99:何が出るかな?
レイが指で差した位置に手の平を当てたシオが魔力を導入すると、目測で一〇センチ四方が淡い赤紫色を湛え明滅し始めた。
「……レイ様はどうして鍵の場所が判ったの?」
「壁の奥を魔力の線が走ってるんだわ。サイバーちっくな回路になってて二方向から流れてる。で、魔力の線が壁の表面まで来てんのはココだけ」
奥の方には繋がっている部分が幾つかあり、よくよく感知すると左右対称の回路が壁の中で向き合っているとレイは言う。
また、鍵の部分に集まっている三本の魔力回路は繋がっていないため、雰囲気的には「開ける」ではなく「繋ぐ」のではないかと。
「「「「「………」」」」」
「報告したらマスターも驚くわね」
「言われてみると、【解錠】は繋がる場所を探してる気がするの」
修練生だったミレアたちは、「何となく魔力が集まっていると感じた場所を虱潰しに魔力導入していく」と座学で教示された記憶がある。
しかし、レイが言ったような詳しくも解り易い話は聞いたことがない。
シーカーギルドには斥候職が【解錠】を練習するために賃借できる機材があり、シオは感覚的な情報とレイの話が一致すると思ったようだ。
察するに、シーカーギルドはレイが語った内容を知っていながら秘匿しているのだろう。何しろ、機材の貸し出し料金は一日当たり一〇〇万シリンもする。
「流石だな魔力担当、大したもんだ」
「レイは魔力お化けだね」
「言い方な? 魔力マイスターとか言え」
シオが【解錠】を始めたところで、ジンが色々と質問を投げかける。
どうやって見つけただとか、奥は只の空洞なのかといった諸々を。
「空洞の広さと構造も判るのか?」
「んー、ざっくり幅は五〇メートルで、奥に行くほど狭くなってる。つーか三角形だな。天井は低めの…二メートル半くらい」
「それなりに広いな」
「魔物部屋でほぼ確定だと思うわ」
「あたしもそう思うー」
聞くに、ディナイルたちが見つけた魔物部屋も三角形だったと。
解錠すると魔物が一斉に涌き始め、暫くすると最奥にボス魔物が出現する。
ディナイルは異種異色のボス魔物が最後の一体だと確信しており、所以はボスを倒したところで魔核と共に希少品がドロップしたから。
最初は取り巻きの魔物を一掃してからボスを仕留めようと思ったらしいが、ボスは隔絶的に強力だったらしくディナイルは牽制に終始していたそうだ。
そのタイミングで悪党パーティーが乱入して来たため、取り巻きの対処とボスの奪い合いが並行して大変だったという。
「ボスが出たらレイが抑えに回ればいいだろ」
「私たちも参戦していいのかしら?」
「え? レイは独りで戦うつもりなの?」
レイが一頻り斜め上の虚空を眺めて思案し、視線を戻した。
「せっかくだし皆で楽しめばいいんじゃね? ロッテとルルの力量も知っときたいし、イリアの結界も見てみたい。俺が奥に突っ込むとして、手前はジンがリードするみたいな」
「イリアは頑張りますか?」
「頑張れよか!」
「うん!」
以前王都で会った時に気づいてはいたが、ジンとユアは「やはり天然か!」と心中でシンクロした。ついでに「白いロリ巨乳」もシンクロしている。
「隠室を経験できるなんて嬉しいわ」
「心が沸き立つとはこのことだ!」
「ルル、出るのがレイスならあたしらの出番はないよ」
「むぅぅ…この際ゾンビでもいいのだが」
「レイスの時はあたしが【浄光】使うよ。ゾンビなら凍らすし」
「ユア様とシィさんの独壇場になってしまいます」
「今日のノワル普通だね?」
「シィさんの期待に応えるには脱ぐしかありませんね」
「やっぱりバカだね」
「ジ、ジン君、なんだか怖い言葉が聞こえたよ…」
「だな。レイも知ってるのか?」
問われたレイがミレアに視線を向けると、ミレアが「はいはい」といった風情で説明を始めた。
一九階層までアンデッドしか出ないと聞いたユアの顔が引き攣る。
ユアは洋物のスプラッタ系については平気だが、貞子方面は大の苦手で「いやぁああああああーーーっ!」と絶叫してはチラ見し、また「きゃぁああああーーーっ!」と絶叫するタイプだ。もちろんホラー映画の話である。
「【聖光敬弔】を使えばいいんじゃないか? 範囲指定できるだろ?」
「あ、そっか。うん、頑張る!」
「おいユア、俺の獲物を取るなよ」
「頼まれてもそんなことしない。後が面倒だもん」
一同が其々に闘志を燃やす中、立ち上がったシオが涙目を向けた。
「【解錠】できないの…ごめんなさいなの…」
「謝る必要なんてないわ。でも少し不安になるわね」
「不安っつーと?」
ギルドの分析によると、深い階層の隠室ほど解錠難易度は上がる傾向にある。
シオにとっては初めての実地解錠だが、訓練の際にセカンドパーティーの斥候から「解錠が上手い」と褒められたことがある。
そのシオが開けられないということは、結構ヤバイ魔物が出るんじゃないかという懸念である。
「臆病と慎重は同じで悪くないと俺は思ってる。でもココをディナイルに譲る気はない。皆も戦りたいだろ? 最初で最後かもだぞ?」
一同が一斉に頷いた。ユアもサクッと頷いたので、レイは満足気に笑む。
「OK決まりだ。んじゃ俺が繋ぐ」
「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」
「その件もう飽きた。三本繋ぐくらい余裕だっつーの」
「回路の構造まで把握してるのか?」
「こんなもん古いON/OFFスイッチと同じだぜ。シオにも後で教えてやる」
「嬉しいの! レイ様ありがとなの!」
シオの頭をわしわし撫でたレイが両手の親指、人差し指、中指を壁に当てた。
本人しか判らないことだが、レイは指先から伸ばした極細の魔力線を、途切れている左右各三本の魔力回路に絡めながら伸ばしていく。
繋がった瞬間、レイは魔力が流れたことを感知しニヤリと笑み立ち上がった。
「よっしゃ開くぞ!」
ズズ…ズズズズズズズズズズ………
鍵の位置から少し左側に垂直の割断線が走り、床に接している壁が重量物を引きずるような音を立てゆっくりと左右に開いていく。
レイが言っていたとおり壁の奥行は二〇メートルほどあり、その先からメイズ内と同じくらいの明かりが漏れてくる。
「何が出るかな♪ 何が出るかな♪」
ウキウキで武装に換装したレイが、先頭を切って一歩を踏み出す。
考えなしの突貫ではなく、隠室から魔物を一体も出すことなく戦りまくるための先陣だ。
レイに続いて隠室の際へ集まった皆の目に、初めて見る光景が映る。
通常、メイズ内で魔物が生成される瞬間はそうそう見れない。が、今まさに床や壁がパックリと割れ、魔物が這い出るように出現している、のだが…
「うっわマジかよ。やってくれるなクソ魔王。野郎ここ見てんじゃねぇか?」
レイとジンが半目になり、他の皆は愕然とする。
秒刻みで続々と出現している魔物は、新古の差はあれど武装を整えている。
中には隻腕や片脚、脇腹を食いちぎられた個体もいるが、どう見ても人だ。
「非常に言いたくないんだが、レイ」
「答えは一つだろ。せーの」
「「死んだシーカー」」
そういうことである。
眼球は総じて白濁しているが、確実に自分たちを目視していると判る。
既に一〇〇体は超えただろう老若男女のアンデッドなシーカーたちが、獲物を見定めたようにレイたちへ目を向け歩を踏み出した。
「どの武装も中層攻略水準に見えるわ…」
「これを一階層に出しちゃ駄目だと思う…」
「ア…アッシュがいるの…あそこにアッシュがいるのっ!」
悲しみと怒りを綯い交ぜにした表情と声でシオが指を差した。
「本当にアッシュさんです。これは精神的にも厳しいですね」
「きっちり逝かせてやろうじゃないか。嘗ての仲間だからこそね!」
「ロッテの言うとおりだ! イリア、逐次展開で頼む!」
「任せて! 皆には指一本たりとも触らせない!」
レイ、ジン、ユアが「えっ?」という顔をイリアへ向けた。
まだ出逢ったばかりだが、さっきまでのほんわかした雰囲気はない。
唇をキュっと真一文字に結び、円らな瞳も鋭く細められている。
(ディナイルに似てんじゃん。んじゃ俺も切り替えていくか)
「俺は突っ込んで奥を一掃する。こっち側はジンに任せっぞ」
「了解だ。皆は俺の指揮で動いてくれ」
「「「「「「「「了解!」」」」」」」」
足並みは総じて緩慢。脚がない者は這いずっている。が、接近した途端に敏捷を上げる可能性はある。アンデッドとはいえ、連中は中層攻略シーカーだ。
レイは覆魔の上限まで強化し、部位殻化でいくと決めた。
もし魔王が操っているなら、【空間跳躍】と【宙歩】の実戦熟練度は隠したい。
「っしゃ行くぞオラァアアアアアーッ!」
レイが咆哮と共に突貫を開始した。