00:転移? 召喚?
初投稿です。よろしくお願いします。
書き溜めた71話を連投します。
楽しんで頂ければ幸いです。
精密検査を終えた礼士郎が、眼帯姿でホールへ出て来た。
傍らを歩いていた母親は会計窓口へと向かい、父親でありトレーナーでもある巨漢は沈痛な面持ちでレイの肩に腕を回し何やら話しかけている。
「眼帯してる…大丈夫かな…」
「どうだろうな。こういう時のレイは読み難い」
呟きながらレイを遠巻きに見詰めているのは、幼馴染の結愛と仁泉である。
二人ともレイが進出した決勝トーナメントを観戦していたため、試合会場から病院へ直行したレイを追って来ていた。
そんな二人に気づいたレイが父の分厚い胸板に裏拳をドンと入れ、方向を変え歩み寄って来る。釣られるように結愛と仁泉も歩み寄った。
「んなトコまで来たのかよ。Hey dad, we're off.」
「OK Ray, we talk later. All right?」
「Got it.」
母がいる会計窓口へ向かう父の背を見送ったレイは、軽く顎をしゃくって結愛と仁泉に『行こうぜ』と言い歩き出した。
レイの表情は普段と変わらず朗らかだ。
結愛と仁泉は頬を少し緩めたものの、母親と父親の深刻そうな様子からして、楽観できる状態ではないのだろうと察している。
「フェイントからの右ハイ見たか? 反則野郎に白目剥かせてやったぜ」
「うん、ちゃんと観てたよ。二年連続で日本チャンピオンだね」
「アマチュア付けろって。プロにぶん殴られるわ」
「それでも凄いよ」
「ああ、アマでも凄いさ。おめでとうレイ」
「ありがとよ。ま、プロ転向はムリ臭ぇけどな」
「「っ……」」
さらっと言われた結愛と仁泉が、沈痛な面持ちのままレイを追う。
レイの大きな背が、二人の目にはどこか物悲しげに映る。
三人は他愛ない会話を交わしながら電車で地元へ戻った。
示し合わせた訳でもなく、向かった先は通い慣れた近所の神社である。
チャリン……ガランガラン! パンッ、パンッ!
「今日も勝てたぜっ! 神様ありがとーーーっ!」
大声で願をかけたり感謝を伝えたりするのは、レイのポリシーだ。
本人曰く、「デカい声で言わねぇと聞こえなくね?」と。
祀られているのは由緒正しい縁結びの神様だが、そこはお構いなしである。
ここでも示し合わせることなく、三人は境内の裏手へと歩を進めた。
獣道のような細道へ踏み入ると、御神岩とされる巨岩が見えてくる。
御神岩の裏手へ回った三人は、地元を一望できる高台に並び立った。
幼い頃は秘密基地、最近はマッタリと話をする憩いの場だ。
「それで、検査結果はどうだったんだ?」
「眼底骨折と網膜剥離に、硝子体出血のおまけ付きだとさ。いきなり視界が半分になった時はぶっちゃけビビったわ」
「第3ラウンドの肘打ちか」
「クリンチからの肘とかなくね? キッチリ沈めてやったからざまぁみろって感じだけどな。つーかまぁ、優勢で気ぃ抜いた俺が悪ぃ」
レイは小学五年の頃から、キックボクシングを主体とする総合格闘技をやってきた。オランダ人の父がプロの格闘家という環境もあったが、それだけが理由ではない。母親は日本とイギリスのハーフで、極まった格闘技ファン。整った容姿と高身長を活かし、バイトでラウンドガールをやっていたという経歴の持ち主だ。
「手術で治らないの?」
「それなりに治るってよ。プロ転向がムリってだけ」
「「………」」
レイたちは隣近所で生まれ育った同年の幼馴染だが、その間柄だけで長いこと親友をやっている訳ではない。
仁泉は鏑木家の次男で、鏑木は奉天一刀流なる古流剣術の道場を営む。
ジンは四つ年上の兄に大きく勝る剣才を持つ上に、学業でも常に学年一位を争う秀才だ。
結愛は神楽宮家の三女で、何を隠そう、父親はこの神社の宮司である。
母屋の隣には弓道場があり、父が神楽宮流弓術の師範とあって、結愛も幼い頃から二人の姉と共に弦音を響かせてきた弓ガールだ。
道は違えど武の道を歩んで来たという共通点が三人にはある。
「痛っ……あーあ、高校出たら何すっかなぁ~!」
軽いシャドーでも痛みを感じたレイが声を張った。ユアは気の利いた言葉が見つからない。ジンが雰囲気を変えようと、ニヒルな表情のまま口を開く。
「神職なんてどうだ? 神学系の大学を受験して、ここの神主を目指すとか」
「にゃ!? にゃに言ってるのジン君! 私結婚なんて考えてないよ!」
「俺は結婚の話なんてしてないぞ? ユアがレイとの結婚を夢見てるのはもちろん知ってるけどな」
「何言ってるの!?」
オーマイガッ!と顔を歪める結愛が、一瞬にして上気した顔を手で覆い蹲る。
そのまま首を左右にブンブン振っているが、それを眺めるレイとジンは半笑いで呆れていた。その時――。
「うおっ!?」
「なんだ!?」
三人の足元で光が奔った。
赤とも紫とも取れない光が地面を縦横無尽に走り、複雑な幾何学模様を描く。
漸く何らかの異変が起きていると察したユアが顔を上げると、幾何学模様が天を突く勢いで延伸した。
「立てユアっ!」
レイが声を張りながらユアへ手を伸ばした瞬間、天から落ちてきた白光の柱が三人を飲み込む。
ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!
「「「!!!???」」」
全力で突き鳴らした釣鐘の中にいるかの如き振動音がレイたちを包む。
瞬時に平衡感覚を奪われ強烈な頭痛に襲われる三人が瞼を閉じた。
振動音と白光の柱が消失した跡地に、レイたちの姿はなかった。
その夜、〝巨大な光の柱の中を空へ舞い上がる複数の人影!〟という怪奇現象が、全国ネットで報道された。
◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆
複数の人が驚いているような声をレイの耳が拾う。
発音はゲルマン系言語に似ているものの、語彙は掴めない。
ゆっくりと瞼を開いてみるが、目を焼くような白光の影響か妙に薄暗い。
それでも傍らにユアとジンの姿を確認したレイは安堵の息をついた。
「二人とも大丈夫か?」
「う、うん、私は大丈夫…かな?」
「俺も問題ないが、これは…」
徐々に鮮明化する三人の視界に映るのは、メガネをかけた魔法使いの少年が主人公の映画で観たような石造りの空間。
足元にはさっき見た物と同じだろう幾何学模様があり、仄かな光を湛えたまま明滅している。
狭くもなく広くもない石室は円筒形で、二十名ほどの人々が自分たちを取り囲むように円陣を組んでいる。
総じてローブと呼ぶべき物を着ているが、二人だけ生地の色が違う。
純白に金糸の刺繍が美しいローブを纏う若い女性。
深紫に銀糸の刺繍が映えるローブを纏う老年男性。
一頻り観察したところで、誰からともなくレイたちが顔を見合わせる。
ユアは恐々としているが、レイとジンは頬を引き攣らせた半笑いだ。
「減量に失敗した時くらい猛烈にやるせねぇんだが…コレってアレか?」
「嫌なくらいアレっぽいな…」
顔を見合わせたまま、二人はアイコンタクトで同時に口を開いた。
「異世界転移」「勇者召喚」
「…え?」
レイとジンは半笑いのまま膝から崩れ落ち四つん這いになり、ユアはそんな二人の間で視線を彷徨わせる。
「フライ級とミドル級が戦るくらいありえねぇ」
「二週間後は共通試験なんだが」
「母さんのラウンドガールごっこの方がまだマシだぜ」
「追試験の申請理由が勇者召喚ってアリか?」
「ねえねえ、なんでレイもジン君も余裕なの? ねえねえ?」
「そんなもん、ユアだってウチの姉貴のラノベ……………あっれぇ?」
二十一歳になった今でも中二病を患っている姉のコレクションを引き合いに出そうとしたレイが、ついさっきまで感じていた左目の鈍痛がないことに気づいた。
舌で口内をまさぐれば、試合で切れた傷までなくなっている。
天性のバランス感覚で四つん這いから片手倒立を経て体を捻り、新体操選手の如く身軽に立ち上がったレイが、体調を確かめながら徐に眼帯を外した。
「ははっ、マジかよ……普通に見えるんだけど」
「目が治ったの!?」
「たぶん? 痛みもねぇし」
「まさか、俺とユアはレイの巻き添えか?」
「いやいやいや……マジで? 取り敢えずゴメンな?」
「私は平気だよ。レイの目が治って良かったし、独りじゃないから」
「まあ、諸々含めて問い質すしかないだろう。彼女を」
良くも悪くも空気を読まないジンが、純白ローブの女性をズビシと指差した。