100:vsガスト
(アタリとハズレが一つずつに予想外が一つと。ジンは予想してたみたいだな。おのれ勇者め)
アンデッドなシーカーに必殺の言葉が適当かは不明だが、レイは一撃必殺で青黒い霧に変えていく。
レイが言うアタリとは、接近した途端に敏捷を上げてくることだ。
おまけに生前の筋力と技量を保っているらしく、戦士系は鋭くもイヤラシイ攻撃を仕掛けてくる。
だからこそ、魔王が傀儡として操っている訳ではないとレイは判じた。
予想外だったのは、攻撃魔術が飛んできたこと。
シャシィとノワルのように走りながら略式を撃てる魔術師が混じっていたらヤバかったというのが本音だ。
言い換えれば、今の二人はレイをヒヤッとさせるくらい強くなっている。
(つーかコレ、三〇〇どころじゃなくね?)
レイは既に一〇〇に迫る数を倒している。
ジンたちもゴリゴリやっているため、九人の合計討伐数はレイよりも多い。
にも拘らずボスらしき個体は出ておらず、「フル稼働の量産工場ですけど何か?」と言わんばかりに続々とアンデッドなシーカーが湧いてくる。
そんなことを考えつつジンへチラリと目を向ければ、楽しい時に浮かべる薄い笑みを顔に貼りつけたジンが、小憎らしいほど淡々と且つ粛々と指揮を執っていた。
(イリアの結界は予想を超えて卓越しているな。性能的には殻化の下位互換だが展開範囲は広い。出来れば百式に加えたいレベルだ)
「ユア、三時方向に直系五で…今。ミレアとルルはユアが空けるスペースで迎撃」
「【聖光敬弔】!」「「了解!」」
「シィ、一三から一四時方向の三体を中、左右の順だ」
「百式ノ七【浄光】! 【浄光】! 【浄光】!」
「ロッテ、抜けて来る二体を止めろ」
「任せな!」
「シオはその二体を処理」
「了解なの!」
「ノワル、五時方向の群れに限界範囲で鋭石獄」
「お任せを。百式ノ三【鋭石獄】」
「イリア、一七時方向に凹面で…よく見えてる、いいぞ」
「ありがと!」
「前衛一斉後退用意!………今! 凸面で範囲殲滅を行う!【風天之伊吹】」
ヒュゴォオオオオオオオオッッ!!!
(ジン様の指揮すごく判りやすい!)
(なんて動きやすさだ!)
(勇者ってのはこんなことも出来るのかい)
「イリアは凹面結界を再展開」
「我が魔は清き盾なり 穢れし魔の尽くを断ぜよ【楓華縷々】」
「前衛はロッテを先頭に結界後方で防御陣形を組み休息。湧きは俺が処理する」
「「「「了解!」」」」
「シィとノワルには左側面を任せる」
「はーい」「承知しました」
「ユアはフル充填魔晶で右側面の奥を一掃してくれ」
「はい! 【聖光敬弔】ぅ!」
「百式01【蒼炎弾】タイムス11」
ドドドドドドドドドドドンッ!!!
(うわ十一発同時なのに方向が全部違う。また新しくなってるよ…)
(割れ目に撃ち込んでるの…やっぱり頭いいの…)
(どうやったら炎弾を自在に曲げて撃てるんですか…)
(魔物部屋で休息できるなんておかしくないかしら?)
この時点でレイのキル数を含めたトータルは五〇〇を超えているものの、疲労を覚える者は皆無である。
ジンはレイが突貫すると同時に一九時間制の懐中時計をミレアたちに見せ、攻撃方向の指示に利用してる。
ボロスの鐘塔前には日時計もあり、住人は半日が一九時間だと知っている。
単位時間当たりの湧き数が極端に減少したタイミングで、漸くボス出現の兆候が表れた。
三角形の部屋の最奥に、魔術陣とは一線を画す複雑な魔法陣が構築されていく。
「来た来た来た来たっ! 遅ぇぞコノヤロー! ってオマエ邪魔ぁ!」
ドギャッ!
ハイキックで頭部を蹴り千切られた元シーカーが憐れで仕方ない。
発現した魔法陣は直径三メートルほど。
まるで昇降台が仕込まれているかの如く、ボス魔物がゆっくりと浮き出てくる。
ジンなら透かさず蒼炎弾を撃ち込むところだが、レイは手指をワキワキさせながら待ち構える。
「ジン君、出て来たみたいだよ」
「えっ!? ミレアあの頭ってまさか…」
「間違いなくガストね」
「この魔物部屋おかしいの」
「一階層にガストですか。彷徨体の代表格です」
「言葉が足りてないねノワル。中層終盤に出る、だよ」
「嫌な記憶が蘇る…流石のレイ様も独りでは苦戦するのではないか?」
「レイなら大丈夫。きっと勝つ。イリアには分かる」
「総員周辺警戒を怠るな。ミレア、どういう魔物か概要を教えてくれ」
「俗称は食屍鬼。怨念と悪意の化身。堅くて速くて凶暴な特異種よ」
尖った頭頂から額にかけて、剣や槍では傷一つつかない堅い甲羅のような骨格が隆起している。乾燥で硬化した荒野を想起させる皮膚も極めて堅固。
上顎からは二本の牙が前方へ突出しており、下顎には肉食恐竜も斯くやと尖った歯列が剥き出しになっている。グールの上位ないしは変異種だと云われる。
極めつけは極端に発達した左腕。
子供の腕のような右腕とは対照的に、長く極太の左腕は岩をも砕く。
指先からは頭部と同質の堅い爪が伸びており、革鎧など物ともせず骨ごと肉を断ち切るという。
そうかと思えば両脚も極太で長く、太腿はちょっとメタボな成人男性の腰周りほどに太い。その両脚が生み出す瞬発力と加速度は脅威的であり、嘗て上限まで強化したミレアを軽く追い抜き、一蹴りでロッテの大盾をスクラップにした。
「グロいルックスしてやがる。んなアンバランスな体形でちゃんと動けんのか? つーか爪長すぎだろ今すぐ切ってこいや」
「Karorororororo…」
軽口を叩いてはいるが、内心「色々デカいなオイ。もちっと離れてればよかった…」と思っている。
片やのガストも「近いなオイ」といった風情で、レイを見下ろしたまま動く気配はない。
レイとガストは手を伸ばせば握手ができる距離感である。
ガストの背丈は目測で三メートルほど。
猫背な前傾姿勢は骨格がそういう構造だと思われる。
バイオなハザードのラスボスを思い出させるルックスだ。
最奥はかなり鋭角な角地なので、必然的にガストは前へ、レイは後ろへしか動けない。
ところが――。
「GryoOOOOOOOOOOOOOoOOO!!!」
「うるせぇわっ!」
ドシュッ!ガギァ!ザキッ!ドドッズドン!ガキンッ!ガガガッ!バキャッ!
アホとグロが超至近距離で殴り合いを始めた。
レイは靴底のスパイクを突出させ、ガストの分厚いシックスパックスを連打。
片やのガストは、直上から殴り落とすようなチョップやグーパンを繰り出す。
おもっきり大人げないケンカに見えるが、レイはフックやショートアッパーでガストの打撃を弾きつつ腹を殴り、ガストは「ぶっ殺す!」とばかりに幾度も左腕を振り落とす。
ガントレットでのボディブロウはかなり効いているが、コートの極鋼装甲がない部分は鋭い爪で切り裂かれていく。
それでも部分殻化の熟練度が上がっているため、レイは秒単位で獰猛な笑みを深めていき、ガストはグロテスクな形相を歪めていく。
「ふんっ!」
ズドンッ!
「Gyo!」
「らぁ!」
ドゴォオッ!
「Bgya!」
レイの打撃が威力を上げていく。いや、レイが意図的に極鋼を介して形成する力場の操作を会得していく。
強烈なボディブロウにガストは猫背を更に折り、覆いかぶさるようにしてレイの背を殴り始めた。
しかしレイは頭部と背中を全面殻化して凌ぎつつ、両碗のガントレットに意識を集中して一打ごとに打撃重量と衝撃を上げていく。
(そういうことか、こりゃいいぜ)
「おらおらおらおらおらおらおらおらぁあーーーっ!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!
「FgyoOOOOOOOOーーー!」
「食らえやあっ!」
ズギュチャッッ!
「PgyoOott!?」
足先から足首、膝、腰、脊椎、肩、肘と全身の関節を高速連動回転させ、加速度をフルに増したボディブロウがガストの脇腹を抉り千切った。
次の瞬間、レイは小刻みな【空間跳躍】でサイドステップを踏むように後退。
「いい勉強になったぜ。もう逝ってヨシ!」
ゴッギャァアッッ!!!!!
MAX殻化で床石に放射状の亀裂を刻んで【空間跳躍】したレイが、回転後ろ右回し蹴りの超重蹴撃でガストの頭部を粉砕しながら壁に縫い付けた。
ガストごと壁に刺さった足を引き抜き高速ムーンサルトで着地したレイは、サムアップをしながら振り向きニカッと笑むのだった。