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101:聖邪統晶


 壁から身体が生えたように宙吊りとなったガストが、ボバっと音を立てながら青黒い粒子と化し霧散した。


ゴトン……


 出現時に魔法陣が展開された床に、拳大で深紅の魔核と、純銀で造ったような小さくも煌々しい何かがドロップした。


「ガストの頭って潰せるのね」

「普通は無理じゃないかなぁ」

「ガストが一歩も動かないまま討伐されたの」

「レイ様には空間跳躍がありますから、動いた方が難易度は低かったはずです」

「消えて現れた時に体勢が変わっていたぞ! なぜだ!?」

「あたしに聞くんじゃないよ」

「ところで、これどうしようかしら。レイに頼むしかないのだけど」

「大きい魔核も結構あるよね」

「値打ち物の武装もたくさんあるの」

「死体がなきゃ飲み込まれやしないんだから後でいいじゃないか」

「イリアが駆けて行ったぞ。私も何が落ちたのか見たい。行こう」


 ミレアたちが視線を巡らすのは、床一面に散らばった数多の魔核や武装である。

 アンデッドなシーカーたちは、魔核に加えて武装を残し霧散した。

 足の踏み場がないので踏んで歩くしかない状態だ。


 一方で、不可解に上昇していった打撃の速度と威力にジンは難しい顔をしつつ、ユアは苦笑しながらもほっと胸を撫でおろしレイへと歩み寄って行く。

 そんな二人を追い抜いて大物双丘を派手に揺らしながらトトトッと駆け寄ったイリアが、興奮した様子でレイを見上げ口を開く。


「レイはすっごく強いのですか!」

「また少し強くなれたぞか!」

「嬉しいのですかー♪」

「っとお…」


 ひしとレイの腰に腕を回してイリアが抱きついた。

 凶悪に柔らかすぎる超衝撃でレイが半目になり天井を仰ぐ。

 クラン内で仲良くなった男性にも決して触れはしなかったイリアの行動に、ミレアたちも超衝撃を受けヒソヒソと言葉を交わし始めた。


「前にディナイルさんから『男が苦手だから相手をしてやってくれ』って言われたんだけどな…」

「言ってたな。まあ、見たままってことなんだろう。釈然としないか?」

「そんなことないけど、こっちの女の子は積極的だなと思って」


 レイはユアにアイコンタクトで「どうにかしてプリーズ」と懇願し、どこか不機嫌な気がしないでもなく見えるユアは、イリアに『魔物が落とした物を拾いに行こう?』と言って手を繋ぎ歩いて行く。


 ふぅ…と小さな溜息をつき、身を翻したレイの横にジンが立って問う。


「で、どういうことだ?」

「あん? ちょっと懐かれただけだ」

「イリアのことじゃない。打撃の速度と威力を急激に上げただろ」

「そっちか、よく見てんな。まぁコツを掴んだ的な? 極めるのは大変そうだぜ」

「いつものことだが説明になってない」

「いつものことだが面倒くせぇな」

「喋るまで絡むぞ」

「おのれウザ絡み勇者め」


 理屈の説明など天地がひっくり返っても無理なので、レイはジンにも分かりそうな具体例は何だろうかと思案する。

 思いついたのは、体内魔力を常時循環させる時のコツだ。


 初めて月森へ向かった旅の半ば、正確にはエウリナたちを助ける前夜、レイは常時循環のコツが魔力に対する意識の向け方にあると気づいた。


 循環は睡眠中も出来て漸く一人前とシャシィに言われたレイは、肩車状態で頭を優しく揺らす睡魔と戦いながら、流そう流そうと試行錯誤していた。

 しかし、「これムリだ」と思いイラっとしたレイは、「流れてろや!」と心中で叫び目をつむった。

 すると、魔力が「了解!」と言ったかの如く円滑に循環を続け、翌朝目覚めた時も一定の流速と流量で循環が継続していた。


 レイが「魔力は意識に感応する謎エネルギーだ」と定義したところ、循環以外の魔力制御技能もメキメキと熟練度を上げていったという経験則である。


「確かに俺もそれを聞いて上達した。で?」

「極鋼は俺の魔力を溜め込んでる。でもジッサイは消費もする」

「初耳なんだが?」

「言ってねぇし。つーか誰得だって話だろ」


 極鋼の不壊性は、溜め込んだ魔力を消費することで発現している。

 むしろ、刹那単位の自動復元機能を持つと言うべきかもしれない。

 因みに、1刹那は0.013秒くらいであるが、さておき。


 極鋼を介して形成される力場にも、同様の特性ならぬ機能がありそうだとレイは直感した。

 要するに、極鋼が溜め込んだ魔力に向けて「もっと速く、もっと重く」と意識することで、極鋼製のガントレットやブーツが応えてくれるような感覚だ。


「意識によってプラスベクトルの加速度と衝撃荷重が劇的に増していく、ということか」

「……そうだ」


 レイが目を逸らしながら、「難しく喋らねぇと死ぬのか?」と内心呟いた。

 その思考を読み取ったジンは嘆息しながらも、「確かに極めるのは大変そうだ」と納得する。


 そもレイの速攻は、初動から完結までの単位時間が極めて短い。

 その前提で【空間跳躍スペースリープ】による出現先の角度や体勢に意識を割きながら、並行で武装の魔力にも意識を向けインパクトへ繋げる。加えて部分殻化を併用するなら、亜光速レベルでの思考的処理が必要になるのではないか。


「感覚強化に伴う脳機能強化が異常なレベルのレイにしか出来ない芸当だな」

「キレるとこか?」

「自慢するとこだ」


 レイが『ならヨシ』とジンから視線を切ると同時に、レアドロップが何か判ったイリアがスバっとレイに目を向け「おいでおいで!」と手招きした。

 ユアは「これ何かしらん?」といった風情でレアドロップを凝視している。


 追いついたミレアたちと共にイリアやユアの頭越しに見ると、白い結晶と黒い結晶を貼り合わせたような、大きめのペンダントトップがある。

 パッと見は陰陽五行の陰陽太極図かと思うくらい似ている。


「す、凄いぞロッテ! これはあれだぞ! 統晶だ!」

「分かってるから叫ぶんじゃないよ。あたしらに使える代物じゃないだろうに」

「一階層に出ていい物じゃないわね…」

「そうかなぁ? マスターたちが感知できなかった隠室だよ?」

「それもそうね」

「ミレアたちコレ何か知ってんの?」

「聖邪統晶ですかっ!」

「お、おう、んなに興奮するモノか!」

「売れば二〇億くらいの値がつくはずなの」

「そりゃすげぇ…のか?」

「レイ様たちはお金の感覚が壊れています。アレジアンスは稼ぎすぎです」

「否定できないところだな」

「オープンカーの方が高く売れたもんね」

「で、結局どんなモンなんだよ」

「ここはお任せを! 博識なる私が憐れなほど蒙昧なるレィごほぉ!」


 鳩尾に貫手を刺し込まれたノワルが、涙目で咳き込みながら解説を始めた。

 存在感をアピールしたいようだ。


 聖邪統晶とは、誰も見たことはないが、名称と効果だけなら魔術師界隈で広く知られる魔法結晶だという。


 遥かなる昔に魔物部屋のボスが、赤い結晶と青い結晶を貼り合わせたペンダントトップをドロップしたと記された石板が、五〇年程前にユーグル広域古代文明の遺跡内で発見された石棺に収められていた。


 石棺にはペンダントトップも一緒に収められており、石板に記された「系統と系統外を問わず、炎熱もしくは氷冷の魔法効果を魔術式に付加できる」との一文を解読した学術者ギルドは大騒ぎになったという。


 炎氷統晶と命名した学術者ギルドは「他にもあるのではないか」と考え、オルタニア魔導帝国とエルメニア聖皇国からの資金援助を取り付け、既知の遺跡五四箇所の中から二〇箇所を選定し再調査を行った。


 二〇箇所に絞った理由は、オルタニアとエルメニアから同額の資金援助を受け、発見した場合にペンダントトップの所有権を明確にするためだ。

 また、選定された遺跡は規模が大きい上位二〇箇所であり、最大級をオルタニア、二番目をエルメニア、三番目をオルタニアといった形で割り当て公平を期している。


 再調査開始から二十余年が経ったある日、一八番目に規模が大きい遺跡から翡翠色と琥珀色、つまり暴風と地殻を付加できるペンダントトップが発見された。


 その当時はオルタニアが開発し提供した魔導削岩機が調査を捗らせたものの、エルメニアに割り当てられた遺跡からの発見に、先代皇帝が開発者である神匠セシルにジト目を向けたとの逸話もあるのだが、さておき。


「魔法の系統効果を魔術式に付加か。対極系統という点が実に興味深い」


 ジンの呟きに、シャシィとノワルが「また創っちゃうんですか、そうですか」と半目になった。五系統を持つジンにはメリットがないため創る気はないのだが。


「ユアかシィかノワルかイリアにしか使えないモンってことか」

「俺も魔術師の端くれなんだが?」

「欲しいのかよ」

「要らないな」

「勇者がウゼー」

「私も要らないかな」

「だよな。じゃあイリアにやる」

「へっ…?」

(最適な判断だ。感覚的なんだろうが大したもんだよ)

(イリアさんの結界術に使えば歩く多重結界装置になっちゃいそう)


 イリアがキョトンとし、シャシィとノワルは瞬間的に目を細めたが、数拍思考したところで「道理だ」と納得した。ミレアとシオも強かに感心している。


「どうしてイリアにくれるの…ですか?」

「特に理由はないか!」


 王都居住組が半目になった。


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