代日本人の感覚からすると「遺品を?」と思うところだが、戦国時代までは戦場で戦死者の装備品を剥ぎ取るなど当たり前だった。下帯まで剥ぎ取り死体は山に捨て獣の餌になるのが定石。市街地戦なら死体は穴を掘って埋めたりもする。実例として、鎌倉の海岸はどこを掘っても大量の人骨が出土することで有名だ。
最後は武装以外のアクセサリーや所持品。
中層攻略を無難にこなせるシーカーはそれなりに稼いでいるため、宝飾品や道具類も中々の良品を持っている。
流石に携行食は売れないが、革製の水袋や毛皮の敷物あたりは店頭に並んだ途端に売り切れる。
低めに見積もっても二五〇〇万シリンにはなりそうだ。
因みに、中層攻略を無難にこなすパーティーの月収は、三〇〇〇万前後と云われる。仮に七名パーティーだとすれば、一人当たり四三〇万いかないくらい。
諸経費は三割ないし四割ほどなので、四割弱と仮定すれば一七〇万。ならば手取り月額は二六〇万かと言えば、そんなことはない。
クラン瑠璃の翼は個人純利益の五割を徴収するので、最終的な手取りは一三〇万シリンになるといった具合だ。
取り過ぎだと思うかもしれないが、クランハウスの維持費、薪や油などの消耗品費、修練生が一人前になるまでの育成費と初期武装費を考えれば高くはない。
また、上位クランは朝夕の二食と生活必需品を支給し、家賃も取らないので生活費は殆どかからない。但し、一人前になってパーティーを組んだ後の武装修繕や更新は、コツコツ貯めた自費で賄わねばならない。
「で、合計はナンボだよ」
「ロッテ?」
「まったく、ルルは基礎算術くらい習いな。ざっと一七億三〇〇〇万だね。今回は費用が掛かってないから、クランに納める五割を差っぴけば八億六五〇〇万。一人頭なら八六五〇万シリンだね。笑っちまうくらいの大儲けだよ」
「はっせんろっぴゃくごじゅうまん…」
「聖邪なんちゃらを売りゃあ一人三億いったかも痛ってえなっ! てめぇ何すんだよ!」
ロッテの分厚い手で引っ叩かれたレイがメンチを切ると、ロッテが目で『後ろ後ろ!』と合図した。ハッとしたレイがギギギギっと首を動かし背後に目をやると、イリアがそれはもう悲しそうな顔でオロオロしている。
「(ぶっちゃけ面倒くせぇ…)タダの例え話だっての。聖邪なんちゃらはイリアにやったんだから使い倒せ。チェインか紐も買ってやっから。OK?」
イリアがブンブンと首肯しニッコリ笑んだ。
客観的にも面倒くさい。
「つーかガチで腹へった。ジン! ユア! 帰ってメシ食おうぜ!」
レイが叫ぶと、王都組に加えてディナイルもやって来る。
レイが至極面倒くさそうな顔をすると、ディナイルは苦笑して口を開いた。
「食事の一つくらい奢らせろ。それと今日はここに泊まれ。ジンとユアがギルド登録すらしていないと聞いて驚いたぞ。昇級はボロスの方が手っ取り早い」
「そういやぁそうだったな。等級ってどうやって上げんだ?」
「死蔵してる魔獣が山ほどあるだろ? あれを売って等級を上げることにした」
「んなもん王都で売っても同じじゃね?」
「あのね、中型以上の魔獣はボロスに運んで解体するんだって」
王都周辺に魔獣領域はないため、王都の戦闘系ギルドが契約している解体師は、専ら動物で魔獣の解体に慣れていない。
ジンは大ヤギと大シカを売るつもりで素材価値も高いため、腕利き解体師がいるボロスで売ってしまおうという算段だ。
また、六等級から五等級への昇級時には、戦力評価試験が必須要件になる。
そこで二人は魔獣売却で六等級まで一気に上げ、戦士ギルドか魔術師ギルドで戦力評価試験を受ける。
場合によってはディナイルに口利きを頼んで話を通すつもりだ。
「ついでにボロスの職人ギルドで求人をかけるのもいいかと思ってな」
メイズ都市ボロスの推定人口は八〇万人ほど。
内二〇万人超はシーカーないし修練生だが、何気に腕利き職人も多い。
場所柄もあって魔工鍛冶師と魔工彫金師は過当競争状態らしく、アレジアンスに必要な人材が経済的に困っている可能性は低くない。
「鍛冶師と彫金師が欲しいってことか?」
「セシルさんが魔装を造るんだし、魔の付く武器を造るのも面白そうだろ?」
「私がいなくなった後は、彫金師に術式刻印をしてもらわなきゃだしね」
現在進行形の求人で必要な人材が採れない場合、ジンはボロスとオルタニアでの求人まで想定していた。
半月後の戴冠式と調印式まで暇と言えば暇なので、これを機会だと捉え、ボロスでやれることをやってしまおうというロジックである。
「隠室の概要報告書も俺が書く。というか、聴取が不要になる詳細報告書を出してしまえば早く片付く。前倒しで通信基地局の建設も終わらせたい」
対ドルンガルト戦ではゴートの出現や、新政権に対する国民の疑義などが生じたため、予定していた通信基地局の建設が終わっていない。
キエラとヴェロガモは併呑されたものの、王宮と各地が旧来の伝馬でやり取りをしているため、問題が起きた際の対処が遅れるのは問題だ。また、王室の予算枠は開戦前に確保されているため、年内に片付けねばという事情もある。
三人して瑠璃の翼に加入したこともあり、クランハウスに通信機器を設置すれば、今後はアレジアンスの業務に係わる報・連・相もリアルタイムで行える。ジンにとっては優先度の高い案件だ。
「ノワルはまた稼げるな」
「ありがとうございます。お金を貯めてレイ様を買い取る所存です」
「寝言は死んでから言え」
「分かりました。では腹上死を希望します。ヤリ殺してください」
「やっぱお前アホだな。つーかさ、元使用人を雇うって話はどうなってんだ?」
「三月前からアレジアンスにいます。相変わらず残念な人ですね、大好きです」
ノワルはレイとタイマンになると調子が出るようだ。
イリアがあわあわしているがスルーでいく。
「レイに言うのを忘れてたな。バラクとゴンツェを廻るブラックライノに拾ってもらったんだよ。社食の料理人とか洗濯婦がその口だよ」
当初はゴンツェに魔導砲を配備するついでに拾う予定だったが、雇用条件の提示から受入れまでの諸々を考慮すると、対ドルンガルトの開戦が後ろ倒しになりそうなのでジンは中止した経緯がある。
「戴冠式が終わったら、独身寮が完成するまでレイはボロスに居てもいいよ?」
「まぁ王都で暇してるよりはいいな。とりまメシ行くべ。おいディナイル、隠室だけで九億近くぼったくるんだから美味いモン食わせろ」
「分かった分かった」
ディナイルが選んだのは、メイズ産食材専門の洒落たレストランだった。
中層序盤は地上を模した階層で魔物が出現せず、メイズ食材の大半は二一階層から二五階層が供給源になっている。
二一階層は草原と湖、二二階層は山岳と河川、二三階層は砂漠とオアシス、二四階層は大森林、そして二五階層は砂浜と海になっている。擬似太陽と月まで存在し、地上と同じ時間軸だというから驚きだ。
「モチベなくす奴が出そうな場所だな」
「それも試練の内ということだ。腑抜けて二六階層へ降り死んだ者も多い」
「二二階層には古代人が建てた遺跡もあるわよ」
「外敵のいない理想郷か。面白い発想だが長続きはしないな」
「そのとおりだったらしいけれど、どうして分かったの?」
「俺たちの世界には〝三人集まれば派閥が生まれる〟という言葉がある。主義思想の相反が争いに発展するのは時間の問題だ。世界が狭ければ尚更だろう」
ジンの脳裏に父親の顔が浮かぶ。
まともな政策と明確なヴィジョンを以て無所属当選した人物だが、結局は政党と派閥に埋没し、言いたいことすら言えなくなっている。
カバン・看板・地盤が政治家にとっては三種の神器などと云われる日本政界に、次代を担う若者が興味を持てる道理などない。やるせない現実である。